女王陛下のプティガーヅ




 ソフィアの日記。


 あっつーい!溶岩が見えないところでも、空気全部が暑い感じだわ。
 しかも、何だか階段が多くて、上がったり下がったりしてると、胸当ての内側がじっとり汗ばんできちゃう。
 少しだけ首を開けて、ぱたぱたと空気を送り込んでいると、やっぱり怠そうに歩いていたダークマターが私の胸をちらりと見た。
 「あ〜、ソフィアも胸がおっきいから、谷間にあせもが出来そうだよね〜。汗疹の薬なら調合できるから、必要なら言ってね」
 「ありがと、ダークマター」
 下着でこっそり胸の間の汗を拭ってから、ふと気づく。
 「あら、ソフィアもって…誰か、他に胸の大きな知り合いがいるの?」
 「うん、えっと、パーティー組んでた姐さん。こんな暑い迷宮は無かったけど、肌が弱いみたいで時々ぶつぶつ言ってたー」
 大変なのよねぇ、胸の谷間や下って。…でも、下手に口に出せなかったりするし…男性の前では言いにくいし、女性でも自慢してるみたいに取られると困るし…。
 …と言うことは、ダークマターって、元のパーティーでも男性扱いはされてなかったのかしら。
 むしろユージンの方が嫌そうな顔をしてるわね。女性がそんなはしたないことを言うなってところかしら。
 「それにしても、あっついわね〜」
 「言っても仕方のないことをぶつぶつ言うな」
 「暑いものは暑いんだからしょうがないでしょ!」
 「心頭滅却すれば火もまた涼し」
 「んじゃあ、クルガン、あのスイッチ入れてよー」
 階段をだらだら降りていたら、ますます汗が噴き出す…と思ってたら、下の部屋は炎が渦巻いていた。
 その奥にゆらゆら見えるのは、この迷宮内でよく見るスイッチだった。
 ダークマターがにやにやしながらクルガンの顔を覗き込む。
 「あれでも涼しいんでしょ?ほら、はやくスイッチ入れてきてよー」
 「…出来るかっ!」
 あなたが言ったんじゃない。心頭滅却すれば云々って。
 クルガンは懐から紙の束を取り出して、重ね合わせて見ている。
 「ふむ、上のあの貯水槽を壊せば、ちょうどこの部屋の炎が消えそうだが」
 「それはいかんな。あの貯水槽は大事な…」
 ユージンが真面目な顔で反対意見を述べる。
 大事な水分補給の場?淫魔が水浴びしてるような水、飲みたくは…って、まさか。
 「大事な…素敵ポイントではないか」
 「それでは、あの貯水槽を壊す、あるいは排水させる仕組みを探すということで」
 「…あぁ、無視しないでくれたまえ…これは騎士団長も同意してくれるに違いないのに…」
 サッキュバス出現ポイントなんて、何が楽しいのかしら。

 地図を埋めていくように歩いていると、無事貯水槽の排水スイッチも見つかって、奥に見えたスイッチも入れることが出来た。
 新たに出来た通路を歩いていくと…いきなり下に向かう階段まで見つけてしまった。
 「まだまだこの階は埋まっていませんが…どうされますか?」
 陛下は少し悩まれているみたい。以前も、一歩だけ踏み込んで、悲鳴を無視することになったんだもの。
 「そうですね…せめてこのあたりだけでも十分に探索してから…」
 陛下のご判断で、この周囲を探索することにした。
 すると、部屋の一つに転移魔法陣があった。
 「…最初に乗る時って、ドキドキするよね〜。とんでもないところに繋がってるんじゃないかって」
 ダークマターがその辺の小石をほいっと転移魔法陣に放り込みながら呟いた。
 「ということで、先行しまーす」
 「言うと思ったぞ」
 ダークマターがあっさりと転移陣に踏み込むと同時に、どうやら予想していたらしいクルガンが踏み込み、二人の姿が消える。
 本当は、私も付いていきたいけど…陛下をお守りしなきゃならないから、さすがに動けないわね。
 「…無茶をせねば良いのですが…」
 と、陛下が呟いた途端に、二人が帰ってきた。
 強敵に会って慌てて戻ってきたのかしら、と一瞬思ったけれど、二人とも戦闘態勢じゃないし…そもそも、敵に会ったら喜んで立ち向かいそうなのよね、この二人。
 「この転移陣はB1階に繋がっています」
 「えーと、ベノアン書店のリディって人がいたでしょう。あの人が、上で何か頼みたいことがあるって言ってるんで、やっぱリーダーが聞くべきかなって思って」
 要するに、安全なのね。
 そう判断して、みんなで転移陣に乗ると、確かに見たことがある娘が待っていた。
 「こんにちは!早速だけど、ここを開けられる銀色の鍵を探してきてくれないかしら。たぶん、インゴが作ってると思うんだけど…」
 「インゴ…ですか」
 「…あの、無理矢理善行と言って我々に回復魔法をかけた盗賊です」
 首を傾げた陛下に、ガード長がこっそり耳打ちした。
 「あぁ…ですが、わたくしたちは、彼の居場所を存じませんが…」
 「うーん、あいつの手下がその辺にいると思うから…お願いっ!」
 リディは両手を合わせて私たちに頭を下げた。
 場所が分かっているなら自分で行けばいいと思うけど…一人じゃやっぱり無理なんでしょうね。6人いたって、結構死んでるし。
 「見つかれば、ということでよろしいでしょうか」
 「うん、うん、待ってるから!」
 「てゆーか、その銀の鍵、俺らのものにしちゃっていいのならOKってことじゃ駄目?」
 ダークマターが可愛らしく首を傾げ、クルガンも腕を組んで頷いた。
 「確かに。銀色の蝶番が各階に1カ所ずつほどある。マッピングをせんと落ち着かん」
 リディは、うーんと人差し指を頬に当ててから、うん、と頷いた。
 「いいわ。どうせ私もそろそろ一人じゃギブアップだと思ってたし。そこの鍵さえ開けられれば、後はあなた達にあげる。…あ、もちろん、報酬はそれだけじゃなくて、この盗賊のリストもあげるわ」
 腕にはまった飾りを見せるリディに、陛下はゆっくりと頷かれた。
 「分かりました。それでは、その条件で依頼を受けることにいたします」
 「もし開けたら、ショートカットが出来て俺たちも便利ですもんねー」
 いい加減、1階から順に降りるのも飽きてきたものね。
 まあ、それでもまだ、ピクシーを43体しか倒せてないんだけど。
 そしてまた転移して4階に戻り、他のところを探索していくと、溶けた彫像を挟んだ先に一体の小鬼が住んでいた。
 どうやら、こいつがインゴの弟子らしいんだけど、ただではくれないって。
 レプラコーンのお面が欲しいって…オークのパンツを欲しがるレプラコーンがいたり、レプラコーンのお面を欲しがる小鬼がいたり…どういう派閥なのかしら。というか、何にするのかしら。
 「これまでに出会ったレプラコーンは、あのじゃんけんする奴とディアラントおたくの部下とですかね」
 「むぅ…レプラコーンの生息地は、まだ見ておらぬな」
 「上で脅し取るって手もありますが…探しますか?生息地」
 「ひょっとしたら、すぐ下で見つかるやもしれぬな」
 なんて話をしながら歩いてると。
 「敵襲!」
 階段付近で悩んでいたところに、影が突っ込んできた。
 あらやだ、盗賊だの忍者だののごろつき集団だわ。
 …そして。
 「…戦士になっても。騎士になっても。俺の鎧を作り直して着けて貰っても。義賊になっても。…リーエ、よわーい」
 忍者によってさっくり頸動脈を切り裂かれた陛下のご遺体を前に、ダークマターは溜息を吐いて帰還の薬を取り出した。
 「これで、死んでないのは俺とソフィアだけだよねー」
 精神の皮鎧なんて薄いものを着てる割には、ダークマターって案外丈夫よね。器用に避けてるだけだから、ブレス攻撃を受けると一番に体力が減っていくけど。
 「まあ、頃合いだし、帰りますか」
 「お前、もっとこう…厳粛な心持ちでだな…」
 「滅入るからやだ」
 これだけ何度も死んでると、確かに悲壮感は薄れていくわね…。
 ようやく次に進めるかと思ったのに…なかなかうまくいかないものねー。




 レドゥアのノート。

 オティーリエを寺院で蘇生し、宿屋に戻る。
 本日の空室は2人部屋が二つと個室が一つであったので、ユージンはさらりと戦利品を持って出ていった。
 「…さて、順当に行けば、女性二人と男性二人、及び残り一人、ということになるが」
 蘇生されたばかりでお疲れになっているオティーリエをベッドに横たえ、我らが相談していると、ダークマターが手を挙げた。
 「たまには変える?ガー…じゃなかった、レドゥアがリーエと同じ部屋、とか」
 「…誰がソフィアを受け持つんだ」
 ぼそりと呟いたクルガンがソフィアに殴り飛ばされていたが、それはともかく。
 私が?オティーリエと?
 「ダークマター。何を考えている」
 「いえ、何か離れ難そうだなーって。俺も、クルガン蘇生したら、しばらく生きてんの確認したくなったし」
 一緒にするな。
 「…まあ…確かに、何も一つベッドで休むわけでなし…両者の合意があれば、問題無いな。そもそも、レドゥアとリーエが同じ部屋で休むなど、珍しくもない」
 それは…昔の、いや、未来の話だ。
 我らが女王陛下と臣下であり、恋愛感情など切り捨てた頃の話だ。
 今は…今は。
 我らは主従でも無く、年齢的にも釣り合っており、障害は何一つ無い。
 とは言うものの…私の精神はすでに若者のそれではない。オティーリエをさらってでも自分のものにしたい、という熱情は薄れている。無論、お慕いしていることに変わりはないのだが。
 「…リーエ。リーエは、どうお思いで?」
 オティーリエは気怠そうに上半身を起こし、私を見上げた。
 そして、柔らかく微笑む。
 「…そう、ですね…たまには、よろしいでしょう」
 「承知いたしました。では、私とリーエ、残りは…」
 「必然的に、私が個室なんでしょうね」
 はぁ、と溜息を吐いて、ソフィアがじろりと睨んだが、クルガンはそっぽを向き、ダークマターはきょとんとして見返すだけであった。
 「だって、ソフィアと俺って組み合わせもまずいじゃん。一応、男女なんだし」
 「ええ、ええ、そうでしょうとも」
 分かってとぼけているのか、本当に分かっておらぬのか。
 まあいい。私はもうこいつらの関係に立ち入りたくないわ。
 「それでは、そういうことで」
 若い3人は連れだって食堂に向かったが、私はオティーリエのものと二人分、部屋に運んで貰うことにした。
 「ご加減は如何ですか」
 横になっているオティーリエに、私は隣のベッドに座って話しかけた。冒険者たちの宿だ。大した広さもなく、ベッドで部屋の大部分が埋まっているので、非礼ながらそうするしか無いのだ。
 「…そうですね…蘇生される、というのは…何度経験しても慣れません」
 私も先日死んで蘇生されたが、確かにごっそりとエネルギーを持って行かれたような怠さが残った。
 まあ、ついさっきまで死体であったものが、いきなりぴんぴんと走り回れるのもどこかおかしいが。
 「仕方がありませんね…わたくしたちは、表だって戦闘などしたことがないのですから。彼らに比べれば、どうしても甘いのでしょう」
 わたくしたち、というのは、オティーリエと私のことであろう。
 我がクイーンガードの3名は、戦闘能力の高さで諸国に知れ渡っておったからな。ユージンも奴らには劣るにせよ、騎士として何度も戦に出ているはずだ。
 「あ奴らは、我らが誇ったクイーンガードですからな。比肩する者が無いからこそ、ガードは4人であったのです。戦場にはしばらく出ておらぬ私や、リーエでなくとも、奴らに敵う者はおりますまい」
 まあ、今はただの中堅冒険者に過ぎぬが。それでも戦闘に関するセンスや知識は魂に刻み込まれていることであろう。
 クイーンガードが4人揃ってオティーリエを守るのだ。そう滅多なことではやられは……まあ、オティーリエが戦闘不能になる回数が最も多い、というのは事実なのだが。
 「あやつらは、クルガンが忍者になり次第、3人で前に立つつもりですぞ。華奢なエルフ3人が前面に出る冒険者など、我らくらいでしょうな」
 苦笑すると、オティーリエも頬を緩めた。
 普通は、エルフというものは魔法を得意とし、腕力に劣る種族であり、人間やドワーフを前に立たせ、後方から支援することを得意としている。
 …だというのに、あ奴らは。喜んで前に立ちおる。エルフとしては相当規格外で、もはや森には馴染めぬのではなかろうか。
 「彼らには感謝してもし足りませんね」
 「いやいや、奴らは、リーエをお守りするというより、己の楽しみを優先しておりますぞ。感謝なぞ、不要でしょう」
 特にダークマターは、オティーリエが倒れてもどうも気にした様子が無い。探索が中断することを不快に思っているくらいではなかろうか。
 オティーリエは、私を見上げて微笑んだ。
 「よいではないですか。それが、冒険者としての<仲間>というものでしょう。わたくしは、彼らに守られるだけではない、彼らと共にある<冒険者>なのですから」
 「ではありますが」
 私に関しては、構わぬ。今更、奴らにガード長などと言われんでも結構だが。
 「しかし、そもそもこの時代に我らが出現したのは、リーエを核とし、それをお守りするという意味で我らが付随したものだと思われ…」
 「そんなことは分かりませんよ?ダークマターの仲間たちも来ているようですし」
 綺麗な声で笑ってから、リーエはわずかに顔を曇らせた。
 「ただ…ダークマターのことは、気にかかります。どこか、不安定な…」
 「…ですな」
 元の我らが知っているクイーンガード・ダークマターにはしたことのない心配だ。あの男も、どこかずれてはいたが、妙に愛嬌のあるずれ具合であったのだが…あのエルフは、どこか歪んでいるように感じる。
 無論、倫理や性質として歪んでいるとは思わぬが、何というか…刹那的というか、どこか虚無を抱いているような、そんな気配がする。
 「本人の言うように、感情というものが少し薄いのかも知れませんな。しかし、ゼロではありますまい。感情が理解出来ぬのであれば、先ほどのように、私がリーエのお側にいたいという気持ちも理解出来ぬでしょうし」
 自分がクルガンと一緒にいたいから、同じものだと理解している、という単なる<学習>である可能性もあるが。そもそも、ダークマターがクルガンを心配するのも<感情>なのだから、どちらにせよゼロではないことに違いは無いが…クルガンに関することだけ感情が動くという可能性は…考えたくないな。
 「わたくしたちの方が、彼を重ねて見てしまっているのかもしれませんね。今のダークマターはこういう者だと思った方が良いのでしょう」
 「そう…ですな」
 やれやれ、いつの時代でも迷惑をかける奴だ。
 あの、どこか虚ろな瞳で微笑んでいるエルフを思い浮かべる。見かけは、美しいが、どこか…その場にいながら、別の場所にいるような妙な気配をさせる子供。
 私が作ったホムンクルスとは異なる方法で作られた、人工生命体。
 そうだ。あれは、自然に産まれたものではない。そう思えば、人間と同じ反応を期待する方がおかしいと納得できる。
 
 そうして、我らは二人並んで眠った。無論、各自のベッドで。
 眠りに落ちかけた頃、何かをふと思いついた気がしたが…朝、目覚めた時には、さっぱり覚えていなかった。
 ダークマター。人工生命体。エルフ。
 断片的な想起が、夢から覚めるのに比例して失われていく。
 まあいい。何故、私がダークマターのことについて悩まねばならんのだ。あれのことは、クルガンが何とかするだろう。




 ユージンの記録


 私が名残惜しくフィーカンティーナとしとねでごろごろしていた頃、他のメンバーは錬金術師の塔で魔法石を作成していたらしい。
 宿屋で合流すると、幾つか魔法石を渡された。
 ポイズケアやフィールといった回復魔法だ。
 「私は前面で戦っているから、あまり魔法を使う機会は無いが…」
 「戦闘後の解毒なんかは、普段使わない人がやってくれたら便利じゃん」
 「そのうち、俺が前に立って、お前は後ろに回るんだしな」
 まあ、騎士として僧侶魔法はたしなみなので、異を唱えているのではないが。
 しかし、このメンバーは比較的武力でごり押しだな…そもそも魔法使いや僧侶といった魔法エキスパートがいないのだから。せっかく覚えた魔法なのに、レベルが高くて使えないものまである。
 「大丈夫よ、私の拳で砕けない敵などいないのよ!魔法なんて補助よ、補助!」
 聖なる癒し手が雄々しく言えば、疾風も頷き、凍える瞳がにこにこと刀を撫でた。
 …実に戦闘的なメンバーだな…。
 改めて、我々は微妙にバランスが悪いのではないだろうか、と思いつつもカルマンの迷宮に入る。
 いつものように1階から順に降りていって、4階の溶岩地帯に降り、もう空っぽになってしまった貯水槽を横目に歩いていく。
 「ふむ…こちらがまだ未探索だな」
 クルガンの手書きの地図に従って、道を辿っていくと。
 ふらり、と細身の影が出てきて、手を挙げた。
 「また、会ったな」
 「ウーリ殿…でしたね。お一人でここまで?」
 「まあ、何とかなるものさ」
 頬が削げたような顔のエルフは、どことなく上の空でちらりと我々とは別の方に視線をやった。
 「君たちは、ウェブスター公に会ったか?奴は、どうやら法王庁と手を組んだようだぞ」
 法王庁。
 つまり、属性が悪の錬金術師とは相容れない組織、ということだろうか。
 ウーリの嫌悪感が滲み出た言葉からは、そんな気配を感じ取れたが、我らが女王陛下は柔らかく微笑むばかりで何も反応しなかった。
 「君たちも気を付けるんだな。奴らは裏で何をするかわからん。…どうも、嫌な気配がする…」
 ウーリは元々返事を聞く気が無かったのか、それとも何かに気を取られていたのか、ぶつぶつと呟きながら我々が来た方に足早に去っていった。
 我々もまた歩き出しながら、彼の姿が見えなくなってから会話を交わした。
 「私は、法王庁って、時々イヤになるけど基本的には神の教えに沿っていると思ってるんだけど…」
 「俺は好かんがな」
 「うーん、この時代の法王庁がどんな組織か知らないから、俺は意見は差し控えさせて貰います」
 「しかし…法王庁がこの迷宮に何の用があるのだろうな」
 神の教えを広める。逆に、神の教えに逆らう者を罰する。
 法王庁の主な仕事と言えば、この2種だ。
 迷宮に入って、何をすると言って…冒険者相手に殺生をせぬよう説くのか?それとも対象はモンスターか?
 「…ものすごく、イヤな推論なら、一つ」
 ダークマターが白い顔でわずかに微笑んだ。
 「何ですか?」
 「神の教えを説くためか、異教徒を征伐するためかはともかく…この迷宮内に、それに必要な<力>があって、それを利用しようとしている、とか。…つまり、武神、です」
 ひゅ、と誰かが息を飲んだ気配がした。
 しかし、それ以上会話する余裕は無かった。
 細い通路に、3連続で敵が迫ってきていたからだ。
 ワイバーンを叩き落としファイヤジャイアントを切り伏せ忍者たちを撃退し…そうこうしながら扉を見つけて小部屋に入った。
 「武神、か。そういえば、あのサンゴートの姫もそのようなことを言っていたな」
 クルガンが扉を睨みながら呟いた。
 「この迷宮内に…あれ、が?」
 陛下にしては切れの悪い言葉で問い返される。
 レドゥアが難しい顔で顎を撫でていたが、杖をぱしりと手に打ち付けて言った。
 「しかし、あれの起動法は、人の魂では無かったか?だとすれば、法王庁では起動できまい」
 「そもそも、あれが完全に起動した歴史はありません。…我々の時代が初めてです。記録上は、ですが」
 ダークマターが三つ編みを解き、また結い直しながら感情の読めない声で答えた。
 あの<神>が目覚めたなら…またしてもこのドゥーハンは閉ざされた世界になる。いや、「また」という表現は不適切だが。
 それだけは阻止せねばなるまい。魔女も脅威だが、武神も十二分に脅威だ。
 「我々は、一歩ずつ進むより無いでしょう。そうして、力を蓄え、このドゥーハンに害をなす者たちを排除するのです」
 「御意」
 陛下の仰る通りだ。
 そもそも推論に過ぎないのだから、そう怯える必要はあるまい。
 そうしてまた動き出したところで、私の隣から、小さな小さな呟きが聞こえた。
 「…もしも…あれを今のうちに壊せたら…!」
 絶望と苦悶、それに微かな希望。
 何故か、重傷を負った兵士が最後に呟く言葉を連想した。
 ちらりと背後を見やったが、どうやらクルガンには聞こえなかったようだった。
 ダークマターはすぐに表情を消して、前方を向いており、やけに暢気な声を出した。
 「ところで…この部屋、他より暑くありません?」
 背筋が冷えるような会話をしていた割には、確かに皆の額に汗が浮いている。
 「ま、溶岩がそこでぼこぼこしているからな」
 どうでもよさそうにクルガンが答えた通り、部屋の壁際では、足下に真っ赤な溶岩が泡立っていた。
 「どうかなぁ、ここって、他の溶岩より熱いよね、きっと」
 「…それが、何か?」
 「や、フドウの依頼があったなって」
 ダークマターが背嚢から一振りの刀を取り出す。
 「では、謹んで、侍が試してみまーす」
 すらりと抜いた刀身を、あっさりと溶岩に浸ける。
 失敗したら却ってなまくらになりそうなのだが…まあ、依頼通りにやっているのだから、文句は言われまい。
 そうして、ダークマターは溶岩から引き上げた刀をじーっと見つめて、2度ほど振って冷まし、鞘に収めた。
 「ま、こんなもんでしょ。んじゃ、次、行きましょ、次」
 依頼は完了…ということでよいのだろうか。
 今受けている依頼は、ピクシー座談会(まだ43匹なので叶わず)、インゴの鍵を取ってきてくれ、レプラコーンのお面、ブタを連れてこい…これ以上はややこしくてかなわんな。
 いい加減、1階でピクシーを探してこれをさっさと終わらせた方が良いのではないだろうか、と思いつつ、先を進んでいくと。
 扉を開ける前からクルガンが不機嫌そうな声を出した。
 「…この臭いは」
 「あ〜、そっか。あんた、ポイズンジャイアント嫌いだっけ」
 好きな人間はいないと思うが。
 というか、この先にはポイズンジャイアントがいるのか?あまり戦いたい相手では無いのだが。
 部屋に入ると、確かにポイズンジャイアントはいたが、いきなり飛びかかっては来なかった。
 どうやら背後にある水晶を守っているようだ。
 「では、参りましょう」
 …全く躊躇されませんでしたな。
 アッシュの魔法が無いので、ひたすら切り刻み、ポイズンジャイアントの毒に耐える。
 幸い、ポイズンブレスを吐かれることがなかったので、大したダメージ無しに毒の巨人を倒せた。
 毒を受けたメンバーを私のポイズケアで治してから、陛下が水晶に触れた。
 魔神の記憶が封じ込められたそれを解放すると、我々はまた一つ連係攻撃を思い出すことが出来た。
 「…バックアタックって、何か役に立ったっけ?」
 「さあな。使ったことが無いので知らんが」
 まあ…有り難みは無かったが。
 囮を使って他のメンバーが攻撃するより、普通に囮も攻撃した方が早いような気がするのだが…などと話していると。
 「ほぉ…お前さんたち、なかなかやるじゃないか」
 上で出会ったドワーフが髭を撫でながら話しかけてきた。どこにいたのだろう。
 「どうだ?初めてアレイドを覚えた感想は?」
 我々は少し顔を見合わせた。
 「あの…わたくしたちは、初めてではございません」
 「何だと!?このアレイドってやつは、ながーいながーい年月戦ってきて初めて習得出来るもんだぞ!?そうでなきゃ、こんな魔神の水晶を手に入れるしか…いや、他にも水晶があったのか?…待てよ?そういえば、騎士団どもがアレイドを開発したとか何とかいう噂が…何を企んでいる、オルトルード」
 最後は独り言になりながら、ベルタンは首を振りながら去っていった。
 我々がアレイドを思い出したのは、死者の念に触れたためで、それはこの冒険者たちに配布された手甲の石によるもので…つまり、オルトルード王の企みと言えば企みなのだが。
 我々の時代には、普通の冒険者たちでも習い覚えられるものであったので、稀少と言うよりはあって当たり前という感覚であったが、本来はそうでは無いのだろうな。
 それから、我々は残りの未踏破地区を通り抜け、デュラハンを倒してもう一つアレイドを手に入れたのだった。
 「散開…ポイズンジャイアントと戦う前に欲しかったわね」
 「ま、ブレス吐かれなかったし、結果オーライってことで」
 そうして、我々は無事次の階に向かったのだった。



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