女王陛下のプティガーヅ
ダークマターのメモ
一晩、ゆっくり休んでから…俺は元気なんだけど、長がぐったりしてたんで、休まざるを得なかった…まずは手に入れた品を売り飛ばしに行った。
一応、売る前にオーダー表を見せて貰ったら。
「あ、結構ちょろいオーダー来てる」
鑑定済み武具、だの、ローブ5枚、だの、ロングソード3本、だの…。うん、そのまま売るより、効率良いな。
「クルガンさぁ、ちょっと倉庫の荷物を確認しといてくんない?」
「何で俺が…」
ぶつぶつ言いながらも、素直に倉庫に入っていくのを確認しておいて、俺はちょいと陛下に断りを入れてからその場を離れた。
さて、と。
冒険者ギルドにひとっ走りして、と。
おっと、その前に、刀はしまって、ちょっとマントを羽織って…ついでに髪も緩めにしておこう。ま、変装ってほどじゃないけど、ほんの少しだけ<守ってやりたくなるような儚げさ>が増すはずだ。
「あの…ちょっと、いいですか?」
標的は、駆け出しの冒険者で、初そうな男に限る。
戦士ならロングソードを、魔術師ならローブを、冒険者ギルドが割引安価で支給しているのだ。
予想通り、俺の遠慮がちな声かけに反応して、話を聞いてくれる男が引っかかる。
ビバ、俺の美貌。オリジナルの趣味に乾杯。
こんなことにでも使わなきゃ、意味無いもんな、壮絶に。
一応、詐欺じゃ無い。
迷宮に入るなら、もっと良い装備を着けた方が良い、って言うのも、どうせならルーシーちゃんの店を勧めるってのも、嘘じゃあないし。
ということで。
目的の物を回収して店に戻り、手早く髪をまとめて、侍風の装備に戻る。
足取り軽く帰って、さっそく切り裂きの剣とエルフのローブに交換し、ついでに他のも片づけて現金を受け取り、いらないものは売り飛ばすと、オーダーは完璧遂行出来た。ふふふ、俺ってば商売人の素質があるかもしれない。
エルフのローブは回避が高いし、俺が使うと絵的に綺麗だよね…と振り向くと。
クルガンが仏頂面で立っていた。
えーと。
怒りオーラが出てるんですけど。
「あんたが使う?忍者っぽいかもしんないよ?」
「…念のため、聞いておく」
はっはっは、ばれてるかな、これは。
「な・あ・に?」
「そのローブやらロングソードやらは…どこから手に入れた?」
しょうがないので、俺は最上限の笑みを浮かべてやった。幾人もの男を骨抜きにした(語弊あり)スペシャル笑顔だ。
「分かってて聞くのは、性格悪いと思います」
無言でクルガンの手が俺の顔に延びた。
「いでででででっ!」
思い切り頬を抓られる。
「お・ま・え・は!勝手に一人で行動するな、と、あ・れ・ほ・ど!!」
どこからか、「そこか!」と突っ込む声がした気がしたが、それどころじゃない。本気で痛い…。
ようやく離された時には、多分俺の頬は真っ赤に腫れ上がって、目はうるうるになっていた。
手首を掴まれて店を出ようとしたところで、さっき引っかけた男の一人と会った。
相手は話しかけたそうにしていたが、クルガンが殺気のこもった目で睨み付けていたため、無言で腰を引いている。
俺は擦れ違いざま、「ごめんなさい…」とか細い声で謝ってみた。
レベル1君の目は、俺には同情的に、クルガンには敵対的になっている。ま、たぶん勘違いしただろうが、結果オーライってやつだ。
ま、そんな感じで。
オーダーをこなしたり、陛下がレベルアップして体力が増えるのを待ってたり、陛下がプレートメイルなのに忍者に頸動脈さっくりやられたりしてる間に。
随分、日数が経過してしまった。
しかも、陛下ってばいつの間に玉を手に入れたのか知らないけど、騎士になってから義賊になってしまった。
もちろん、長は男泣きに泣いたさー。
てか、あの人、陛下が何やっても(冒険者である限りは)気に入らないんじゃないかなぁ。
何でも、陛下はピーピングピピンのつてであの書店主に話を聞いて、義賊というものがすっかり気に入ってしまったらしいのだ。
そりゃまー、俺だって、ただで盗める職業は良いなぁって思うよ?
でも、やっぱ、それを陛下がやるのはなぁ、とも思うんだけど。
ま、いっか。
陛下は楽しそうだし。
てことで、陛下がこつこつ稼ぎつつ…いや、今までに比べたら大幅に稼いでるけど…俺たちはようやく溶岩地帯を先に進んでいったのだった。
ちょっとした階段を抜けると、妙に涼しいところがあった。
横目に貯水槽みたいなのを眺めつつ進んでいくと。
うふふ…うふふふふふ…
「誰か笑ったぁ?」
「いや、このメンバーに、こんな色っぽい笑い方をする女性はいないな」
…ユージン、それはやばい発言だと…あ、アッパーカット喰らってる。
元騎士さまな戦士が立派な顎を押さえて蹲っていると、その<色っぽい声>が「可哀想…」と言った。
「…いやいや、お気になさるな、この程度のダメージくらい…」
ユージンが気取った声で、すくっと立つ。
そのゆらゆらと空間が揺れて、何かが姿を現そうとしていた。
「可哀想…本当の愛も知らずにいるなんて…何て可哀想な人たち…」
えーと。
「あれって、腕があるんだと思う?それとも無いんだと思う?」
「…いきなりそこが気になる、というのも、お前らしいと言うか…」
クルガンが額を押さえつつ、床にぺたりと座る者を見つめる。
「んじゃ、あんたはどこが気になるのさ」
「耳だな」
…俺が女性関係に疎いとは言え、全裸(+髪)の女性を見て、いきなり耳が気になるって言うのは、相当マニアックなんじゃないか、という推定は出来る。
つか、エルフ耳じゃないと萌えない、とかあるんだろうか。
何となく自分のエルフ耳を触っていると、クルガンがじろりと俺を睨んだ。
「種族類推に役立つからだぞ?人間かエルフか、それとも…モンスターの類か」
言いつつ、指の間にダガーを挟んで構える。
ユージンがわざとらしく肩をすくめて、甘い声で嘆いた。
「ふ…麗しの乙女に誘われて、いきなり腕や耳が気になるとは、無粋な人たちだ」
悪かったなー。…つーか、あれ、<麗しの乙女>なんて代物なんだろか。
「んで、ユージンはまずどこを見るって?」
「無論、豊かな胸だ。そして神秘の翳り。男として当然の反応だろう」
………。
騎士って………。
いや、胸を張って堂々としているところを見ると、やっぱ、あっちが正当な反応なんだろうか。
「胸は勝ってると思うのよね、胸は」
ソフィアが余裕を滲ませた声音で、剣を構える。
「あのようなはしたない女性形に心乱されるほど、若僧ではないわ」
つまり、年寄り、と。
「それでは…モンスターを排除するといたしましょう」
…陛下の声が、微妙に怖い。
まあ、胸の大きさは負けてるもんな。
青ざめた肌の女性型モンスターが、床から上目遣いでにぃ、と笑った。
うん、男に媚びたような視線も、負けてるだろうけど。いや、それは勝ち負けの問題じゃないけどさ。
てことで。
「んじゃ、いつも通りスレイとマジキャン、ついでにリーエは思う存分盗んで下さい」
ま、あの体のどこに何を隠し持ってるのかは謎だけど。
結局。
ノーダメージでやっちゃったんだけど。
きゃあああ、と最後まで色っぽい悲鳴を上げながら、モンスターは仰け反った。
その体がじわりと黒く滲んでいくのを見て、ユージンがぼそりと呟く。
「あぁ、惜しい。死体は残しておけば良いのに」
「残った死体をどうするってのさ」
「無論、研究するのでは無いか」
大真面目に言ってるけど、何となく目が笑ってる気がする。
「うむ、敵を知り己を知れば百戦危うからずや、と言うからな」
長まで…あ、さりげなく陛下に足踏まれてる。
ま、どうでもいいけどさ。
で、先を進もうとしたら。
どこからかぱちぱちと拍手が聞こえた。
「サッキュバスを倒すとは、腕を上げたものだな」
「あ、ベルちゃんだー。こんにちは」
「うむ、元気そうで何よりだ、だっくん」
騎士団長は鷹揚に頷いて、陛下の前に立った。
…あれ?一人?
「他の騎士の方々は?まさか、倒されてしまったのでしょうか?」
こんな階層でやられてたんじゃ、魔女を倒すなんてとんでもないって感じだな。
「いや…」
ベルちゃんは苦笑して、僅かに目線を逸らした。
「陛下には、冒険者たちが8階に辿り着くまで騎士団は温存せよと御命を受けていてな。何故かは分からぬが…」
8階…えーと、ここは4階。まだまだじゃん。
「しかし、私は、座して待つのはもう飽きた」
飽きたってあーた。
「ゆえに、冒険者たちには任せておけぬ、私が8階に一人で辿り着いてみせようと思ってな。ところがどうだ。魔物たちのラッシュに狼狽える始末だ」
内容の割には、すっげー楽しそうに騎士団長は笑った。
「なに、辿り着けぬでも、馬鹿が一人死ぬだけのこと。私はこの方が似合っている。昔は、私同様親の無い子供たちを率いて義賊気取りであったからな。陛下にお会いしなければ、今頃無くなっていた命だ。好きにさせて貰うとしよう」
あ〜あ。実は個人主義だったのか〜。
いいのかな、騎士団長って、戦うだけじゃなく他の政治的な仕事もあるんじゃないかと思うんだけど…そんなあっさり職務放棄していいんだろか。
陛下も何か言いたそうだったけど、結局少し首を傾げるにとどめおいた。
「ではな。君たちの方が先に8階に着くかもしれんな」
…あれ?
ベルちゃんは先に進まないのかな?
「怪我でもしてるなら、治すけど…俺、もう転職したけど、フィール使えるよ?」
「いや、なに。怪我などしておらんが、少しばかりここで休もうかと」
何でこんなとこで。
すると、ユージンが、分かった、というように手を叩いた。
「なるほど、ここはあの女淫魔の出現ポイントということか」
「うむ、あの貯水槽に水浴びに来ることがよくあるらしい」
それがどうしたっての。
サッキュバスが来るからって、何で…俺たちが倒したのを見て、自分もってこと?
「あのような輩には、偉大なる神の愛を教えてやらねばならんからな」
かぽーんかぽーんと腕を振って、ベルちゃんはにやりと笑った。
「おっさんおっさん」
俺の背後でクルガンがぼそりと突っ込んでいた。珍しいな、俺がベルちゃんって言うのも怒るのに、おっさんって呼ぶなんて。
でも、ユージンは感心したように頷いている。
「さすがは騎士団長殿だ。その通り、あのような哀れな女性には、真実の愛を教えて差し上げねば」
「うむ、それが騎士道というものだ」
「まったく」
……騎士道って……。
この時代からこんなんなのか…。
ユージンの騎士道って変なの、と思ってたが、ひょっとしてデフォルトだったのだろうか。
ま、どうでもいいけど。
結局。
先まで行って行き止まりだったんで戻ってきた時には、ベルちゃんの姿は無く。
代わりに下の貯水槽あたりから、何か聞こえた気がしたけど、速攻でクルガンに耳を塞がれて引っ張って行かれたので、聞き損ねた。
ちなみに陛下の耳は長が塞いでいる。
ユージンが感服したようにうんうん頷いていたので、たぶん<騎士道>を発揮している最中だったんだろう。
うーん、サッキュバスって、<神の偉大な愛>とやらを説かれても、改心する余地なんてないんじゃないかなぁ。そもそもモンスターなんだし。
一体、何をどうやって説明するつもりなんだろう?