女王陛下のプティガーヅ




 オティーリエの手記



 そうして、わたくしたちは酒場に向かった。
 レドゥアにダメージは無いが、如何にも辛そうな様子であったので、さすがにわたくしも4階の死に神扉を見つけるまでそのままでいなさい、とは言えなかったのだ。
 ぜいぜいと荒い息を横に聞きつつ、酒場の扉をくぐると、何も言わぬ前に奥の方から跳ねるように魔術師がやってきた。
 「凄い!凄いよ、君たち!冒険者は命知らずだって本当だったんだね!」
 甲高い笑い声は、どう贔屓目に見ても、一線を越えてしまった人間のものに思えたが、ダークマターでさえ僅かに顔をしかめたに留まった。まあ、冒険者というものは、いつでも境界のぎりぎりに立っているのだろう。
 スコーンという魔術師は、ずかずかとわたくしたちを掻き分けて、レドゥアの前に立ち、まじまじと彼を見つめた。
 今度の甲高い叫び声は、一瞬酒場の喧噪を鎮めたほどだったが、声の主がスコーンと分かると、すぐにざわめきが戻った。
 「その額にくっきり浮かび上がった『死』の文字!間違いなく死に神憑きだ!ねぇ、苦しい?すっごい不幸?」
 女のように真っ赤な唇が、堪えきれない喜びに吊り上がる。
 「あぁ…僕は幸せだよ…この世でもっとも不幸な顔を見られた気がする…」
 両手を組み合わせてうっとりと言う様は、本当に幸せそうであった。
 スコーンがレドゥアしか見ていないのを確認して、わたくしは仲間たちを見やった。
 「殴っても良い?」と言っていたし、この様は確かに腹立たしいゆえ、すぐにでも殴りかかる可能性があった。それは止めねばならない。殴るなら、報酬を得てからだろう。
 ソフィアの拳がぷるぷるしている。
 ユージンは、眉を顰めてそっぽを向いている。
 クルガンは…ダークマターを見て…牽制しているように、僅かに手が上がっている。
 さて、そのダークマターは…唇がかすかに動いている。どこか楽しそうな表情を浮かべて、わたくしと目が合うと、天使もかくやとばかりに微笑んで見せた。
 「あの…スコーン殿。これでご満足ですか?」
 わたくしの問いかけに、恋する乙女のような瞳をいきなり冷静に戻して、スコーンは懐を探った。
 「はい、約束の25000gold。あぁ、本当に良いお金の使い道だったよ!」
 名残惜しそうにレドゥアの姿をもう一度頭の先から足の先まで舐めるように眺めて、スコーンはくるりときびすを返した。
 そして。
 「…かくをもって、汝、その身に受けよ」
 ぶつぶつと唇を動かしていたダークマターが、人差し指でちょん、とスコーンの後頭部を突いた。
 「ん?何?」
 きょとんとした顔でスコーンは振り返る。
 「え?どうかした?」
 同じようにきょとんとした顔で、ダークマターは首を傾げた。
 スコーンは怪訝そうな顔で自分の後頭部を払ったりしたが、何もないのを確認したのか、すぐにまた酒場の奥へと跳ねていった。
 どうやら、相変わらず幸せそうだし、レドゥアは不幸そうである。
 一体、何をしたのやら。
 てっきり、死に神をあの愉快な魔術師に憑けたのかと思ったが。
 酒場を出て、寺院の道すがらにダークマターに尋ねて見ると。
 「へ?そんな術、あるわけないじゃないですかぁ〜いやだな、へ…リーエってば、俺のこと何だと思ってらっしゃるんです?」
 のらりくらりと笑ってかわすダークマターに少々きつめに問いただす。
 結局、最後に白状した時には、ダークマターは悪びれた様子は全く無く、少しばかり微笑んでいた。
 「ちょっとね、<共感>ってものを増幅したんです、あれの」
 共感…他人の感情を己のものと同化させる、と?
 あの他人の神経を苛立たせる男にはちょうど良いかもしれないが。
 「呪いじゃないですよ?第一、呪いなんで面倒くさいし。俺に返るかもしんないし。いや、<共感>なら返っても問題ないですけど」
 感情が無い、と自己主張するダークマターに、クルガンが苦虫を噛み潰したような顔になる。
 「一番近くにいる人間が<幸せ>ならあいつも<幸せ>に、<不幸>なら<不幸>に…さっきは、俺が面白がってたんで、あいつも何となく楽しい気分になってたんでしょうけど」
 まあ…確かに<呪い>では無い気もする。
 むしろ、人格矯正に役立ちそうな…まるで司祭のような術ではある。
 しかし、あの魔術師にとっては、絶望的な状況であろうが。せっかく大好きな不幸な人間を目の前にして、自分も不幸と感じるのでは。
 そう考えると、意地の悪い術だ。
 「本来は、モンスターとか植物とか、言語で理解し合えない種族とのコミュニケーション手段として開発されたものらしいですよ」
 「モンスター?」
 「少なくとも、相手が飢えてるかどうかは分かるじゃん。それってすっげ重要だと思わない?」
 くくくっと笑って、ダークマターはクルガンとじゃれ合いを始めた。
 モンスターと相互理解…いや、一方的に理解するだけかも知れないが…それは必要なことなのだろうか?
 相手は理性無き存在で、我々に害を及ぼすかも知れぬ存在。ならば、理解するまでもなく、排除するべきだとわたくしは思う。禍根を残すことは、民のためにはならぬだろう。
 あぁ、だが、オークを店員に使う者もいることだし…作家として付いてきているオークもいる。一概に、排除すべき、と言うべきでは無いだろうか。
 そういえば、あのピピンというオークは、今でも付いてきているのだろうか。



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