女王陛下のプティガーヅ
クルガンの覚え書き
直接攻撃は強化されたが魔法力は弱体化した中、ついでだから、と我々は前回の溶岩地帯にまで潜ってみた。
せっかく足場を固めていたはずなのだが、また溶岩に道が沈んでいる。
いちいちスイッチを入れねばならんのか。面倒なことだ。
そうしてスイッチを倒し、床をせり上げさせて進んでいく。
すると。
ある部屋の扉を開けたら、中には白塗りの女が突っ立っていた。
「おや、ここに来たってことは、酒場で依頼を見て、あたしの頼みを聞いてくれるってこったね」
…傲慢な物言い。
素肌が見えない白塗りの顔。
強力な魔力。
まさか。
いや、我々も飛ばされたのだから、あり得ぬことではない。
どうやらあっちも気づいたらしい。
「…って、エルフのお嬢ちゃんに、クイーンガードクルガン!それに…白骨死体の坊ちゃんじゃないか!」
…いや、間違ってはないだろうが、白骨死体というのはちょっと。
「ヴァーゴちゃん!うっそぉ、あんたも飛ばされてきたの!?」
「ヴァーゴちゃんはおよしって言っただろう!?相変わらず男だか女だか分からないような容姿のエルフの嬢ちゃん!」
「いやー、懐かしいねぇ。ゴロちゃんたちは元気?」
「そう、それだよ」
きゃっきゃっと、けなしあってるんだか喜んでるんだかわからんような挨拶を済ませた後、爆炎のヴァーゴはすぐには分からぬほど僅かに肩を落とした。
魔術師の杖でとんとんと肩を叩きながら、周りを示すようにぐるりと手を回す。
「こっちにはあたしだけじゃなく、キャスタも来てんだよ。それがはぐれちまった」
「はー、キャスタもね。これで一体、何人が飛ばされて来てるんだか」
指折り数えているダークマターの背後で、ユージンが真剣な顔で、グレース、と呟いた。
まあ、あの百合の姫も来ている可能性は0では無いが…これまで出会わぬのだから、来ていないほうに賭けるがな、俺なら。
「はん?他にも来てんのかい?」
「リカルドとサラとグレッグとルイ姉と…で、俺とクルガン、それにソフィアに長にユージン、んで…リーエ」
陛下は何食わぬ顔で、フルプレートのマスクを顔に降ろしていた。これでは、中身が陛下とは…それどころか女性とさえ分からぬのではなかろうか。
「聞いたことの無い名だね。…ま、あたしにゃ関係ない」
苛立ったように白塗り女は肩を揺すり上げた。
「この世界、どうも稼ぎが少なくってね。どうやら貨幣価値ってもんが違うらしい。こんなしけた世界でいるのはイヤさね。あたしはどうにかあっちに帰りたいんだよ」
「んー、まあ価値は違うけどさ、この世界に定住する気なら、問題無いんだけど」
「だから、あたしはこんなとこに定住する気は無いってんだよ!どうやら魔神のお宝もないようだしねっ!」
…まだ、魔神の宝なんぞに拘っていたのか。あれは長の嘘だというのに。
「キャスタと手分けして、帰る方法を探してたんだよ。そしたら、あのブタ、帰って来ないんだ。どうも5階で鍵のかかった部屋の奥から聞こえる泣き声が、あのブタっぽいんだが…あんたら行ってあのブタにさっさと来やがれ!って伝えとくれ。礼はするからさ」
白塗り女が馴れ馴れしくダークマターの胸を小突く。
「俺は、知らない仲でもなし、受けてもいいと思うんだけど…」
苦笑しながらダークマターが陛下をちらりと見た。
「よろしいでしょう。5階に行ったなら、気を付けておきます」
「そうかい!ありがとよっ!」
白塗りは、これで用は終わり、と俺たちに出て行けという仕草をした。
出ていこうとして…白塗りがダークマターの腕を掴んだのが見えた。
「ちょいと!あんたらが死んだ奴まで総出で仕えてるってことは、あのリーダーは…」
「…まあ、ご想像通りです。クイーンガードがフル出勤だもんね」
白塗りの真っ赤な唇から、ひゅうっと楽しそうな口笛が飛び出した。
「へぇ…まさかあの陛下をこんなに間近で見られて、しかも会話出来るなんてねぇ。生きておくもんだねぇ」
…案外と、忠信篤い国民だったらしい。
陛下をお姿を拝見して寿命が延びたとありがたがる年寄りのようだ。
まあ、あの白塗りを剥がすと、結構、年なのかも知れんが。
そうして、少し先に進んだところで。
ヘルハウンドのファイヤブレスを食らって、面倒なのでそのまま帰ろう、という話になった。いや、回復の手間を惜しんでいるのではなく、やはり陛下が騎士に転職された方がアレイドが出しやすい、という理由でだ。
帰る、と言っても、リープを覚えているのは陛下で、今魔法は使えないため薬を使うしか無いのだが。
入り口まで帰り、支店で騎士の玉を買ったところで。
「そういえばさぁ。あのめっちゃむかつく魔法使いの依頼って、現金で報酬が貰えるんだよね」
ぼそりとダークマターが呟いた。
今、俺たちの手持ちは、わずか1000Goldあまり。
顔を合わせるまでもなく、パーティーの心が一つになった。
ということで、待つこと数時間。
迷宮のどこかから脈動を感じた。
よし、死に神が出現したな。
「あっちだ」
ユージンが奥を指す。どうやら、こいつが一番死に神の気配に敏感らしい。
まあ、あれだ。蜘蛛が苦手な奴に限って、一番先に蜘蛛に気づくのはそいつ、というやつだろう。
「それじゃ、恨みっこ無しの、確率勝負!」
「…まあ…速攻祓えば良いんだからな」
運、というやつとは、どうも縁が無いからな…こいつもどっこいだろうが。
死に神に憑かれると、何故か攻撃力は増えるのだが、いかんせん敵からのダメージも増える。そして、死ねばそのままロスト。さすがにそんな状態でいたいとは思わんな。
ばらばらと逃げていく冒険者たちの流れに逆らって、ユージンの言葉のままに走っていく。
そして、空間の歪みが視認出来るところで、俺たちは足を止めた。
さて。
来るなら来い。ダークマターに笑われる覚悟はしているぞ。
結局。
「いやん、長、お似合いです、そのおでこ」
「あらぁ…私でも良いと思ってましたのに。攻撃力増えるし、そうそうやられたりしないし」
「うむ、レドゥアも盗賊に連続でやられると危ない生命力だからな。あいつに見せたら、さっさと祓った方が良いだろう」
言い返したいのは山々だろうが、長は目を落ち窪ませて、ぜいぜいと荒い息を吐いた。
まるで元の年齢に戻ったような動作で額の冷や汗を拭う。
そうか…長に来たか…確かに年齢的には一番死に神に近かろうが。
まあこれで依頼は達成出来るのだし、さっさと祓えば…。
「そういえばさぁ」
ダークマターが無邪気な様子で小首を傾げた。こいつのこういう態度は危険だ。ろくでもないお強請りモードに近い。
「死に神憑きって、普通では見えない扉が見えるんだよね」
そういえば…そうだったか?
3階はあのデブ女のメダルで入ったが、他の階にも扉はあるかもしれんな、確かに。
「1階と2階の敵なんて、ちょろいもんだし…それだけでも行ってみたらいいんじゃないかな〜みたいな〜」
えへっと人差し指を顎に当てて微笑む。
あぁ、くそ、死に神憑きを見に来た物好きな冒険者が、うっかりと魅入られてるだろうが。愛想を振りまくのは止めろ。厄介なことになっても、俺は助けてやらんぞ。
「そうですか…早く依頼を済ませて祓おうと思ったのですが…」
陛下が重々しく頷かれた。
「レドゥア、しばらく我慢出来ますね?」
「…御意」
「それでは、参りましょう」
…俺が言うのも何だが…長…気の毒だな。
俺に死に神が憑いていたら言わないつもりだっただろうに…長なら良いのか、長なら。
全く、もう少し<仲間>に愛着を持たせねばならんな。