女王陛下のプティガーヅ




 レドゥアのノート。


 蘇生されたオティーリエをゆっくりと休ませようと、宿で奮発して個室を得て、もうすっかり夜も更けきってさしもの冒険者の宿も静けさに満ちた頃。
 「起きてらっしゃいますか?」
 荒くはないが、遠慮もしていない調子でノックがされて、ダークマターの声が響いた。
 諫めようかとも思ったのだが、オティーリエが起きあがったので、渋々扉を開く。
 「お休みのところ、申し訳ございません。少し、作戦会議をよろしいですか?」
 頭を下げるダークマターの背後で、クルガンが苦虫を噛み潰したような顔で突っ立っており、私と目が合うと、軽く肩を竦めて見せた。
 どうやら、クルガンも説得はしたが無駄だった、というところか。
 朝になってからではいかんのか、と言いたいところだが、オティーリエが衣擦れと共に歩み寄り、
 「構いません。ここで行いますか?」
 「はい、よろしければ」
 「では、皆を集めなさい」
 「御意」
 ………。
 氷のように冷たい無表情、やけに敬語の混じる淡々とした口調、それに…針で突いたような穴にまで縮まった瞳孔。
 これには、見覚えがあるな。
 そう…あれは、人身売買組織の尻尾を掴んだ時であったか。今少し待て、と言うにも関わらず、一人で資料を山ほど集めてきて、論理的に「まだ動かぬのか」と突っついてきたことがあったな。
 一見そうは見えぬが…酷く怒っていたのだろう、と後で推測できたものだが。
 私が遠い目をしていると、残っていたクルガンが、ひっそりと呟いた。
 「洒落にならんくらい怒っているようだ。非礼は、俺の方から謝罪する」
 何故、お前が。
 …と言いたいところだが、ダークマターが怒っているのは、クルガンが死んだためであろうな。
 ………オティーリエが亡くなられた時には、平然と遊びに行っていたくせに、な。
 やれやれ、手負いの獅子ほど扱い難いものはない。言いたいことを言わせてみるとするか。
 
 さて、そうして個室に6人集まったところで、ダークマターはおもむろに懐から紙束を出してきて配った。
 …また、書類攻撃か…ただでさえお前の字は見難いというのに。
 「これは、四階以降で出会う可能性がある魔物たちの構成、及び、使用アレイドの種類です。先行している冒険者たちや騎士団に聞き取りました」
 淡々と説明するダークマターに促されて、手元の紙に目を落とす。…おや、クルガンの字か。助かったな。
 案外と整った字で、走り書きのように魔物の特徴とアレイドが書き込まれている。
 「よく、教えてくれたな。何というか…そういう知識は、冒険者たちの知的財産かと思っていたのだが」
 ユージンが感心したように言った。
 私もそう思う。冒険者にとって、同じ冒険者は連帯意識もあるが、ライバル意識もあるだろう。ことに、魔女討伐の栄誉は、一組にしか与えられぬとなれば。
 それを聞いたダークマターの顔に、ひんやりとした笑みが浮かんだ。
 「皆、快く、教えて下さいました」
 クルガンが天井を向いて聖印を切っている。
 さぞかし無茶をしたのだろうな…どうやって聞き出したのかは、問わない方が神経に良いだろう。
 ダークマターはすぐに表情を消し、また淡々と告げた。
 「では、これを完璧に頭に刷り込んで下さい。無論、俺は記憶済みですが、全員が覚えているのに越したことはないので」
 思わず、全員が体を揺らす。
 …この量をか。まだ見知らぬ魔物の名まで掲載されているこの多数の組み合わせを、記憶せよ、と。
 ダークマターは、自分が当然のことを言っているとしか認識していないのだろう、反論など思いつかないと言った風に、さっさと話を進めた。
 「さて、その上で。この魔物のアレイドには厄介な取り合わせが存在します。特に、こちらの攻撃の邪魔をする牽制射撃と、魔法を唱える者を攻撃するマジックキャンセルは危険です。こちらの攻撃が無効化されるものと、魔法を唱える者が無防備に攻撃を受けるのと。幸い、両方が一度に発動することは無いでしょうが」
 ダークマターの指が、書類の中を行き来する。どうやら、そのアレイドを出す者たちを示しているようだが…早すぎて、さっぱり分からぬ。しかし、確かに危険ではあるので、後で確認しておくとしよう。
 「牽制射撃を行う者には魔法を、マジックキャンセルを行う者には直接攻撃を…または、囮として早く動ける者がまず魔法を撃ち、攻撃を受けている間に本命の魔法を唱える、という手段もありますが」
 …囮…ダークマターは、その手法が嫌いであったはずだが…あぁ、自分がするつもりだな。確かに素早く魔法を唱えるにはうってつけの人材ではあるが。
 クルガンも早いが…攻撃を避けられぬのではな。鎧が堅い方が向いているのであろう。
 「そこまでは、ただのこまめな戦術選択で何とかなります。しかし、小手先の対処法では、抜本的解決には結びつきません」
 乗ってきたようだな…この炯々と輝く目からして、己の思うところを通さねば収まらぬだろうな。
 しかし、抜本的解決、か。
 こやつにとっての、抜本的解決とは何か、というのは…それも聞かぬ方が神経のためであろうな。
 「取りうる方法として、誰かが転職する、という道はありますが、我々は属性の縛りがあるため、望む職に就けるとは限りません。しかし、転職の玉も見付からぬ現在、残る方法は一つです」
 そこで、ダークマターは、ふと深呼吸した。そして、すぱっと言い切る。
 「前衛のクルガンを下げ、俺が前に行きます。そして」
 まあ、それは推測されていたが…まだあるのか?
 「陛下には、戦士になって頂きます。騎士の玉を見つけるまで、それで生命力を鍛えて下さい」
 な・ん・だ・とーーっ!
 この繊細でたおやかなオティーリエに、こともあろうにがさつな『戦士』になれと言うのか!不敬にもほどがある!
 言葉を失っている我々の中で、クルガンが腕を組んで不機嫌そうに言った。
 「また、俺に下がれ、か。その生命力で、よく言う」
 そうなのだ、生命力としては、さすがに一番低いのはオティーリエだが、次に低いのがダークマターなのだ。
 「もしも、俺が死んだら、また考えます。それまでは、貴殿が一度死亡した、という実績を重視すべきでしょう」
 …あぁ、これは駄目だ。
 クルガン相手ですら敬語とは……完璧に戦闘態勢だな。
 同じように考えたのだろう、クルガンがふと息を吐いて髪を掻き回した。
 「まあ…そう言われると弱いが。まあ、いい。すぐに忍者になって、お前の横に立つからな」
 微妙に背筋が痒かったが…よし、まだ耐えられる程度であった。
 これでクルガンの件は片が付いたとして。問題は。
 「わたくしが、戦士…ですか?」
 「はい、生命力を伸ばすには、それが最適です。防御力の高い鎧も身に着けられますし…問題は、魔法使用者が減るということですが、幸い長が錬金術師となって、魔法も身に着けています。それに期待しましょう」
 まさか、こうなるとはな。
 しかし、不本意ながら、オティーリエが攻撃を受けても耐えられるようになるには、今はそれが最適かも知れぬな…不本意だが。実に不本意だが。
 我らクイーンガードが四人も付いていながら、オティーリエを二度も死なせてしまうとは…えぇい不甲斐ない。
 「わたくしが、戦士…ふふ、昔、憧れたものです」
 …オティーリエ…。
 嬉々として目を輝かせないでくれるか。私は、淑女に育て上げたつもりなのだが。
 「良いでしょう。わたくしが戦士になる…それでは、誰が下がるのでしょうか?」
 しかも、前衛に立たれるおつもりか!後衛から弓でも射っておいでなさい!
 「いえ、申し訳ございませんが、実際問題として鎧が無いもので、陛下には今しばらく後衛でいて頂きたいと思います」
 「そうですか…残念ですね。せっかくの機会ですのに」
 心底残念そうに溜息を吐かれ、オティーリエは微笑んだ。
 「では、明朝、夜が明ければすぐにでも転職に参りましょう。皆の者の、一層の働きを期待します」
 「はっ!」
 そうして、我々は解散した。
 まだダークマターの瞳孔は小さいままであったが…クルガンが首根っこを掴んで引きずっていったから、まあ、朝までには何とかなる…いや、どうするのかは考えたくないが…朝には機嫌が直っておると良いな。
 



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