女王陛下のプティガーヅ
ソフィアの日記
陛下の死という衝撃的な出来事があったけれど、でも、陛下が魔術師である以上、これ以上丈夫な防具が着けられるわけでなし、結局そのままの体制で、私たちは迷宮に向かうことにした。
まずは、私たちが譲り受けることになった迷宮内の土地を確認することにした。
いつもの市の役人が荷物を除けてくれる。
閉ざされた空間に一歩踏み込むと、それだけで異臭がした。
臭いに敏感なダークマターなんて、吐きそうな顔で手で鼻を覆っているわ。
でも、この子が警告しないってことは、臭いがきついだけで、人体に影響は無いのかしら。
ちょっとした通路を経て、部屋の中に行くと。
部屋の真ん中に、ガスドラゴンが座り込んでいた。
この階層にガスドラゴンがいるっていうのは珍しいんじゃないかしら。下から迷い込んできたとか…それとも私たちを見ても襲いかからないってことは、戦いに飽きた老ドラゴン…とか。年齢なんて、見当も付かないけれど。
あまりにも相手が静かなので、どうしようかしら、と陛下を見ると、陛下は決然として仰った。
「排除しましょう。邪魔です」
あぁん、陛下ってば、男前〜!
ガスドラゴンはブレスが厄介だけれど、戦い方は割と簡単。クルガンとダークマターという敏捷度の高い二人が組んでアレイドを出すのだ。ダークマターがクルガンのダガーに魔法をかけて、クルガンがガスドラゴンの皮膚を切り裂くと、ガスドラゴンはあっさりと昏睡状態になった。
その間に、私とユージンがダブルスラッシュを叩き込む。
わずか2ターン、ノーダメージでガスドラゴンを葬った私たちは、報告のために竜の心臓を持って扉の外に出た。
「こ、これはお早い!」
…その手から転がっていったのは、酒瓶に見えるんだけど…ホントに飲んだくれなのねー。でも、いつ敵が来るかも分からない迷宮内でお酒を飲むなんて、剛胆とも言えるかしら。
「では、この土地は貴方達のものです。いやー、騎士にも見つからずに済んで良かった!」
…見つかるとまずかったの?
「では、私はこれで」
役人は、扉の前に積み上げていた荷物を台車に乗せて運んでいったけど、ちゃっかり転がした酒瓶を拾って荷物の間に隠していた。…やーねー、アル中って。っていうか、あれで市の役人が務まってるのかしら。いわゆる給料泥棒ってやつじゃないの?
それから私たちはいつも通りに二階を通って三階に降りた。
クルガンは、もう一度落とし穴から落ちてマップを完成させたいって言ったんだけど、ダークマターがふと思いついたように左を見た。
「そーいやさー、あっちって、最初に確認しただけだよね?何で先に行けないんだったっけ?」
「ん?え〜…向こうから鍵が掛かってる…んだったか」
クルガンが懐からマップを取り出しつつ、何気なく扉を押した。
それは、ひどく呆気ないほどに開いた。
「新しい道が続いたようですね」
「…そのようで…」
「どこかのレバーを倒した時に、一緒に開いたのではないか?」
ま、開いたものは開いたで良いじゃない。
クルガンはまだ落とし穴に未練があるようだったけど、新しい道を埋めることにも興味を覚えたようで、嬉々として先行し始めた。
「駄目じゃん、先走っちゃ!」
ダークマターがぱたぱたと続く。
二人が仲良くレバーを倒したり、頭を付き合わせてマップを書き込んだりする様子は…それなりに微笑ましいと言えなくもない…かも。ちょっと悔しいけど。
そうして新しく開いた道は、以前回廊のようになっていて、階段の下に大きな穴が開いていた場所へと続いていた。レバーのおかげか、ちゃんと穴も塞がって、上がれるようになっている。
うーん…一応、下への道のショートカットになるのかしら。
他にもマップを埋めるために戻ると。
ある部屋でオークが喧嘩しているところに出くわした。
えーと…指輪を落とした?
パンツを上げる?父親のお古?
…オークってよく分かんないわぁ。
とにかく、あんまり可愛くない種族だっていうのだけは確かだけど。…つぶらな瞳〜とかたぷたぷしたおなか〜とか、自分をだましてみても…やっぱり可愛くないわよねぇ。
二体のオークが助けを求めてきたけれど…私はイヤだわ、生理的に受け付けないのよね、戦闘中にパンツを上げる種族って。
でも、お優しい陛下がオークを庇ったので、残りのオークはしくしく泣きながら去っていった。ついでに、二体のオークも追いかけて行ってしまった。
…何だったのかしら。
あ、そういえば、死に神扉の先にも行ったわ。
何で見えるのかしら、と思いつつ入ったら…。
「あら…何の音でしょう」
ぱきん、と軽い音が陛下の胸で響いた。
陛下はぱたぱたと懐を探り。
…あのお金持ちのお嬢さんから頂いたメダルが砕け散っていた…そういう効果だったのね。そういえば、見えない扉が見えるとか言ってたような気もするわ。
でも、砕けちゃったからには、もう無いのよねぇ。一階と二階にも扉があったような気がするんだけど…まあ、無くなったものは仕方がないわね。
死に神扉の内部は、トラップが満載だったけれど、クルガンが楽しそうに外した。案外、盗賊が馴染んできているのかもしれないわね。
一つアイテムを入手して、今度こそ私たちは四階へと降りたのだった。
四階は暑苦しい場所だった。
そこかしこから溶岩の吹き溜まりが見えていて、蒸気が吹き上がっている。…落ちたら、ひとたまりも無いわね…。
「暑いよ〜、やだよ〜」
うだうだと歩くダークマターをクルガンがはたく。しょうがないじゃない、ダークマターはきっちりマントまで着てるんだから、貴方みたいな軽装じゃないんだもの。
かく言う私も…鎧の下の服がじんわりと濡れていく。
幸い、私たちの中にフルプレートの者はいないけど…騎士団なんか、歩くだけで倒れそうね、ここ。
とても簡単な造りの最初の区画から、外に出る。
それ以降は割と一本道で、溶岩地帯の通路の先へ行って、レバーを倒して、せり上がった道を通って、またレバーを倒して…。
あら、簡単ね〜、なんて気軽に行ったのがいけなかったのかしら。
それは、オーガとファイヤジャイアントと盗賊、という取り合わせだった。
いつも通り、後ろの盗賊がイヤなので、スレイクラッシュ、クルガンとダークマターがスタンクラッシュ…ってとこまでは良かったんだけど。
盗賊が。
盗賊のクロスボウが。
次々と陛下に叩き込まれてしまって…そして、長の癒しは間に合わず、また陛下はお亡くなりになったのだった。
しかも。
「陛下!?」
クルガンが、らしくもなく動揺したのか、背後からの牽制射撃が無いのがいけなかったのか、ファイアジャイアントの攻撃を2回食らって、あっさりと死んじゃったのだった。
傷口を燃え上がらせて倒れるクルガンを見て、如何にかダークマターが動揺するかと思ったけど、クルガンの死体を引き寄せると、さくっとそれを乗り越えた。
「んじゃ、二人はいつも通りスレイクラッシュで、長は好きにして、俺も好きに攻撃するからさ」
投げやりな指示だが、ダークマターの背後にはクルガンの死体があって、アレイド連携が出来ないのでしょうがない…のね、たぶん。
で、後は無事に片づいたんだけど。
長が陛下の体を抱いて呆然とするのを後目に、ダークマターはクルガンの体をごそごそ探った。
「…よし、割れてなし。んじゃ、帰りますか〜」
取り出した帰還の薬を掲げて、暢気な声で告げる。
もちろん、異を唱えることなく帰ってきて、寺院で復活させたんだけど。
クルガンは、目覚めた途端に、ダークマターを心配した。
私が、
「思ったほど、動揺してないわよ?前の、へ…リーエが亡くなった時と同じくらい。淡々って言うか〜」
と多少の意地悪も込めて告げてやると、とても怪訝そうな顔をしていた。
「そんなはずは無いだろう?俺が怪我をしただけで騒ぐ奴だぞ?」
「でも、平気そうだったもの」
クルガンは納得できなさそうな顔で、頭を振り振り寺院の固い寝台から降り立った。
横に置いてあった装備を身につけ、首を傾げながら出ていく。
私は追いすがって、意地悪く聞いてやった。
「どこに行くの?」
クルガンはじろりと威嚇したけれど、最後には渋々答えた。
「ダークマターを探す」
んもー、過保護なんだからぁ。
くすくす笑って足を止めた私を置いて、クルガンは小走りに行ってしまった。ちょっと見えた横顔は、焦りを含んでいた。
…まあ、確かに私も半信半疑なんだけど。
あれだけクルガンに懐いてる子が、目の前で死んだのを見ても平気…なんてねぇ?