女王陛下のプティガーヅ



 レドゥアのノート


 私たちは、初めてカルマンの迷宮に足を踏み入れた。
 前衛にソフィア、ユージン、ダークマター。
 これに関しては、クルガンが、「俺が前衛に行く!」と言い張ったが、ダークマターの「俺の方が装甲が厚いの!」という意見に押し潰された。クルガンはそれでも回避がどうこうと喚いていたが、このように初心者レベルの体術しか持たない状態では、あてにならない、ということで、他の者の意見が一致したのだ。
 ぶつぶつと文句を言うクルガンは、ダークマターの「じゃあさ、俺が怪我したら、すぐに替わってよ」という言葉に、ようやく納得したようだ。
 そのため、ダークマターの後ろにはクルガン、そしてユージンの後衛には私が入った。やはり、一度は陛下に反旗を翻した男。陛下の前に配置するほど信用できぬ。
 迷宮の入り口を下り、本格的な床の造りになった場所で、騎士に会った。
 何でも、迷宮の心得や盗賊のコーチがあるということらしい。
 我々は、素直にそちらへ向かうことにした。
 まっすぐに進み、開けた場所の中心で、
 「あ、何か昆虫ぽいのがいる」
 奥に魔物らしき影がいるのを発見した。敵はこちらに気づいていないのか我々の目前で方向を変え左へと這っていく。
 うまくいけば背後を突けるかもしれない、と我々は手慣らしに戦ってみることにした。
 生憎と直前で気づかれ、奇襲は出来なかったが、まずはクルガンの投げナイフが蜘蛛の背に突き刺さる。
 ダークマターのメイスが足を潰す。
 だが、蜘蛛は最後の力で糸を吐き、剣を奮おうとしていたソフィアの体を絡め取った。
 「きゃっ!」
 動きが止まったところに、もう一匹の蜘蛛が噛み付く。
 「よくも、やったわね!……あぁん、解けない!」
 私のナイフが傷ついた方の蜘蛛に当たり、どうにか1匹は倒せたようだ。
 ソフィアがジタバタとしている間に、またもう一回噛み付かれ、顔色が悪くなる。どうやら毒はないようだが、それなりに強靱な顎に、肉を持って行かれているらしい。
 ユージンの剣とダークマターのメイスが残り1匹を倒す。
 クルガンがナイフでソフィアの糸を切ってやった。
 「あぁ、もう!私、何も出来なかったじゃない!」
 髪に絡まった糸を忌々しげに振り払いながら、ソフィアは地団駄を踏んだ。
 クルガンはクルガンで
 「こんな蜘蛛如きにかかった時間が3分…何てことだ」
 イライラと空に向かってナイフをふるう。
 「しょうがないっしょ。駆け出しなんて、そんなもんだよ」
 蜘蛛の死骸に向かってなにやらごそごそしていたダークマターは、立ち上がって陛下に手にしたものを見せた。
 「蜘蛛の糸です。魔法石の材料になると思われます。……俺たちの時代と同じ精製法なら、ですけど」
 小さな棒きれに巻き取った糸を背嚢にしまいこむ。
 陛下は頷き、私とダークマターに向かって言った。
 「ソフィアの怪我を癒して下さい」
 さて、やはりソフィアも惚れた男に癒される方が嬉しいだろう。ダークマターに目をやると、素っ気なく陛下の杖を指さした。
 「いや、出来れば、陛下の『封傷の杖』で治して下さい」
 何を出し惜しみをしているのだ。なら、私が魔法を…と思えば、どこか面倒くさそうに髪を掻き上げた。
 「魔法はね、一応、戦闘途中で治癒かけなきゃならない時のためにおいときたいんすよ。どうも一日1回くらいしか使えそうにないんで。その杖は持ってないと使えないけど、戦闘時にへ…リーエはナイフ装備してるっしょ。だから、ね」
 陛下は頷かれて、封傷の杖の魔法を解き放った。
 ソフィアの怪我が全快する。
 「あぁ、多分、その杖、9回使えると思うんですよね。魔力が満タンだろうが、残り1回だろうが、同じ値段で売れるんで、8回まで使ったら売っ払いましょ」
 ……せこい。
 だが、ソフィアも大きく頷いている。
 …陛下でさえ。
 こういう貧乏な生活ゆえか、それとも素質はあったのか。
 なにやら、陛下といいソフィアといいダークマターといい…けちくさいと言うか、貧乏性と言うか、小金に拘っている気がする。
 あぁ、私のオティーリエが世間ずれしていく……。
 
 左の小部屋では盗賊が罠や宝箱について解説していた。
 我々にとっては、特に珍しいことではなかったが、一応神妙に頷いていると、盗賊はさっさと消えた。
 部屋の中の宝箱は勝手に開けてよいらしい。
 「俺の出番だな」
 クルガンが鍵開けに挑戦するが、コンマ数秒でかちりと音がする。
 「…俺でも開けられるレベルじゃん」
 「やかましい」
 もう一つを開けて、中身を取り出す。
 「さて…一つは鎧、一つは剣。我々に鑑定能力は無し」
 「でもって、我々には、鑑定料金も無いのですよ、困ったことに」
 にっこりと、天使もかくやという笑みを浮かべて、ダークマターは鎧を手に取り、ユージンに差し出した。
 「着けて?」
 ………。
 仮に、呪いの防具なら、呪われるのだが…呪いを解く金もないのだが…。
 「大丈夫。俺の第6勘が、大丈夫と告げている♪」
 そんな、可愛らしく上目遣いに見上げても、怪しいものは怪しいわ。
 だが、ユージンは苦笑してそれを受け取った。
 「分かった。君を信用しよう」
 ………この男は………確かに、臆病者では無い。
 黙々と鎧を付け終えたユージンは、試すように体を動かした。
 「ふむ…魔法も何もかかっていない、初心者向けのフルプレートに思えるな。品質は良くないが、ごく一般的な」
 「だそうです、へい…リーエ。ユージンかソフィアが使えると思いますが、どうします?」
 先ほどから、ダークマターが呼んでいる『リーエ』というのが、我々が決めた陛下の愛称である。
 オティーリエに似ていて(似ていないと、自分が呼ばれている気がしない、という陛下の御意見)、さりとてあまり似てもいず(あまり似ていると、やはり陛下を呼び捨てにしているという罪悪感に囚われるというクルガンの意見)、ついでに『へーか』という響きとちょっと似ている(これはダークマターの意見)という理由で採用された。
 ダークマターですら、つい「陛下」と呼びかけては、直している状態である。これから慣れねばならぬ。
 その陛下は、ユージンに頷いてみせた。
 「ユージン、そのまま着用していなさい。ソフィア、良いですね」
 「構いません」
 まあ、他人が着けたフルプレートを脱いですぐ渡されても着る気にはならぬだろうな、妙齢の女性としては。
 ユージンは、ダークマターに手を出し
 「その剣の方も、私が抜いてみようか?」
 と聞いたが、ダークマターは少し考えて、首を振った。
 「やめとこ」
 「ふむ。それも、君の第6勘かね?」
 「そうとも言うし…」
 ダークマターは目を細めて剣を見た。
 「あえて理由を説明するならね、盗賊にとってフルプレートは全然興味ないものでしょ?だけど、剣はまあ小剣に近いし、価値が理解できると思うんだよね。なのに、彼にとっては無価値な物として宝箱に入ってる。つまり、体よく厄介払いしたい理由がこれにあるんじゃないかと」
 「なるほど」
 ユージンは、剣を抜こうとはせずに背嚢にしまった。
 それにしても、ダークマターは冒険者の経験が長いだけのことはある。そう感心していると、ダークマターは苦笑した。
 「あんまり信用しないで欲しいなー。適当なんだから」
 ふむ…これは、早急に誰かが司教となるか、鑑定料くらいは払えるようになるかせねばならんな。
 そして、その部屋を出る前に、陛下は着けていた指輪をソフィアに渡した。
 「わたくしよりも、前衛に立つ貴方に役立つでしょう」
 回復の指輪か…確かに、前衛が持っているべきだろう。
 「有り難く拝借いたします、へ…リーエ」
 …ソフィアも、まだ言い慣れぬか。

 次に向かった右の部屋では、研究家らしい騎士が本を片手に講義をしていた。
 そこでは、大した情報は得られなかったが…あぁ、僧侶もかなりの戦闘力がある、と言った時点で、ダークマターが勝ち誇ったようにクルガンを振り返って殴られていたくらいであるな。
 だが、最後に。
 戦闘の新機軸、とやらの解説にはただ無言で目を見交わした。
 部屋を出てから、こっそりと話し合う。
 「ふむ、まだ、アレイドは生まれていないのだな」
 「今、生まれつつある、と言った時期か」
 「…ていうかさー、クイーンガードって、この時代にあるんだっけ?」
 クイーンガード。
 その言葉が生まれたのは、確か女王オリアーナの即位時であったか。
 ふむ…ここが、我々の世界に繋がる過去とすれば、王女はどこかで生きており、後に即位する、そしてクイーンガードが生まれ、アレイドが継承されていく…ということになるはずだが…。
 「悔しいな〜。絶対、記憶に、いっぱいアレイドあるはずなのにさー。思い出せないんだもんなー」
 人差し指の背中をがりがりと噛みながら、ダークマターが床を睨み付ける。
 珍しく真剣に考えているらしいダークマターの頭を、クルガンがぽんぽんと叩く。
 「思い出すべき時が来れば、思い出すだろう。どうせアレイドを行使するにも、ある程度の戦闘力は必要なんだ。今は経験を積んで能力を上げることだけ考えてろ」
 ダークマターは、しばらく黙ってから、こやつには似合わないほど感情を押し潰した声で呟いた。
 「…俺、嫌いなんだよね。記憶にはあるはずなのに、それが封印されてるのって」
 あぁ、そういえば、こやつにとっては2度目になるのか。記憶を失い、新しく始める、というのは。
 確かに、あまり楽しいものではなかろうな。
 クルガンは、今度は叩かずにぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。
 「……分かったよ。考えない」
 仲の良い奴らだ。クイーンガード時代から、ダークマターの世話はクルガンが一番焼いていたが、冒険者となってからも、ただ二人のクイーンガードとして武神と戦ったのだし…いや、その辺については、私としても忸怩たる思いはあるが…ともかく、結びつきが強くなってもおかしくはないのだろう。
 …おかしくはない…範疇だと思うのだが。
 頼む、範疇であってくれ。
 「ダークマター、指から血が出てるわ」
 ソフィアが些か強引にクルガンを押しのけて、ダークマターの手を取った。
 先ほど自分の歯で傷つけたのだろう、人差し指から血が流れている。
 ソフィアがそれに唇を寄せようとして…ダークマターは、ぱっと手を引っ込めて、クルガンの背中に回った。…ソフィアから隠れるように。
 「あら」
 …その一言に、天空を覆うほどの暗雲を連想させられる。
 ダークマターを背中に回したまま、クルガンは溜息を吐いた。
 「ダークマター。そんなあからさまに警戒するな」
 「…身の危険を感じました。なんだか、とっても」
 ダークマターをぺたっと背中に張り付けたまま、クルガンは我々に向かって説明した。
 「こいつは、下手に見てくれが良くなったせいで、女にもてるようになったは良いんだが…どうもよけいに女性不信になったようで、相手から寄ってくると、非常に警戒する。自分から触りに行くのは平気なんだがな」
 「まあ…女性不信だなんて…一体、どんな女に引っかかったのかしら」
 やや嫉妬混じりの声でソフィアは言ったが、納得はしたようであった。
 「そうね、あの頃から、ダークマターは女性を相手にすると困惑していたものね。…でも、私相手に警戒しなくても良いのに」
 「…まあ、そのへんは、また」
 クルガンの視線が泳いでいるな。何か言いづらいことがあるらしい。
 「ダークマター。わたくしも、怖いですか?」
 陛下のお言葉に、ぴょこっと顔が覗いて、ふるふると頭が振られた。
 「あ、可愛い〜」
 ソフィアが呟いたとおり、何か小動物めいた仕草であった。
 「まあ、同性愛は、名のある貴族には嗜みであったし、私は特に偏見はない」
 うんうんと頷くユージンの言葉には。
 「「違う!」」
 クルガン、ダークマター同時に叫ぶ。
 うーむ、ユージン卿…こやつも天然ぼけであったのか。

 その後、階段を降りて奥へ進もうとしたところで、獣の魔物に出会った。
 白い毛皮と女の顔の魔物は、素早い動作で我々に忍び寄り、爪をふるう。
 逆にこちらの攻撃は、ことごとくかわされる。
 ソフィアの顔色が悪くなったため、直接攻撃では不利と見た陛下が火炎の魔法を唱えられた。
 「クレタ!」
 初歩魔法だが、魔物はそれで焼け死んだ。
 ダークマターが、また素材を探すのだろう、死骸に向かっている間に、クルガンがユージンの胸ぐらを掴んだ。
 「貴様!攻撃を2回も外して…やる気があるのか!?」
 「…すまぬ」
 「まさか、故意に我らを窮地に陥れているのではあるまいな!」
 「クルガン」
 陛下の凛然とした声が叱咤する。
 首を振りながら戻ってきたダークマターもつけつけと言った。
 「お互い、初心者になってんだから、文句言わないの。…だいたい、あんたの攻撃だって、当たってもユージンの3分の1の威力しかないくせに」
 はっきりと言うものだ。
 クルガンの顔色が白くなり、唇を噛み締め、それからふいに掴んでいた手を離した。
 ふん、と方向転換しようとするところを、ダークマターが両手を腰に当てて見上げる。
 「ごめんなさい、は?」
 さて、かつてのクルガンなら、そんな口を叩かれたら怒り狂うところではあるが。
 きっかり2秒後。
 「…悪かった」
 いかにも嫌々、しかも視線は微妙に外れてはいたが、クルガンはユージンの方を向いて頭を下げた。
 ふむ、丸くなったな、クルガンも。
 ダークマターは、それにくすくすと笑い、
 「はいはい。良い子だねぇ、クルガンちゃんは……」
 などと神経を逆撫でするようなことを言いかけて。
 顔色が変わった。
 「敵!」
 その短い叫びに、振り返る。
 先ほどと同じ、女の顔の魔物が忍び寄ってきているところであった。
 「行きます!」
 ソフィアが剣を構えるが、途端にふらつく。
 そういえば、まだ治癒を施していなかったか。
 「駄目です!ここは、いったん、退きます」
 陛下の判断は妥当であろう。
 ソフィアは、敵を前にして撤退するというのが気に食わぬと見えて、悔しそうに唇を噛み締めたが、その腕を取ってユージンが強引に階段へと走っていく。
 他の者も一斉に階段へと撤退し、その最上段から魔物を見やったが、不意を突けぬことが分かったのであろう、魔物はくるりと向きを変え、立ち去って行くところであった。
 「不本意ですわ!」
 陛下から癒しを受けながら、ソフィアは叫ぶ。
 「なりません。我々の目的は、武勇を誇ることではなく、このドゥーハンを救うこと。撤退もまた、一つの勇気です」
 陛下の筋の通った仰い様に、ソフィアは項垂れた。
 「ですが、ソフィアの言い分も分かります。わたくしたちは、あまりに弱すぎる。一度街に戻り、作戦を立て直しましょう」
 皆が頷き、我々は迷宮より立ち去ることとなった。

 「それにしても…ひょっとして、俺ら、悪パーティー?殺れ殺れ殺れ殺れデストローイ?」
 
 一人、ダークマターだけが、なにやら首を捻りながら呟いていた。


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