女王陛下のプティガーヅ




 オティーリエの手記。



 ゆっくり休んだ翌朝。
 食堂に出てみると、朝食を取りながら、ダークマターとクルガンがテーブルに地図を並べて頭を付き合わせていた。
 「やっぱり、この辺が怪しくない?」
 「そこには仕掛け用のレバーがあったが…そこは、この部分のためでは無かったか?」
 「だって、あんたの地図が正しけりゃ、ここがあの部屋の上っぽいじゃん?いーじゃん、仕掛けは分かってんだし、レバーを戻してみようよ」
 「仕方が無いな。他に仕掛けも見あたらんし…くそっ、あのピクシー風情のために先に進めんとはな」
 二人の間では決着が付いたらしい。
 クルガンが忌々しそうにカップを飲み干してから、わたくしに礼をした。
 「おはよう御座います」
 「おはよう、クルガン。彼女の救出の目途が立ったのですか?」
 「えぇ…まあ」
 先へ進むための階段は見つけている。クルガンにしてみれば、先を急ぎたいのに足止めを食らっている気分なのであろう。
 わたくしも、スルーの石とやらには別段興味も無いので、あまりに手こずるようなら他の冒険者に救出を回したいところではあるが…行けない部屋があるというのも不愉快なものである。出来ることなら全て理解してから先に進みたい。そのような態度こそが、生き残るに必要ではなかろうか。
 ソフィアが眠そうな顔で食堂に入ってきて、オレンジジュースだけを手にしてわたくしたちのところにやってきた。
 「おはよう御座います。今日こそは、あの可愛らしい娘を助けてあげましょうね」
 両手を組んでそれに顎を乗せたダークマターが、あはは、と澄んだ笑い声を上げた。
 「もう3日くらい経ったっけ〜?ピクシーって何食べて生きてるんだろねー」
 言っている内容は酷いのに、その態度が如何にも楽しそうだったせいか、周囲の冒険者が一瞬彼をちらりと振り返ったのが分かった。
 何か話しかけたそうにうずうずしている冒険者もいたが、ダークマターは気づいていないように、にこにこ微笑みながらわたくしの顔を見た。
 「一応俺たちも4階に降りた冒険者ってことになったことですしー。まずは酒場に行って来ますか?」
 「そうですね、もしも3階で済ませられる依頼があったらよいですし」
 そうして、わたくしたちは全員で酒場に移動した。
 依頼票を繰ってみると…幾つか登録されている。
 まずは…フドウという侍の依頼。
 「あ、これ、俺とクルガンでちゃっちゃっとやっちゃった依頼のやつですね。せっかくの刀、気に入らなかったのかなぁ」
 ダークマター本人は大声を上げたつもりでは無かったのだろうが、独り言、というには些か声が大きかった。
 それを聞きつけたのか、すぐに酒場の喧噪の中から、大柄な異相の男が姿を現した。
 髪のそり込みといい、服装といい、このドゥーハンには見られないタイプである。
 「おぉ、これはあの時の御仁か。貴殿なら、安心して我が刀を預けられる」
 声も予想通り野太い。個人的にはこのような野伏タイプはあまり好きではない。
 「この刀、素晴らしい切れ味ではあるのだが、もう一つ物足りぬ。何が足りぬのか、考えた結果」
 酒場の中だというのに、フドウという侍は腰から鞘ごと刀を抜き取って、ぶん、と振った。後ろの者が慌てて避けている。無事避けられたということは冒険者なのだろう。
 「迷宮の魔力をこの刀に吸わせたいのだ。それでこの刀は完成する!」
 ダークマターが微妙な表情で刀を受け取った。
 普段から焦点の合わない瞳をする子であったが…この場合は何か違う気がした。フドウを通り越して、誰かを見ているような……。
 わたくしは、そっとフドウの後ろ側を見た。
 そこには酒場のカウンターがあり、奥からマスターが覗いていた。
 ダークマターが見ているのは、マスターであろうか。さて、一体、何故。
 「迷宮の4階には溶岩地帯が広がっていると聞く。その中でも最も温度の高い溶岩にこれを浸してきて貰いたい」
 「それって焼き直しってこと?…大丈夫かなぁ…」
 またダークマターがちらりとマスターを見た。マスターが頷くのを確認して、渋々背嚢にしまい込む。
 「まあ…探してみるけどね」
 「では、よろしく頼む」
 フドウは深々と礼をして、また酒場の喧噪に戻っていった。わずかに「この店におからは無いのか」という声が聞こえてきた。
 私のもの問いたげな視線に気づいたのか、ダークマターが苦笑いをしてみせた。
 クルガンがぼそりと呟く。
 「この刀…あのマスターが鍛えたものらしいです。どうやら手練れの元冒険者のようで」
 なるほど…鍛えた本人がいる横で「この刀は物足りぬ」とか「焼き直せ」とか言っていたのか、あの侍は。剛胆、と言えば聞こえは良いが、些か傍若無人ではなかろうか。
 まあ、マスターが頷いた、ということは、受けて良いのであろう。
 さて、次の依頼は。
 「あら…土地売ります?普通そういうのって、不動産屋が取り仕切ってるんじゃないかしら…いえ、この時代…いえ、この辺りの風習は分からないけど」
 ソフィアがぶつぶつ独り言を挟みながら読み上げるのに、カウンターにいたそばかすの店員が注釈を加えてくれた。
 「何でもね、迷宮の中にあるらしいっすよ?その「市が管理してる土地」ってやつ。迷宮の中の部屋なんか、誰が欲しがるんだか」
 「まあ…迷宮の中に家なんかいらないわよねぇ…オークが暮らすならともかく。あら、オーク…」
 ソフィアがじっと考え込んだ。
 不本意ながら、わたくしたちにはオークの知り合いが存在する。ピピンやモッチ、ノッチ…と言っただろうか、あの商店のオークは。商店の従業員の住まいにする、という手はあるだろう。
 ソフィアがわたくしの顔を見つめた。わたくしが頷くと、ソフィアはそばかすの店員に言った。
 「一応、依頼人と話しさせてくれないかしら?」
 「いいっすよ。あの人、いつでも飲んだくれてるから…あぁ、いたいた。おーい、ライマンさーん!」
 以前、わたくしたちに500Gold支給した市の職員がよろよろと姿を現した。見るからに赤ら顔で、すっかり出来上がっている。
 「うぃっく。はーい、あの土地が欲しい方ですね〜。ここにサイン…いや、違った、え〜…あぁ、まず目的を記入して下さい。面倒ですけどね、騎士団に目ぇ着けられてるんで…悶着起こすような目的だと困るんで、一応審査…ひっく!」
 大丈夫であろうか…。
 赤ら顔の公務員は幸せそうに酒臭いげっぷをしながらわたくしの書類を押しつけて、自分のテーブルに帰っていった。
 「えーっと。お店に行って、ルーシーちゃんに記入して貰いましょうか」
 ソフィアが鼻をハンカチで押さえつつ、そう言って書類を懐にしまった。
 これで、依頼を二つ。
 さて、他にも何か…。
 「…死に神に憑かれた人に会いたい」
 陰鬱な声でレドゥアが読み上げた。
 「物好きな人がいるもんだねー」
 暢気な声で、ダークマターが帳面を覗き込んだ。
 そばかすの若者が顔を顰めて、こっそりとその耳に囁く。
 「止めた方がいいっすよ?依頼人じゃなきゃ、ぶっ飛ばしてやりたいような奴なんだから」
 だが、その言葉が終わる前に、カウンターの端っこから、一人の魔術師らしき服装の青年が飛び跳ねるようにやってきた。
 「君たち、その依頼を受けてくれるのかい?いいねぇ、やっぱり冒険者はクレイジーだ!」
 けらけらと調子外れな笑い声を上げた青年が、突如声を低めて囁いた。
 「実はね、ボク、不幸な人を見るのが大好きなのさ」
 抑えきれない、と言った様子で、また甲高い笑い声を上げ、膨れ上がった衣装をぱんぱんと叩く。
 「たまらないね!不幸のどん底にいる奴を眺めるってのはさ!ボクがドゥーハンに来たのも、そのためさ!ここなら不幸な人間がたくさんいるんだもん!迷宮で怪我した奴とかさ、仲間を失ったやつとかさ、見てるだけなんて、なんて素敵なんだろう!」
 うっとりとした調子で喋っていた青年が、いきなりすとんと落ち込む。
 「なのにさ、まだボクってば死に神に憑かれた人を見たことないんだよね…あぁ、さぞかし不幸のどん底って顔してるんだろうなぁ…ひょっとしたら死んじゃうどころか消滅するかも知れないんだもんね!ね、だからさ、君たちのうち一人でいいから、死に神に憑かれて来てよ!報酬は出すからさ、それが君たちの商売なんだろ!?」
 そうして、魔術師は楽しみで楽しみで仕方がないといった顔で、歌いながら去っていった。
 それから十数秒経ってから。
 ダークマターが、かくんっと小首を傾げた。
 「ね〜…殺しても、イイ?」
 幼い子供が「お菓子、食べてもイイ?」とねだっているような調子だった。
 「駄目です、我慢しなさい」
 わたくしもつい、幼い子供に言うような調子になってしまう。
 そうすると、ダークマターの背後でソフィアもかくんっと首を傾げた。
 「ね〜…殴っても、イイ?」
 更にその背後で、クルガンとユージンとレドゥアまでが首を傾げていた。
 …正直、貴方達は似合わないので止めなさい。
 「依頼を完遂してからに致しましょう」
 「「「「「はぁい!」」」」」
 わたくしの大事な仲間たちは、声を揃えて返事をしたのだった。







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