女王陛下のプティガーヅ




 クルガンの覚え書き


 ゆっくり休んだ我々は、ユージンが抱えて戻ってきた品を床に並べてみた。
 「いつもの封傷の杖…ロングソード…大したもん無いなー」
 「いや、マグスのローブがある。これで、私も錬金術師に転職できるというものだ」
 長が喜色満面でローブを手に取った。そんなに錬金術というのは魅力があるものか?俺にしてみれば詐欺の一種のように見えるのだが。
 「ゲロ吐き忍者からはスコーピオンナイフ…へー、悪属性しか使えないんだ。えーと…俺はクルガンのフォローに回ることが多いから…陛下、お使いになります?」
 「では、わたくしが」
 陛下ともあろうお方が、悪属性用のナイフなど使われるとは…しかも、ダメージが大きいのを喜ばれるとは…いや、案外と好戦的なのは承知していたがな。
 「えーと、クロスボウが二つ…あ、錬金術師になったらこれ使えるんだ」
 「ほぅ、では、私が使おうか」
 アイテムを片づけながら、ダークマターが陰鬱な溜息を吐いた。
 「俺も早く刀を手に入れて、侍になりたい…」
 「だから、騎士の玉を見つけてからだろう」
 「はう〜…いっそさぁ、もう一回酒場で異空から現れた剣をもういっちょ手に入れるってのはどう?」
 面倒くさいから俺はイヤだ。ダークマターの期待に満ちた顔から目を逸らして天井を見つめていると、ソフィアが何やら棒を手にして、あら、と言った。
 「そういえば…私、モンクになれるのよねぇ。これ、モンク用の武器でしょ?」
 「あ、そしたら俺がその剣使えるんだ」
 ちらりと俺の顔を確認したダークマターに、うんざりと言ってやる。
 「だから、騎士の玉を手に入れて、ユージンが下がったら、前に行かせてやる」
 「…ふぁ〜い」
 「返事は『はい』!」
 「はぁい!」
 しかし、玉はそれなりの値段がするはずだが…いや、売ってる店があるかどうかも分からんが…金は足りるのか?我々は義賊がおらんから、少しばかり手に入る金が物足りないのだが。まあ、どうせ今のところは買うべきアイテムも無いので、意味は無いがな。
 ということで、売る一方の店に向かうと、ダークマターがまず依頼が来ていないか確認した。
 「えーと、クロスボウが二個……あるじゃん」
 どうやら武器のオーダーにぴったり合ったものを持ってきているらしい。
 何か物言いたげな長からクロスボウを取り上げてオークに渡す。
 「ご苦労だったど!これが、褒美の品なんだど!」
 「あ〜…魔法の弓…そーいやどっかで貰ったっけ。何かクロスボウ二つと等価かと思うと、結構しみったれてんなーとか思っちゃうよ、俺」
 あぁ、移送隊を救った…いや、救えてないが…褒美にオルトルードから下賜されたのも魔法の弓だったか。どうせ誰も使わないので倉庫に放り込んでいたがな。
 「では、私が使おう。どうせ盾は使わぬことにしたのだし」
 ナイフなら盾を使えるが、弓は使えぬからな。後裔の体力が無い者には、たとえ小型でも盾は重要なのだが。まあ、出来るだけ前衛が攻撃を引き受けよう。
 店の倉庫にハルベルトをしまい…いずれ騎士になったときのため、後衛から攻撃できる長柄武器だ…我々は店を後にした。

 そして、どうせならまた魔力も強化しようと棟に行くと。
 目を真っ赤に血走らせて、髪の毛を振り乱したエルフが奥から叫びながら出てきた。
 一体何事だ。危険な感じはしないのだが。
 「おぉ、君たちか!今、彼女を起動させようとしているところなのだが…くそっ!何故だっ!理論上は、完璧に再現したはず!なのに、何故起動しないっ!」
 エルフはがしがしと髪を掻き回した。
 これは…あれだ。え〜…テンパってる、というやつだ。
 ぶつぶつ言いながらまた奥へと戻るギョームに付いて俺たちも覗いてみることにした。
 奥の研究室では、ベッドのような金属の台に、女性型の金色に光る人形が横たわっていた。
 ギョームがぶつぶつ言いながらそれを撫で回している。
 一見、ただの危ないおっさんだが。
 「おぉ可愛いフリーダー、何故目を開けてくれないのだ?」
 いや、だから、人形に語りかけるな。胸を触るな。
 外見だけでも再現できたのは大したものだと思うが、どうせ俺たちには手を出せない領域だ。
 放っておくしかあるまい。
 どうやら、魔法石はこいつの管轄じゃないらしいし。
 背後でダークマターがそぅっと動く気配がした。
 振り向くと、ダークマターが部屋の片隅の机の上の書類を取り上げたところだった。
 目が素早く左右に動き、すぐに紙をめくっていく。
 あの無表情の奥では、凄い速度で解析が進んでいるに違いない。普段はアレだが、驚くほど記憶の良い奴なのだ。
 「ざっと見たところ、確かにミスは無いみたいだけど…」
 呟きながら、ダークマターはギョームの肩越しに機械人形を覗き込んだ。
 「分かるのかねっ!」
 ギョームが勢い良く振り向きながら立ち上がった、ダークマターの両手を掴んで振り回す。
 「そうだ!君がいた!古代エルフ語を解する君なら…!」
 「まあ…俺も興味あるし」
 以前掴まれた時ほどイヤそうでもなさそうな顔で、ダークマターはぶんぶん振られている自分の両手を見て苦笑した。
 そして、小首を傾げてギョームを見上げる。
 「それで?起動コードは何にしたの?」
 一見少女のような見てくれの奴に、夢見るようにぼんやりとした瞳で見つめられても、さすがは研究おたく、動じもせずにすぐさま答えた。
 「あぁ、古代エルフ語で『目覚めよ』と」
 「行けそうだよねぇ、それは」
 ダークマターの口から、小鳥の囀りのような声がいくつか漏れる。
 だが、台の上の機械人形はぴくりとも動かない。
 ダークマターの目が据わった。
 きゅうっと瞳孔が縮み、ただでさえ白目と境目が怪しい淡い水色の瞳が一色のガラス玉のようになる。
 どうやら本気モードらしい。
 「キ、キキュ!キキュキュキキキュ!」
 …歯が浮くような音だな。
 何かを擦り合わせるような音がダークマターの口から飛び出した途端。
 機械人形の目が、ぱちりと開いた。
 「おお!!」
 ギョームが飛びつかんばかりに機械人形を覗き込んだが、人形はギョームを一顧だにせず、上半身を起こしてダークマターを見つめた。
 「キュッキキュ」
 「キキキュッキュキキキキュ」
 ……うおおおおお…歯が浮く、歯が……。
 あの、フォークと皿を擦り合わせたような音が両者の口から流れ出す。
 拷問の一種とも言える時間の末、ようやく機械人形の口から俺にも理解できる言葉が飛び出した。
 「ほな、あてのマスターはあのお方でよろしおすか?」
 微妙。
 実に、微妙。
 ギョームも凍り付いたように動きを止めている。
 ダークマターは俺たちの方を向いて肩を竦めて見せた。
 「どうにか、ササレー第二言語が、俺たちの使ってる言葉に比較的似てたんで、言語コードを設定してみました」
 …さっぱり分からんと言うに。
 ダークマターにもそれが分かっているのだろう、困ったようにぽりぽりと頬を掻いて、どう説明しようか、という顔で続けた。
 「えーとさ、この子の中にインストールされてる言語は…えーと、つまり、知ってる言葉は、ディアラント時代のものでさ、現代には通じないじゃん?だから、俺たちの使ってる言葉に近い言語は無いかな〜って色々聞いてみたら、比較的似てるのがあったんで、それを使うように命令したん」
 それがその言語か…いや、他地方の訛を笑うのは失礼なことだと分かってはいる。向こうからすれば俺たちの喋る言葉もおかしいのだからな。
 けれど、だ。
 それを頭では理解していても、だ。
 古代の大いなる遺産らしき機械人形が、おかしな言葉を使うと、何というか…腰が砕けるぞ。
 呪縛がようやく解けたのか、ギョームがぎこちなく機械人形の前に立った。
 「私が、君を復活させた。私の名はギョーム。君の名は、フリーダーで間違い無いかね?」
 「はい、あての名前は、フリーダどす」
 振り返ったギョームの顔は、泣き笑いのようだった。
 古代ディアラントの遺物がめでたく復活したことに対しては、そりゃもう感激しているのだろう。だが、しつこいようだが、喋る言葉がこれではな…。
 「この言葉は…何とかならないのだろうか?」
 「え〜?まあ、現代語を教えていけば、いずれ普通に喋るようになるとは思うけど…誰が教えんのさ、面倒くさい。まあ、自己学習機能くらい付いてるだろうから、それに期待しといて」
 そのなんとか語と我々の言葉をいちいち対峙させて学習させるのか…考えるだけでも面倒な作業だな、確かに。辞書でもあれば読ませておけばよいのだろうが、そんなものがあるとは思えないしな。
 「てことでさ、彼女が聞いてるんだけど。マスターは誰で登録するの?」
 ギョームの表情が面白いほどくるくると変わった。
 もの凄い葛藤がこいつの中で吹き荒れているらしい。
 で、結局。
 「君たちのリーダーで登録しておいてくれ…私は量産型を目指して、精一杯頑張らせてもらう…」
 がっくりと肩を落として、いかにも力無く言ったギョームだが、ダークマターは気にした様子もなく、あっさりと頷いた。
 「OK。キキュキュルキュ」
 「キ。これからよろしうお頼み申し上げます、マスター」
 機械人形が滑らかな動作で台を降りて陛下の前に進み出る。そして軽く頭を下げた。ふむ、古代エルフ王国も、礼儀作法は同じなのか。
 「こちらこそ、よろしくお願いします、フリーダー」
 陛下が穏やかに微笑まれたが、機械人形の表情は全く変わらなかった。
 「キュキキユキュルキュキキュル?」
 「キキキーキュルキュキュキキキチチキュルキュ」
 「へ〜」
 一人で納得したダークマターに、ギョームが目を輝かせてにじり寄った。
 「な、何か分かったのかね?」
 「いや、別に。何があったか覚えてるかって聞いたんだけど、全然覚えてないんだってさ。昔のマスターも若い女性だったことと、何かに焼かれたことだけ何となく覚えてるけど、後はさっぱり。ディアラントの謎がどーとかの解明には役立たないだろうね」
 「えろうすんまへん」
 説明したダークマターの背後で、機械人形がすまなそうでもなく淡々と謝罪の言葉を紡いだ。
 「そ、そうか…記憶回路付近もかなり損傷を受けていたから、駄目だろうとは覚悟していたが…ふぅ…この手に掴んだと思ったディアラント滅亡の謎の手がかりが…」
 がっくりと床に座り込んだギョームの肩を、ダークマターが気軽に叩いた。
 「まーまー。これが見つかったのも僥倖なんだし」
 「そ、そうだな…オートマタをこの手で再生できただけでも私は幸福者だ…起動できなかったが」
 ふぅ、と溜息を吐いて、ギョームはのろのろと立ち上がり、机のノートを手に取った。
 そして、ふと気づいたようにダークマターを見つめる。
 どうでもいいが、あの男の視界には、ダークマターとあの機械人形しか存在しないのではなかろうか。
 「そういえば…君が起動した言語は何だね?これまで聞いたことも無い言葉だが…古代ディアラント語ともまた違う」
 「あ〜…俺も喋るのは初めてだけど。確か…第三世代高速機械言語だったかな。司教様が機械言語と古代エルフ語の対訳辞書持ってたんで、一応記憶してたんだけど、まさか、こんなところで役に立つとはね〜」
 辞書を丸ごと覚えてるのか!
 お前の脳はそれだけ優秀なのに、どうしてもっとマシなことに使えないんだ!
 …あ、いや、実際何をしろ、というのも思いつかないが。
 いきなり冒険者を止めて学者なんぞになられたら…俺が困るが。いや、困らないが、何というか…い、いや、寂しいと言うのでは無いぞ、決して!その、何だ。学者よりも冒険者が向いているだろうというだけで。
 ギョームは一段と目を血走らせて、思い切りダークマターの手を掴んだ。ダークマターが顔を顰めているのも無視して、接吻せんばかりに顔を近づけている。
 「頼む!その辞書を私に!」
 「いや〜、今は存在しない…いや、存在するのかもしれないけどどこにあるのかさっぱり。…どこにいるんだろな、司教様」
 少し目を伏せて呟いてから、ダークマターは真剣な目でギョームを見つめた。
 「あのね、あんたがこれから量産するとか言うオートマタ。俺が全部起動して、言語コード変更も命令したげる。その代わり、俺のことを詮索しないで。もし、しつこく聞いてくるなら、全然協力しないからね」
 …どうでもいいが、お前が死んだらそれっきりオートマタは起動しなくなる、ということか。
 まるでお前がマスターのようだな、ダークマター…。
 だが、ギョームはそれしかオートマタ起動の道が無いことを知っているのだろう、慌てて頷いた。
 先がオレンジ色の髪がぶんぶん頭上に舞うくらいに激しく頭を上下させ、それでも名残惜しそうにダークマターを見つめた。
 「仕方があるまい…これから、君の知っていることをじっくり聞かせて貰おうと思ったのだが…」
 その目は、まるで恋い焦がれているかのように熱を孕んでいたが、どう考えてもダークマターそのものというよりは、こいつの知識に愛を向けているんだろうな。
 ダークマターも向けられた熱のこもった視線は感じているだろうが、平然とそれを切り捨てて俺たちのところに戻った。
 やけにさばさばした顔をしているところを見ると、ギョームの追求をそれなりに封じ込めたことに気を良くしているらしい。
 全く関係のない俺でも、確かにその知識を埋もれさせておくのは惜しい、とは思う。後世に伝えることこそ…む?後生…こいつの知識は、今から数百年後の司教の書庫で得られたもの…いや、しかし、あの老司教の書物は、そもそもこの時代のものである可能性が…ややこしいな。
 考えるのは面倒だ。
 やはり、ダークマターが黙っておくのは賢明なのだろう、たぶん。

 さて、そうしてせっかく俺たちのものになった機械人形だが、あまりにもひ弱なので今のところは放置しておくことにした。なにやら魔法石だの呪われたアイテムだので強くすることが出来るらしいのだが…自分たちの魔法石にすら苦労している俺たちには、まだまだ遠い話だ。
 だが、魔法石がどうこういう話で思い出したのか、長が錬金術師になって帰ってきた。
 やれやれ、全員が転職するまでの道は遠そうだな。
 俺が忍者に、ダークマターが侍に、ソフィアがモンクに、ユージンが騎士に…陛下は…陛下は…司教になるのか?聖騎士がどうとか言われたこともあったが。
 それぞれの職業に見合うような、良い武器が見つかれば良いのだが。




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