女王陛下のプティガーヅ




ユージンの記録


 麗しのフィーカンティーナの部屋で一夜を過ごした私は、鑑定が済んだ品を背嚢にしまいこんだ。
 大半がただのローブや封傷の杖などの、今までにもたくさん手に入れたものばかりだ。
 「ふぅ…今度は是非、鑑定し甲斐のある立派な品を持参したいものです」
 浅い階層でうろうろしているだけの初心者と思われるのも歯がゆく、私がそう溜息を吐くと、フィーカンティーナは美しく整えた眉をわずかに顰め、私のシャツのボタンを留める手を止めた。
 「まあ…それはもっと深い層に挑む、ということでしょうか?恐ろしゅうございますわ…ユージン様がお怪我などなさいませんか、お待ちしております私の胸が張り裂けそうな気がいたします」
 日に透けるような白い肌を一層青ざめさせて、彼女はふるりと身震いし、私の胸に縋り付いた。
 この華奢な体格はエルフ特有のものだな。さすがの優美なグレースも彼女に比べれば骨太と言わざるを得ない。
 まあ、そのぶんふっくらとした肉付きは大変男心をくすぐるのだが…あぁ、彼女を前に他の女性を思い浮かべるのは騎士道にもとるな。
 「おぉ朝露の如く麗しき白薔薇の君よ、貴方の胸を痛めさせるなど本意では無いのですが、それでも民のために、いや、地上に住まう貴方の心が曇る事なきよう、迷宮の魔物たちを封じ込め、このドゥーハンに光に満ちた宝石の輝きを取り戻すため、私は行かざるを得ないのです」
 「どうぞご無事で…私の願いは、ただそれだけですわ…」
 ほぅ、と溜息を吐いて、彼女は私の身支度を整えて、玄関まで送り出してくれた。
 うむ、今日も良い朝だ。

 
 店で換金も終えて、宿の連中と合流した。
 そして、また地下三階へと挑む。
 あの陰惨な部屋から伸びた通路を行くと、先の扉に門番のように三体の魔物が立っているのが見えた。
 「えーと…オーガ…だね。弱っちぃのじゃなく、本気のオーガ。それと背後に守られるみたいに立ってるのは…弱ちぃのに似てるけど…」
 「少し、服装が違うようだな」
 「そーなんだよねぇ…微妙に魔力を感じるよ。ひょっとしたら魔法使える知性派オーガかもしんない。気を付けて行きましょ」
 ダークマターの防御中心のアレイドにより、念のためのマジックキャンセル、それにスタンアタック、スレイクラッシュ、という組み合わせで開始した戦闘は、作戦がぴたりとはまっていた。
 予想通り後衛のオーガは魔法を使いかけたが、速やかに投じたレドゥアと陛下のナイフにより沈黙し、左側のオーガはクルガンによって麻痺させられる。
 怒り狂った右のオーガはクルガンめがけて巨大な斧を振り下ろしたが、クルガンは軽やかに避けた。
 そして次の攻撃で右のオーガも麻痺し、後衛のオーガの魔法は発動できず…と、我々は全くダメージを受けることなく三体のオーガを倒したのだった。
 一応使えそうな斧だけを拾い上げて我々は扉を開けたが、そこには宝箱があるだけで先へと進む道は無かったのだった。

 それからも、地図を埋めるべくあらゆるところに行き、レバーを倒した我々であったが、何故かあのピクシーのところへは辿り着けなかった。
 「おっかしぃな〜」
 ぶつぶつ言いながらダークマターが地図を見ている。
 あの大きな落とし穴も塞ぎ、階下へ進み、地下四階へと進む階段も見つけた。
 つい降りてしまって、ドワーフが昔を懐かしんでいる話も何となく拝聴した。
 それなのに、ピクシーのところへは何故か落ちていかないのだ。
 「先ほどのレバーは固定されていた…ってことは、最初の頃倒しちゃったレバーか何かで、落とし穴の先が決定しちゃってた可能性はあるんだけど…」
 ぶつぶつ言いながら地図を辿り、ダークマターは不意に飽きたようにそれをクルガンに押しつけた。
 「もー、フィールも無いし。帰ろーよー。日付も変わったしー」
 だらしなく足を投げ出した様子をクルガンが責めるより早く。
 
  ぐおおおおおおお

 どこかで、何かが呻いた気がした。
 胸が冷たい何かに鷲掴みにされた気がする。
 どくん、どくん。
 己の心拍がやけに頭に響く。
 ダークマターも青ざめた顔で周囲を見回した。
 胸を押さえて、ちらりと私の顔を見た。
 「あぁ、私にも覚えがある。これは…」
 「俺たちが言うところの死神…この時代で言うところの『黒き霊』が出現したね」
 ざわざわとした感覚が、恐ろしいスピードで迫ってきている。
 「他の階層に移れば、振り切れるはずだが…」
 何故階段が降りられないのかは分からないが。
 「でもまた、厄介なことに、この位置は上とも下とも離れてるわけでして」
 暢気に会話している間にも、ざわざわとした気配はどんどんと近づいてきている。
 『それ』が視認出来た時、陛下が決断された。
 「仕方がありません、帰りましょう」
 「了解しました」
 クルガンが素早く懐から帰還の薬を取り出し我々に振りかけた。
 いやはや、正しく『死神に尻尾を撫でられた』気分だな。
 実に危なかった。
 そうして、もう夜も明けようかという時刻に、我々は宿屋へ辿り着いたのだった。

 ゆっくり休んで、レベルも上がったところで、私は昨日の戦利品をフィーカンティーナの元に持ち込んだ。
 だが、ある品を手にしたところで、彼女ががくがくと震え始めた。
 「恐ろしゅうございます…これは、悪意に満ちた品…」
 怯えきった彼女を抱き上げて、私はサレム寺院に向かった。
 シスターに症状を話していると、奥から出てきたらしい男が私の顔を見て立ち止まった。
 「お、あの時の冒険者の一人だな。リーダーにも礼を言っておいてくれ、助かったぜ」
 あぁ、あの…名前は何だったか…ダークマターが言った『ゲロ吐き忍者』という呼び名があまりにもマッチしていたため、本名を忘れてしまったな。
 忍者は辺りをきょろきょろした後、慌てたように私に一本のナイフを押しつけた。
 「悪い、大した礼は出来ねぇんだが、これ貰っておいてくれ。ちっと急いでるんだ、すまない」
 犯罪に関わる品ではなかろうな…。
 私が胡散臭そうに見ているのも気づかないのか、忍者はぶつぶつ呟きながら足早に去っていった。
 「くそ、あの化け物市長め!俺はもう二度とあんな目に遭うのはごめんだってのに!」
 ふむ、察するに、労災どころか退職を慰留された、というところか。
 ゲロ吐きだが、有能な人材なのだろうか。
 そして、私がフィーカンティーナの治療を終え、彼女を冒険者ギルドに送ると、ちょうど「テュルゴー!いねぇのか!」という大声が聞こえてきた。
 どかどかと足音を立てて現れたのは、150kgは優に越えた巨体の男であった。ふむ、化け物市長、という言葉もあながち間違いでは無いのだろうか。これは人間族だけでなく、オーガかジャイアントの血を引いていそうだ。
 「おぅ、冒険者のあんちゃん。うちの若いのを見かけなかったか?陰気くさい顔をして、腕にタトゥーを入れた若い男なんだが」
 「さて、知らないな」
 特にあの男を庇ってやる必要もないが、教えてやる義理もない。実際、寺院からどこへ向かったかは知らないしな。
 市長は私の顔をじろじろ見て、それからにやりと笑った。
 「そうかい、ま、あの野郎もそれなりに人望があるってわけか。あんちゃんがもしあの野郎に会うことがあったら伝えておいてくれ。逃げてる限り、退職金は無しだ!ってな」
 市長は陽気に巨体を揺すりながらギルドを出ていった。
 ふむ…さすがに市長たる者、それなりに目敏いな。私があの男と知り合いと見抜くとは。
 いずれ縁があったら、あの忍者には市長の言葉を伝えておこう。



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