女王陛下のプティガーヅ
ソフィアの日記
私たちはメラーニエの依頼を受けて、この上にあるという落とし穴を探しに行くことになった。
結局メラーニエはスルーを唱えつつそこで待つ、ということになった。
私たちが早く行けたら良いのだけど…駄目だったらどうするのかしら、と思ったら、どうしても精神力が切れそうならいったん上に戻って宿屋で寝る、と帰還の薬を見せてくれた。
それならいざとなったら上に帰れるだろうから、私たちは安心して自分たちの探索に勤しむことにした。
上へと登る階段と踊り場はところどころ穴が開いていて下に落とされる。
面倒だけれど、地図を埋めたいというクルガンの意向に従って、全部落とし穴にも引っかかっておいた。いやぁね、変なところで几帳面なんだから。
そして、上に着くと、そこかしこに柱が崩れて通行の邪魔をしていた。そのせいで視界が悪くて魔物たちに突然ぶつかることもあるくらいだった。
それにしても、この階には大地の巨人が多いのかしら。まあ、二階に比べれば廊下も広いから住み易いんでしょうけど。
回転床やトラップを抜けて行くと、とってんかってん陽気な槌の音と鼻歌が聞こえてきた。
がらくたで一杯の鉄格子を覗くと、小さな魔物がきーきーと突っかかってきた。
「何だ、てめぇら!何か用か!?」
「いえ、特には…ですが、すごい物の量ですね」
陛下の穏やかな声に、誉められたと思ったのか、その魔物は胸を張った。
「そうとも!これが仕事だからな!ギョームの旦那に任されて、古代エルフ都市の遺物を集めてるのだ!それが出来るのは、天才のこの俺にしか出来ないのだっ!」
ギョーム。
聞き覚えがあるわ。
「う…あの、ディアラントおたく…」
呻きながら後ずさったダークマターを、魔物はじろりと睨んだ。
「お前、ギョームの旦那の恐ろしさを知らないな!?そんなことを口にして、聞かれでもしたらどうする!?う〜ぶるるっ!」
わざとらしく全身を震わせて見せた魔物は、手にした槌をくるりと一回転させてとんとんと自分の肩を叩いた。
「さあ、俺は仕事に戻るのだ。お前ら、邪魔だからどっか行け」
「そのギョーム殿から言付けを預かっております。成果を報告せよ、と」
陛下のお言葉に、魔物の体がぎくりと揺れた。
振り向いて、じたばたと手を振り回す。
「お、俺は悪くないぞ!ものすっごいお宝を手に入れたんだっ!そりゃもうすごかったのだ!天才の俺にしか見つけられないと思ったね!まるで俺に見つけて欲しいみたいに訴えていたんだ、その機械の頭は。おぉっ!俺って詩人だぜ!」
魔物は怒濤のように喋って、そこで少し息継ぎした。
仮面に隠れてはっきりしないけど、何となく青ざめたような気がするわ。
「それなのに…何でか知らないが、でっけぇ魔物が追ってきやがったのだ!俺は慌てて逃げた!…そうしたら…せっかくのお宝を落っことしてたんだ…俺は悪くないっ!悪いのはあのでっけぇ魔物なのだっ!」
でっけぇ魔物。
機械の頭。
それって、ひょっとして…。
ユージンが背嚢をごそごそと探った。
そして丸い金属の塊を出して魔物に見せた。
「ひょっとして、これかね?」
「おおおおおおおっ!これだこれっ!どうしたんだ、これはっ!」
どうでもいいけど、そんな大きなものを持ち歩いていたのね、ユージン。店の倉庫にでも置いておけば良いのに。
「大きな魔物を倒した時に、中から出てきたのだが」
「魔物を倒したぁ!?あのでっけぇ魔物をかっ!おぉ、素晴らしい希有壮大な嘘だっ!よし、気に入ったぞ、お前っ!」
魔物はぶんぶんと槌を振り回して興奮したように足を踏み鳴らした。
そして、びしぃっとユージンを指して大きく言う。
「よし!お前をそれの運搬係に命じる!ギョームの旦那に届けろ!俺はまだまだやることがあるからなっ!」
魔物は返事も待たずに鉄格子の中に入った。
また槌の音が響き始める。
「まあ…これで依頼完了でしょうか」
陛下が苦笑して振り向かれた。ユージンは背嚢にそれをしっかりしまい込み、また背に担いだ。
「では、続きを探索いたしましょう」
陛下の号令の元、続きに向かった私たちだったが。
「おっかしーな〜。何でピクシーのとこに落ちないんだ?」
ぶつぶつ言いながらダークマターがクルガンの描いた地図を覗き込んでいる。
上で私たちは落とし穴を見つけた。
が、落ちた先にはレバーがあるのみで、あのピクシーの姿は無かった。
一方通行の扉から出てくると、メラーニエが涙ぐんでこちらを見ていたわ。隣の部屋に落ちちゃったのね。
「まあ、地図はまだ完成していないしな。他の部屋から落ちてくるのだろう」
クルガンは数枚の地図を重ね合わせて透かすように見つめながらあっさりと言う。
「てことで、まだまだ行ってない場所があるわけですが。どうします?陛下」
何度も落ちて、同じところを進んでいくのは、新しいところを開拓するよりも精神が疲れる。いえ、逆に新しいところを進むのは神経を尖らせなければならないから疲れる、という人もいるでしょうけど。
でも、私たちは新しいところに行くのはわくわくして楽しいのだけれど、同じところは面倒くさいだけだ。特に、出てくる敵も同じようなものだと。
「魔力も無いことですし、依頼も二つ完了していますし…いったん帰りましょう」
この階の敵はアレイドを使う者もいるので、上よりも魔法を使う機会が多くなってしまって、結果として後衛のレベル1魔法は全部消費していた。ダークマターも長も、フィールは使わずバレッツのみしか使っていないにも関わらず、だ。ちなみに、回復は捨てるほど拾っている封傷の薬とか封傷の杖とかに頼ってるのだけど。
上に行けば回復の泉があるけれど…あるけれど…。
イヤ…よねぇ。あんな死体だらけの泉の水を飲むのは…。
そこで、私たちはいったん帰って宿屋で休むことにした。
帰還の薬で帰ってくると、ともかく酒場で依頼完了の報告をせねば、ということになったんだけど。
「俺は、行きませんからっ!」
ダークマターがぶんぶんと頭を振った。
ラングという医師とはそれなりに意気投合したようだけど、今回は酒場にあの錬金術師の長が待ち構えているのが分かっているのね。顔を合わせたくないのも無理はないわ。
私には金属のヘルメットのように見えるその物体は、古代エルフ都市の何からしい。
さぞかし熱のこもった講義が待っているのだろう。
…そう思うと、私も行きたくないわ。
面倒な話って嫌いなんだもの。さっぱり理解できないし。
陛下は少し悩んだように頭を傾げられた。
「一人で宿に戻りますか?」
普通なら、男が一人、町中を歩いて宿屋に帰るのに心配などいらないだろう。ダークマター自身も、心配される筋合いは無いを思っているだろう。
けど。
なーんか妙な男にちょっかい出されるのよねぇ、この子は。
見た目が可愛いし、ちょっとぼーっとしたというかうっとり夢見てるような瞳をしてるんですもの。本人にその気が全くなくても、この瞳で見上げられたら勘違いする男もいるのも無理ないわ。
「俺が…」
クルガンが片手を挙げて見せた。
心配性なのもあるし、それ以上に古代エルフ都市に関するありがたいご講義を受けるのがイヤなのはクルガンも一緒、という理由もある。
「あら、たまには私も騎士役をさせてくれても良いでしょ?」
「…二人とも、エルフなんだから、ちょっとは話を聞いておけばいいのに」
ダークマターが眉を寄せて呟いた。私たちが話を聞くのがイヤで逃げてるのはきっちりばれているらしい。
あぁん、でも、貴方が心配なのも本当なのよ〜信じてね?
ダークマターの頭を抱え込むように抱き締めていると、陛下が苦笑して頷かれた。
「良いでしょう。今回はわたくしとレドゥアで参ります。ユージンはいつも通り鑑定をお願いします。ソフィア、クルガン、ダークマターは先に宿に戻っていなさい」
陛下のお供が一人っていうのはまずいんじゃ…とも思ったけど、長と二人きりで歩くような機会もそうそう無いので、長にお任せすることにした。
どうせもう身分の違いなんて無いんですもの。陛下と長なら祝福するんだけど。
「んじゃ、これも研究おたくに渡しておいて下さい」
ダークマターが懐からガラス瓶を取り出して長に渡した。
相変わらず中の紐はうねうね動いている。いやだわ〜。
そして、予想通り、と言えば予想通りなんだけど。
陛下と長が帰ってこられたのは夜もとっぷり暮れた頃だった。
疲労困憊な顔を見るに、延々講義を拝聴したらしい。お疲れさまでした〜。