女王陛下のプティガーヅ




ダークマターのメモ



 さすがに昨日の悲鳴が続いているとは思わなかったが、あまりにも辺りがシンとしているので俺たちは拍子抜けした。
 盛り上がった小山のようなところから確認したが、特に戦闘が激しかった痕のようなものは見つけられない。
 まあ、誰かに助けられたのだろう、と解釈して(俺的には、誰かに片づけられたのだろう、と言いたいが、まあ、黙っておくことにする)、俺たちは周囲の部屋から普通に探索することにした。
 すると。
 その扉を開いた途端に、何かがひゅっと息を吸う音がした。
 クルガンと俺とが武器を構えて周囲を探ったが、襲いかかってくる相手はいなかった。
 しかし、怯えたような呼吸音、小さく音を立てる何かが、そこにあった。
 クルガンに目で「どうする?」と聞くと、クルガンも黙ったまま肩に掛けたマントを外した。
 そこ目掛けてばさりと布を掛けると、きゃあっと甲高い悲鳴が上がった。
 「どうしたの!?メラーニエ!何かあったの!?」
 その小さな更に甲高いきーきー声は、扉の向こうから聞こえてくるようだった。
 苛ついたような声質と、メラーニエ、という単語には一応聞き覚えがある。
 クルガンがつかつかと歩いていって、人の形に盛り上がったマントをばさりと剥いだ。
 するとそこにはがくがくと真っ白な顔で震えて、涙を浮かべているエルフの小娘が座り込んでいた。
 「お前か」
 クルガンの声にびくりと体を跳ねさせて、ますます小さく体を縮める小娘に、ソフィアが俺たちを押しのけるように近づいた。
 「大丈夫よ。私たちが分かる?ほら、クレタの石をあげた冒険者たち」
 「…あ…」
 ようやく小娘は顔を上げて俺たちを見た。
 ドアの向こうからは軽いものがぶつかる音が何度もしている。どうやらピクシーが体当たりしているらしい。ピクシーの体重じゃ、ドアを体当たりで開けるとか壊すなんて無理だと思うけど。
 しょうがない、開けてやるか、とノブに手をかけたが。
 「ありゃ、開かない。一方通行?」
 がちがちと何度もドアは鳴るが、開きそうに無い。
 怯える小娘はソフィアに任せて、陛下が俺の横に立ってドアの向こうに声をかけた。
 「わたくしは、オティーリエ。聞こえますか?」
 「あぁっ!あのカモ…違った、気前の良い人間の冒険者ねっ!」
 一瞬、陛下のこめかみに青筋が立ったのは、見えなかったことにしておこう。
 「助かったわ!ねぇ、あたいを助けて頂戴!上から落っこちちゃって、一方通行の扉だってのに、その子、自分だけ通ってドアを閉めちゃったのよ!あたいじゃこのドア開けられないし…ね、お願い!上からあんたたちも落ちてきて、このドア開けてよ!」
 「それは、依頼ですか?」
 …怒ってる、怒ってるよ、陛下。
 うーん、あの頃の1000Gはでかかったとは言え、すっごい怨念持ってたんだな〜。陛下、意外と守銭奴の素質あるわ。ちなみに俺は、使う時はぱーっと使うけど、それ以上に儲けるのが好きと言う、正しい冒険者の姿勢なんだけどね。
 「い、依頼よ!正式な依頼よ!スルーの石、あげるからさ!ほら、今、メラーニエが使ってたやつ!唱えると、敵に姿が見えなくなって、安全に冒険出来るのよ!」
 は〜、なるほど。
 それで、こんな小娘如きがこの階に辿り着けたんだ。
 そう考えると便利なんだろうけど…それじゃ全然自分の腕は磨けないじゃん。
 ほら、クルガンなんかめっちゃイヤそうな顔してるし。あ、ソフィアもか。
 陛下も葛藤しているらしい。すぐには「はい」と言えないあたり。
 「あ〜、陛下。たとえば、面倒な仕掛けがあるとするじゃないですか。謎解きとか、仕掛けを動かすのに集中したいとき、その魔法、便利じゃないですか?」
 何で俺がこの小娘の味方をしてやらねばならんのか。
 でも、まあ、見てくれは悪くないし、エルフだし、ガキだけど女だし。
 ひょっとしたらクルガンの嫁になれるかも知れないので、ここは恩を売っておこう。
 俺ならこんな面倒そうな生き物の世話をするのはま真っ平御免だが、クルガンは案外世話好きだからな〜。口では文句言いつつ、この小娘の面倒もちゃんと見られるんじゃないだろうか。
 一応冒険者だし、ひょっとしたらもっとレベルが上がったら、一緒に冒険できるくらいに育つかもしれないし。そしたら、割とクルガン好みじゃなかろうか。
 いや、儚くって守りたくなるような骨細の女性が好みなんだっけ?だったら、冒険には出ない方がいいのか?
 俺ならそんな面倒な足手まといは願い下げだけどね。クルガンにはクルガンの好みってもんがあるんだろう。
 ということで、『クルガンの嫁ゲットだぜ作戦』のため、小娘には優しくしておくことにしておこう。
 陛下が渋々ながらも頷いたので、俺はドアの向こうのピクシーに声をかけた。
 「OKだってさ。んじゃ、俺らが行くまで、静かにこっそり隠れてなさい。あんたら会話してたら、せっかく姿隠しても丸分かりだから」
 「そ、そうね、それじゃ、あたいは部屋の隅にでもいるとするわ、メラーニエ!あんたも静かにしてんのよ!?」
 「う、うん…私、頑張る…」
 いや、だから。
 「帰んないの?正直、今日中に行けるとは確約できないから、宿ででも休んでおいた方がいいと思うんだけどな〜」
 「だって…私一人じゃ…」
 しくしく泣き出した小娘を見て、俺は溜息を吐いた。何でこんなのが迷宮に来てんだろう…エルフは黙って足を地面に突っ込んで光合成でもしてりゃいいんだよ。
 「クルガン、送ってやればぁ?」
 「何でだ!」
 せっかく嫁への第一歩を進めてやろうとしたのに、クルガンは思い切り俺の胸に裏拳を叩き込んだ。
 あぶねー、さっきの瓶が割れたらどうしてくれるんだ。
 「じゃ、ここで話し相手になってやるとか」
 「だから、何で俺だ!気に入ったんなら、お前がやれ、お前が!」
 「いや、俺は全く興味無し」
 「なら放っておけ!」
 「あ、そう?」
 これ以上会話をしたら、小娘に悪印象が残りそうだ。
 しょうがないので、俺はそのまま引き下がった。
 小娘は、おどおどと俺たちを見比べていたが、きゅっと縋るようにソフィアの服を掴んだ。
 うーん…そっちの趣味だったのか?それだとクルガンの嫁にはなれないな。じゃあ、いらないか。
 陛下がつかつかと小娘の前に行き、目線を合わせるため腰を落とした。
 「メラーニエ、と言いましたね」
 「は…はい…」
 「貴方のお友達を助けるため、わたくしたちも努力いたします。ですから、貴方もしっかりなさい」
 「はい…」
 「まずは、貴方自身でお決めなさい。ここに残るのか、それとも地上で待つのかを」
 「え…わ、私…」
 それから、延々。
 小娘はおどおどきょろきょろし続けた。
 どうやら自分自身で何かを決める、ということが出来ないらしい。
 よくまあ、ソフィアも陛下も辛抱強く返事を待っていられるものだ。
 俺なんかさっさと飽きてクルガンと『あっち向いてほい』に勤しんだよ。
 「ほいほいほいほいほいほいほいほい…」
 ぶんぶんと風切り音が聞こえそうなほど首を振り回しながら、クルガンがぼそりと呟いた。
 「お前、ああいうのが好みだったか?」
 「いや、全く。むしろ嫌い。あーゆーしゃきしゃきしないのは蹴り飛ばしたくなるけど」
 「ならどうした。随分、お前にしてはフォローしてやってるじゃないか」
 さて、どうしたもんか。
 でもまあ相手が女好きなら、嫁計画は駄目になったので、素直に白状するか。
 「いや、あんたの嫁になれるかなぁって」
 「俺の嫁ぇ!?」
 「ほいっと。あんたの負け〜」
 思わず俺の指に釣られたクルガンは悔しそうに舌打ちしたが、すぐに声を低めて俺に詰め寄った。
 「何だ、その俺の嫁ってのは!」
 「俺、あんたが子供作ってるとこ見たいし」
 見る間にクルガンの耳が赤く染まった。残念ながらソフィアの耳とは違って垂れ下がったりしない。
 「お、お、お、お前、そりゃ、それは性教育の実地かもしれんが、さすがにそれは遠慮したいぞ、俺は!」
 あれ?
 何か、違う方向に話が行ってるような気がする。
 もう一度、会話をリピート。
 ……あぁ!
 「ちゃうちゃう!あんたの子供が見たいってだけで、子作りの場面を見たいってわけじゃないって!」
 あっはっは、と笑ってやると、クルガンは照れ隠しで俺の頭を叩いた。痛いです。
 「どっちにしても、だ!何故、俺がガキなんぞ作らねばならん!」
 「え〜、あんたはいいお父さんになりそうだってリカルドも言ってたじゃーん」
 「俺はそんなもんに縛られたくなど無いっ!」
 言い切ったクルガンを、俺は生暖かく見つめてやった。
 エルフってもんは、大地に根付く森の民だ。本人がどう頑張っても、大地の属性が消える訳じゃない。
 そして、大地の民は、土地に根付いて生きていくのがライフスタイルってやつだ。今は根無し草のようにふわふわ風に流れているクルガンだって、いずれは大地に根付いて居を構えるだろう。
 産めよ育てよ地に満てよ。
 クルガンがどう思っていようと、エルフにとっての幸せとは、良き伴侶を娶り良き子を産み育てることなのだ。
 俺は、クルガンにはきっちり幸せになって貰いたい。
 何も残さず死んでしまったダークマターオリジナルの分まで、だ。
 第一、もったいないじゃないか。
 せっかく『何か』を残せるのに、クルガンの欠片もなく消えていくなんて。
 クルガンという個体が消えてしまっても、クルガンの子孫が残っているなら、世界には『クルガンの欠片』が残っていて、それはどんどん小さくなっていくのかも知れないけどずっとずっと広がっていくのだ。
 そう考えるのは、とても楽しい。
 たぶん、これはエルフ的感覚では無いので、クルガンには説明しても無駄だ。
 これはあくまで繁殖力が強いが寿命の短い人間族の感覚だろう。
 俺は見てくれはエルフだが、中身は人間のままだ。その辺の感覚はどうやっても人間のそれになる。
 長命種であるエルフに子孫繁栄の意識は人間より薄いようだし、しかも『個体』としての子孫と言うのではなく『群』としての子孫、という意識らしい。
 だから、放っておくとこの男は本当に子孫を作らないまま死ぬ可能性がある。
 個人的に、それは楽しくない。クルガンには、ずっとずっと存在していて欲しい。
 が、それを逐一説明するのは非常に面倒なので、俺は黙って肩を竦めるだけにとどめておいた。
 この小娘は駄目だったが、いずれまたエルフ女の一人や二人、目の前に出てくるだろう。その度につついてやれば、多少はクルガンも心が動くだろう。300歳か400歳にもなれば、いい加減落ち着くだろうし。
 でも、出来ることなら。
 俺のこの目で、クルガンの子供を見てみたいなぁ。




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