女王陛下のプティガーヅ
ダークマターのメモ。
ベルちゃんとは、その小部屋で別れて、他の部分を探索して回ることになった。
陛下は、現国王から呼び出されているなら早急に探索を切り上げて城へ向かいたい、と仰ったが、どーせベルちゃんはまだここにいるし、我々もすごい匂いが染みついているから、しっかり湯浴みしてからの方が失礼にならないだろうということになったからだ。でも、宿屋のたらいに湯を張って流すだけの湯浴みじゃなー、大して効果がないよな。
……あ。
イイもの、思い出した。うん、今日の探索が終わったら、使ってみよう。
えーと、それで、他の小部屋を回ったら、やっぱり鉄格子があって、奥には無惨な騎士の死体。
そして、鑑別ブレスレットは無し。騎士団はブレスレットを着けてないんだろうか。そーいや、冒険者に支給されるんだっけ?ちぇ、探して損した。
で、回ってるうちに、血臭の無い小部屋があったので入ると、先客がいた。
「じゃーん〜けん〜ほいっ!」
「よっしゃあ!勝ったぜ!」
………。
上でも見た仮面の魔物が、冒険者に囲まれてる。
「ふっふー、たまにはこんなこともあるのだ!さあ、次だ!じゃーん〜けーん〜ほいっ!」
「ははっ!また俺の勝ちだぜっ!」
「まぐれも2回くらいはあるのだっ!」
えーと。
じゃんけん、をしてるんだよな。
あ、これがじゃんけんまんの依頼か。
これでこいつらが全勝したら俺たちの負けじゃんか…ってゆーか、何で俺たちが依頼受けてんのに、こいつらはじゃんけんしてるんだ。ま、見るからに鎧がぼろぼろだから、リープ狙いなんだろうけど。
が、俺が心配するまでもなく、3回目で魔物に負け、冒険者は嬉しそうにリープをかけられていた。
ふぅん、やっぱり勝負した奴だけじゃなく、パーティー全員がリープ対象なんだな。ま、一人だけ帰されても困るが。
「ふはははは!やはりこのオレッチ様を負かす奴はいない!」
魔物は高らかに笑った。
どーでもいいが、『俺っち』だと思ったが、今のニュアンスだと『オレッチ』って名前なんだな、ややこしい。
魔物は俺たちに気づいたのか、ぶん、と一回杖を回した。
「よし、次の挑戦者だな!?誰でもかかってくるがいい!」
うーん、こーゆー生意気な魔物は嫌いなんだけどー、俺、じゃんけん初心者だしー。
「私が…」
ガード長が密かに自信がありそうに一歩踏み出したのに。
「俺が相手だ」
クルガンが先に魔物の前に立っちゃった。あーあ、ガード長がやるせなさそーだぞ。
まあ、相手の筋肉の動きで手が見切れるって言うから、クルガンも自信があるんだろーけど…でもこの魔物の服も、微妙に筒型で見辛そうなんだけど。大丈夫かなぁ。でも、やけに自信満々。
「誰でも来ーい!オークを倒した証の折れた剣は持っているな!?これは、ひょっとしたらチキンオーガやファイターから奪ったものかもしれないが、俺はこれがオークを倒して得たものと信じる!」
うーん…そーいや、チキンオーガやファイターは折れた剣つーより折れた斧とか折れた棍棒とかっぽいよな。ま、手に入るのは折れた剣だけど。
折れた剣をいそいそとしまって、オレッチとやらは構えた。腕が後ろに回っていて、何を出すか見辛そうだな〜。
「じゃーんけーんほいっ!」
えーと、グーに対してパーだから、クルガンの勝ち。
その後。
連続でジャンケンして、クルガンはあっさり5連勝したのだった。
「うわーんっ!このオレッチ様を負かす奴がいるなど!ちょっと俺のすごさを見せつけるだけのつもりだったのにっ!」
「ふん、大したことが無いな」
「くそーっ!でも、約束は約束だっ!この識別ブレスレットを持っていくがいい!真ん中の綺麗な石といい、これはきっとレアもんだぞ!」
みんな持ってるけどな。つーか、拾ったもんを景品にしてたんか、この魔物は。うーん、商売上手だな。
で、魔物が悔しそうにリープしていった後で、陛下がブレスレットをはめてみると、いつもの「きーーん!」で、死者の念が入り込み、俺たちはめでたくスレイクラッシュを身につけたのだった。
「これで、私とユージンが使えば、魔法を使わなくても後衛を攻撃できるわ」
「ソフィアとユージンかぁ…」
「あら、何かおかしい?クルガンの石化のダガーは、一撃で倒せる可能性があるから、私とユージンが組むのが効率的だと思うんだけど…」
攻撃力って点では、確かにその通りなんだけど。
だけど、確か女僧侶の敏捷度は…。
「あら、ちょうど良いですね。あそこに、人間型の敵がいます」
陛下…忍者かもしれないんですけどね。
だが、好戦的な陛下はアレイドをさっさと組み入れ、敵にぶつかっていった。
敵構成は、この階ではよく見る後衛に女僧侶、前衛に忍者と盗賊、というものだった。
まずクルガン動く、忍者かわす。いや、笑ってる場合じゃないが。
で、忍者の攻撃、俺が弾くっと。
盗賊攻撃は、ユージンに仕掛けて牽制射撃で妨害。
で。
予想通りというか、嫌な予感の通りというか。
女僧侶のバレッツがソフィアに撃ち込まれたのだった。
「だからソフィア・ユージン組で良いのかって言ったのにー…ソフィアさんってば、エルフのくせに初動が遅いんだからー」
「く・や・しーっっ!」
まあ、当たればでかいんだけどね。女僧侶はソフィアとユージンで倒せたけど、結局ダメージを受けちゃうんだよなー。ま、大したダメージじゃないけど。
ちなみに、クルガンの攻撃は、最後まで当たらなかった。
……うんうん。気持ちは分かるから、そこで床に指で文字を書かないよーに。いつかきっとアレイド見つけて、俺がフォローしたげるからねー。
それから、レバーを倒したおかげで通れるようになった上の階の階段を昇ってみると。
やけに大柄なオークが仮面の魔物と話し合っていた。
「ねー、頼むよー。レプラコーンのお面で、レプラグッズコンプリートなんだよー」
何かこう…オークの訛った声とは違う、鼻にかかったようなくぐもったような感じの声で、微妙に甲高いところといい、いつものオークとは違う種類のオークなのかな〜という気がした。
雌…とか?
「うーむ、そんなものに興味はないが、折れた剣は捨てがたい…えーい、持ってけ!」
「やった!」
れぷらぐっず?
オークのパンツに対抗する何かか?
敵意もなさそうなので、ぼーっと眺めていると、でっかいオークは俺たちとすれ違いざまに
「あ、どーも」
と、訛のない綺麗な人間語で挨拶したのだった。
…何だったんだ。
左側は行き尽くした気がするので、そのまま右側の探索を開始した。
基本的には左側と同じような作りらしい。梯子があって、上と下とに行けるらしい。それと、ぐおんぐおんと心臓に堪える扉も見つけたけど…後回しにしようってことで意見が一致した。だって、メダル1枚しか無いんだもん。
うろうろと探索していると、とある部屋では、オークの大群が怯えていた。
何でも、もっと下の階に桁違いの魔物がいて、むしゃりむしゃりと魔物を食うらしい。うん、まあ…トカゲ食う蛇もいるし…魔物が魔物食うっつっても、あれだけ多彩なんだから、共食いというよりは単に悪食という気はする。いや、人間を食うのが美食ってもんでもないけど。
そして、怯えて飛びかかってきた集団オークたちをずんばらりんしたにも関わらず「悪かっただ…」などと謝罪するオークの人の良さ(魔物の良さ?)ってもんを、他人事ながら「こいつらこれで迷宮でやっていけるのか?」と呆れ…もとい心配したのだった。
それから、下の方を探索してホールドアタックと呪文集中陣のアレイドを手に入れた。
これで俺が忍者を縛ってクルガンが攻撃できる…と思ったら。
「忍者が3人…呪文集中陣でザティールを使います!」
………。
呪文集中陣は、俺も含まれますか。そうですか。
いや、だからさ。いつかきっと忍者に転職したら、忍者にも攻撃が当たるようになるからさー、そんな壁の隅っこに向かって座り込むなよ、クルガン〜。
それに、そのー…石化のダガーじゃ、どーせ当たっても大したダメージじゃないし〜…あぁっ!背中にどよどよ雲背負うのはやめてっ!
と、そんな感じで。
新しいアレイドを手に入れても、何となく攻撃力に不安を感じつつ進んでいったB2F。考えてみれば、俺がもし侍になったとして〜、ポールウェポンが使える騎士になったユージンが下がったとしたら〜……前衛、全員エルフでやんの。
俺が言うのも何だけど、ちょっと間違ったパーティー構成って感じだよなー。その分、敏捷度が高いはずだけど。
ま、そんな心配しててもしょうがない。まずは、侍や騎士の宝玉を手に入れなきゃね。
さーて、どっかに店があれば良いんだけど…あ、そーいや店員募集はどうなってたっけ。まだ採用通知は来てなかったんだったかな?上に戻ったら、確認に行かなきゃ。
そんなことを考えながら次に上に向かうと。
吊り橋の先で、一人の男が、真っ青な顔で立ち竦んでいた。
「死の匂いだ…とんでもない危険が待っている気がする…」
えーと、エルフ…かな?格好は忍者…だよなぁ。頭に鳥兜被ってるし。大鷲のなんちゃらとか白鳥のなんちゃらとかいう名前の付いてる忍者隊所属なんだろか。
で、眉の寄った微妙に情けない顔をした忍者は、いきなり身を折って、うげーっと呻いた。
うーん、初対面の我々の前で失礼な話だ。
「危険が…大きけりゃ大きいほど、気持ち悪くなるんだよ…こりゃ、今まででも最大級の危険だぜ…くそぉ、何で俺がこんなところに来なきゃいけないんだよぉ…」
げろげろ言う忍者に歩み寄り、陛下が背中をさすろうとしたが、皆に阻止されて、代わりにソフィアが背をさする。
そのうち立ち上がった忍者は、真っ青な顔で俺たちを見て、口元を拭った。
「ありがとよ…あんたたちも、この先に進むのは止めた方が良い…死にたくなきゃな」
そう言って、忍者は瞬時に消えた。身のこなしは大変に忍者らしいが…点々とげろの跡が残ってんのが嫌な感じ。
それにしても、エルフの男忍者…誰かさんみたいだ。
だけど、えらい違いがあるよな。
「…何だ?」
改めてクルガンを見上げる。
エルフのくせに筋肉隆々…いや、今はそーでもないけど…、性格は熱血漢で、死の恐怖だの、危険の察知だのは薬にもしたくないってタイプ。
「いやー、同じ『エルフ忍者』っつっても、ずいぶん違うもんだなー、と」
「あ?あれは人間だっただろう」
へ?そなの?耳尖ってたと思ったけど。
「いや、あれは人間だ。エルフとはこう…匂いが違う。エルフの知性や静謐さが全く感じられん」
………。
あんたが、言うか。
「この時代のエルフは、人間と同じくらいの耳だから、区別しにくいわねー」
ソフィアも、うんうん、と頷いた。ソフィアのぴょんぴょんと上がったり下がったりする耳、好きなのになー。ちなみに、クルガンはあんまり動かないんだよね。俺のは…自分では動かせないけど、ちょっとは動くらしい。いや、そんなことはどーでもよく。
「彼の言葉が、絶対的な真実とは思いませんが、これより先に今までよりも強大な魔物が潜んでいるのは確かなのでしょう」
へーかの言葉に、ガード長も続けた。
「例の『同じ魔物をむしゃむしゃ食べる』魔物がいるのでしょう。我々の魔力も些か乏しくなってきておりますことですし、ここは一旦撤退しては如何かと」
うーん、一応アレイドが増えて魔力無しでも忍者や女僧侶を倒せることは倒せるんだけど…でも、アレイド入手前に魔力消費しちゃったからなー。
どうせなら完全な状態で臨みたいし…今日は結構、俺も神経使ったわ。
「では、街に戻るとしましょう。明日一番に城でオルトルード王にお会いして、それより迷宮に挑むとしましょう」
陛下の決定で、俺たちは街に戻ることにした。
リープで迷宮入り口に戻った俺たちは、ふぅっと一息吐いた。
「さて、まずはじゃんけんまんの依頼を果たした、と酒場に報告に参りましょうか」
……あ、忘れてた。そーいや、そうだっけ。
「ねー、クルガン」
「何だ?」
「何で、あれ全勝出来たんだ?やっぱ見切り?」
やけに簡単に全勝したよな、この男。
俺の問いに、クルガンは何でもない風を装いながらも、得意そうな感じが隠しきれない上機嫌さで答えた。
「あぁ、先に冒険者が3回じゃんけんをしていたからな。その時、あの魔物の『じゃーんけーん』という合図が、パーを出すときとチョキを出すときで、微妙に音程が違ったんだ」
「ほほぅ、さすがに忍者は違うな」
ユージンはしきりに感心していた。
が。
「…何だ、その不満そうな、疑いの目は」
「だって〜……音程〜〜〜??」
疑いの目も向けたくなるさー。
だって、この男は。
「前に、子守歌、歌ってくれたとき、めっちゃ音痴だったじゃんかー」
「やかましいっ!」
ウォルフみたいな破壊的な歌、というのとはまた違う、あれは声はでかいわ、そもそも音程ってもんが無いわ、の『歌』というより『うめき声』なしろもんだけど、クルガンのは何つーかこう…一声一声が変調してるとゆーか…聞いてて背中を捩りたくなるような気色悪さがあるとゆーか…まあ、とにかく音痴なんだ。いや、子守歌を歌ってくれると言うその気持ちは嬉しいし、大好きなんだけどさー。
「俺はな!耳で聞いた分には、完璧に判定出来るんだっ!……再現出来んだけで」
………最後の言葉が哀れっぽい。
「そうだったのですか…これまで貴方が歌うのを耳にしたことが無かったので知りませんでした」
陛下が心底気の毒そうに仰るので、クルガンが目に見えてへこんだ。
「そういえば、ダンスも下手だったわね…」
ソフィアがぼそっと付け加える。
忍者のくせにリズム感も悪いってサイテー。
ある程度の体さばきが出来たら、ダンスくらい出来そうなもんだけど。そーいや、クイーンガード時代も、クルガンが踊ってんのを見たこと無かったよなー。そーゆー機会には、喜んで勤務の方に就いてたな、そういえば。
「うーむ、今度、教えようか?私はダンスならそれなりに自信があるが」
せっかくのユージンの言葉にも、クルガンはますますいじけて地面に文字を書き出してしまった。最近、よくへこむよなー。やっぱりエルフのひ弱い身体なのが、自信を失わせてるのかなー。
「クルガン、クルガン。俺は、あんたのそーゆー不器用なところが大好きだからっ!」
何のフォローにもなってないって言葉は、言わないお約束でお願いします。