女王陛下のプティガーヅ
クルガンの覚え書き。
我々はついに2階に到達した。
一つ目の部屋を通り抜けると、通路は左右に分かれていた。
「…では、左で」
陛下が、一瞬考えてからそう仰ったので、左へ進むことにした。
左へ進みしばらくして出会った敵は。
「あー。忍者だねー」
何が楽しいのか、くすくすと笑いながらダークマターがちらりとこっちを見た。ふん、そのくらいで腹は立てんぞ。
だが、しかし。
実際戦ってみると。
こんな…こんな!どう見ても『ようやく一人前になりました』程度の忍者でありながら〜!こちらの攻撃が全く当たらない!俺の攻撃ですら2回に一度、といった程度だ。
「神よ、我が敵を撃ち抜く力に実体を与え給え〜」
暢気な詠唱で、敵の後衛にいた女僧侶が呪文完成前に倒れる。盗賊も、ソフィアとユージンのダブルスラッシュで倒れる。
残るは忍者一人だと言うのに。
「ねー、魔法使った方が早く無いかー?」
何度目かの攻撃をきゃあきゃあ言いながら盾で払っていたダークマターが、ちろりと俺を見る。
だが、俺としては、この手で倒したい!
…そして、何ターンかが過ぎ去った後、ようやく忍者を倒すことに成功したのだった。
不愉快だ!
忍者の頭巾を剥ぎ取りながら、「あ、結構若い」とか何とか呟いていたダークマターが、ついでに女僧侶の髪もざっくり切り取って(惨い…だが、あいつの頭の中に『髪は女の命』という言葉は入っていないんだろう)、こっちに戻ってきた。
「あれ、欲しいよねー」
あれ?
ダークマターは、鼻に皺を寄せて、うーんうーんと悩んでいる。
「アレイドでさー、確か、ほら…あんたを縛り付けて、メイスで殴りつけた記憶が…」
…嫌な記憶を…。
だが、確かにそんなアレイドがあるはずだ。忍者や動きの素早い敵には便利だったはずだが…しかし、記憶にないものはどうしようもない。
「見つかることを、神にでも祈ってろ」
「そーだねー。それしかないよなー。神様、神様、アレイド見つけさせて下さい、忍者をしばき倒すのに便利な奴ー。それから、魔法を拡大するような奴ー、それから〜えーと〜後衛も同時に攻撃できるような奴〜」
皮肉で言ったつもりだったが、ダークマターは聖印を握りしめて、ぶつぶつと呟き始めた。まるっきり怪しい奴だな。
「うーむ、過激なプレイをしていたのだな…」
もちろん、ユージンには『教育的指導』を力一杯繰り出させて貰った。
それから何度も同じような取り合わせの敵と戦った。厄介な敵だな。女僧侶はバレッツを仕掛けてくる(これがまた、普通に物理攻撃を食らうより余程辛い)から、早めに倒したい、つまり魔法で攻撃するより他はないし、忍者も魔法を使う方が確実だ。何故かダークマターばかりが狙われるせいで、牽制射撃もあまり役立たず、俺と何度も斬り合ったこいつだから何とか今まで無事でいるものの、いつか首を飛ばされそうだ。そう考えると、陛下のクレタとダークマターのバレッツだけでは心許ない。あぁ、ガード長もバレッツは使えるのだが、速度が遅いせいで、女僧侶の呪文が完成した後に倒すタイミングになってしまうのだ。
不本意だが…俺もクレタを覚える羽目になるのか?俺なら真っ先に呪文が完成するしな。
まあ、この先で新たなアレイドが見つかれば、それで良いのだが。
期待を込めて、先を進むが、なかなかそううまくはいかない。死体はあるものの、識別ブレスレットを持っている者は皆無であった。
壁を壊した先では、1階であったホビットの盗賊に会った。
「よぉ、お前さんたちか。う〜ぶるるっ!何か、様子が変だぜ!」
いかにも嫌そうに聖なる印を切る。
「前にこの階に遊びに来たときとは、なーんか空気が違いやがる。上の階では、オーク共が食い殺されるって騒いでるし、変な連中は彷徨いてるやがるし…よし!こんな時には『無理矢理善行』だ!」
あのな…お前の験直しに俺たちを使うな。
そう言いたいが、盗賊の唱えたラフィールは確かに俺たちの体を癒してくれたので、黙っておくことにした。
「あーん、盗賊のくせに、俺より高度な僧侶魔法使う〜!」
ダークマターは、少しばかりショックだったようだが。
「これでよし、と。じゃあな。お前さんたちも気を付けるんだな。あばよ」
盗賊が立ち去った後、俺たちの前にあるのは、穴と梯子。
「…上で、オークが騒いでいた、と言っていましたね。上に行ってみましょうか」
陛下の提案通り、皆で梯子を上る。ちなみに、俺が最初に行って安全を確認、ついで戦士たち、最後尾にダークマターという順だが。
しかし、上の階では、すぐに行き詰まった。目の前に階段はあるというのに、柵で塞がれていたのだ。
「うーんと…階段の下に、歯車とかの機械仕掛けが見えるよー」
細い隙間に顔を押しつけるようにして目を凝らしていたダークマターが、そう報告する。
「だとしたら、どこかに動かす仕掛けがあるな。この位置だけ覚えておくか」
俺は手書きの地図に階段の印を書き込んで、懐にしまった。
「では、下に参りましょうか」
俺たちは1階(と言うのもおかしいか。2階の平面部分?)を周り、それから下層に向かい。
番犬のように扉の前で座り込んでいたケルベロスにもケンカを売った。
「きゃあ!いやん!あーん!」
…ま、ソフィアが3回ほど噛まれたが。
戦闘中だが、さすがにダークマターがフィールをかける。
「…危なかったねー。あんたが噛まれてたら、寺院行きだったよー」
確かにな。護りの胸当てを装備してあれなら、皮鎧ならひとたまりもないところだったな。
だが、結果的には犠牲はソフィア一人で済んだのだし、それも回復したことだし、先を急ごう…と思ったら。
「…魔力がからっけつでーす」
ダークマターだけではなく、陛下のクレタも撃ち止めらしい。この状態で忍者だのに遭遇するのはまずいか。
「仕方ありませんね。もう少し、魔法を強化してから、再び参りましょう」
今まで、魔法ではなく腕力で勝負していたからな。実はレベル2魔法すら覚えていないのだ。
さて、今回の材料で複数攻撃できるような魔法が作成できると良いんだがな。
そうして、我々はいったん撤退することにしたのだった。
錬金術ギルドへ行き、幾つかの魔法を強化…しようとしたが、妖猫の毛皮だのピクシーの羽だの、あまり手持ちが無いものは念のため置いておくと、折れた剣から作るクレタくらいしか強化出来なかった。
…が。
「はい、あんたの分♪」
最後の抵抗で、無言で、手渡された石とダークマターの顔を交互に見つめる。
「いつの間にか、あんたも、3回もレベル1魔法を唱えられるようになってたんだねぇ」
にこにこと無邪気に笑われては…俺の抵抗が虚しいものに感じられる。
いいんだ…忍者でも魔法は使えるんだ…それよりも直接攻撃が好きなだけなのだ…。
そう自分を説得して、石に念を込めた。
ぴきぴきぴき。
3つの魔法石が次々と砕ける。
「覚えたぞ」
その間に、陛下もクレタをレベルアップされ、またスプリームも覚えられた。これでコボルトの群が4体に減るまでずっとフロントガードせずに済む。
「いいなぁ、俺も早く侍になって、魔法覚えたいなー」
覚えてるだろうが。
「バレッツも嫌いじゃないんだけどねー。『凍てつく瞳』のダークマターとしては、クルド系を覚えたいよね」
そうなのか?以前、得意だったのはジャクレタだったと思うが。
「うん、まあ、そうなんだけど。やっぱイメージって大切かなって」
…何の話だか。
その後、酒場に向かうと依頼が増えていた。
「ん?店員募集?ヴィガー商店?うーむ、ライバル店が出来たことで、慌てて事業拡大を狙っているのか。裏目に出なければよいが」
ユージンが顎を撫でながら呟いている。オークの店如きの心配などする必要もないが…いや、買い取り店が無くなるのも困るがな。
「店員…わたくし達はそのような暇はありませんし、この依頼は引き受けぬことに…」
陛下のご判断は、当然だと思うのだが。
しかし、ソフィアが不満の声を上げる。
「まあ!ですが、社員割引があるかも知れませんし!」
…そんなに好きか、割引が。
「割引はともかく…何か店に出さないような武器や防具を売ってくれればいいなぁ、とは思うんだけど…」
まずい。
ダークマターのこの上目遣いは『おねだりモード』だ。この目にはソフィアも弱いが陛下も弱いはず。
…ちなみに、俺も弱いが。
「分かりました。条件を聞くだけでも聞いてみましょう」
「「はーい」」
やはり、そうなってしまったか。
まあ、いい。向こうから断るかもしれんし、条件が合わねばこちらが断るという手もある。何も店員業務ばかりを行うわけでも無かろう。
そこで店員に頼んで、社員エントリー用紙とやらを出して貰い、その場で陛下が記入された。
さて、行くか、と思えば。
「もう一つ、依頼があるよ。ほら、こっちのページ」
ダークマターがページをめくって、読み上げる。
「えーと…じゃんけんまんの挑戦。……何、それ」
口に出して読み上げていたため、店員がカウンターから身を乗り出してくる。
「あぁ、それな。引き受けるつもりかい?」
「てゆーかさー、何言ってんのか、さっぱり分かんないんだけどー」
「いやな?B2階にじゃんけんまんって名乗る魔物がいるんだとよ。それで5回連続でじゃんけんに勝ったらアイテムをくれるが、負けたらリープで強制送還されるらしい。だもんだから、今までにも依頼を受けた奴はいるんだが、面倒だからって誰も依頼達成できてねーんだよな」
そんな説明をされている間に、横合いから別の冒険者が口を挟んできた。
「ま、依頼達成じゃなく、ただでリープかけてくれると思や便利なもんだぜ?」
「そうそう!それに、5回成功の報酬アイテムって、識別ブレスレットだろ?俺ら全員持ってるしよー。むしろ4回連続の快癒の薬の方が良いっつーの」
笑い合っている冒険者たちをよそに、俺たちは顔を見合わせた。
識別ブレスレットにアレイドが刷り込まれているかどうかは分からないが、試してみる価値はある。
「では、この依頼を受け…」
「ちょい待ち、リーエ!」
慌ててダークマターが陛下の前に手を出して妨げる。
無礼だとは思ったが、何も冗談で陛下のお言葉を妨げることはあるまいし、理由があってのことだろうと咎め立てはしないことにする。
「ほら、ここの注意書き。『競合開始は1日』。今日受けて、宿帰って寝たら、明日迷宮入るときにはもう競合開始、もし居場所を見つけられないまま出てきたら依頼失敗ですよ。明日、入る前にここに来てから正式に依頼を受けた方が良いと思います」
一理ある。
陛下も頷かれて、今日のところはヴィガー商店の依頼のみ受けることにされたようだ。
我々が出ていこうとすると、先ほども口を挟んだ冒険者たちがエールを片手にダークマターににじり寄っていた。
「何だよ、もう帰るのか?まだ外は明るいぜ?一緒に飲もうぜ」
「リーダーが帰るからねー。また、今度ねー」
「おーし、今度来たら、眠らせねーからなー」
「あははは、お手柔らかにー」
………何故、にこやかに相手をする。あんな連中はぶっ飛ばせば良いだろうに。
「おい、あまり見知らぬ連中と和むな」
とりあえず、そう注意すると、きょとんとした顔で首を傾げた。
「は?宿も一緒だし、よく1階で擦れ違ってるじゃん、あいつら」
………そうだった……か?
言われてみれば、そんな気もするが…。
ダークマターは、わざとらしく溜息を吐いて首を振る。
「はー。忍者のくせに、注意力が足りないなー」
「やかましい!」
「まったくもう、社交性に欠けるんだから、この孤独好きエルフさんってば。あーゆーのも、情報収集には便利なんだからね。愛想振りまいて損はないんだぞー?」
お前のは振りまきすぎだ!
というか、計算尽くで愛想を振りまくな!
とりあえず一つ殴って、首根っこを掴んで陛下たちに追いつくのだった。
ヴィガー商店に入った途端に、オークが目を輝かせて走り寄ってきた。
「社員希望の人だか!?」
ダークマターがわざと違う用紙を渡すという馬鹿をしたが、オークは本物を嗅ぎつけた。本物にはポプリの匂いを刷り込んでいたそうだ。まさしく『嗅ぎつけた』だが…オーク風情がそんな知恵が回るとは思わなかったな。
それから面接とやらがあったが、全員で押し掛けるのも何だったので陛下だけが案内されていった。
その間我々は店の前で話していたのだが。
「ところでさ。『じゃんけん』って、何?」
………は?
俺たちは、一瞬固まった。
いや、無論、何を言っているのかは理解できているのだが、まさか、という常識が次のリアクションを押しとどめたとでもいうか。
ダークマターは、気まずそうな顔で、こめかみに垂れた髪を引っ張った。
「いや、あの場では言い出し難くて。皆、知ってるみたいだったし」
………本気か?
本気…なんだろうな。
たとえば俺がいつ頃じゃんけんを覚えたかというと…記憶にはないが、子供たち同士の遊びとして覚えただろうが、だとすれば、まともな幼少時代を送らなかったこいつが知らなくても不自然ではないが。
しかし、日常的にも、ちょっとした弾みで「では、じゃんけんで決めようか」くらいの出来事はありそうなものだが。…いや、想像はつくな。そんな『皆が知っていて当然』のことを知らないことを認めたくなくて、こいつは出された手を冷ややかな目で見つめる、と。そうすると、相手は気まずくなって手を引っ込め、別の提案をする、と。あぁ、目の前に見えるようだ。
「じゃんけんというのは」
ごほん、とガード長が咳払いをした。
「高度な心理戦を要する、シンプルな勝敗システムのことだ」
………訳の分からない解説は止めろ。
「じゃんけん、というのはだな。狩人と狐と領主が戦うシステムでな…」
それも、訳が分からない。いきなり亜型を教えるのは問題があるぞ。それとも貴族間ではそちらが主流だったのか?貴族とじゃんけんなどしたことがないから分からんが。
「手の形で、勝敗を決めるやり方のことよ。これがパー。これがグー。これがチョキ」
ソフィアがする通りにダークマターも手を握っている。
「パーは紙、チョキはハサミ、グーは石ころだと言われているな。紙は石ころを包み込むがハサミで切られ、ハサミは紙を切れるが石は切れない、石はハサミには切られないが紙で包み込まれる…と言った具合で勝敗を決める」
「ふーん…なんで、じゃんけんって言うんだ?」
そ、そこまでは…。
「で、じゃんけんぽん、と掛け声とともに手を出す、と」
無視して話を進める。
「じゃんけんぽん!」
釣られたようにダークマターは手を出すが、パーともグーともチョキとも言えないような手をしていた。咄嗟に出るとこうなるものなのか。普通、じゃんけんを知っていたら、どれかの形にはなりそうなものだが。
「…で、何でこれが高度な心理戦?」
手をグーチョキパーと動かしながら、ダークマターは首を傾げた。
「うむ、つまりだな。たとえば、最初に『私はグーを出すぞ』と宣言してからじゃんけんをするとする。すると相手は、勝つためにはパーを出そうとするが、しかし、それを見越してこちらはチョキを出す、さらにそれを予測してグーでも出すかな、ということに…」
………そんなややこしいじゃんけんをしていたのか?ガード長は。
「また、気象条件により、暑い日にはパーを、寒い日にはグーを出す確率が高い、という統計もある」
…誰が、そんな馬鹿馬鹿しい研究をしているんだ…(注:本当です)
まあ、かく言う俺は、筋肉の動きで何を出すかを見切っていたりするのだが。だから、だぶだぶっとした服を着られると、分かりにくいという欠点がある。
そんな話をしている間に陛下が出てこられたので、我々は宿屋へ向かった。
夕食を摂り、部屋に落ち着いたところで、ダークマターがじゃんけんをしてみたい、というので普通のじゃんけんではつまらんし、「あっち向いてほい」を教えてみた。
最初の数度こそ、よく分かっていないらしいダークマターは俺の指に釣られてあっさり負けたものの。
「じゃんけんぽん!あっち向いてほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!ほい!………」
コツを覚えると、これがなかなか…。
無論、俺とて負けるわけにはいかんので、逆を張り。
結果として、宿に着いたのはまだ夕刻であったというのに、とっぷりと夜も更けた頃に、ようやく陛下に止められて『あっち向いてほい』は終了したのだった。
「うーむ、残像しか見えないような速度の『あっち向いてほい』は初めて見たな…」
ユージンが感心したように呟く。
…むぅ、俺もこの年になって『あっち向いてほい』をする羽目になるとは思わなかったが、身体能力の高い者同士がやると、結構な運動になるんだな。反射神経の訓練に良いかもしれない。
「見てるだけで疲れちゃったわ…」
ソフィアが首を振って溜息を吐く。俺などは心地よいくらいだがな。
「んじゃあ、もう寝る?」
あくびをしながらダークマターが伸びをする。
「俺は、今日は独り寝に挑戦しまーす」
と、ごそごそとベッドに潜り込んだ。
ま、俺は別に構わんが。
夜中にふと目が覚めた。
『何か』の気配を感じない限りは、どんな所でも熟睡するのが俺の睡眠タイプなのだが。
姿勢はそのままで気配を探るが、敵意も何も感じない。
さて、何が俺の感覚に触れて目が覚めたのやら。
完全に頭が冴えてしまった俺は、諦めて身を起こし、枕元の水差しを手に取った。
2口ばかり飲み、何の気無しに隣に寝るダークマターを見る。
特に発作を起こしてもおらず、呼吸状態正常。
…なんだが…何かが、気にかかるんだが…。
僅かに寄った眉が、泣いているようだからか?
しかし、ダークマターの目あたりに涙の跡はない。
そもそも、こいつが本気で泣いたのを見たのは、一度きりだ。
他にも涙は見たが、どう考えても嘘泣きというかわざとらしい涙というか。
本当に泣いたのは……武神を倒し、迷宮の外に出た時だけだ。俺たちとは別の場所に飛ばされて、一人きりだと思ったこいつが、俺たちを見たときに、わんわんと泣いた。
考えてみれば、こいつが感情を露にすることは滅多に無い。
無論、いつもへらへら笑っていたり、怒ったり、泣き真似をしたりと、表情はくるくると変わるのだが…『本当の』感情を見せることは無いのだ。
俺のことを好きだと言う。だが、それとても本当の意味での恋愛感情では無く、俺が他の女と一緒にいても、何か言うことも無い。
こいつが、本当に「何かが欲しい」、と願ったことはあるのだろうか。
口に出るのは、簡単に手に入るようなものばかりで、それも駄目だと言われればすぐに諦める。
こいつは、子供のようだが、いっそ本当に子供なら良いだろうに、と時々思う。
子供なら、欲しい物は欲しい、と、堂々と口に出すだろうに。誰に反対されてでも、欲しいのだ、と言えるだろうに。
なのに、中途半端に大人なこいつは、すぐ諦める。
手に入れているはずのものでさえ、諦めようとする。…たとえば、仲間からの信頼、でさえも。
リカルドだのグレッグだのといった連中から受ける信頼は、間違いなく『今のこいつ』に注がれるものであるのに、『自分は、クイーンガードダークマターの欠片でしかない』『クイーンガードダークマターがいるべき場所に、代わりに存在してしまった異端分子』などと馬鹿みたいなことを考える。
我が儘を言ってもそれが受け入れられることがない、つまり諦めるしかないという幼少時代を送っていた、というのは理解できるが…それは昔のあいつこそがそうであるんだが。その割には、あいつは結構感情豊かで、人懐こかったような気がするな。
少なくとも、今のこいつのような、いつでも諦めたような、一歩引いたような感じはしなかった。
あぁ、こうやって比べるのを厭がるのは分かっているんだが。
もしも、今、こいつが死にかけたとする。多分、こいつは、さっさと諦めると思う。「ようやく、楽になれる」とか何とか呟いて。
それでは、いかんだろう。
やはり、「生きていたい」と思っていなければ、生きていることにならないと思うんだが。
…難しいな。そもそも、俺は親になったことなどないんだから、子供の育て方なぞ分からんぞ。
戦災孤児等を育てる救護院では「わざと怒られるようなことをしても、甘やかせてあげましょう。ただただ愛していること、ここにいてもいいのだ、ということを伝えましょう。そうして居場所を得た子供たちは、ひとりでに巣立っていく力を身につけます」と言われている、とサラが言うから、そんなもんか、とひたすら甘やかしているだけだ。
しかし、俺一人で、こいつの『居場所』を作るのは難しいと思う。
そう言う意味では、どうせこの時代にリカルドたちが飛ばされてきているのなら、あいつらとパーティーを組んだ方が良かったかもしれないが…ま、過ぎたことは仕方がない。
こいつが「生きているのは楽しいことだ」と認識できるまで一緒にいるくらいしか出来そうに無いが、せいぜい甘やかすとしよう。
それは、あいつに対する償いでもあるし、こいつがあまりにも放っておけないからでもある。
……考えていると、体が冷えたな。
元のベッドに戻っても良いが…暖かい方を選ぶか。
ダークマターのベッドに潜り込み、俺に触れて目が覚めかけたのか身動きするところに腕を回すと、自分の居心地がよいような場所を探してごそごそし、俺の肩に顔を埋めて、また安らかな寝息に変わった。
基本的に俺は神など信じないが、それでも時々祈りたいときもある。
神よ。
願わくば、こいつが、幸せになれますように。
こいつは、大任を果たしたんだ。そのくらいの見返りがあっても良いだろう?