女王陛下のプティガーヅ



 

 ユージンの記録。


 陛下に申し開きを終え、暖かくお声を掛けて頂いたとはいえその場にいるのも落ち着かないと思っていたところに、ソフィアより申し出があったため渡りに船、と部屋を辞去した。
 そして、隣の部屋に移ろうと廊下に出ると。
 ……歌、か?途切れ途切れに聞こえる、哀切な響き…うーむ、これはあの有名な『尖塔の幽霊』ではあるまいか?こんな時代からいたのか。ずいぶんと長生き(?)な幽霊だな。
 うーむ、その謎を解くのも面白いかもしれない。見た者はいないが『美女の幽霊』という噂であったし…。
 と、思いながら、隣の部屋に入ると。
 ………。
 何だ、歌の主は、ダークマターだったのか。
 しかし、この訳の分からない歌詞の響きと言い、声質と言い、まさしく『尖塔の幽霊』…まさか。
 「君が、『尖塔の幽霊』だったのか?」
 彼は、ふと歌うのを止めて、こちらを見た。
 開き気味の瞳孔が、夢見るように私を見つめて、虚ろに微笑んだ。
 「まあ、厳密には、あの時代の『尖塔の幽霊』の正体は、クイーンガードダークマターだけどね」
 「…おい。どうせなら、最後まで歌え。落ちつかん」
 ぶっきらぼうなセリフに、彼はまた微笑んで、歌い始めた。
 どうでも良いが、私が想像していたのとは逆の姿勢なのだがな、二人とも。
 ちなみに、ダークマターがベッドに腰掛け、クルガンがその膝に頭を乗せているのだが。
 歌いながら、細い指先がクルガンの前髪を梳くようになぶっていて、それが心地よいのかクルガンは目を閉じてくつろいでいる。
 うーむ、確かに、見ようによっては、こっちが恥ずかしくなるような雰囲気ではあるな。レドゥアなら悶絶しそうだ。
 私が想像していたのは、無論、ダークマターの方がクルガンの膝枕で目を閉じている、という状況だ。普段の彼らからは、その方が余程想像しやすい。
 しかし、彼らは私の視線など全く気にした様子もなく、歌が続けられる。
 じきに啜り泣くようなそれが、すぅっと空気に溶けるように消え失せた。
 同時に、クルガンの目が開かれる。
 「…気が済んだか?」
 「……少し」
 クルガンは腹筋だけで起き上がり、俯いているダークマターの頭を撫でた。
 今までの経験からするに、そうされれば笑うか抱きつくかしそうなものなのに、ダークマターは俯いたまま溜息を一つ吐いただけであった。うーむ、相当参っているようだが。…だが、何故に?
 タイミングとしては、あのフードの男にケンカを売ったことで滅入っている…というのとは少し違うようだが。もっと後…祭壇を調べたあたりから機嫌が悪いのだが、さて。
 死に神を喚び起こす儀式が行われているのが、不愉快であったのか?しかし、今まで死に神と聞いてもそんなに気に病んでいる様子はなかったのだが。むしろ私の方が動揺している。
 うーむ、分からぬ。しかし、クルガンには分かっているようだから、良しとするか。
 で、じっと興味深く眺めている私のことは完璧に無視して、クルガンはシャツを脱ぎだした。
 「もう、寝るぞ。お前も、さっさと寝ろ」
 「……ん……」
 「どうせ、そのままじゃロクな夢を見んだろうが。こっちに来い」
 「……ん……」
 のろのろとボタンを外して、僧衣を真ん中のベッドに放り投げ、ダークマターはクルガンのベッドに潜り込んだ。
 少しの間、衣擦れが聞こえたが、じきに静かな寝息だけになる。
 ……まあ、確かに、女性が見るものでもなかろうな。ソフィアには気の毒だが、どうにもこうにも割り込めそうに無いぞ、この二人の雰囲気には。
 さて、私も寝るか。
 テーブルの上のランプの火を落とし、私もベッドに入った。
 やれやれ、明日には元気な顔が見られると良いのだが。

 翌朝、私が目覚め、着衣を整えても、まだ二人は眠っていた。少しベッドを覗きに行ったが、規則正しい寝息が乱れることはなかった。うーむ、私の気配を『味方認識』してくれるのは嬉しいが、これでいいのだろうか。
 まあ、起こすのも忍びない。そっと抜け出して、朝食を摂ることにしよう。
 私が宿の食堂で、食後のお茶を飲んでいる頃に、彼らはやってきた。
 「おはよー、ユージン。もー起こしてくれれば良かったのにー。クルガンって朝寝坊さんなんだよー」
 「お前もぐーすか寝てただろうがっ!」
 「違いますー。俺は目は覚めてたけど、あんたの腕が回ってたから、大人しくしてただけですー」
 「嘘をつけっ!」
 「嘘じゃないもーん!」
 ……元気だ。
 うーむ、やはりダークマターは笑っている方が良いな。
 とは言え。
 サラダの中のトマトを巡って、クルガンとフォークで戦い出すのを見ると…もう少し大人しくても良いかもな、とも思うのだった。

 さて、皆が食事を終えたところで、また迷宮に向かおうとしたのだが。
 宿を出たところで、クルガンが困ったように手の中の紙袋を見た。
 「匂いが漏れるだろうな」
 あぁ、焼きたての時には比べるべくもないが、良い香りが漂っている。魔物にも『良い香り』かどうかは分からぬが、興味は引くだろう。
 「何、それ?」
 「あぁ、夕べ…」
 ダークマターのご機嫌取り用のお菓子だったはずだが、出番が無かったのだな。
 リボンを解き、紙袋からクッキーを一枚取り出して、クルガンはダークマターに差し出した。
 「ほれ」
 「あーん♪」
 ………。
 背後から「ざーっ」と言う音が聞こえた。
 きっと、レドゥアあたりが砂を吐いているのだろう。あるいは血の気が引く音かもしれぬが。
 委細構わず、ダークマターはクッキーを租借し、指で唇に付いた粉を拭った。 
 「美味しいけど…クルガンの作ったアーモンドクッキーが食べたいなー」
 つ、作るのか!?あの『疾風のクルガン』が、クッキーを焼くのか!?
 「…まあ、いずれ、な」
 つーくーるーのーかーっ!
 もう一枚、ダークマターにクッキーを食べさせたクルガンは、今度は取り出したクッキーを軽く放り投げた。
 「あいっ!」
 ぱくっと器用に口で受け止めて、ダークマターがにへらっと笑う。
 …段々ムキになってきたのか、クッキーの飛距離が長くなり、最後には全力で放り投げたクッキーを、やはり全力で追いかけたダークマターが生け垣に突っ込み、顔は擦り傷だらけ、全身葉っぱまみれという状態にも関わらず、口にくわえたクッキーを自慢そうに見せる、という展開となった。
 「……ますます……」
 陛下が呟かれた。
 うーむ、確かに、『夫婦漫才』というより『主人と犬』の方がしっくりする気がしてきた。陛下のご慧眼には感服するより他はない。


 迷宮に入り、いつも通りサミュエルとかいう騎士に見送られ、我々は先を進んだ。
 市の管理だという荷物の前あたりで、敵が我々に気づかぬまま右に折れるのが見えた。
 「背後を突けるかもしれんな」
 クルガンがそう言って、気配を消しながら後を追う。ま、残りの我々は金属鎧でがしゃがしゃ鳴っているのだが。
 それでも、敵が振り向くよりも早く先手を取れた我々が卑屈なオーガを倒すと、勢いで魔物の体が背後に倒れ込み、扉を開いた。
 幸い、部屋の中に敵はいなかったが…おかしいな。
 「奥には、荷物があるのでは無かったかな?」
 確か、荷車のようなものが道を塞いでいたと記憶しているのだが。
 クルガンが懐から自作の地図を取り出し、確認した。
 「そうだな。行き止まりだったが…誰か、荷物を動かしたのか?」
 動くような量ではなかったような気もするが…いや、オーガ4人家族くらいが引っ越せば、何とか。
 「行ってみましょうか」
 陛下の一声で、我々はそちらの道を進んでみることにした。
 特に階段や仕掛けがあることもなく、どんどん進む。
 出てきた細い通路で、向こうからとぼとぼと歩いてくるオークに出会った。
 「駄目だ…もうおしまいだど…」
 涙すら浮かべたオークは、我々の姿を見て、ますます目を潤ませた。
 「お前たちも、あの店に行くだか…」
 あの店?こんな迷宮に店が?
 「はぁ…強力なライバル出現だど…オーナーに知らせるだ…」
 ………あ。
 彼の姿がすっかり見えなくなったところで、ようやくあれがヴィガー商店のアルバイトオークだと気づいた。うーむ、魔物の個体識別は難しいものだ。魔物たちと契約していたときには、名札を付けさせていたものだったが(…ちなみに非常に不評であった)。
 「店…ちょっと行ってみませんか?」
 ソフィアの目がきらきらと輝いている。うーむ、女性とは買い物好きなものだな。
 曲がり角を折れ、扉を開けると。
 予想に反して、そこには誰もいなかった。
 立て札の文字を読む。
 「…セルフショップ?」
 「よく見ろ。セラフショップだ」
 システム的には、セルフショップでもOKのようだが。
 「えーと、こっちの袋に料金を入れ、こっちの袋から商品を取り出して下さい…何よ、店員はいないの?」
 あぁ、値切るのが好きでも、店員がいなければ出来ぬからな。ソフィアは怒ったように商品表を見ている。
 「しかも、いらないものばかり!錆びた鍵…品切れって何、品切れって!」
 何に使うのか分からぬようなものまで売っている割には、薬品類のみなのだな、取扱商品は。出来れば、武器防具の類を売っている店が欲しいのだが。
 「えーと、万引きは犯罪です?若手セラフが派遣されます…若手マイルフィックとどっちが強いかなー」
 「試すなよ?」
 「……試しません」
 微妙な間が恐い。
 名残惜しそうに袋を見つめているダークマターを引きずるように、我々は部屋を出た。
 そして、クルガンが地図を見ながらある方向を示す。
 「あちらに続いていれば、あの可変通路へ繋がるはずだが」
 確かめるために、そちらへ進もうとして。
 幾分深い水場と、掛けられた橋を見つけた。その先には、下へと続く階段が口を開けている。
 「こちらの方が、近道なのでしょうね」
 陛下が頷かれたが、一応、可変通路までの道も埋めたい、ということで、橋ではなく通路の先の扉へ向かおうとしたところで。
 前方から、ふらふらと歩いてくる男がいた。
 振り乱した髪、汚れたシャツ、虚ろな視線。
 そいつは我々を認めて駆け寄った。
 「なぁ、お前たちは見つけたか?神様が隠れてるんだ」
 ……何だ?
 陛下の前にはレドゥアとクルガンが立ちはだかっている。ダークマターは…更にその背後か?姿が見えぬが。
 そいつは、気にした様子もなく、唇から涎を垂らしながら喋り続ける。
 「親蛇が、うじゃうじゃ子蛇を生む前に、見つけなきゃならないんだ…」
 そして、腹でも痛いのか、一瞬手を当てて身を折った。
 「早く、見つけなきゃ…」
 そして、ふらふらと橋を渡って行く。
 うーむ、あれでよく、1階のここまで無事に歩いてこられたものだ。魔物からすれば、格好の獲物ではないのか?
 思わず見送ってしまったが、身柄を確保した方が良かっただろうか。
 振り向くと、ダークマターも胃のあたりを押さえて真っ青な顔をしていた。
 「……変な匂いが、した……」
 あぁ、何日も風呂に入ってないような姿だったからな。
 「そーゆーんじゃなくて…生臭いような…今まで、嗅いだこともないような…」
 口元を押さえている彼の背を、クルガンがさすってやっている姿を見て、つい連想して
 「…つわりかね?」
 ………。
 相変わらず、女性とは思えぬような良いパンチを繰り出すな、ソフィア殿は…。
 
 口元にハンカチを当てているダークマターを気遣いつつも、我々は可変通路まで上がってきた。
 「やはり、あちらから回った方が良さそうですね」
 地図も埋まったことだし、今度からはそうした方が早いだろう。
 向きを変え、2階に降りようとしたところで、声をかけられた。
 そこには、もう老年の域に達しそうなドワーフが、大きな斧を片手に立っていた。
 うーむ、さすがはドワーフ族。すでに髭は白髪混じり、というよりもほとんど白髪になっているというのに、見事な筋肉の盛り上がりだ。
 「お前たち、この辺でフードの男を見かけなかったか?」
 フードの男。確かに、この辺と言えば、この辺であったか。
 陛下が頷かれると、ドワーフの戦士は寂しそうに俯いた。
 「そうか…噂は本当だったのか…」
 そして、肩にした斧を、ぶん、と振り回して、地に付けた。
 「そいつの名は、マクベイン。残虐非道で知られる男だ。そいつのせいで、幾つもの修道院や救護院が皆殺しの憂き目にあった。ようやく捕らえられた、と聞いておったのだが…」
 豊かな顎髭を撫でながら、独り言ののように続ける。
 「何を考えている、オルトルード。そんな奴まで迷宮に駆り出してどうする?」
 もう一度、斧を担ぎ直して、彼は照れたように笑った。
 「すまん、年寄りの繰り言だ。忘れてくれ」
 そう言って、とても年寄りとは思えぬ足取りで、階段を下っていった。
 ふむ、歴戦の勇者と見たが、何かオルトルード王と関係があるのだろうか。
 「…犯罪者も、この迷宮に入っているのですね」
 イーリスとかいうモンクもそのようなことを言っていたが。
 「やはり、そういった者たちにも、あの条件は提示されているのでしょうか」
 犯罪者に国半分の領地と、軍を持つ権利を与える…ろくなことにならぬな、それは。
 「なんとしても、我々が魔女を倒し、ドゥーハンに希望を与えなければ!」
 まあ、あのドワーフの戦士のような男が達成するのでも大丈夫な気はするが。
 せっかく燃えているところに水を差すことは無かろう。
 そうして、我々も2階に降りるべく、彼の後を追ったのだった。





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