女王陛下のプティガーヅ




 ダークマターのメモ。


 迷宮に入ったら、すぐに騎士団が通路を閉鎖していた。
 「現在、生存者の捜索が済んでいないため、しばらく立ち入りを禁ずる」
 …厳密にはさー、死体の回収、じゃないの?ま、言葉はどーでもいいけどさ。
 無理矢理通っても良いけど、後が面倒くさいので困ってると、騎士団の背後から
 「あぁ、彼女たちは良いんだ。新しく討伐隊に加わった者たちだからな」
 団長が口添えしてくれたから、騎士は左右に別れたけど。
 うーんと…俺たちが城出てから、ギルドに寄って、ちょっと入り口で話して…あんまり時間が経ってないのに、なんかやつれちゃったよな、ベルグラーノさん。
 「あの魔女に立ち向かうには、信頼という絆が最も重要になると思うよ。君たちは…」
 で、陛下と俺たちの顔を見回して、頷いた。
 「ふむ、見事なものだ。深い絆で結ばれているのがよく分かる」
 …どっかで聞いたことがあるようなセリフだよなー。
 懐かしくも、思い出したくない顔が脳裏を横切っちゃうよ。
 「私は、これまで他の者に『信頼』の重要性を伝えることをしてこなかった。その償いはするつもりだ」
 言葉で伝えるもんでもないしねー。
 ま、それはどーでもいいとして。
 「ベルちゃん、ベルちゃん」
 ちょっと手を振って呼ぶと、騎士団長は、僅かに眉を上げてから、にやりと笑った。
 「何かね?だっくん」
 ……そーゆー切り返し方をしますか。
 うーん、さすがは一国の騎士団長。太っ腹。
 後ろにいるうちのメンバーの方がよっぽど神経が細いよなー。ベルちゃん、はさすがにどうか、とか呟いてるや。
 「ベルちゃん、ちゃんと寝てる〜?ひょっとして徹夜したまま迷宮潜ってない?」
 騎士団長だもんなー。短時間潜ったくらいでやつれるとは思えないし、ってことは、不眠不休で働いてるとしか。
 ベルちゃんは、苦笑してから、俺の頭を撫でた。
 「はは、心配してくれるのか?しかし、なかなか休むわけにもいかないものでな」
 …やっぱり。
 もー、しょーがないなー。
 えーと…あの呪文は…っと。ベルちゃん、背が高いから額に呪を描こうとすると手を目一杯のばさなきゃなんないけど。
 と、苦労してたら少し屈んでくれたので、そのまま続行。
 文様を描きつつ、古代魔法語で呪文を詠唱した。
 額の文字が薄青く光り、ぱっと消え失せる。
 ベルちゃんは驚いたような顔で額を押さえた。
 「まさか、ウィルの魔法かね?いや、あの魔法では、疲労を癒すことは出来ぬし…これは…」
 いててて。ちょっとリバウンド来たー。毛細血管切れたかな。
 俺は手を振りつつ、説明した。
 「当時…じゃなかった、今の時代では法王庁門外不出の魔法だと思うけどねー。…二日酔いを取っ払う呪文なんだけど」
 ベルちゃんの目が一瞬点になってから、爆笑した。
 「なるほど!法王庁に『二日酔い』の魔法が存在すれば、それは必死で隠すだろうな」
 やっぱ、頭の回転早いな、この人。
 そーなんだよねー。当時、僧侶が酔っぱらうなんて問題外だから、そんなもん存在すらひた隠しにされてるんだけど。実際には、結構飲んだくれては呪文使って平気な顔で信者の前に姿を出していたに違いない。うんうん。
 「で、ホントは酒が分解されたら気持ち悪くなるような物質が生産されるんで、それを浄化する魔法なんだけど、今回、疲労したら産生される物質を浄化するように、呪文を組み替えてみましたー」
 そーゆー『規則外』なことすると、時々リバウンド来るんだよな。ま、大したことでもないけど。
 「あ、でも、根本的な解決にはなってないんだからね?ちゃんと今晩は寝るよーに!」
 鼻先にびしっと指を突き付けると、苦笑いして目を逸らした。…無理する気満々かよ。
 俺が、やんなきゃよかった、とか思ってると、ベルちゃんはまた俺の頭を軽く叩いた。
 「前向きに善処しよう。約束するよ、だっくん」
 …だっくんは止めて、だっくんは。
 「それにしても」
 あ、何かやばい雰囲気。
 「君は、どこに所属している僧侶なのかな?」
 ど、どこと言われますと…難しいですねぇ。
 法王庁…どっかで絶対ばれるだろーなー、そーゆー大きなとこの名をかたるのは。
 「ひ・み・つ♪」
 ちょっと瞳を潤ませたりなんかして。上目遣いで唇に指当てたりなんかして。
 …こんなんで誤魔化されてくれるのは、うちのアホな男共(リカルド&グレッグ、時々クルガン)くらいだろーなー。
 「そうか…まあいい。我々は冒険者の身元について、深く詮索することはない。目的を果たしてくれれば、それでよい」
 一応、誤魔化されてくれた…のか?
 んで、ベルちゃんの視線が逸れた隙に、クルガンの背中に逃げ込んだ。
 「…あまり、目立つ真似はするな」
 分かってるよー。分かってたけど、やつれ具合が放っておけなかったんだよー。
 こっそりと自分の手にフィールかけてると、迷宮の入り口から、貴族風の男が近づいてきた。
 「君たちが、レジーナたちを見つけてくれた冒険者だね?有力な新人が現れた、と城では君たちの噂で持ちきりだよ」
 ……そんなに、人不足なんかー。
 「して、ベルグラーノ隊長。この冒険者たちにお礼の品は渡したのかな?」
 「お礼?何のこと…」
 「いけないな、ベルグラーノ隊長。それでは、冒険者たちも甲斐が無いというものだよ」
 わざとらしく頭を振って、その貴族は俺たちに爽やかな笑顔を見せた。
 …ずれないのかなー、あの髪。そんなに下向いて頭振っても。
 「あぁ、申し遅れたが、私の名はウェブスター公、フェリー=ルフォール。この国の宰相を務めている」
 宰相…あ、嫌な記憶が…俺の記憶じゃないけど。
 「それでは、冒険者諸君。これは城の宝物庫から持ち出したものだが、どれが良い?何、城にあっても仕方のないものばかりだ。君たちに使って貰う方が余程有益だよ」
 いや…俺たち、窃盗の事後共犯っすか…。ベルちゃんが承認したなら、まあOKな気もするけど。
 ソフィアは、
 「そんなに言うなら、全部くれれば良いのに」
 とか呟いていた。いくら何でも、それは欲張りすぎかと。
 えーと、マグスの大剣にマグスの皮鎧、それにザクレタの魔法石…。
 マグスの皮鎧は、クルガンに良いかもなー。でも、剣も欲しいかも。ユージンが使うから。
 陛下は、少し考えた末に大剣を選ばれた。どうでもいいけど、これが心理学テストとかなら、『貴方は攻撃的な性格です』とか言われそうだな。
 「では、君たちの働きを期待しているよ」
 3000Goldの詰まった革袋も寄越して、ウェブスター公とやらはベルちゃんと話し始めた。
 これは、さっさと行けってことだよなー。
 俺たちは礼を言ってそこから離れて、それからユージンが剣を装備した。ま、そのせいで盾を外さなきゃならなくなったけど。
 そこで、ぶいぶいと大剣を振り回してみているユージンを見ていると、背後から声をかけられた。
 「あの…オティーリエさんの一行ですよね?」
 振り向くと、目の下に変な模様を入れた女がいた。
 「はい。わたくしがオティーリエですが、何か」
 陛下が穏やかに言われると、その女は嬉しそうに手をぱんっと叩いて、
 「うわー、思ったより強面じゃない方々だったんですね!その方が読者に受けが良いわ!」
 …読者?
 「あ、私、ベノアン書店っていう店をやってるリディって言います。知ってるでしょ?ベノアン書店」
 「あぁ、最近引っ越したと言う…」
 …という情報しか知らないけど。それも酒場の掲示板に貼ってあっただけという。
 でも、リディはますます喜んで飛び跳ねた。
 「そう!それよ!それでね、うちは、今度新しい本を出そうと思ってるんだけど…おーい、出てきなさいよ!」
 俺たちの前に現れたのは、一匹のオークだった。
 「あ、あの…おで、ピピン言います…」
 ………ピピン。
 何か?ピピンつーのは、世襲制か何かなのか?それともオークの作家は全員ピピン言うのか?
 「お、おで、オティーリエさんを見てただ…」
 「このピピンはね、貴方達が気に入って、後を尾けてたのよー。それで、日記を書いてるんだけど…」
 行動まで一緒かよ。どーゆー家系だ、ピピン。ひょっとして、ピーピングオークの略だったり。
 「書き上がったら、絶対ベストセラー間違いなしよ!ひょっとしたら国家推薦図書にまでなるかもね!」
 書く前には、たいていの本にそーゆー期待がされるもんじゃないか?
 「でね?これからが本題なんだけど…このピピンが付いていくのを許してくれないかなーって。いつ見つかって殺されるかって、びくびくしてたのよ」
 ……クルガンさん。
 何故、目を逸らしますか。
 責めてないってばー。そんな、忍者じゃない人に、オーク如きが尾けてきていたのに気付け、なんて無茶な期待なんてしませんとも。
 「ね?どう?」
 陛下は少し首を傾げて。
 「…断れば、どうするつもりですか?」
 「え…」
 リディは、怒られたみたいに首をすくめて、茶目っ気たっぷりに舌を出した。
 「えーと、それでもこっそり付いていかせるつもりだったんだけど」
 「やはり、そうなのですね」
 陛下は苦笑して、ピピンの前に腰を屈めた。
 「仕方がありません。わたくし達に付いてくるのは黙認します。ですが、代わりに原稿は推敲させて頂きますよ?」
 あ、なるほど。
 確かに、知られたら困るようなことも話してますわな、俺たち。
 陛下に見つめられ、ぼーっとしていたオークは、夢から覚めたみたいに慌ててパンツから紙束を取り出した。
 「わ、分かっただど!これが、今まで書いた日記なんだど。これからも、こっそり荷物に忍び込ませておくんだな」
 はいはい。クルガン、そんなに嫌そうな顔しない。
 何レベルになったら気配に気づくようになるのか、それも一興だし。
 「それじゃ、ピピンのことよろしくお願いします!じゃ、ピピン、書き終えるまで帰ってこなくて良いからね!」
 …それ、俺たちが全滅したら、一生書き終わらないしー。
 陛下が、原稿をめくると、ピピンも
 「きゃっ!恥ずかしいだっ」
 と、どたどたと走り去ってしまった。
 そのうちいつの間にか現れて尾けてくるだろ。
 
 で、あれのことは気にしないでおこう、ということで意見の一致した俺たちは、そのまま迷宮を進んでいった。
 そしたら、ちょっと行ったところで、モンクの姉ちゃんに会った。
 「あぁ、良かった、君たちか」
 あからさまに、モンクはほっとした顔になった。
 「あれから君たちを追ったのだが、見失ってしまったのだ。それで、迷宮の入り口近くにいれば会えるかと思い、この辺りにいたのだが…良かった、君たちがもっと下の階層に行ったら、私一人ではとても探せないところだった」
 意外とへぼいのか、このねーちゃん…と思ったら、顔を青ざめさせてぶるぶるっと震えた。
 「恥ずかしい話だが、私はあのゾンビという奴が苦手なんだ。思い出しただけでもおぞけがくる。私が法王なら、聖職者全員かき集めて、あんなものは全部浄化するのに!」
 …で、自分がやられてゾンビになったりしてねー。
 ま、ゾンビのあの姿が美しくないってのは同意だけど。たぷんたぷんだもんね、あの腹。
 「私の名はイーリス。さる国の王の命を受けて、アレイドの秘密を探っている」
 普通、そーゆー重大なことをぺらぺら喋って良いですか。
 俺たちは、決して善人の集まりじゃないし、ドゥーハンに敵対行為を働くつもりも全然無いですよー。
 「どうだろう、私も君たちと共に行動させてはくれまいか?アレイドの秘密を解き明かすことが出来れば、莫大な報酬が支払われる、もちろん、君たちとは折半だ」
 …あぁ、金の問題じゃないんだよねー。余計に、まずいよ、その発言は。
 と、他人事ながらモンクの姉ちゃんに同情してると、陛下が「せっかくですが…」と言いかけた。
 「ちょっと待ってリーエ」
 「どうかしましたか?」
 俺は陛下を隅っこに呼び寄せて耳に口を寄せた。
 「思うんですけどねー、もし俺らが断ったら、別のパーティーと組むんじゃないかと」
 「…それは、申し入れは受けておけ、と?」
 「そ。でもって、うまいこと情報隔離してあやしておくのが正解じゃないかなーって」
 それこそめんどくさいから、俺はイヤだけど。忍者は得意っしょ、そーゆーのは。
 陛下は頷かれて、改めてモンクの姉ちゃんに向かい合った。
 「報酬を折半、ではなく人数割りなら、受けましょう」
 モンクの姉ちゃんは少し悔しそうな顔をしながらも、渋々と頷いた。
 「分かった。では、その条件で。私は一度宿に戻って支度してくる。君たちが今度迷宮に来る際には誘ってくれたまえ」
 うーん、最初断りかけたのは、報酬が気に入らなかったからだと思ってくれてるだろうか。
 うまいな、陛下。
 …と思ったんだけど。
 「あちらは一人。我々は6人。折半などで納得するわけがないでしょうに」
 「ですよねー、リーエ!」
 ……ホントに、戦術だったんだろうか……。
 本気で、報酬が気に入らなかったから…じゃないよな?うん。

 それから、前に移送隊の悲鳴が聞こえた所に行って。
 3本ある階段を前に、陛下は独り言みたいに誰にともなく呟いた。
 「さて、もう閉鎖は解かれているでしょうか」
 「あの騎士団長がもう帰ってこられているということは、あのあたりの調査は済んだと思われますが…」
 「仮に閉鎖されていても、入り口の閉鎖みたいに『討伐隊に加わった』と言えば通してくれるんじゃないかしら」
 あれ?ユージンもソフィアも、真ん中進む気満々?
 「ちょっと待った」
 真ん中を進みかける陛下に、俺は手を挙げて発言の意志を示す。
 「何ですか?ダークマター」
 「右側、先に潰しちゃいましょうよ〜。上がった部屋に、死体がごろごろしてたっしょ?今度は真剣に識別ブレスレット探したいし」
 前回は、すぐにバンシーの群に出会って、何となく探索してないんだよねー。
 「そうだな。移送隊が真ん中にいたということは、多分、真ん中が下の階へと通じる道なのだろうから、先に枝道を探索し終えておくのも手ではある」
 何か先を急ぐなら、脇目もふらずに真っ直ぐが正解なんだろうけど、急がば回れって言うしねー。
 それに、アレイド見つかればラッキーだし。
 「分かりました。では、先に右側へ参りましょう」
 陛下の了承も得て、俺たちは右側に進んだ。
 上がった部屋には、またバンシーがいたけど、やっぱり「いってらっしゃ〜い♪」であっさり消え失せた。うーん、早く追い払うだけじゃなく、消滅させたいもんだ。
 で、白骨死体を皆でごそごそ…いや、主にごそごそしてんのは俺だけど…した結果、牽制射撃とフロントガードのアレイドを手に入れた。
 「…防御系ばかりか」
 そんなイヤそうな顔しなくてもいいじゃないか、クルガンさん。
 「俺は好きだけどねー。普段素早くて攻撃の当たりにくい敵が自分から当たりに飛び込んでくるあの間抜けさ。それから、大群が走ってくるのを、がしーって止めたときのざまーみろって感じが、何とも爽快だもん」
 ぐっと親指を立てると、クルガンはますますイヤそうな顔になった。
 きっと、『普段素早いのに牽制射撃で撃ち落とされる職業代表』だからだろう。今は違うけど。
 「…仕方ないな。この階の指揮はお前がやれ。そういう防御系アレイドは好かんが、慣れるためにも使わねばならん」
 あ、そう?
 つーか、自分が指揮したら、防御系アレイド全く無しのつもりなんだ?
 …うん、俺がやった方が、被弾確率は少ないだろうねぇ。ま、封傷の杖は売るほどあるんだけどさ。
 死体部屋から何本か通路が延びてたので、一個一個潰していく。
 一つは行き止まり(ま、宝箱はあったけど)。
 一つは見晴らしの良いバルコニーで下の通路が見えたりしてなかなかの絶景だったけど、オークがたむろってた。
 「やっちゃいますかー?」
 俺が腰のナイフを撫でながら聞いたら、すでにソフィアとユージンは剣を抜いていた。
 もー好戦的な人たちばっかなんだから…。ま、だからこそ悪パーティーなんだろうけど。
 「あのように、集団で迷宮にいる魔物は、他者にとって危険となり得ます。早急に排除します!」
 陛下も、言葉はあれだけど、つまるところ好戦的なんでわ。
 ま、いいや。俺も、見逃すほど慈悲深くもないし。
 「んでは、いっきまーす!でも、相手は集団なので、まずは前衛フロントガード!でもって、リーエとレドゥアは牽制射撃。俺は左端を普通に狙いまーす」
 先制攻撃ならず。
 相手も、実はこっちを窺っていたようだ。
 普通にお知り合いになった我々は、前衛ががしっと防御を固めたが、相手はラッシュ仕掛けて来なかった。
 でも、普通にばらばらと攻撃を仕掛けてきたので、レドゥアと陛下が次々にナイフを当てる。
 「…存外、気持ちの良いものですね」
 あぁ、陛下が一段と好戦的になった気が。
 でも、一回で仕留めきれずに、オークは全部残ってる…ってことは。
 「指示、前回に同じ」
 …何か、イヤな予感がしつつも、フロントガードと牽制射撃にしたら。
 予想通り、敵さんはラッシュ仕掛けてこなかった。…うぅ、誰か俺の指示読んでんの?後ろの列のオークキングか?そんな知性は無いはずなんだけど。
 で、牽制射撃で半分に減ったオークだけど、もうやけくそで同じ指示にして、オーク2匹、オークキング1匹になった時点で俺はフロントガードを解いた。
 前衛が一匹ずつ仕留め、牽制射撃もして…うわ、結構なダメージなのに、さすがにオークキング残ってるわ。
 でも、その次の攻撃で、ようやくオークキングも仕留めることが出来たのだった。俺としては、俺のナイフで片を付けられて嬉しいんだけど…5分かかったから…。
 「ク、クルガンさん、怒ってますー?」
 「…いや…別に…」
 うぅ、それは、怒ってる、怒ってるよー。
 「こちらはノーダメージなのは、認める。防御中心に戦闘すれば、時間がかかるのも仕方ない」
 そう思うなら、そっぽ向いてダガーを振り回さないで欲しい。
 「だってー、俺の戦い方の基本は、如何にこちらのダメージ無しに敵を倒すかだしー…」
 「だから、それはそれで認めると言ってるだろう!」
 しくしく…怒鳴らなくても。
 あまりにもクルガンの発する気がピリピリしてたので、俺はユージンの背後に逃げ込んだ。
 ソフィアが手招きしてくれたけど、腕力の割にはソフィア細いからなー。隠れるには今一つ心許ない。
 俺一人の身体を完全に隠そうと思えば、クルガンかユージンくらいの体格は必要だもんな。ガード長は…体格はクリアしてるかもしれないけど、隠れても庇ってくれそうにないし。
 ま、クルガン短気だけど、機嫌直るのも早いし、ちょっと気配薄くしてればすぐに落ち着くだろう。
 そう思ってユージンの背中に懐いていたら、宝箱を開ける音がして、それから足音が戻ってきて、小さい溜息が聞こえた。
 「…おい。怒ってない、と言ってるだろうが。出てこい」
 …あ。
 ちょっと、機嫌回復してる声。
 ユージンの鎧と腕の隙間から覗くと、腕を組んだクルガンが口をへの字にしてこっちを睨んでいた。
 あうんあうん。まだ駄目…かな?
 「ダークマター」
 有無を言わさぬその口調。
 でも、顔の割には怒ってない。うん。
 フツーに出ていって、フツーに近づいて、ちょっと首を傾げながら上目遣いに見上げると、頭をわしわしと撫でられた。
 髪の毛くしゃくしゃー。
 でも、これはクルガンなりの謝罪というか、怒ってないことを伝える言葉代わりだから、俺は手で髪を整えつつ、にへらっと笑ったのだった。


 二人で小突き合いながら戻ってきたら、陛下たちはこそこそと言い交わしていた。
 「仲の良い同僚、で留めて欲しいものだ…」
 「私は、夫婦漫才だと思うが」
 「うーん、せいぜい家族愛ってところじゃないかしら」
 「わたくしは、犬と飼い主だと思います」
 「…は?」
 「わたくし自身が犬を飼ったことはありませんが、そのような人に心当たりがあります。やんちゃな犬が何をしでかしても『可愛いなぁ』と目を細めて見ている親バカな飼い主と、主人のことを愛しているのだけれど、構って欲しくて悪戯をしては怒られるのを楽しんでいる犬。ずばり、それでしょう」
 ???
 何の話だ?
 俺たちの足音に気づいて、陛下は振り返って、にっこりと微笑まれた。
 首を傾げる俺に、柔らかな口調できっぱりと
 「先ほど出会った、リディという女性と、ピピンというオークの関係について話しておりました」
 はー、なるほど。犬と飼い主ねー。
 家族愛とか夫婦漫才ってのは、人間の女には失礼な感想だと思うけど。
 で、何でユージンは30度くらい傾いてるんだろう?
 何となく、変な気がしてクルガンを見上げると、頭を押さえながらぶつぶつ呟いていた。
 「…さすがに犬とまでは思って無いぞ…ちゃんと責任を持って躾なければ、とは思うこともあるが…いや、それでも決して、犬とまでは…!」
 ………何で、オークの弁護をするんだろう?
 何となく生暖かい沈黙のまま、俺たちは次の岐路へと向かったのだった。





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