女王陛下のプティガーヅ



 オティーリエの手記。


 さて、城を辞去し、改めてこのドゥーハンを救うという使命を確認したわたくし達は、迷宮に向かう前に錬金術ギルドと酒場に寄ることにした。無論、前者は魔法合成のためであるし、後者は依頼確認のためだ。
 「どうしましょう。二手に別れますか?」
 さしたる寄り道ではないが、皆でぞろぞろと行くほどのものでもない。
 「はーい。じゃ、魔法使う組と、使わない組で分かれます?」
 ダークマターの言う通り、わたくしとレドゥア、それにダークマターの3人と、ソフィア、ユージン、クルガンの二手に別れることした。
 ダークマターは、別れ際に、クルガンに「メモを取ること!」とくどいほどに念を押して、頭を殴られていた。
 そして、わたくし達3人は錬金術ギルドに向かったのだが。
 入り口で、なにやら思い詰めたようなご老体に出会った。
 ぶつぶつと呟きながらギルドを出ていき、わたくし達を見ることすらなかった。
 ローブは変色し、一見おかしな老人にも見えたが、なかなかどうして前方を見つめる目は鋭い。
 独り言の中身は、仇敵を見いだした、というようなことであったが、さて、今の情勢から鑑みるに、彼の相手とは…。
 考えながらギルドの扉をくぐると、受付にはいつもの気の弱そうな青年ではなく、思慮深そうなエルフの青年(?エルフの年齢はどうもよく判別できないが、あのクンナルというエルフよりは年上であろう)が立っており、扉の方を見つめてしきりに頷いていた。
 「大魔術師ウェズベル…君たちは知っていたかね?あの魔女アウローラを、アウローラと名付けたのは彼なのだよ。それまで彼女は『名も無き者』と名乗っていた。『名も無き者より、王に申し上げる』といった具合にね。アウローラとは、夜明けを意味する。彼がいかなる意図でそう名付けたは不明だが…」
 滔々と語っていた彼が、不意に照れ臭そうな顔になった。
 「いや、失礼。錬金術士というものは、どうも知識を他人に伝えることに情熱を見いだす職業でね。おしゃべりになっていけないな」
 「いえ、大変、興味深いお話でございました」
 わたくしが頭を下げると、彼もまた頭を下げ、受付のデスクから出て、向こう側の扉へと歩き始めた。
 そして、ふと足を止め、振り返る。
 「私の名は、ギョーム。つい研究に没頭してしまうため、滅多に冒険者の方々と話をする機会は無いが、今後とも錬金術ギルドをよろしく」
 最後はちゃっかりと宣伝をして、彼は足早に立ち去った。
 わたくしは、本来の目的であった魔法石の合成部門へと向かいながら、先ほどの疑問を誰にともなく呟いた。
 「それにしても、あのギョームと言う方には、魔女に対する敵意が感じられませんでしたね」
 これまで出会った者たちは、魔女、という言葉を発する、あるいは「あの女」と話題にするだけで魔除けの印を切ったり、顔を歪めて敵意を表したりしていたものであったが、ギョームには全くそんな様子が見受けられなかった。
 レドゥアが苦笑して頷いた。
 「まあ、分からぬでも無い。錬金術士という輩にとって、興味があるのはこの世の真理のみ。あの男にとって魔女とは、研究対象として垂涎の的でありこそすれ、その行為がもたらすものに感情を動かしたりはせぬ、ということでしょうな」
 そういえば、レドゥアも錬金術師であったか。
 俗世の出来事には心煩わされることなく研究に打ち込む。そんな人生を、レドゥアも望んでいたのであろうか。
 わたくしが気づいたときには、もうレドゥアはわたくしの傍らにあり、それ以外の人生など思いつきもしなかったが…もしも、魔女を倒した後もわたくし達がこの時代に留まり続けることが出来たなら、レドゥアは錬金術師としての生を全うするのも良いかもしれない。
 そんなことを考えながら魔法石合成部門の扉を開けて…わたくしは、ふと、ダークマターのことを思い出した。
 いつもなら皮肉の一つも飛ばしている彼が、ひどく静かで…むしろ気配が無いように思えて振り返る。
 すると、彼は驚くほど近くにいた。
 やや白っぽく見える顔色で、俯きがちに歩いてきていた彼が、わたくしの視線に気づいて歩を止める。
 「何か?」
 「いえ…付いてきているのか、確かめただけです」
 「あぁ…気配消してましたからねー」
 いつもの暢気な口調になって、ダークマターは肩をすくめた。
 そうして再び歩き出したときには、ちゃんと付いてくる足音も聞こえてきた。
 さて、どうしたのだろうか。
 …クルガンがいないので、落ち込んでいるのであろうか…元々のダークマターは、それほどクルガンに依存しているようには見えなかったが、このダークマターはどうもよく分からない…。
 
 プロテクトやヤイバといった補助魔法を習得し、わたくし達は迷宮入り口へと向かった。
 そこで、酒場組と合流する。
 「依頼は二つありました。一つは、無くしたメダルを探して欲しい、という女性からの依頼ですが…」
 ソフィアが、先日手に入れた人物事典をめくった。
 「ミルゴット家、というのは大富豪のようですね。その娘の道楽が錬金術で、その成果であるメダルを紛失してしまった、ということのようです」
 さすがに、経済的な裏付けを取ることに関して、ソフィアはしっかりしている。
 ユージンが顎を撫でながら付け足した。
 「迷宮の奥の祭壇で、怪しげな儀式に遭遇してしまったのだそうで。隠れたときに落としたと思う、と言っております。闇に堕ちた錬金術師とやらの儀式だそうですが、私には内容はよく分かりませんでしたな」
 そう言って、わざとらしいほどの大きな仕草で肩をすくめて見せた。
 ………。
 何ですか、ダークマター、その「あんたが言うな」というツッコミは。
 まあ…ユージンは魔神と契約した過去があるらしいので、そういう怪しい儀式は経験済み、ということなのだろうが。
 「場所は、まだ我々が踏み入れていない部分のようです。可変通路なる場所があり、その先に儀式の行われた部屋があるそうです」
 淡々と報告するクルガンに、ダークマターはこぼれんばかりの笑みを浮かべている。
 …察するに……怪しげな儀式、というのに惹かれているのだろう…。
 困った子だ。
 その顔から目を逸らし、クルガンは懐から小さなガラス瓶を取り出した。見た目は、ダークマター愛用(?)の毒小瓶に似ている。
 「それとこれは別件で。ラングという医者からの依頼で、この回復薬を適当な広さの水場に溶かしてくれ、とのことです」
 「回復薬?」 
 「魔力の回復薬だそうです。迷宮に挑む冒険者が増えて、ラング医師は休む間もない、と嘆いて、自分の仕事を軽減すべく作ったんだとか」
 まあ…そのようなこともあるだろう。
 僧侶のいないパーティーもあろうし、過信して奥へ進みすぎて魔力が尽きてしまい大怪我を負う、という場合もあるだろう。
 それにしても…適当な水場。
 ダークマターが、クルガンの手からガラス瓶を取り上げ、日に透かして見ながら何気なさそうに問うた。
 「で?何倍くらいに薄めたら良いの?」
 「…………な、何倍?」
 「そう、何倍。だって、それによって溶かす場所を選ばなきゃなんないしー」
 ふに?と悪気の無い顔でクルガンを見上げる。
 クルガンが、助けを求めるようにソフィアとユージンの顔を見た。
 ソフィアも首を傾げて、何かを思い出しているかのような顔になった。
 「えーと…何倍っていうのは聞いてないわ。何でも、1階の中心付近に、変な戦士の張り紙があって、その奥の部屋の水路がちょうど良いって聞いたから、あぁ、そこでいいのね、って」
 「そうだ。わざわざ場所指定だから、何倍にするかなどとは無意味であって…」
 うんうんと頷くクルガンに、ダークマターは、がっくりと肩を落とした。
 「あのさー…普通気にならないかなー」
 「うむ、私なら気になるな。どの程度の濃度で効果があるのか、その有効濃度範囲はどの程度のものか…などが」
 「ですよねー!ガ…レドゥアもそう思いますよねー!」
 ねー、と喜んでレドゥアと手を叩き合っている。
 錬金術師と毒の扱いが得意な元暗殺者。
 何かが通じ合っているようであった。
 「やかましい!場所さえ合ってれば、それで良いんだ!」
 「もし、そこが枯れてたらどーすんのさー。…ま、有効濃度知りたいってのは、純粋に興味だけど」
 苦笑するダークマターの肩を、レドゥアは慰めるように叩いた。
 「まあ、そこが枯れていたとしても、推測は出来るだろう。この瓶の中身が…約…100mlといったところか。それに、水路の幅、深さ、奥行きは、その場で計測することにしよう」
 「はーい。ちょっと杜撰な計算だけど、しょーがないよねー」
 「あぁ、仕方があるまい。そもそもの依頼が大雑把なのだ…」
 そ、そんなに正確な数値が知りたいものなのであろうか。
 クルガンの肩を持つわけではないが、依頼者が場所を指定してきたなら、そこに回復薬を溶かせば良いだけのことではないのだろうか。
 だが、レドゥアとダークマターは、なにやらごそごそと計算を始めている。
 「1階の作りだと、奥行きは50cmってとこかなー」
 「うむ、深さはその場で計測するが…これもまた50cm程度であろうな。少なくとも、今まで歩いてきた範囲に、それ以上深い水路は無かったように記憶している」
 「だとすると、残りは幅だけかー。うーん、ロープ持っていくべきかなー。計測するのに」
 「うむ、それは良い案だ。しかし、先に計測しておいて、帰ってからゆっくり計算しても良いが」
 ………。
 そんなに、厳密な数字が好きですか。
 地面に数式まで書き始めた二人に、そろそろ迷宮に入ると声をかけようとした時。
 迷宮からばたばたとした足音が出てきた。
 「すみません!道を開けて下さい!急患です!」
 悪人顔だが…服装から見るに、司祭であろう。
 その後に続いて、騎士団が担架を運んでくる。
 10…いや、15人?
 「もう少しです!頑張って下さい!」
 司祭が声をかけるも、担架からはうめき声の一つも聞こえてこない。
 「騎士の、力の入り具合がおかしい。…まるで、空の担架を運んでいるようだ」
 クルガンがわたくし達だけに聞こえるように呟く。
 さて…担架には人型の盛り上がりはあるのだが…。
 がたん、と一人の騎士が僅かによろめいた。足下の小石でも踏んだのであろうか。
 担架に掛けられていた布が、ぱさりとめくれた。
 「…そりゃ、軽いわけだねー」
 そこで、納得するのも嫌ではあるが。
 担架に乗せられていたのは、完全に炭化したものであった。
 司祭は慌てて布を掛け直す。
 市民にいらぬ不安を与えぬように、ということなのであろうが、あれでは復活もできまい。
 粛然とわたくし達が見送っていると、どこから現れたのか、一人の司教風のご老体がわたくし達の前に立った。
 「あれらは、皆、魔女にやられたのだ。知っていたかね?あの冒険者たちもまた、他国では勇名を馳せた者共であったのに」
 立派な服装に、重々しい言葉。それは彼が高位の司教であることを示していたが…どこか、歪んだ感じもした。何かが、そう、何かが、違う。ただの信仰心篤い司教ではない。
 「私が初めてあの魔女に会ったのは、バンクォーの戦禍の際であった。あの魔女は、屍の原に立ち、それは楽しそうに言ったのだ。
  慈しみ深き者が死んでいく。
  もしも、神なんてものがいるなら、きっと天国の門の前で居眠りでもしてるんだわ。

 あの女の前では、いかなる信仰心も無力であった。私ですら、神への言葉を呟くだけで精一杯であったのだ。魔女に打ち勝つのは、篤い信仰心のみ。冒険者風情が幾人挑んだところで無駄なことだ」
 そうして、わたくし達を馬鹿にしたように見つめ、頭をふりふり去っていった。
 ………。
 おかしい。
 ここで、ダークマターが何か一言皮肉を言いそうなものだが。
 「やれやれ、不愉快な老人でしたな」
 ユージンが大げさに肩をすくめた。
 「信仰心…不要とまでは言わぬが、それが何の役に立つ?神に祈れば魔女を倒せると言うのなら、誰も苦労はしておるまい」
 レドゥア、貴方も今は僧侶なのですから、そんな言葉はどうかと思いますよ。
 まあ、わたくし達は、皆、神なるものに弄ばれた感を持ってはいるのだが。
 はて…ダークマターの姿が見えない。
 あの司教を尾けていったとは思えぬが(もし、そんなことをすればクルガンが何か言いそうなので)。
 そのクルガンに目をやれば。
 わたくしの視線に気づいて、小さく目を自分の背後に動かした。
 ………。
 あぁ、ダークマターは、そこにいる…のは分かったが。一体、何をして…。
 「…おい、もういないぞ」
 クルガンの言葉に、ひょこっと金色の頭が現れた。
 顔色は真っ白で、強張っている。
 目がきょときょとと動き、ようやく、ほっとしたように全身を現した。
 「さっ、迷宮に行こうかっ」
 殊更明るい声で言う。
 この様子は、どう見てもあの司祭に怯えた、としか…。
 あぁ、そう言えば、あの狂える老司教は、この時代に生きているはずであった。
 冷静に考えれば、これより先オリアーナ王女が即位し、その後にあの風体となる年齢であろうから、まだ比較的若い(あるいは中年)ではないかと思うのだが。
 だが、ダークマターにしてみれば、少しでも似ていれば疑心暗鬼に陥るのであろう。
 ひょっとしたら、あのウェズベルとかいう魔術師も、彼には老司教に見えていたのかもしれない。
 そんな神経の細い子では無いと思っていたが、さてはて幼少時より骨の髄まで叩き込まれた恐怖心というものは拭い難きものなのであろう。
 「ダークマター」
 わたくしは彼を手招きした。
 「何ですか?」
 警戒心もなく近寄ってきた彼を、そっと抱き寄せる。
 「オティーリエ〜〜!?」
 レドゥアの素っ頓狂な悲鳴など、どうでもよいが。
 肝心のダークマターは、一瞬体を強張らせた後、素直に私の肩に頭を寄せた。
 「……へーきですよー、俺は」
 呟きには何の感情も籠もっていない。
 艶やかな絹のような手触りの頭を数回撫で、わたくしは彼の体を離した。
 ダークマターは2,3度瞬きした後、僅かに唇を綻ばせた。
 「ホントに、へーきですんで。どうぞお気遣い無く」
 それから、冗談のように笑いながらクルガンの胸板に抱きつく。
 「ぎゅーってして欲しい時には、クルガンにしてもらいますんでー」
 「ほほぅ、この俺の、力一杯の抱擁が欲しい、と」
 「…うきゅーっ!背骨、折れる、背骨!」
 きゃあきゃあと叫び声を上げて、クルガンの腕から逃れ、数歩跳ねるように迷宮に向かい、振り返る。
 「早く行こうよー。依頼も2件も受けてんだしっ」
 「待ってよ、ダークマター。私にもぎゅーさせてくれないの?」
 「…ソフィア、今、クルガンより腕力あるから、やだー」
 「あら、ひどい。ちゃんと手加減してあげるのに」
 仲の良い姉弟のようにじゃれ合いながら歩いていく彼女たちの後を追い、わたくし達も迷宮の入り口をくぐる。
 ダークマターは、どこか子供のようなところもあり…同時に一歩引いた冷めたところもあり。
 さても扱いが難しい。クルガンのようにはなかなかいかぬものだ。
 …とはいうものの。
 クルガンのあれは、ひたすら甘やかしているようにも見えるのだが。



プレイ日誌に戻る