女王陛下のプティガーヅ




 ユージンの記録。


 翌朝、私が宿に戻ると、すでに皆は城へと向かう準備が整っていた。
 「おはよー、ユージン。また、鑑定にこんなに時間がかかったのか?」
 ダークマターが、小首を傾げて私を見た。
 …うーむ、この不思議そうな表情からするに、本気で言っているのであろうな…。
 結局昨日は、その話題は有耶無耶のうちに終わっていたから、彼にとってみたら、いまだ疑問のままなのだろう。
 さて、どうしたものだろうか。私としては、ありのままを教えても良いのだが、背後でクルガンが殺気を飛ばして牽制してきているし…。
 「あー。すでに、ヴィガー商店で換金も済ませてあるが」
 「ふぅん。そんなに朝早くから開いてるんだー、あの店。結構真面目なんだなー」
 いや…実は、夕べのうちに換金は済ませてあるので、朝から開いてるか否かは知らぬのだが…。
 「あー、そのー」
 私は、ごほん、と一つ咳払いをして、たった今思いついたことを口にした。
 「色々と、この時代について、彼女に探りを入れていたのでな。こちらの正体をばらさずに、情勢を聞き出そうとしたため、時間がかかるのだが」
 それで、何が聞き出せたか、などと聞かれると、窮するが。
 「あー、それで、だな。すっかり遅くなってしまったので、彼女の兄君の部屋に泊まらせて頂いた」
 覚えておこう…彼女には、兄がいる。そういう設定だ、よし。
 「ふぅん。まあ、夜中に彷徨くのも危ないもんね。あんまり、迷惑かけて、呆れられちゃ、駄目だよー?」
 「うむ。心しておこう」
 ようやく納得したらしいダークマターに、私は重々しく頷いて見せた。
 ダークマターの背後では、実に奇妙な顔をしたレドゥアが天井を睨み付けていた。
 口元のひきつりを見るに、あれは、吹き出すのを必死で堪えているのだな。
 今、笑われたら、私まで笑ってしまいそうだ。目は合わさぬようにしておこう。
 
 そして、我々6人は、連れだってドゥーハン城へと向かった。
 懐かしい、と言えば、懐かしいが、どこか雰囲気の異なる城に迎えられ、すでに話は通じていたのだろう、早速騎士団長と面会が適うこととなった。
 通された部屋は、実務的で簡素であるが、机には書類が山積みになっていた。
 そこに、ベルグラーノという騎士団長が現れる。
 一介の冒険者相手に、ずいぶんと腰の軽いことだ。
 彼は、我々にもう一度昨日の礼を述べた後、討伐隊への参加を要請してきた。
 リーダーであるところの女王陛下に書類を渡しながら、もしも魔女の首を取ったなら与えられる報償を読み上げていく。
 口調が事務的で滞り無いところを見るに、幾度も繰り返してきたセリフなのだろう。
 陛下はじっくりと書類を読まれていたが、それを机に置かれた後、ほほほほほ、と声を上げて笑われた。
 …うーむ…どことなく、皮肉げな笑い方は、陛下には似つかわしくないのだが…。
 騎士団長も、その笑いに含まれる棘に気づいたのであろう、少し眉を上げて
 「何か?」
 と聞いた。
 陛下は口元に手を当て、まだ笑いながら、ちらり、と我々を見やった。
 各人の顔を確かめるように見つめた後、ダークマター、と呼ばれた。
 つまらなそうな顔で部屋を眺めていたダークマターが、びっくりしたように壁から身を起こした。
 「何ですか?」
 「貴方は、どう思いますか?今の契約条項を伺って」
 ダークマターの首が、こくん、と傾げられた。どうでも良いが、小動物めいていて、何となく可愛い仕草だな。
 「えー?良いんですか?思ったまま言っちゃっても」
 そうして、陛下を見ると同時に、騎士団長の方も窺うように見る。
 「あぁ、思ったままを言ってくれて構わぬよ」
 「えぇ、貴方が一番、歯に衣着せずに意見を言いそうですから」
 「…それ、誉めてないし」
 苦笑しながら、ダークマターは1歩前に進み出た。
 首を傾げたまま、指を唇に当てて、数瞬考えて。
 「えっとねー。最初に考えたのは、オルトルード王と、騎士団長の、どっちが馬鹿なんだろう?って」
 ……よりにもよって……歯に衣着せぬと言っても、限度があると思うが。
 戸口にいた騎士の手が、腰の剣へと動く。
 だが、騎士団長は、手をひらりと振って、それを抑えさせた。
 ダークマターが、くすりと笑う。何度か瞬きをした後、にっこりと満面の笑みをこぼした。
 「へー、やっぱ、大人物だね、騎士団長殿。頭の回転も速いし、気に入っちゃったな、俺は」
 「それは、光栄だな、僧侶殿。ベルグラーノと呼んでくれて構わんよ。君は私の部下では無いからな」
 「へー。んじゃ、俺のこともダークマターで良いよ、ベルグラーノさん」
 ……いや、だから、な、クルガン。
 殺気を飛ばすのは、止めてくれないか?
 あれは、別に口説いているわけではなかろう…。
 「さて、と。続きだけど。まず、前提条件その一。その報酬を要約すれば、国の約半分を差し出すも同然な条件ということです。それが同国人なら問題ないか?いや、軍隊の戦力は二乗に比例しますから、軍備を二つに分けるということは、他国からしてみれば1/2になったも同然。その上、国力も疲弊している。つまり、この条件を満たせば、仮に魔女を排除しても、他国からの侵攻を誘うことにもなりかねません」
 淡々とした口調は、本人にとっては当然のことを述べているからだろうが、騎士団長の顔には、僅かに驚いたような色が浮かんだ。
 まあ、無理はあるまい。
 僧侶といえば知識階級とはいえ、それはあくまで『神の教え』についての知識だ。まさか一介の冒険者が、このように国力にまで言及するとは思わぬだろうからな。
 しかも、戦力二乗の法則は、戦略論としては基本だが、あまり一般に知られたものでは無い…というか…さて、戦力二乗の法則が言及された書物は、いつの時代のものであったかな…。
 戦力において、1+1は2では無い。2の軍団は、その二乗である4の戦力を持ち、二つに分けた戦力は、1の二乗かける2、つまり2でしかない。
 つまり、『戦力を二分するのは愚か者のすることだ』ということなのだが。
 「それが分からぬほどに、国王は愚かなのか?とにかく目の前の障害を取り除くことに必死で、先のことが見えていないのか?さて、この仮定ですが、まず仮定その1としては、国王が愚か、かつ下の者も意見を言わない愚か者、という場合。その2として、国王はすでに病で身動き取れず、下の者が独断専行した。その3。国王も、下の者もそれを認識しつつも決行している。この、下の者、というのは、騎士団長であるベルグラーノさんが当てはまると思うんだけど…」
 ダークマターが、いったん切って、騎士団長を真正面から見つめた。
 淡い水色の瞳が、測るように細められる。
 「俺の見るところ、ベルグラーノさんは、極真っ当な神経の持ち主であると思われます。そして、国家を転覆するとか、そんなこともしそうにない。ってことは、この報償は、国王及び国の重鎮によって正式に認定されたものと考えられます。でもって、その馬鹿な条件を」
 そして、苦笑する。
 「我々は、確かに移送隊とやらを襲っていた魔物を撃退した。だが、その魔物は如何なるものであったか?それは、単に地下1階に巣くう低級な魔物に過ぎなかった。我々は、実力が現在特に秀でているわけではない、1階付近を彷徨いているぺーぺー冒険者です。そんな我々にまで、国を二分するような条件を提示した。しかも、ベルグラーノさんの口調は慣れきっている。そこから推測されるのは、この報酬の話は、ちょっと目に付いた程度の冒険者全部に提示されているという状況です」
 ダークマターは、わざとらしく天井を向いて聖なる印を切った。
 「我々のように、出自不明の冒険者にまでこのドゥーハンの半分を寄越す約束をする。それは、よほど切羽詰まっている、と解釈することもできますが」
 口調は戯けてはいるが、冷静な目が、騎士団長に向けられた。
 …どうでもいいが、クルガンの顔は、相当難しい。…付いていけているのだろうか、彼は。どうも、理論を組み立てるよりも先に動くタイプだからな。
 「邪推すれば、報酬を与えるつもりが無い、とも考えられます。騎士団は投入されてないからピンピンしてるしね。仮に魔女を倒したパーティーがいる。だが、無傷とは考えられない。相当弱っている。そこへ、無傷の騎士団投入。正式に公表されるのは『名誉ある冒険者たちは、魔女と相打ちになった』、そして、国家は安泰」
 くすりと笑って、騎士団長の顔を見上げた。
 「…俺なら、そうするけどね。このドゥーハンを存続させるのを、目的とするなら。ベルグラーノさんは、どうかな?」
 その、騎士道に真っ向から立ち向かうような推論を聞かされても、騎士団長に怒りの色は無かった。
 顎を撫でながら、ひたすら感心しているようである。
 「ふむ…これまで多数の冒険者に、この報酬を聞かせてきたが、君のような発言をした者は皆無だ」
 それはそうだろうな。
 普通は、思いも寄らぬ報酬の大きさに目が眩むか、ひたすら感激するばかりだろう。
 仮に考えた者があっても、面と向かって騎士団長に自説を述べる馬鹿はおるまい。
 …いや、そう言ってしまうと、ダークマターが馬鹿、と言っているようだが。
 「それで、君はどう思うのかな?私は、そのような卑劣な真似をすると思うかね?」
 騎士団長の声も、半分笑っているが、さて、本音はどうだろう。
 だが、ダークマターはそれを真っ向から受けて、笑った。うーむ、肝が据わっているのは認めねばなるまい。
 まあ、『凍てつく瞳のダークマター』は、意に添わぬ貴族共を指揮していたこともあるからな。神経質では勤まらぬか。
 「さあ、どうでしょう?基本的には、あんたは、良い人に見えるけど」
 出た…騎士団長相手に一介の冒険者が『あんた』呼ばわり…。
 だが、ダークマターは、獲物を狙う肉食獣の目で、騎士団長をまっすぐに見ている。
 「だけどさ。大義のためには、自分を曲げるだけの柔軟性もありそうなところが恐いよね。…あ、これは、誉め言葉だよ?俺としては」
 肩をすくめて、また笑う。
 うーむ。こうなるのが分かっていて、陛下もよくまあダークマターに発言させたものだ。
 思い切り、空気がピリピリしているのだが。
 「はははは、それは、光栄だな」
 騎士団長も、声を上げて笑う。
 しかし、空気は更に緊張している。ふぅ、いくら悪パーティーとはいえ、騎士団と事を構えるのは些か不本意なのだがな。
 「はーい。てことで、ダークマターさんの推論終了。ちなみに、意見としては、この条件で受けて問題無いと思われます。何のことはない、我々が条件満たした上で、とんずらかませば良いだけですからね」
 だが、不穏な空気もどこへやら、ダークマターはけろっとして明るく言った。
 突っ込むべきところは、まずは、受けるつもりなら、何も事を荒立てなくても良かろう。
 それから、我々が条件を満たす、とあっさり言うが、未だ誰も成し遂げていないことではあるまいか。
 最後に「とんずらかます」と宣言するな。
 …ま、こんなところか。
 「そうですね。その通りです、ダークマター」
 …陛下も大物だな…。
 鷹揚に頷いている場合だろうか。
 「わたくし達が、魔女を倒せば問題ありません。仮に、他の者が成し遂げたなら」
 陛下が婉然と微笑まれた。
 「それはそれで、また考えれば良いだけのことです」
 ……まさか、とは思うが。
 我々が、先ほどの『騎士団』の役目を負うのではあるまいな。魔女を倒した冒険者を亡き者にする、という。
 …ダークマターなら、喜んでやりそうではあるが。まさか、な。まさか、陛下まで、そのようなことを考えはすまいな。
 私は、無理矢理自分を納得させて、頷いた。
 騎士団長は、また、声を上げて笑い、ダークマターの肩を叩いた。
 「何、逃げずとも、君たちなら良い領土経営をしてくれそうだ。むしろ、私は見てみたい気もするよ」
 「やーですー。そんな責任ある立場って、メンドクサイんだよね。俺は、パス」
 んべっと舌を出してみせ、ダークマターは壁際に逃げ込んだ。
 確かにダークマターは良い領土経営をしそうだ。少なくとも、軍団の指揮具合を見れば、公平かつ温情溢れる政をしそう、という推測は出来る。
 まあ、多少…型破りなところはあるが。
 だが、普通に考えれば、仮に領土を得たなら領主になるのは陛下であろうが…待て、まさか、ドゥーハンの半分にもなる領土を『オティーリエ』が支配するのか?
 やはり、問題がありすぎるな。
 とんずら、はともかく、領土は返上するより他はあるまい。
 むしろ、我々はいつまでこの時代に存在できるのか?という疑問もあるが…。
 そもそも『何故』『どうやって』ここに在るのかも不明である以上、『いつまで』いられるのかを答えられる者は誰もおるまいが。
 
 そうして、やや非友好的な騎士の視線に見送られて、我々は城を辞去した。
 帰りすがら、陛下は改めて我々に仰った。
 「わたくし達が魔女の首を獲り、しかるる後に報償は得ずに出立する。そのような方向性で励みましょう」
 無論、私も同意はしたが…さて、どうだろうな。
 我々は未だ1階部分を探検中の冒険者。他にはもっと下を楽々捜索している冒険者のグループもあろう。
 本当に、我々が魔女の首を獲ることが出来るのだろうか…。
 どことなく楽しそうに跳ね歩きながら、ダークマターが振り返って言った。
 「大丈夫なんじゃないの?わざわざ俺たちがこの時代に召喚されたってことは、俺たちでしか事態を解決出来ないんだよ、きっと。神様って、無駄な労力を費やすほどお人好しじゃないからね」
 ま、神様に『お人好し』と言うのも、おかしな話だがな。
 理屈は滅茶苦茶だし…そいうかそもそも理屈になっていないが…根拠のない話ではあるが、ダークマターに言われると、何となく納得しそうになる。
 「そうですね。神の御心が、わたくし達と共にあることを信じましょう。そして、このドゥーハンを救うのです!」
 我々は異口同音に、陛下に賛同したのであった。




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