滑り落ちていく砂時計の粒 上




 ゆっくりと英気を養った彼らは、静かな街を通り抜けて、迷宮へ向かおうとした。
 だが、いつもの細い通路に差し掛かったところで、ダークマターの歩みが鈍った。
 「…あ」
 小さく声を上げた彼を、クルガンが振り返る。
 「どうした?」
 ついに立ち止まったダークマターの周囲を仲間が囲む。中心で、視線を気にも留めずに、ダークマターは足下の雪を見つめつつ、細い指先を唇に当てていた。
 何かを思い出そうとしているように、目が細められる。
 「ひょっとして…」
 小さく呟いて、ふと顔を上げた。
 「ごめん、ちょっと寄り道」
 返事も待たずにくるりと向きを変える。
 「一体、どこへ…」
 不満そうなクルガンの声は、尻窄みに小さくなった。他の連中は、一言も言わずに付いて行っているからだ。
 「いいのよ、ダークマターを『信頼』して黙って付いていけば」
 ぽん、と肩を叩かれ、クルガンは眉を顰めた。
 言い返しはしなかったが、それは『信頼』では無い、と思う。それは、ただの思考停止だ、と。
 だが、今のダークマターとの付き合い方は、彼らの方がよく分かっているのだろう。それに従うしかない。

 かつてのダークマターは、と、クルガンは、ふと思い出す。
 「彼」は、過剰なほど、作戦やら行動予定やらをいちいち説明していた。「黙って従っていればいいんだ」という指揮官が多い中で(特に貴族に)、部下に全て、目的から結果予測まで説明する彼の姿勢は、傭兵たちには評判が良かった。無論、快く思わない連中もいたが。
 何故そんなことをするのか聞くと、少し唇を歪めて返事したものだ。
 「自信が無いのかもな」
 「これでいいんだ、と誰かに認めて貰いたいのかもしれない。…あぁ、責任転嫁するつもりじゃないんだが」
 そんなことを言う癖に、『彼』の立てる作戦は、誰よりも…軍師どもが立てるものよりも…被害の少ないものであったが。
 『今の』ダークマターが、自信に満ちている、とは思わない。そんな感情があるとは思いにくい。
 『彼』は、地に足が着いていた。不安定な見かけに反して、精神は安定していて、外見をとやかく言われようと苦笑して認めるような大らかさがあった。
 『今の』彼は、ひどく不安定だ。風のように気まぐれで捕らえどころがない。ふわりふわりと宙に浮いているようなイメージがある。
 そして……目を離すと、ふとかき消えているのでは無かろうか、と言う疑問が浮かぶほど、存在感が薄かった。
 忍者のように気配を消している、というのとも違う。
 外見はそれなりに目立つのに、どこか『夢の中の住人』とでもいうような雰囲気があった。
 たぶん、ダークマターを、漂う空中から引きずり降ろして地面にしっかりと立たせるのには、大変な労力が必要なのだろう。
 クルガンに、彼の漏らす断片は8割以上理解できていなかったが、何となく、そんな気がした。
 『人』という器に、しっかりと固定させることが必要なのだ。
 『自分は生きている一個体である』という自覚を持たせなければならない。
 ただ…不幸なことに、クルガンには本能的にそれを察知する能力はあっても、実際にどのように行動すればよいのかという妙案は無かったのだが。

 クルガンが自分の思考に沈んでいる間にも、彼らは黙々と歩いていき、細い路地裏に入っていっていた。
 その薄暗さと汚さは、街全体がこんな様子でなくとも、やはり人通りが無かったのだろうと思わせた。
 ダークマターは突き当たりで屈み込み、地面を撫でた。
 頷いて、立ち上がり、足でその辺を払う。
 そうして現れた金属製の扉を、彼らは興味深く見つめた。やや錆は浮いているもののまるっきり古くさいということはない。
 ダークマターが、その取っ手に手をかけた。
 持ち上げかけて、溜息を吐く。
 「リカルド」
 「おうよ。任せろ」
 ぱっぱと手を払いながら立ち上がるダークマターと入れ違いに、リカルドが腰を屈める。
 そして、掛け声と共に力を込めた。
 「…っと!何だ、結構軽いじゃねーか」
 「…悪かったね…」
 思ったよりも簡単に開いた扉を逆側に倒しながら呟いたリカルドに、ダークマターがぼそりと返した。
 「い、いや、そんなつもりじゃ…」
 「まーまー。しょうがないじゃない、エルフなんだから」
 「修練が足りんな、修練が」
 「200年鍛えた人と一緒にしないで」
 軽口を叩き合ってから、ダークマターが下を覗き込んで、小さく「クレタ」と呟いた。
 現れた火球がゆっくりと空洞に降りていく。
 それが消えることが無いのを確かめて、ダークマターは頷いた。
 「よし、変な空気は溜まってない。下に降りるよ」
 「いや、だから、一体何をしようとしてるんだ」
 思わず、また意図を聞いたクルガンを完全に無視して、ダークマターは彼らを見つめて、リカルドに目を留めた。
 「一応、俺が一番に行くけど。たぶん、梯子はいかれてないとは思うけど、念のためリカルドは最後ね」
 「了解」
 その会話で梯子の存在に気づいたクルガンが、屈んで穴を覗き込む。人一人が通れる程度の大きさの穴が、下に続いており、壁には金属製の梯子が伝っていた。
 それを軽く叩いてみて、反響を確かめる。
 「確かに、腐ってはいないようだがな」
 「確かめつつ降りるよ」
 どけ、と手で言われて、クルガンは彼を見上げた。
 無表情に見返すエルフは、軽いとは言え金属鎧を着けている。どうせなら、身軽い者が一番に確かめた方が良いだろう。
 そう判断したクルガンは、穴の縁に手をかけた。
 「…どいてってば」
 「先に行くぞ」
 簡潔に言い残して、クルガンの姿が消えた。
 あぁあ、と天を仰いでから、ダークマターは渋々と穴を覗き込んだ。
 まだ消していないクレタに照らされ、クルガンがするすると走るようなスピードで梯子を降りていくのが見える。
 「あのさー!最下層にストーンガスのトラップがあると思うから!梯子の最後の段に立ったら目の前あたりに小さいスイッチがあるはずだから、それ押してねー!」
 「スイッチ?…あぁ、これか」
 もう一番下まで行ったらしい。
 しばらく待っても、悲鳴も何も聞こえないので、トラップは解除されたんだろうと判断して、ダークマターも穴の縁に手をかけた。
 
 ようやく彼らが全員降りてくると、退屈そうにスクワットをしていたクルガンがじろりとダークマターを見た。
 「で?何がしたいんだ?」
 「あんたは黙って腕立て伏せでもしてれば?」
 素っ気なく返して、ダークマターは周囲の壁を撫でた。
 穴の底には、何も無いように見えた。ぐるりをのっぺらぼうな壁が取り囲んでいるだけ。
 ぽぅ、と人差し指に青い炎が宿った。
 複雑な文様を壁に描く。
 「開門せよ」
 ダークマターが呟くと同時に、壁の一部がふいに透き通った。
 「うわ!」
 慌てて壁から身を離すリカルドを横目で見つつ、ダークマターは更に文様を描いた。
 透き通った壁に、ある景色が浮かぶ。
 崩れた柱、えぐれた床。だが、その建築様式には見覚えがある。
 「祭壇…か?」
 グレッグが呟いた通り、一昨日最後に目にした場所が、まるでそこがすぐそこにあるかのように見えている。
 「OK。まだ通じてた」
 「何だか分からんが…転移魔法陣のようなものか?」
 「そうだけど…って、あんた、ホントにしてたの」
 振り返ったダークマターの目の前で、逆立ち親指腕立て伏せなんぞやっていたクルガンが、ひょいっと一回転して立ち上がった。
 「…ま、ある意味尊敬するな、ある意味」
 ぼそりとグレッグが呟いた。たぶん、尊敬5%あきれ95%程度の割合だろう。
 「これだけやって、ようやく人間の男並だからな」
 嘆くでもなくそう言って、クルガンは上腕二頭筋を盛り上げて見せた。
 「はいはい、そんなもん見せなくて良いから。行くよ」
 きゃあきゃあ言いながら力こぶを触っているサラをぶら下げながら歩き出したクルガンに、リカルドが唇を歪めた。
 「そーだよなー。せっせと鍛えても俺の方が筋力があるぜ!」
 びしっ!とポーズを取るリカルドを、ルイがまじまじと見つめて、ぷっと吹き出した。
 「ふっふーん、あんた妬いてるのねー」
 サラがぱっと手を離して、満面の笑顔で振り返った。
 「あらなになに?私がクルガンさんの腕に触ってるのが気に入らないの?」
 「…いや、仲間なんだから『さん』はいらんが」
 「そ、そうじゃねぇって!俺はただ、俺の方が筋肉があるぜっと…!」
 「なーんだ、きっちり両想いじゃない、良かったわね、サラ」
 「ややややだわルイ姉さん何言ってるの私はそんなんじゃないんだってば!」
 「え…両想いって…え?あ?」
 動転してなにやら怪しげな踊りをしているリカルドや、きゃあきゃあ言ってるサラ、二人をつついているルイ、ぶつぶつ言いながら自分の筋肉を掴んでいるクルガン…といった連中を眺めて、ダークマターは小さく言った。
 「これ、3分しか開いてないから。念のため」
 途端。
 顔を見合わせた彼らは、一斉に壁に走り出したのだった。
 
 祭壇のある部屋の、壁の一部が穴の底の風景を映している。その隣の壁をなぞりながら、ダークマターが独り言のように言った。
 「司教様専用地上との通路だったんだよね。神殿がねじ曲げられて迷宮にくっついてるみたいだから、通じてるかどうか自信が無かったけど。まあ、近道が出来て良かった」
 元通り壁にしか見えなくなったそこを離れて、ダークマターは彼らの元に戻った。
 「そうね、よけいな敵と接触して魔力を消費するのもイヤだし」
 「怪我するのもなー。どうせならベストコンディションで司教の野郎をぶっ飛ばしたいぜ!」
 ぐるんぐるんと大剣を振り回すリカルドから距離を取って、ダークマターは階段に向かった。
 「どうだろうねぇ。すぐ下の階にいれば良いんだけど」
 気のない返事と共に一歩踏み出した。
 暗い階段を降りて行きつつ、最後尾のクルガンが、先頭に問いを投げかける。
 「おい、何故お前は、未だに『司教様』なんぞと『様』を付けるんだ?」
 「なに?俺が裏切るとか思ってる?」 
 「そんなわけじゃないが…」
 続けられないということは、少しはそうも考えているのだろう、とダークマターは鼻を鳴らした。
 「別に…『司教』っていうと、勝手に口が『様』って付けるだけだよ。あんたが『女王』って言ったら『陛下』って付けるようなもん」
 「俺のは、尊敬の念がそうさせてるだけだっ」
 「んじゃあ、『ソフィア』って言いつつ必ず鳩尾をさすってるようなもん?いわゆる条件反射ってやつ」
 「…俺は、そんなことしてるか?」
 「してます」
 本人も気づいていなかったのだろう。クルガンは黙り込んでしまい、ひっそりと鳩尾を撫でた。
 「聖なる癒し手さまって…」
 直接この目で見たものの、ソフィアに夢を抱いていたサラが、ちょっぴり遠い目で呟いた。しかし、ただにこやかに微笑んでいるだけの女性よりもずっと身近に感じられる。サラはそう思い直した。
 後に。
 喧嘩の時に殴り飛ばした『夫』から文句を言われたときに「聖なる癒し手さまだって拳で語っていたでしょっ!」と堂々と主張するようになり、『夫』の方はソフィアに恨みを持つようになるのだが、まあ今の段階では別の話だ。
 
 9階に降り立って、ダークマターは溜息を吐いた。
 「よりにもよって、『歪みの階』なんだ…」
 「見える範囲に下り階段は無いな」
 グレッグが暗闇に目を凝らすように見通して報告する。
 この迷宮は、どこかにあった場所が1階ずつくっついて出来ているらしいのだが、3階と7階は階段を降りる度に異なる場所と繋がるようで、毎回造りが異なっていた。マッピングをしても次から無駄になる構造は、冒険者たちをうんざりさせていた。
 まあ、たまに、降りてきてすぐ隣にまた下り階段があったりすることもあるのだが。
 「どう?マップスで見えるところに階段ある?」
 「…駄目だな、高さが違うんだろう」
 司教たちの魔法を消費させるのは止めておこう、ということで、戦闘中には魔法を使わないクルガンがマップスを唱えてしばらく宙を眺めていたが、やがて首を振った。
 「たぶん、四隅にちょっとした階段があると思われるが…」
 「んじゃ、外周りで行きますか」
 すたすたと歩き出したリーダーに彼らは付いていく。
 だが途中で。
 横合いから通路が延びてきているところで、近づいてくる気配があった。
 「魔物…じゃないか」
 立ち止まってそちらを見つめるダークマターの横で、グレッグが目を細めた。
 「アンマリーと下僕たち、ではないかな?」
 「ふぅん…こんなとこまで降りられるんだ」
 唇も動かさず、囁きだけで会話した彼らは、人影がはっきり見えるまで待った。
 向こうもこちらを見つけたのだろう、一瞬立ち止まってから、速度を速めた。
 「ごきげんよう、ダークマター」
 「ごきげんよう、アンマリー」
 にっこり微笑んで小首を傾げたアンマリーに、同じく微笑を浮かべたダークマターが軽く頭を下げる。まあ、微笑と言っても、周囲の温度が2℃ばかり下がるような表情であったが。
 「お久しぶりねぇ。まさかこんなところで会うとは思わなかったわ」
 「まったく。同感だな」
 一見ほのぼのと交わされる会話に、アンマリーの下僕たち…オスカーとリューンが身悶えする。
 「あぁあ…アンマリー…そんな奴に笑いかけなくても…」
 「ちくしょー…てめぇなんか…」
 だが、敵意を向けられても、ダークマターは微塵も動揺しない。ますます冴え冴えとした冷笑を彼らに向けるばかりだ。
 アンマリーの目が、ダークマターから隣に移り、見開かれた。愛らしく軽く握った拳が口元に当てられる。
 「まあ、仲間の方が増えたのね」
 ちらりとダークマターの視線もクルガンに向けられたが、
 「まあね」
 と、ただ一言だけこぼした。いかにもそれ以上触れられたくありません、と態度に出していたが、アンマリーは悲しそうに目をしばたいた。
 「あら、紹介して下さらないの?」
 「そうだぞ!アンマリーに失礼じゃないか!」
 「挨拶は人として基本だろう!」
 「あら、リューンもたまには良いことを言うのね」
 誉められて、たちまちリューンの顔がにやける。オスカーも慌ててダークマターに迫った。
 「さあ、さっさとアンマリーを紹介しろ!」
 「アンマリーを、ね」
 完璧無表情で、ダークマターは棒読みのようにクルガンに告げた。
 「こちらは、アンマリー。閃光後のドゥーハンの視察に来られた司教だ。後の二人はオスカーとリューン。自称アンマリーのナイト」
 クルガンの目がちらりとダークマターの表情を探る。どういった対応をすべきか、読みとろうとしたのだろう。
 だが、クルガンが口を開く前に、ダークマターは続けた。
 「こっちは、新しく入った忍者」
 そこで、ぷつりと切る。
 どうやら、クルガン、という名は出したくないらしい。
 アンマリーは『疾風のクルガン』がクイーンガードであることを知っている。そのクイーンガードが何故彼と共にいるのか、説明を求められるのは面倒だろう。
 どうやら自己紹介は求められていないらしいと判断したクルガンが、アンマリーに軽く黙礼した。一般忍者なら、ほとんど口を聞かなくとも不思議ではない。普段の仏頂面を更に険しくして、とっつきの悪い人間を装う。
 だが、アンマリーは、悲しそうに「まあ」と言った。涙ぐんで非難するような目をダークマターに向ける。
 「てめぇ!アンマリーに失礼だろう!」
 「そうだぞ!名を名乗れ!」
 代わりに下僕が二人、吠え立てるのを無表情に見やって、ダークマターは軽く手を挙げた。
 「じゃあ、俺たちは、これで」
 「あっこら!」
 きびすを返そうとしたダークマターにオスカーが掴みかかった…いや、掴みかかろうとして、グレッグに阻まれた。
 「もし、君が我が主君に何かしようと言うなら…」
 後は続けず、もう片方の手の中の苦無を見せた。
 「分かったぜ!名乗れないような、犯罪者なんだな!」
 手首をがっちり掴まれて、オスカーが悔し紛れに叫ぶ。リューンがオスカーを助け出そうと突進してきたが、グレッグはオスカーを盾にして軽やかにかわした。
 「おぉ、そうに決まってるぜ!忍者なんて、人殺しの得意な『殺人機械』って呼び名の連中なんだからな!」
 それを聞いても、クルガンの表情には欠片も動揺は無かった。そんな幼稚な挑発に乗るほど、短気ではない。いや、普段は十分短気だが、爆発して良いときと悪いときくらい心得ている。
 だが、しかし。
 すでにすたすたと歩き出していたダークマターの歩みが止まった。
 振り返る。
 次の瞬間、手元で、ちん、と金属質の音が鳴った。
 「何だっ!?やる気かっ!?」
 叫んだオスカーの額から、バンダナが滑り落ちた。
 床に落ちたバンダナは、きれいに真っ二つにされていた。
 彼らに見えたのは、ダークマターが刀を抜くところではない。収めるところだったのだ。
 「これのことをどうこう言うのは、別に構わない。だが、忍者一般を悪く言うことは許さない」
 クルガンは天井を仰いだ。せっかく流したのに台無しだ。思えば、ダークマターは自分の部下たちの次に忍者兵を可愛がっていた。今の怒りは、クルガンのためではなく忍者兵のためなのだろう。
 「そうね、人の悪口を言うのは、紳士のすることじゃないわ」
 「ご、ごめんよ、アンマリー!」
 「今、謝るからさ!」
 だが、アンマリーは唇を尖らせて、不満そうに首を傾げた。
 「でも、名乗ってくれないのも、紳士では無いと思うの」
 「そ、そうだよなぁ!まったくだ!」
 「おい、さっさと名乗れ!」
 ころころと態度を変える二人の男に、クルガンはうんざりと肩をすくめた。
 「何なんだ、こいつらは…」
 「だから最初に言ったじゃん。アンマリーと下僕たちって」
 面倒くさそうに言って、ダークマターは髪を掻き上げた。
 「それで?名乗らなきゃ力尽くって?」
 あれこれやり取りするのが面倒になったらしく、さっさと平和的な態度を捨てたダークマターに一瞬怯んで、それからオスカーは叫んだ。
 「そんな野蛮なことはしねぇ!」
 「まあ、オスカー素敵よ」
 にやっと笑った後、得意そうに叫んだ。
 「トラップ勝負だ!」
 「はぁ?」
 その返答のあまりにも冷たい響きに挫けそうになりつつも、オスカーはひきつった頬で笑いを浮かべて見せた。
 「何だ、自信が無いのかよ。そうだよなぁ、そっちには盗賊がいないもんなぁ!」
 「元盗賊なら二人ばかりいるけどね…」
 ダークマターの返事に、ルイが怪訝そうに周りを見た。自分と、後一人。そして、明後日の方に向くクルガンに、目を剥いた。
 「えぇっ!?あんた元盗賊なの!?」
 「…何で、知ってるんだ、ダークマター…俺は言った覚えは無いぞ…」

 ぼそぼそと背後で囁きかわすのを聞き流し、ダークマターは相変わらず他人を凍り付かせる瞳でオスカーを見つめた。
 「あほ臭い。何でそんなもんに付き合わなきゃならないのさ」
 「けっ!忍者ってのは優れてるんだろ!?盗賊より偉いってんなら、証明して見せろってんだ!」
 「何だ、やっぱり自信が無いんだな」
 「あほくさ」
 投げやりに言い捨てて、ダークマターは再度きびすを返した。
 だが、そこで、ぽんと肩を叩かれる。
 「いいじゃねーか。付き合ってやろうぜ」
 リカルドが軽くウィンクした…いや、ウィンクしようとして、両目が閉じた。
 「まあね何て言うか可哀想になっちゃったわよあれだけ頑張ってアンマリーの気を引こうとしてるんだものちょっとくらい付き合ってあげましょうよ」
 何となく。
 そう、何となくだが、その二人から勝者の余裕とでもいうようなものを感じ取って、オスカーとリューンはおののいた。
 哀れまれている。
 そう、これは冒険者レベルがどうこうではなく…恋愛沙汰と言う点で哀れまれている!
 がーん!と背後にでっかい書き文字を背負って、オスカーとリューンは後ずさった。
 「お、お前ら、まさか…」
 「大人の階段を上ったのかーっ!」
 リカルドとサラは顔を見合わせて赤くなった。
 「上ってねーよ!」
 「上ってないわよ!」
 1mばかり離れた場所では、ダークマターが怪訝そうに首を傾げていた。
 「大人の階段って?」
 「…えー…まー…いずれゆっくり説明してやるから…」
 クルガンは天井を見つつ、ごほんと咳払いした。
 「ちくしょーっ!手加減なんかしてやらねーぞ〜!」
 だばだばと涙を流しつつオスカーが叫んだ。
 「次の階の階段までにトラップを仕掛ける!全部外したら、お前らの勝ちだ!もし一個でも失敗したり、見つけられないまま階段に来たりしたら、俺たちの勝ちだ!きっちり名乗って貰うぜ!」
 「めんどくさー」
 テンションの高いオスカーと反比例するかのように、ダークマターはますます気怠げな態度になった。
 「ま、リカルドとサラが言うから、付き合ったげるけどね。で?何個仕掛けるって?」
 「ふん」
 オスカーはにやりと笑って、リューンと顔を見合わせた。
 「力尽くで聞き出せ!」
 「…あっそー」
 腰の刀に手を伸ばしかけて、ふと首を傾げた。
 「新入り忍者さん。あんたが行けば?」
 「俺が、か?」
 意表を突かれたような顔になったクルガンにリューンが得意そうな顔を向ける。
 「何だ、怖じ気づいたのか!忍者野郎め!」
 「イヤだわ、そんな頭の悪い挑発なんて」
 「ごめんよ、アンマリー!」
 いかにも渋々、といった風にクルガンが前に出る。
 「どこまでやっていいんだ?」
 「喉を切り裂くのは不可。返事が聞けないから」
 ダークマターのあっさりした返答に、オスカーとリューンがぎょっとしたようにクルガンの手にした短刀を見つめた。
 「あぁ、頸動脈も駄目だよ?首を跳ね飛ばすのは論外」
 「面倒くさいな。手首を切り落とすのくらいは良いのか?」
 「うーん…今からトラップ仕掛けるって言ってるからねぇ。止めといてあげれば?」
 「じゃあ、足の腱くらいは切断しても良いか」
 「そうだねぇ…でも、やっぱり短刀はしまっておけば?素手で股間狙いとか…」
 「…いや、それは男として遠慮してやるのが人情というものだろう…そもそも触りたくも無いが」
 戦士と盗賊、一人で二人を相手にするのに、淡々とどこまで手加減するかを相談する様子に、ようやくオスカーとリューンは相手が悪かったことに気づいた。
 だが、今更引くことも出来ない。
 「や、やれるもんなら、やってみやがれ!」

 コンマ数秒後。

 「とりあえず、こんなもんでいいか?」
 両肩の関節を外されて、呻きながら転がる二人を見下ろしながらクルガンはさらりと聞いた。
 「いいんじゃないの?降参するつもりなら」
 「そうだな。おい、もういいか?それとも股関節も外した方が良いのか?」
 「こ、降参する!するから〜!」
 「イヤだわ、おかしな格好」
 「ごめんよ、アンマリー!」
 「10個だよ!10個仕掛ける!ほら答えたから、治せよ〜!」
 「何だ、自分で治せんのか」
 呆れたように言って、クルガンは面倒くさそうに膝を突いた。
 「いや…普通だから…普通、両肩外されてたら、自分では治せねーから…」
 リカルドの呟きには、顔も向けずに返事する。
 「いや、慣れれば出来るもんだぞ?」
 「床とか壁とかが必要だけどねー」
 どうやらダークマターも出来るらしい。今更ながら、クイーンガードとはやっぱり自分たちとはレベルが違うらしい、と感じて、リカルドは顔を覆った。
 「いやー、悪かったなー、オスカー、リューン。俺くらいが相手してやりゃよかったぜ」
 だが、返事は無かった。
 クルガンによって肩の関節をはめ直されている最中だったからである。
 「うきょろろろろ!」
 「…おかしな悲鳴…」
 「うぐげはぁっ!」
 「…下品な悲鳴…」
 冷や汗をびっしょり浮かべて、ぜーぜーと肩で息する二人は、それでも弱々しく言った。
 「「ごめんよ、アンマリー…」」
 だが、アンマリーはにっこりと天使のような笑みを浮かべてクルガンを見つめた。
 「お強いのね」
 クルガンは、別にどうでも良さそうだったが、床に転がる二人は恨みがましげな目を向けた。
 「それじゃ、先に行くわね。オスカー、リューン。トラップを仕掛けるんでしょ?早く行きましょう」
 「待ってよ、アンマリー!」
 軽い足取りで迷宮の奥に進むアンマリーと、よろよろと追いかける二人を見送って、クルガンは大きく息を吐いた。
 「何なんだ、あいつらは」
 「だから、アンマリーと下僕たちってば」
 律儀に返答しておいて、ダークマターはその場に座った。
 「10分も待てばいいかなぁ」
 「いいんじゃないの?」
 何故か見つめ合っているリカルドとサラを横目で眺めつつ、ルイが上の空で返事した。
 「でさー」
 「何だ?」
 「大人の階段って?」
 クルガンの喉から、詰まったような音が漏れた。
 「えー…つまり、その、何だ……」
 「大人の階段とは」
 グレッグが、ダークマターの真正面に腰を落とし、まっすぐに見つめながら、至極真面目に解説した。
 「遙か東方にある御幸国では、成人の証として、国の中心にある666段の階段を登るという風習がある。その階段は急勾配の上にトラップ満載で、知力体力時の運を兼ね備えた者だけが、頂上に辿り着き、『大人』と認められるのだ」
 「へー。グレッグ、物知りだねぇ」
 「『東方の風習』民暗書房刊より抜粋」
 「ふえー」
 とりあえず、クルガンは背中を向けて片足スクワットに励むより他になかった。
 
 で、クルガンの片足高速スクワット1000本セットが両足分済んだ頃。
 「そろそろ、行こうか」
 ダークマターが気怠そうに立ち上がった。
 見つめ合い、背後にほわわわ〜♪とでもいうようなBGMが流れていたリカルドとサラも、夢から覚めたように慌ててこちらを向いた。
 「えーっと。クルガンとグレッグがトラップ発見解除ってことでいい?」
 「そうねぇ、私は司教だし」
 「あぁ、任せてくれ、我が主君よ」
 「久々だが、何とかなるだろう」
 「…うっわー、めっちゃ不安なお答え」
 不安、という言葉とは裏腹に心配そうでもなくすたすたと歩み始めたダークマターに、慌ててグレッグが追いすがる。
 「待ってくれ、私が先頭で…」
 「ふん、俺が先だ」
 トラップ解除係の忍者二人が先行しようとする姿に、ルイはぼそっと呟いた。
 「アンマリーの下僕たちと、変わらない気がするのは気のせいなのかしら…」
 「「一緒にするな!」」
 振り返って怒鳴っている間に。
 「…あ、踏んだ」
 床の下の方に張られた細い糸を踏んだダークマターが、のんびりとそう告げた。
 グレッグが速やかに床に膝を突く。
 「…よし、もう足を上げて貰って結構だ」
 3秒後にそう言われて、ダークマターは足を持ち上げた。
 何も起きない。
 トラップは、きっちり解除されていたようだ。
 「ふっ、私が1ポイント先行だ」
 「負けるかっ!」
 「…いつの間に、競争になったのさ…」
 ざかざかざかと忍者が一本道の廊下を走っていく。
 「2個目、解除!」
 「これで3個目か!」
 「ふっ、4個目!」
 「5個目!」
 だんだん遠ざかる声に、ダークマターは肩をすくめた。
 「えーとよー。敵に遭ったらまずいんでねーの?」
 「さーねー。本人たちがいいんなら、いいんじゃないの?」
 仮にもファイアドラゴンを一撃で倒すと言われているクイーンガードである。戦闘能力という点で心配は全くいらない。
 そして、こちらも。
 「えー、ポイズンジャイアントが4体」
 4人だけになっているとは言え。
 「死の翼よ、汝が上に舞い降りよ。アッシュ」
 4人の中で誰より早く動けるダークマターが一言告げれば、猛毒の巨人が次々に絶命する。
 魔法能力、物理攻撃能力、どちらも死角無し。
 「こうやってみると、忍者って一撃死だけが頼りの数合わせなんだねぇ」
 しみじみ頷くダークマターに、リカルドは心の中でグレッグに同情したのだった。
 戦闘しつつ、外周を歩いていた彼らは、ようやく1周し終えるというところで、ようやく先行した忍者二人の姿を見つけた。
 壁際の扉の前で立っているところからして、その中に入る前に彼らと合流しようと待っているらしい。
 しょうがないな、とダークマターは、やや足を早めた。
  ひゅっ
 風切り音が鳴った。
 振り返らず、身を捻る。
 だが、肩口に深々と鉄の矢が突き刺さった。
 「クロスボウトラップ…」
 呟きながら、第2陣に備えて身構えたが、連弾式に撃たれるはずのそれは、それ以上発動しなかった。
 前後から、仲間が駆け寄ってくる。
 「大丈夫!?ダークマター今治癒魔法をかけ…」
 「サラ、これ抜いてからにして」
 冷静に答えて、ダークマターは己の肩から生えたそれを掴んだ。前に引き抜こうとして、苦痛に呻く。
 「あいったー…ひょっとして、矢羽付いてる?」
 「…あぁ、鉄製の立派なのがな」
 「前は前で鏃に返しが付いてるし…中途半端に刺さっちゃったなー」
 肩の骨と肺は避けているが、深々と刺さったそれに、ダークマターは溜息を吐いた。
 前からでも後ろからでも、抜こうとしたら余計傷が広がりそうだ。
 「リカルド、これ切れる?」
 矢の鏃と棒の境目を指さされて、リカルドは目を剥いた。確かにそこを切断できれば、後ろから引き抜けるだろう。だが、ちょっとでも手元が狂えばダークマター本人を傷つけることになる。
 「…俺が…」
 「短刀で切断出来ないでしょうが」
 嫌味でもなくさくっと言われて、クルガンは黙り込んだ。実際、忍者刀で鋼鉄製のそれを切断するのは向いていない。
 「大丈夫だよ。怪我したら治癒魔法はあるんだから」
 「そ、そうは言われても…」
 しかし、このままにしているわけにもいかない。
 リカルドは意を決して、大剣を構えた。
 「これでも騎士だ。何とかやってやるぜっ」
 「はい、どうぞ」
 あっさりと言って、ダークマターは幾分胸を反らせた。
 突き出した矢の部分に、裂帛の気合いと共に、大剣が振り下ろされる。
  ぎぃん!
 高音質な響きと共に、鏃が落ちた。
 「お見事」
 賞賛に、リカルドは深々と息を吐いて剣を収めた。
 「あ〜、よかった…」
 その間に、クルガンがダークマターの背後から矢を抜き取り、すかさずサラが治癒魔法をかけた。
 傷が塞がったのを確認したダークマターが、腕を上げ下ろしする。
 「参ったなー。あんたたちが通った後だから大丈夫だと思って、油断してた」
 「すまん。たぶん、俺の解除し損ねだ」
 顰め面で天井を確認したクルガンが、軽く手を挙げた。それに返事するように、ダークマターも手を挙げる。
 「ま、これで失敗したわけだし、もう残りは探さず階段に行っていいね。勝ち誇ったオスカーの偉そうな口は、全部あんたにつけとくから」
 「…好きにしてくれ」
 この話はこれでおしまい、とダークマターは歩き出した。
 「上に上がって右、50歩あたりで左の扉を開けると、下がって下がって出たところが階段だ」
 「OK」
 先頭にクルガンとダークマター、ついでルイとグレッグ、リカルドとサラ、と続く。
 ルイは陰鬱な気配を撒き散らしているグレッグを横目で見て、肘でつついた。
 「何よ、珍しいわね。『私が主君に並ぶのだー』とか言わないの?」
 「…割り込めぬものを感じてな…」
 グレッグは細く長い息を吐いた。
 「もしも、ダークマターがもっと怒ったなら、私もあ奴めを排斥しようとしたろうが、ごく自然に納得しているようなのでな…主君があれを隣に立つ者として認めると言うならば、私も認めるより他に無いではないか」
 「そうね。いいわね、男の友情」
 途端、ダークマターがぐるりと振り返った。
 「誰と誰が友情だって?」
 「キミとクルガン」
 「誰がっ!あれは、ただ…クルガンが見逃したんなら仕方がないって言うか…つまり、実力を客観評価してるだけであって、友情とかそんな感情は入ってないの!」
 隣でクルガンが居心地悪そうに肩を揺らした。
 実力を評価してくれるのは良いが、盗賊が設置したトラップを解除し損ねた、と言う程度の実力を、あまり手放しで信用されるのも落ち着かない。いっそ責められた方が納得できる。
 戦闘にばかり特化した自分の実力を、この時ばかりは反省したクルガンだった。
 
 クルガンの指示通りに歩いて、下り階段に辿り着く。
 そこでは、勝ち誇った顔でオスカーが腕組みをしていた。
 「へっへーん!解除し損なっただろう!隠しても駄目だぜ?ちゃんとアラーム鳴るようにしてたんだからな!」
 初めての勝利にオスカーは小鼻を膨らませてちらりとアンマリーを振り返ったが、アンマリーは残念そうに頭を振った。
 「まあ、オスカー。自分の勝利を誇示するなんて、紳士のすることではないと思うの。せっかくの勝利が台無しだわ」
 「そ、そんな…アンマリー〜…」
 「まさか、オスカーでもそんなことはしないと思ったのだけど…やっぱり一緒にいる人は選んだ方が良いかしら」
 無邪気に他の男らしい名を指折り上げるアンマリーにオスカーはほとんど泣き出しそうな顔になった。
 「…ま、どーでもいいんだけどさー…一応、忍者二人を出し抜いたのは事実なんだから、ちょっとは誉めてあげても損はしないと思うんだけど…」
 ぼそぼそとダークマターは呟いたが、アンマリーは聞こえなかったかのように、まだ指を折り続けていた。
 「待ってくれ、アンマリー!相棒の不始末は俺が付けるぜ!今度は俺と勝負だ!」
 「…あのさー…俺たち急ぐんだけどなー…」
 「男なら、ずばり!ドラゴン狩りで勝負だ!」
 びしぃっと剣を突きつけられて、エルフ耳が4つばかりびくりと動いた。
 「ドラゴン狩りか…」
 「懐かしい響きだねぇ」
 「あれで初めてお前がポイズケア使えるのを知ったな…」
 「あんたが手持ちの解毒薬全部使い切ったからねー」
 「あの時は引き分けだったな」
 「しつこいようだけど、最後のシルバードラゴンのトドメは俺だと思うけど」
 「いや、あれは、絶対先に俺が頸動脈を切断していた」
 「…俺の心臓への一撃の方が早かったやい」
 「ふん、あいつが俺に気を取られて上を向いたからこそ、心臓ががら空きになったわけで…」
 しみじみ語り合ってしまった元同僚は、はたと気づいて顔を上げた。
 仲間に微笑ましいような妬んでるような何とも微妙な表情で見つめられていたのを知り、気まずそうにこめかみを掻いて、それからリューンに頷いた。
 「OK。ドラゴン狩り、やってやろうじゃないの」
 「…いいのか?」
 「アレイド出す練習もやっときたいと思ってたんだよ。だから、一人で倒しちゃ駄目だよ?」
 「…ちっ…」
 何となーく自分が望んだのと違う展開のような気がしつつも、リューンはひきつった笑いで続けた。
 「獲物はファイヤドラゴンだ!だが、いったん街に帰ってからだぞ?アンマリーが疲れるからな!」
 「あら、リューン、私を気遣ってくれるの?」
 「当然だぜ、アンマリー!」
 アンマリーの機嫌が少し回復したのを見て、オスカーも元気づく。
 「俺たちはいつでもアンマリーのことを考えてるんだからなっ!」
 「まあ、女性に対する気遣いは、紳士の基本ね」
 それから、アンマリーは、ダークマターとクルガンの顔を交互に見て、微笑んだ。
 「私たちの勝ちだったんでしょ?紹介してくれるんじゃなくて?」
 「…そだねー」
 ダークマターは溜息を吐いた。
 そして、無表情に隣のエルフを親指で指す。
 「これは、クルガン」
 それ以上の解説はしなかったが、オスカーとリューンが顔を見合わせた。
 「ふ、ふざけるなっ!」
 「偽名にしてもほどがあるぜ!よりにもよって、このドゥーハンでクイーンガードの名をかたるなんざ…」
 「やっぱり、そうだったのね」
 顔を真っ赤にして怒鳴っていたのが、アンマリーの満足そうな言葉にぴたりと止まる。
 「あ…アンマリー?」
 「聞いたことがあるもの。疾風のクルガン。筋骨逞しいエルフの男性で忍者。金の髪に真紅の瞳、それに鼻に傷。報告書通りの外見だわ」
 そして、前に進み出て、優雅に一礼した。
 「お目にかかれて光栄ですわ、クイーンガードクルガン。ハリスの法王庁より派遣されましたアンマリーと申します」
 「…俺の名を知っているなら」
 苦虫を噛み潰したような顔で、クルガンはそっぽを向いた。
 「『凍てつく瞳』と呼ばれるクイーンガードのことも、知っていそうなものだがな」
 途端、げしっと膝裏を蹴られて、クルガンは呻いた。かろうじて体勢を崩すことはなかったが、無言のまま背後に蹴りを放つ。
 同じくそれを蹴りで止めて、ダークマターは苦々しく呟いた。
 「よけーなこと、言うんじゃないの」
 それを聞いて、アンマリーの顔に、不思議そうな表情が宿る。小首を傾げて、人差し指を頬に当てた。
 「あら…確か『凍てつく瞳』と呼ばれる方は、淡い金髪と水色の瞳、少し骨格の歪んだ細身の男性で剣士…」
 そこまで言って、ダークマターの顔を改めてまじまじと見つめる。それから目を逸らせて、ダークマターはひっそりとクルガンの陰に隠れた。
 「『凍てつく瞳のダークマター』……」
 そうっと確かめるように囁かれた言葉に、オスカーとリューンの体が跳ねた。
 「ま、ま、ま、まさかなぁ!」
 「そんな、クイーンガードが冒険者の真似ごとして、迷宮に潜ったりしねぇよなー!」
 あはは、と笑い合って、ぶんぶんと勢い良く頷く。
 だが、他に誰も笑ってくれないのを知って、笑い声は徐々に溶けるように消えていった。
 「ま、まさか…本当に…?」
 震える指でダークマターを指さしたが、本人は返答しそうに無いのを見て、リカルドがぽりぽりとこめかみを掻きつつ答えてやった。
 「ま、何つーか…俺たちにとっても衝撃的な事実だったんだが…」
 「大丈夫ダークマターはクイーンガードだからって偉そうにしたりしないからああクルガンさんも別に偉そうにしてたりはしないのよ?二人ともとっても仲良しだし今まで通り普通に冒険者として接してくれた方がいいわよねぇダークマター?」
 「…どこから突っ込めばいいのさ」
 小さく呟いて、クルガンの背中から、顔だけ覗かせた。
 ひらひらと手を振る。
 「ま、そーゆーわけだから。ドラゴン狩り、楽しみにしてるからねー」
 リューンの顔が泣き笑いのように歪んだ。
 「ファイヤドラゴンを一撃で倒すクイーンガードと…?」
 「…それ、何でクルガンばっか有名になったのかなぁ。俺だって一人で倒せるのに」
 「一撃、というところに価値がある」
 「一撃死以外はダメージ小さいじゃん。俺の場合、一撃で殺れなくてもダメージ量はそれなりだから、結局100頭くらいで平均取れば、俺の方が早く倒せると思うんだけど」
 「そんなわけあるか」
 「絶対そうだって」
 「なら、試してみるか?」
 「そうしたいのは山々だけど、もう棲息地潰しちゃったじゃんか。迷宮じゃ、そんなに出てこないし」
 「ちっ」
 「…って、ああそうそう、アレイドの練習するんだった」
 ダークマターが、ぽん、と両手を打った。
 ファイヤドラゴン。
 一吹きで何百人もの兵士を焼き殺す猛火の息を吐き、その鋭い爪はプレートアーマーをも紙のように引き裂くと言われる魔獣。
 それをその辺のオークか何かのように認識しているような会話に、オスカーとリューンはさめざめと涙を流した。
 「ちくしょーっ!負けるもんか〜〜!」
 「さあっ!迷宮の入り口で待ってるぜっ!」
 「うふふ、楽しみね。どのくらい差が付くのかしら?」
 「…アンマリー〜…」
 そうして、3人組は消えていった。
 それを見送って、ダークマターは肩をすくめた。
 「無視して進むって手もあるけど、実際まだアレイド試してないし。ホントにドラゴン狩り、付き合ってあげようね」
 「それは構わないけど」
 サラが浮かない顔で首を傾げる。
 「でもいいのかしら早く陛下の魂を解放しなきゃとんでもないことになるんじゃないかって思うんだけどあぁオスカーとリューンに付き合ってあげたいのは山々なのよ?だけど…」
 「まだ、もう少しの間だけなら、大丈夫」
 妙に自信満々に言うダークマターを不審そうに見たが、クルガンは何も言わなかった。
 「それに、一晩休む、とまでは言わなかったからね。また戻って、すぐに迷宮入り口に行けば良いんだよ」
 「あら、アンマリーを休ませたいって言わなかった?」
 「1時間も休めば良いんじゃないの?」
 投げやりに言って、ダークマターは仲間を手招きした。
 「はい、リープ」




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