今日は読書感想
歩兵の本領
浅田 次郎/著
東京:講談社
解説:世界一奇妙な軍隊−自衛隊。だが、この心地よさは、一体なんなのだろう。1970年代、自衛隊員にとってすこぶる肩身の狭い時代だった…。著者が自らの体験を綴る青春グラフィティ。
上の解説で「心地よさは一体なんだろう」と書いてあるが読み終わっても何が心地いいのか分からなかった。あれこれ想像みてしばらくしてから分かった。(ような気がする。)
自衛隊がこれほど帝国陸海軍の慣習を引き継いでいるとは思わなかった。70年代の高度成長期の世間(彼らは旧軍の言葉を使い娑婆と言う。)と自衛体内の旧軍慣習世界との落差は当時の旧軍と世間との距離よりもさらに大きいと言える。
この本に描かれた旧軍慣習踏襲の実例、私の解説付き
用語の例:熱発(ねっぱつ)=発熱のこと、まるですし屋の符丁
言葉使い:○○(自分の姓)悪くありました。=私が間違っておりました。
殴る:古参兵の虫の居所が悪いと言う理由で殴る。
格言:星の数よりメンコの数=メンコとは飯のことだって、大日本帝国軍の体質そのもの。
員数あわせ:検査のとき他班からかっぱらってくる。国民の税金で装備された絶対紛失の許されない品=昔は天皇陛下からお預かりした大切な品
士官の能力・態度:旧軍体質放任、旧軍と同様、兵隊間の私的制裁を放任。下士官と古参兵が新人を組織に合うように作り変えてくれるのは結構都合がいいのだろう。現代の上級組織人として怠慢あるいは無能。
この他にも旧軍体質を引き継いだ場面が描かれているがこれは軍隊が持つ必然的性質らしい。兵を力づくで反射的に命令に従うように仕立てる。一人でも命令を守らないと仲間の命を危険に曝し、組織の目的を危うくする。これは企業等の組織でも共通点があるが、文字通りの命をかけての行動を抵抗無く遂行出来るように感覚麻痺まで狙っているところが違う。
最近申し合わせたように米国海兵隊、ロシア海兵隊の新兵苛めの秘密撮影ビデオが公開された。米海兵隊では新兵の胸に画鋲を打ち込んでいた。ロシアでは新兵を並べて寝かせその上を古参兵が飛び歩いていた。米国ではこの件で処分者が出たようだが、軍には明らかにならなければ良い、明らかにはしないという体質がある。最近はビデオがあるから生きた証拠が残せるが、被害者の証言ではやった、やらないの水掛け論となり結局無かったことにされるだろう。こういうことが明らかになるのもビデオの功績か。
この本「歩兵の本領」では下位の兵に素手で便器の内側付着物まで洗わせさらにこの兵にその便器をなめさせる苛めを描いている。この苛められた兵がこの先輩を殺し恨みを晴らそうとするが演習の厳しい状況に飲み込まれうやむやななる。(解決?和解?めでたし?青春グラフティ?)私には理解不能。
しばらく考えた。分かった。マゾヒストの誕生だ。常軌を逸する苛めに無感覚になり苛めたものと一体感を持つ、さらに後輩に同様なことを行う。これはサディズムではないか。SM行為受け入れによって人間の最深層部で一体化した仲間。これなら生死をともにするという本物の戦闘集団となる。なるほどこれが軍隊の本質だ。だから本質を同じくする旧軍の慣習が効果的に引き継がれているわけだ。国家が資本主義だろうと共産主義だろうと軍隊の本質に差が無い理由がわかった。
警視庁機動隊の隊員間セクハラ事件でも命令服従義務がSM行為にゆがんだ昇華をみせたものと感じる。
状況は異なるが男同士の紐帯が異常に強固な世界があるらしい。
上田秋成「雨月物語」中の「菊花の契」。侍が自分の命を犠牲にして友との再会の約束を守る。情念が全てに克つ、異様に美しいといわれる世界。人間を情念で追い求めるとこの世に現れる異常な世界。
また太宰治の「走れメロス」。常民がここまで精神的関係を深めることもありうる、あるいはそう在りたいという情念の物語。
上の個人的関係から濃密な紐帯が造られる状況とは異なるが、軍隊という人為的に閉じられた空間は「生命を鴻毛よりも軽く」投げ出せる空気も造ることが正常とされる世界なのだろう。集団の紐帯のために必要ならば個人の独立、個人の尊厳を無いものとする機能集団。
やっぱり私には入りたくない世界だ。体育会系?湿っぽすぎる世界だから嫌だ。話は跳ぶがメッツの新庄は阪神時代練習遅刻で「まじめ」な藤田平監督にグラウンド正座をさせられたそうだ。この不条理な制裁を可とする体質を嫌って日本と別れたという。
「人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争」(松木 武彦、講談社)では膨大な発掘資料から倭国時代の戦争を英雄の戦争と考証している。自分達に利益(物質的、先進文物入手利益)をもたらす英雄に自発的に従う人々を描いている。山賊、海賊的論理だが古代社会では疑いも無く正当な論理だ。ローマの初期王国、共和国の戦争も市民が自発的に応じた軍によるということなので明るさが感じられる。半裸のローマ男達ががそれぞれ獲物女を担いで走る「サビーネの略奪」(ドラクロア作と記憶している。)というローマ成立期のローマ人の軍事行動を描いた絵、絵そのものが「自由な生命の律動と豊かな色彩感」と評価されるのと同じくローマ人の行動も湿っぽくない。
戦争は常に悲惨であるが近現代の国民国家の戦争、思想宗教民族がらみの戦争はどうしてもても湿っぽい論理が付いてまわるから余計悲惨な救いようの無い破滅的状況を招いている。それゆえ近代国家の軍隊は常に重苦しい。海賊、山賊ならば流す血と利益が引き合わなければ戦いを止めるのだ。
自衛隊が「歩兵の本領」に書いてある旧軍体質を今も引き継いでいるとしたら、他国の国防軍とは憲法上性質が違うのだから他国とは全く違う、少年少女・老若男女に喜ばれる明るいキャラクターに造り変えて欲しい。国家財政も破綻に近いということで「聖域無き改革」が実施されようとしているのだからよく考えなされ。たとえば美しい日本の山河は不法廃棄ごみに侵されており、里山田園はまさに蕪なんとしている。自衛隊の組織力、人力で救って欲しい。
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