御名答!


…というより、この程度のお遊び、簡単でしたよね。

答えは

作中に『蝋人形』が登場する作品

 でした。

 

 

 

タイトルに『蝋人形』とあるものや、蝋人形造りの名人が登場する『幽霊男』『悪魔の寵児』に関しては何の不思議もないところでしょうが、

『女王蜂』に『蝋人形』なんて登場していたか…?と疑問に思われる方もおられるかもしれません。

もしかしたら、大道寺智子の周辺に巻き起こる奇怪な連続殺人事件をあつかった金田一耕助事件簿であるところの長篇『女王蜂』ではなく、
角川文庫版『殺人暦』に収録されている同名別作品の短篇小説『女王蜂』の方のことかな?…と、お考えになった方、それは考え過ぎです。
(もっとも、短篇の『女王蜂』のことを思い出せるだけでも物凄いことですが…)
もちろん、ここで取り上げているのは長篇の方の『女王蜂』のことです。

角川文庫旧装丁(緑三○四 -11- 版)をお持ちであれば、P125をご覧下さい。

智子はドアのすき間から、時計室のなかへすべりこんで、ひとめ、部屋のなかを見まわした刹那、蝋人形のように硬直してしまったのである。

(昭和五十三年第二十七版より引用)

ほらね、ちゃんとありますでしょ。

そういう意味では、より正確には、「『蝋人形』という言葉が作中に出て来る作品」というべきなのかもしれませんが…。

もしかしたら、前出の作品以外にも『蝋人形』という言葉が出て来る作品があるかもしれませんが、
ここでは、それを全部探し出すのが目的ではありませんので、目を瞑ってしまうことにします。


ところで、前出した作品の他にも『蝋』の文字がつかわれている作品は他にも多くあります。
これらの作品はどうなのか…。という疑問もあるかもしれません。

それらの作品には「『蝋』のように白い顔」といったような表現はありますが、
決して「『蝋人形』のように白い顔」 というような書かれ方はされていません。

つい、同じ意味と思い込んでしまい、混同しそうになりますが、
『蝋人形』が、必ずしも白い顔をしている訳では無く、
むしろ、より人間に似せる為に人と同じような『肌色』をしているころからして、
『蝋人形のように』と『蝋のように』は全く別の意味合いで用いられており、
そこに抜かりの無い横溝正史はサスガに(と言うべきか、単に私が“うつけ者”なのでそう思うだけで、当然のことなのかもしれませんが)正しく使い分けておられます。

もしどこかに、おや?と思うような表現があったとしてもそれはきっと編集者のミスに違いありません。

 さて、

角川文庫に関して言えば、緑三○四 -56-『誘蛾灯』の中島河太郎による巻末解説に

常に批評家諸賢の憫笑の的となっている私の美少年趣味、蔵の中趣味、蝋人形趣味が、
必ずしもこの時期において突如として発生したものでない証拠は、これより以前に書いた『面影双紙』によっても明らかであるが、
そういう傾向が、この侘びしい、遣瀬ない時期に遭遇して猛烈に助長され、それが持って生まれた私の線の細さと結合して、
救い難い不健康なものとなったことは疑いを容るる余地がないであろう。

という一節があります。

この文章は、昭和十年の『鬼火』以降の上諏訪闘病中に書かれた短編を集める際、
当時の横溝正史の心境を語られているものとして解説の中に引用されています。
(原文 昭和11年12月 春秋社 刊「薔薇と鬱金香」収録「解題」より)

なるほど、前出した作品の中で、

『蝋人』(昭和11年4月 「新青年」初出)
『舌』(昭和11年7月 「新青年」初出)
『猫と蝋人形』(昭和11年8月 「キング」初出)

は、この『遣瀬ない時期』とされた時期の作品ですし、

『飾り窓の中の恋人』(大正15年7月 「サンデー毎日」初出)

は、『面影双紙』以前の『証拠』の部分かもしれません。

また、

『女王蜂』(昭和26年6月〜27年5月 「キング」初出)
は、兎も角として、

『幽霊男』(昭和29年1月〜10月 「講談倶楽部」初出)
『吸血蛾』(昭和30年1月〜12月 「講談倶楽部」初出)
『蝋美人』(昭和31年7月 「講談倶楽部」初出)
『悪魔の寵児』(昭和33年7月〜34年7月 「面 白倶楽部」初出)


といった作品における『蝋人形』は、
時代の変貌のなかで近代化を余儀なくされつつある「探偵小説」の中にあって
こだわり生き続ける横溝作品の根底に流れる浪漫主義的『趣味』なのでしょう。


これが、『蝋』の文字をはずした『人形趣味』となると、
横溝正史的というよりは、どちらかというと江戸川乱歩的に聞こえるし、
事実、いくつかの乱歩研究書には実際『人形趣味』という言葉も見受けることができます。
もっとも、乱歩作品にどれだけ『人形』もしくは『蝋人形』が登場しているのかまでは私は詳しくないので、
これ以上のことを云々言えないのですが。


 

と言ったようなわけで、 長い前置きはこれくらいにして、

 

 

「えェ〜、何、ここまで読ませておいて、まだ前置きなの?」
と思いつつも、「仕方ないなぁ、ここまで読んじまったんだから、お終いまで付き合ってやるか」
とおっしゃって下さる律儀なお方は


進む


「もう、うんざり。いいや。」とおっしゃられる賢明なお方は

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