日目-2003.7.14
 

 泥のような眠りから覚め、温泉で顔を洗い、小雨そぼふる温泉郷内を一廻り歩いて散歩して戻ってきてからまた温泉に浸かると、チェックアウトには頃合の午前8時。
 素泊まりということもあって、意外な程の低料金で済んでしまった。
 貧乏旅行にはありがたい。

 宿を出て、朝食を取ろうとプラプラと鳴子温泉まで出る途中で、朝早くから土地の産物を売っているお店(お土産屋とはちょっと言い難いような店なので)を見かけ、立ち寄ってみる。
 土間の広く取られた店内には山でとれたキノコや土地でつくった味噌などに混じって、温泉郷内にあるブルワリ−産の地ビールやら、地酒なども売っていて、ラベルの鬼首の文字に惹かれるままに思わず購入。ついさっきまで、安い宿泊料金をありがたがっていた人間がこんなことをするのだから、呆れたものである。っていうか、なんで、こう旅先でアルコール飲料ばっか買っちゃうんだろ。それも朝に限って…。
 鳴子温泉郷(鬼首温泉の情報も有り)で朝食をとりつつ、 この日の行動をザッと検討する。と、いってもどこで寄り道するかだけの検討にすぎない。
 早々に鳴子を出て、国道47号線を東北自動車道に向かう。
 雨は相変わらず細かく降っていたものの、週明けのこの時間だというのに、車の流れも順調で、首都圏での同じ時間での交通 量を考えると、思わず地方での生活に憧れてしまったりしている自分に気付く。たぶん実際にはあり得ないだろうが…。
 「あ・ら・伊達な道の駅」などという名前の道の駅(公的なドライブインのようなもの)があったので立ち寄ってみるが、この名前のセンスはどう考えたらいいのだろう?

 道の駅で休憩をとりながら、ふと思えば、この二日間、なんのトラブルもなかったし、いやぁ、楽しかった、楽しかった。これなら過去二度続いていた東北方面 への車での旅行にはトラブルが付き物といったジンクスともこれでおさらばかな…。と、東北自動車道に乗ったのもつかの間。
 好事魔多し。

 <ここであったことを文章にしようとすると、あまりにも汚い言葉の羅列になりそうなので、自粛します。>

 それまでの楽しい気持ちから一転、打ちのめされたような気分になりつつも、なんとか東北自動車道を南下し、郡山でさっさと降りる。
 郡山市内で昼食を取り、駅前の古本屋を廻る。収穫こそなかったものの、ここの古本屋の支店が別にもあり、こちらの方が古い本は置いてあるとの話しに飛びつくように、店を後にする。車で15分程のところにある店には、確かに古い本も多かったのだが、残念ながら、私の探し求めている雑誌関係はまだ未整理で倉庫に置いてあるままとのことであった。
 …その倉庫を漁らせて欲しいんですが。の言葉を言えぬまま、棚に何冊か並んでいた横溝正史の著書を購入。普段なら、おそらく購入することなどなかっただろうが、前日のオフ参加者たちの古本に挑み掛かるような姿勢に心打たれての衝動買いみたいなものである。オークションやネット販売などでの見られる値段よりも比較的安かったこともある。ネットの古書店での目録などには、店頭に並べてある商品まで掲載していない店も多いので、こうして地方の古書店を廻っていると、時折面白い出会いがあったり、また、お店の方からも「あれ、そんなに遠くからわざわざ…」と、ちょっとだけオマケしてもらえたり、楽しい話なども聞かせてもらえることもある。だから、少し時間と懐具合に余裕がある時には、ちょっと車を出してみようかという気になるんだけどね。
 雨もいつしか上がり、ちょっと珍しい本との出合いを祝っていてくれているような気持ちにさせられる。
 店を出て、次の寄り道先を考える。郡山から改めて東北自動車道に乗っても良かったのだが、先程のことが身に染みてしまい、数時間前の憤りこそ落ち着いていたものの、もう東北自動車道をひた走るといった気分でもなかったので、そのまま狭い国道118号線を茨城県水戸方面へ向かって土浦へ行くことにする。土浦には、以前、やはりちょっと気になる横溝正史著書を目にした古書店がある。
 さすがに首都圏の環状線や、何々街道といった名称のあるような道路ではない(と思うのだが、確認はしていない)ので、交通量は少なく、地元ナンバーの車以外を見かけることもほとんど無く、ゆるゆるとドライブを楽しむ。
 山あいのちょっと古めかしい建物などの残る町などを通り過ぎる時、つい「う〜む。このあたりに古本屋とかあったら、或いはマニアの手付かずのままお宝が眠っていたりとかしてたりしないかなぁ…」などという妄想が脳裏を過る。さすがに、そういったことまで調べてみようかという余裕もなく、ちょっと後髪引かれる思いにはなりつつも、そのまま通り過ぎてしまうだけなのではあるが…。
 途中、袋田というところで、道路沿いに「おとり鮎」の幟を見かけ、そう言えば今年はまだ鮎を食べていないな…と、途中休憩。店先で炭火で串にさして焼いている塩焼きの鮎をそのまま立ち食いでオヤツ代り。やはり、渓流沿いの店での捕れたてのモノ(だと思う)は上手い。あぁ、これで、ビールでも飲めたなら…。
 誘惑を振り切るように、店を辞去し、ふたたび走り出す。
 「常磐自動車道」の案内標識が見え始めた頃には、すでに時間は5時にならんとしている。さすがにゆったりとドライプを楽しみ過ぎたかな?と、このまま一般道路を走っていては土浦に到着しても古書店がやっているか心配になってきたので、那珂I.Cから常磐自動車道へ。6時まだにはまだだいぶ余裕を残した時間には
土浦へ到着。
 さっそく、前にお邪魔した店に車を向けるが、………。なんで?…店の前には「本日は閉店しました」の札が。…そんなに早く店閉めちゃうの?…それとも、今日は定休日だった?
 呆気にとられながら立ち尽くしていても店を開けてくれる人がいるわけでもないので、そそくさと次の店へ。
 こちらは、まだ開店していてくれた。しかし、ふと目の端にとまったのは、入り口に書かれた営業時間6時までの文字。う〜む。間一髪であったか。大急ぎで店内を徘徊し、ちょっと気になる本を本棚から取り出し、会計へ。代金支払いながら、先に立ち寄った店のことをそれとなく訊ねてみると、閉店時間はこちらの店と同じだが、たまに早く店しまいしてしまわれることがあるとか…。
 なるほど、そうなんですか…と頷きつつ、お釣を受け取ろうとした瞬間、私の目に飛び込んで来たのは、文字通り「宝石」の山。
 仕入れたばかりらしい十数冊の「宝石」、それも昭和二十年代後半から三十年代最初の頃のモノばかり。なによりも、その背にある文字には、見覚えがある「捕物集」の文字まで見える。お店番をしながら奥さんが一冊一冊丁寧にパラ掛けをされていた途中のモノである。
 「あ、あの〜。その『宝石』って、まだ売っていただける状態じゃないんですか?」
  と、恐る恐る訊ねてみる。見せることは構わないが、値段は東京へ行っているご主人がお戻りにならないとわからないとの御返事。
  「明日なら、値段もハッキリできるんですけどね」とのお言葉に、即「いえ、川崎から来てるもんで、明日っつーわけにはいかんのですよ」と、さりげなく遠方より来ていることをアピールすることは忘れない。取り敢えず見せてもらうと、状態は結構良い。さてどうする?…。日を改めて出直すか、それとも…。
 「6時過ぎくらいには戻ってくるようなことは言ってましたから、もうそろそろ帰って来るとは思いますけど…」
 私の様子を見兼ねたように奥さんが声をかけてくれる。
 「あ、でも…6時じゃ、お店、閉める時間ですよね…。御迷惑では…。…あ、そうですか、少しくらいなら構わない。ありがとうございます。それじゃ、店でうろうろしていても御迷惑でしょうから、6時になったら出直してきます」
 断わっておくが、日頃からこれほど大胆に振舞っている男だと思われるとちょっと心外かもしれない。この時の心境なり、行動は、やはり盛岡での古書店廻りが後を引いているだけのことなのである。
 6時まで駅前をちょっと歩いてくると断わって、取り敢えず購入したい何冊かをピックアップしておいてから店を一度出るが、やはり、あまり御迷惑をお掛けするわけにもいかないだろうと、車の中で、テレビの刑事モノにありがちな張り込み風に待機。
 しばらくすると、一台のヴァンが店の前に停まったので、ご主人のお帰りだと、車を飛び出し、店の中で奥さんがご主人に話をされているところへ「御無理をお願いしてしまって恐縮なのですが…」とすごすごと再度お邪魔する。
 ご主人も良い方で、かなり失礼なお願いだったにも関わらず、「いいよ、…そうだね、一冊○○○○(値段、特に秘す)位だね」と、あっさりと交渉成立。値段もまぁ、特別安いわけでもないが、無難なところである。それでは…と支払いをしようと一枚のお札を出したところ、奥さん、ご主人の「一冊」という言葉を聞きそこなっていて、全部でいくらだと勘違いされたらしく、釣を受け取ろうとしたこちらが驚いてしまった額をくれようとした。
 このまま黙ってお釣をうけとるべきか数秒の葛藤。
 「あの、一冊の値段が○○○○円ですよね…」
 良心の勝ち。
 「え?」と驚く奥さんの後ろから、ご主人が「違うって…」と、あわててフォローする。
 「ごめんなさい、値段なんてわからなくて…」
 と、苦笑いの奥さんから釣り銭を改めて受け取る。
 何故この店でのエピソードだけこうまで細かく書くのかというと、特別素晴らしい話でも何でもないことはわかっているのだが、この受け取った釣を手にした瞬間、差額でいったいどれだけの横溝本が買えただろうかと考えている自分に気付き、そういった自らの卑屈さを反省せねばと考えているからだと思ってもらって差し支えない。
 土浦を後にし、再び常磐自動車道へ乗れば、あとは首都高速へそのまま乗り継ぎ、東京を抜け、帰るだけである。…はずだった。
 渋滞もなく、順調に車を走らせ、東京に入ると、まるで東京へ戻って来たのを待ち受けていたかのように突然携帯が鳴り出す。
 
何、それ。…画面に表示されている着信番号を見ると会社からの電話らしい。
 えぇい。休日だろ。…誰が出てやるものか。…第一、高速を走っている最中なんだぞ。こっちは。
 電話を無視し、走り続けるが、どうせ、会社用に買って来た土産を明日わざわざ持っていくのなら、帰る途中に立ち寄って、土産置いて来ちゃったほうが、明日の朝が楽かな…。と思うようになり、首都高速を途中で降り、会社へ。
 このあと会社で2時間も仕事をさせられるハメになるとは、神ならぬ身では知る由もなかったということは言うまでも無い。

 帰宅後、旅装をとくのもそこそこに、今回も若干ミソはついてしまったものの、それなりに楽しい旅行をおくれたと、鬼首で買って来た生ぬるいままの地ビールで生還の無事を祝いつつ、いつかまた車での東北方面旅行へのリヴェンジを誓ったのであった。

     


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