ヤン・ムカジョフスキー著『詩論』より

カレル・チャペック散文文学の意味構造と筋構成
VYZNAMOVA VYSTAVBA A KOMPOZI?NI OSUNOVA EPIKY KARLA ?APKA

 前の論文で私たちはチャペック散文の音韻的側面について検討した。しかし、同時に、私たちには、この側面がのみが私たちの分析の究極的関心でないことも指摘した。したがって、実は、その時点ですでに問題になっていた点、そして、いま、この論文において問題になる点は、すなわち「作者が作品の諸構成要素を有意的な統一体につなぎ合わせる手段としての、内容的には非特殊化された身振り(ゲスト)の再構成」について注意を向けることである。つまり、それによって作品が生まれ、読書によって読者の中にふたたび呼び起こされるところの意味創造の過程である。

 同様の方法を私たちはすでに、論文『マーハの詩における意味の遺伝学』Torzo a tajemstvi Machova dila,Praha 1938、本書では518-580頁)のなかでマーハ作品の意味構造を分析する際に採用した。一人に詩人の作品の、集中的研究のために再度、ここで、かつて私たちが用いた方法を用いることにする。その際、単に、詩人の芸術作品に備わったものを把握するだけでなく、作品という媒体を通して、詩人が日々の生活の現実に、人間の姿勢に与えた影響を把握することも重要である。この研究の究極的目的は――芸術の芸術たる所以は何かという問題から出発して――彼の認識論的領域にまでいたるチェコの芸術的散文文学の歴史ということになろう。多大、広大な発展領域をその方法で支配し得たらである。
〔訳注・チェコでは文学もまた芸術ジャンルの中に包含される〕

 チャペックのイントネーションにかんする論文の結論から出発しよう。私たちはチャペックの抑揚(イントネーション)がその起源を負うところ大なる抒情詩の抑揚にならい、自由に発展し、反復と対照を伴って作用することを確認した。もっとはっきりと性格を特徴づけるために、次のことを言っておく必要がある。
つまりこのイントネーションは、抒情詩のイントネーションについて言うなら、ヴルフリツキーやチェフの抒情詩が目指すように前方へ、文末へは進まない。ヴルフリツキーやチェフはそれにたいし、詩人たち自ら嵐のような詩節の交響的韻律の流れ」 と述べており、とくにヴルフリツキーの場合、その結果「抒情が情景を追いかけ、渦巻きながら、ほとんど荒々しい。その結果すべて渾然となる」

 チャペックの場合、抑揚の区切りは、むしろ等位的に順次つなげられ、相互に比較でき、段階付けもなしに経過して行く文句として鎖につないだように配列される傾向がある――まさにここから、イントネーションの芸術的使用の方法(メソッド)としての繰り返しと対称とが出てくる。
 意味的側面でチャペックの散文のこのようなイントネーションの性格に対応するのは、抒情詩の様式(スロフ)のいまだ直線的痕跡をとどめる、とくに初期の作品のなかに認められるような、同じ文章要素、ないしは、同一文章パターンの数度にわたる反復である。
『悲しい話』Trapne povidky からいくつかの例を引いてみよう。

 しかし、夜、天井の高い寒々とした駅のホールで到着の遅れた列車を待っていると、漠然としたもの悲しい気分が襲ってきた。周囲にみなぎる不潔と貧困のもの悲しさ、到着した人々の、むなしく待つ人の落胆。(『銭』Penize)

 この文章では、主文の主語はコロンのあとに修飾的関係代名詞句をもった名詞の三重の連結によって説明されている。

 肥満して、強欲で、単純な夫のそばで彼女の人生の情景が次々と彼の前に描きだされた。彼は女中の前で妻を殴り、寝室では辱め、何の役にも立たない、絶え間ない口論でうんざりさせたし、妻の持参金を馬鹿げたことで使いはたし、家に小銭をためこみ、くだらない心気症をわずらっている……(『銭』)

 この文章の内容はまったく抒情的とは言いがたいが、きわめて意図的に配列されている。「夫」という言葉にたいする三個の形容詞。次に関係代名詞 "ktery
" の繰り返しによって、三個ずつ二つの群に分けられた修飾関係節。
 これらすべての図式性にもかかわらず、文章構造はその意味的柔軟さを失っていない。
たとえば、

 それからふたたび嘆きの奔流が流れた。いまは、もう、いっそうとりとめもなく、いつ果てるともなく静かに、細かな話が繰り返される。事件は離ればなれになる。ふいにルージェナは口をつぐむ。そして、たずねる。
「どうしたの、イジー、具合でも悪いの?」(『銭』)

 文章の内容は意味的なディクレッセンド(下降)を要求する。事実、文章は階段を下りるように三個の形容的補語によって下降する。そのあと二個ずつに分かれた四個の主要な並列的文章でさらに下降する。
 後の作品で叙情的様式は会話鯛の使用によって、また、対話的性格を持たせることで、すでにカモフラージュされている――そのことは、前の研究ですでに触れた――が、文章構成における意図的なものの痕跡はそこでも、はっきり見出せる。たとえば

 私は彼がどんな人たちよりも強いと思った。それがわかるのは安タバコとビールと汗だったし、彼の頑丈な体つきが私を満たす何とも言えぬ快感は、安心感と、信頼感と、力から来るものだった。(『平凡な人生』W)

 並列的複文に結合された二個の主文では、この場合、おのおのの文末に三個の名詞が付加されている。
 チャペックの散文に典型的なのは、いつも複合的主文(独立文)を使う傾向だ。とくに、すごいスピードで進行する事件を描写するとき、たくさんの言葉を密集させる。

 ふいにアダムは体中をゆすりながら、大急ぎで家へ駆けていった。そして、すぐに、また外へ出た。走りながら上着を着る。そして遠ざかる。門の扉を閉めもしなかった。タター、ダダー。下の道路を救急車が走る。その後ろからもう一台。スタンダの身中で興奮した声が叫んだ。何かが起こったのだ。ここでも、あそこでも、坑夫たちが家から飛び出してくる。腰のベルトを締めながら、自転車に飛び乗り、そして風を切って、向こうの、下のほうへ走らせる。たぶん、クリスチナ坑のほうだ。(『第一救助隊』X)

 私たちが従属文を期待する場所で主文と出会うこともある。

 その小柄な太った姿は駅長だ、彼はちょうどいま駅から出てきたところ、そして、このミニアチュアのような線路のそばに立っている。(『平凡な人生』]T])

「駅長」という言葉のあとには誰もが関係形容詞節(jen?)を期待するだろうが、もちろん主文が来ることだってありうる。しかし終止符ないしはセミコロンがあって然るべきで、決してコンマではあるまい。詩人〔著者、チャペック〕によってよって選ばれた書法は、いま、示した二番目のものとは異なり、両文章の内的な、意味的相互関係を保っている。しかし関係詞を用いた第一の可能性と異なり、両文を独立文とすることによって、並列された独立文の構造的距離を圧縮している。

 独立文の集合的使用の手法はテンポの変化(短文と長文の交替)とひとつの意味水準urove? から、他の意味水準への移行を許す点で芸術的有利さをもっている。たとえば外的世界の描写から、行為者の思索へ(この例は『ホルドバル』の中に多数見ることができる)。この二つの彼特有の様式的手法をチャペックはふんだんに用いている。

 しかしながら、チャペックの内面的意味構造もまた、チャペック(文章) に特有のものがある。それは文章構造の変化、意味水準の移行、中断、そのほかに、絶えることのない身構え、常に準備しているという文章法である。いくつかの例を挙げよう。

 このすごい報酬にもかかわらず二人(の黒人)が死んでしまった。一人は毒蛇に噛まれ、もう一人は、畜生め、引きつけをおこして体がねじ曲がり、そのあげく口の辺りに黄色い泡を吹いてくたばりあがった。(『流星』]]]V)

「一人は蛇に噛まれ」ときた文章のあとには、その続きとして「二人目はひきつけにやられ」という文章か、それに似た内容の文章を期待する。ところが、そうなる代わりに、構文の常識をかわすかのように、前の文章からの統語法的配列に何の配慮もなく「引きつけが彼を襲った」という無省略の完全文が来る。

 いまはその手は七面鳥の足の指のように皺々で乾いている。しかし、いままでにその手には思い出が書かれている――何の、いったい? 復讐に燃える子供の憎しみのか、それとも熱烈な友情のか?(『平凡な生活』W)

 叙事的文章は、ここではふいに疑問にいたる。しかも二十の疑問に。その他の例では、

 ある日、線路に沿って出かける。そして行く、どこかまでいく、そこでは岩が砕かれている。腰のまわりははだか、ハンカチで頭の上、で、つるはしで石を割る。寝るのは不潔な小屋、その臭いはまるで犬小屋。デブの炊事女、彼女の乳房は腹の辺りまで垂れ下がっている。下着だけの自堕落女たち、娘はしらみにたかられ、そして犬のようにかぶりついている。あっちではドアに錠を下ろす、叫ぶな、小さいの、口を閉じろ、さもないと、おれはお前を殺すぞ!(『平凡な人生』]][)

 私たちの前には密集した文章の塊がある。この塊は二つのセミコロンで分断されているが、同格並列の複合文と理解することができる。なぜならセミコロンは、この場合、コンマ以上に大きな構文上の拘束力をもっていないからである。
このように直ぐに最初のセミコロンは先行の文章(…そして行く……)から、文章体("腰のまわりは裸")を区切ってはいるが、完結した構文全体の間での、実際の境目の役割をもっていない。この複合文では、いくつかの文章は不定法の述語をもち、次のいくつかは主語文、そして再び不定詞述語文、そして最後の三つの文章は、限定された同志を持っている。――このすべては同格並列と断定できる。次の例でも同様である。

 すると下では、もう小さな線路を敷設していた。そして石や土をトロッコで運び出している。一人がトロッコに飛び乗り、するとひとりでに線路の上を走っていく。おれもやってみたいな、そして頭にあんな赤いハンカチのターバンをかむる。そして板小屋に住む、それをマルチな句さんがおれに作ってくれるだろう。(『平凡な人生』X)

 セミコロンのあとに正規の認証限定された動詞をもった三つの文章が続く。そのあと、不定詞述語をもった文章。ピリオッドのあとにふたたび不定詞述語の文章が来て、人称限定動詞をもった同格並列の文章と結合されている。不定詞述語をもった二つの文章は、したがって、第二の複合文の終わりと第二複合文の頭の位置を占め、二個の同格並列複合文の境目で一体となった複文を作っている。したがって比喩的に言うならば、一種の語中音消失を形成しているといえる。
 チャペックの文章は別のところでも、この手法への傾向を示している。たとえば『北欧旅行』Cesta na sever, Na druhe sstran? Oresundu のなかでも、複合文がパラグラフの境界を飛び越えている場所を見出すことができる。

……緑の山の斜面一帯に茶色の梁の小さな家が散在している。家は魔法使いのヤガ婆さんの館のようだ――それから、ふいに、クレーデレンが現れる。黄色の円屋根の間にクロデレン湖、円屋根の上には葉の茂った森のウェーヴェのかかった桂が載っている。

 これらの構文的現象のすべてをどのように説明すべきか、そのような傾向が現れているとしたら? 独立文の並列は明らかに従属文、主文の支配関係を排除し、すべての文章を一律に前面に押し出す。
 文章の構文的構造の不安定さは、したがって、意味的な転換や変化を容易にする。要するにこの両方は次の意味にまとめられるだろう。つまりチャペックの文体においては、同一水準にもってこられた意味は、文体の中で非常に容易に揺れ動く。そのとき常識的な構文の区切りは取り除かれる。

 これに関連して、次のことも認められる。すなわち、チャペックは列記する際、きわめて多様な意味領域の問題を混ぜあわせるのが好きである。それらを順番に鎖のようにつなげるのだ。

 それは黄金の土地だ。そこでははなと香が混ざり合う。人間の表情と取引の代理人(仲介人)、巨大な蛇、輸出と労働力、蝶々の青い輝きと農産物国際会議。(『流星』
]]Z)

 ……さらにそこにはす(スウェーデンの森)、枝角をつけあごひげを生やした大鼻の大鹿が走り回っている。そんなところだから、狼や赤頭巾や、一角獣、その他の野獣が飛び出してこなかったら、私はもっと不思議に思うだろう。(『北国紀行』エルスンドゥの対岸で)

 本来の意味から比ゆ的な意味への同様にチャペックはやすやすと移行できることも指摘しておこう。

 で、ホルドバルは牝牛たちのほうへ身を避ける、リスカは彼のほうへ顔を向ける、鎖が鳴るほど、何です、旦那さん、何でそんなに荒い息をしているんです? えーい、リスカ、何を知っている、何を知っている――でも、それは思い、鎖よりもおもい。あの上で、私は鎖を鳴らしたい、お前と私は――あそこに、どんな場所がある、神さんだって、あそこには出てござる。しかし人間たちのあいだでは親密だ、二人か――三人、りすか、で、人間のあいだはそんなに密接なんだ! どうだ、あの人々の鎖の騒々しい音が聞こえないのか?

 名詞「鎖」はこの作品のこの部分では三回使われている。最初は本来の意味で、二度目は比較として、三回目は、もう、ここでは完全に比ゆ的に用いられている。本来の意味から比喩への移行は、このようにまったく滑らかで不自然さがない。次の例でも同様である。

 私はどちらが野蛮なのかを見たいのだ。黒人たちがひざまずく「緑の蛇」か、私たちがひざまずく「経済法則」か。その両方が一緒になると、オオトカゲが卵を抱える森よりも、もっと空想的な原始林であるということが、私にはわかる。ジャガイモ畑の陰でえさをついばむ黒い羽の家禽が市場で売れるかどうか、また、ご機嫌ななめな最高位の「蛇」の怒りをなだめるために頭を食いちぎられるかどうかは問題だ。私なら「緑蛇」がソファーの上でとぐろを巻き、電話に向かって頬笑みながら、商売の交渉をしている様子を見てみたい。
 なんだと、アムステルダムの株取引が商い薄だと? そうか、じゃあ、リ−ワード群島の農園は閉鎖だ。「緑蛇」は腹を立て、世界の海を尻尾でかき回す。(『流星』]]Z)

 ここでは二つの意味が対立させられている。すなわち、黒人たちが崇拝する「緑蛇」と「経済法則」である。この結合の結果は次のようになる。両方の意味は徐々に、相互に浸透し合い(「緑蛇」はソファーの上にとぐろを巻き、商売の交渉をしている)。そして最後には、異教的信仰の名称は「経済法則」となる(「緑蛇」は世界中の海で尻尾をかき回す)。さらに、もうひとつの例を挙げよう。

 「暑いな」(マルチネクは)微笑みながらスタンダに話しかけた。まるで午後の太陽が焼けつくように照り付ける野道を一緒に行くのが見えた。両側から高いライ麦がかわいた、そしてパンの香を放っている。しかし、あそこなら、せめてそよ風でも頬に感じられただろうに、それなのにここは――こんな微動だにしない重さだ。(『第一救助隊』Z)

 基本的状況は、ここでは次のようなものだ。坑夫たちが順に並んで、壊れた暑い坑道を進んでいる。詩人〔著者〕はこの暑さから連想を成長させる。夏の暑い最中、野道を行く情景である。情景は基本状況との並行性を保ちながら発展する。細い野道と狭い坑道。その両方とも、通るときは一列に並んで歩かなければならない。次に情景はふたたび基本状況に融合する。出発点と土曜に、ふたたび暑さの叙述に戻る。

 ひとつの意味的平面から、もうひとつのほうへの、このさり気ない移行の上にチャペックの場合には、きわめて頻繁に "merveilleux"〔仏・同義語という意〕の奇跡が築かれている。つまり叙事詩の詩学がしばしば評価してきたところの叙事詩法の古来の要素である。チャペックの「奇跡」を生じせしめる手法の見事な例は『ホルドバル』の第二十三章に見られる。そこでは要するに、病気の、死が間近に迫った友人ミーシャ牧師をホルドバルが見舞うところが描かれている。章の始めですぐ、読者は「霧がまだ立ち込めていて、山が見えない」ことを知らされる。ホルドバルが山を登っていく様子の描写のときに霧についての新しい言及がある。

 霧はわきあがり、森を覆うようにただよい、流れる……それは霧ではない。雲なのだ。ここではもう霧が水にのまれるような、そんな感覚を覚えるはずだ。頭に気をつけろ、頭を雲にぶっつけないように。あ、今度は頂上を越えてあふれた。そしたら、もう、お前さんはその中だ。三歩先は見えない。ただ、足を踏みつけるだけ、厚い霧に押し包まれる。どこがどこかもわからない。

 ミーシャの家への到着は次のように描かれる。

 霧の中から人影がぬっと現れる。「ミーシャ、いるのかい?」しわがれ声が呼びかける。

 濃いい霧、ないしは、むしろ一歩先も見えない雲に山が覆われていることを意識しながら、その前提のもとに、われわれ読者は訪問そのものを読んでいるのである。ホルドバルは自分の心痛について打ち明け、ついには詩の壮年の中に沈潜する。

「じゃあ、最後の時になったら、どうなる……ただの終わりか? そんなら人間は自分で締めくくりをつけることができるのか?』 
「そんな必要はないさ」ミーシャはゆっくりした口調で言う。「そんなことをしてなんになる? そうでなくたって、あんたは死ぬときは死ぬんじゃ」
「じゃ――すぐにか?」
「それが知りたいのなら言ってあげよう――すぐにだ」
 ミーシャは立ち上がり、牧師館の外へ出て行く。「今は寝るがいい」
 ドアのところで振り返り、消えていく――まったく、雲の中に消えるように。

 ミーシャの退場は非常に自然な現象である。ドアを開け、霧の中に入っていく。しかし「霧」または「〔暗い〕雲(ムラク)」という代わりに「(〔白い〕雲(オブラク)」と言っている。その上、白雲(オブラク)の意味はミーシャが実際は霧の中に消えたのにもかかわらず比較として用いられている。
 これらの二つの手段によって得られるものは何だろう? 白雲(オブラク)という言葉は、確かに暗雲(ムラク)という言葉と同義語である。昇天とか天国に上るという表現について私たちは、キリスト、または、聖母マリアは「白雲(オブラク)」の上に立つと言うが、けっして「暗雲(ムラク)」の上に立つとは言わない。超地上的なものの意味的ニュアンスは、私たちの場合で言えば、言葉が直喩として用いられるときに生き生きとしてくる。そしてミーシャ牧師の退場は、経験的に完全に理解できるとしても、超自然的ニュアンスを付加する。
 しかし、私たちはまだ終わりではない。引用した場面の直ぐあとで、ユライ・ホルドバルはミーシャのもとを去る。その場合は次のように描出されている。

 ホルドバルは立ち上がろうとした。ありがたいことに、もう、気分はずっといい。ただ頭がなんとなくくらくらする。そして体が、何か妙な具合に、ぼろ布か何かみたいに力が入らない。
 ユライ(ホルドバル)はよろめくように外の霧の中に出た。見えない、家畜につけた鈴の音が聞こえるだけだ。何千頭かの牛が雲の中で草を食んでいる、そして鈴を鳴らしている。ユライは行く。行く。実は、どこへだかは自分でもわからない。家へ戻らなければならないのはたしかだ。自分ではそう思っている。だから、行かなければならない。ただし、登っているのか、下っているのかわからない。たぶん、下っているのだろう。なぜなら苦労しながら歩いている、そして重い息を吐いている。どっちにしろ同じことだ、家につきさえすれば。そしてユライ・ホルドバルは雲の中に吸い込まれていった。

 ここで、実は、霧の中へ人間が消えていく場面が繰り返されている。しかし、今度の場合は、すでに奇跡のようにと言ってもいい。この場面は先行するすべてのもので準備されている。さらに、ホルドバルの体について述べることによってもまた準備されている。つまり「体はこんな奇妙な具合に、まるでただのぼろ布でできたもののように、力が入らない」と。
 これらの言葉は単にホルドバルの主観的な気持ちを述べたに過ぎないにもかかわらず、そこから派生的な意味的ニュアンスが発生している。とくにホルドバルの体でさえ、と。これらの言葉は単にホルドバルの主観的気持ちをのべたにすぎないにもかかわらず、そこから派生的意味的ニュアンスが発生している。とくにホルドバルの体でさえ、それを飲み込むことになる霧に類比されているかのような状況のコンテクストと結びついた意味的ニュアンスである。さらに「登っているのか、降っているのかもわからない」という叙述が来る。これもまたホルドバルの主観的、感覚的不安定さの描写に過ぎない。
 しかしこの描写からも彼の進む方向の客観的不果実さの付加的かつ意味的ニュアンスが発生している。「そしてユライ・ホルドバルは雲の中に吸い込まれていった」という文章に到着すると、奇跡的な昇天のイメージが瞬く。

 同様の手法で、まったく自然な状況の意味的変化によって、チャペックにおいては、非常にしばしば奇跡が起こる。たとえば『クラカチット』において。ここでは最初は「デーモン」 という名で登場し、後には「ダイモン」と呼ばれる人物だ。両方の言葉の綴りで「悪魔(デーモン)」という言葉を思い起こさせるこの名前からして、すでにこの人物の特殊な性格を示している。プロコプがバルチン城の幽閉常態から逃れて、人里はなれた場所でデーモンと出会ったとき、デーモンの風貌は次のように描かれている。

 向こうのほうから一台の自動車が飛ぶような速さ追ってきて、橋の上でスピードを落として止まった。車の中から羊の毛皮を着た紳士が降りてきて、プロコプを目指してやってきた。
「どうしてこんなところに?」
 それはデーモン氏だった。韃靼(ダッタン)人の目には風防メガネをかけ、まるで巨大な毛虫に見える。(『クラカチット』第四十六章)

 そのあとにデーモンの自動車の疾走が描かれる。プロコプはその車に乗っている。描写の中に次のような箇所がある。

 ……車は風を切って走りながら、背後に火の塊を吐き出し、上る、すべる、らせん状に上へ上へと登って行く、何かに乗り上げ、どんと落ちる。ストップ! 真っ暗闇のなかで止まった。うむ、そこに家がある。デーモンはぶつぶつ言いながら車を降り、家のドアをたたく。そして家の人と話を交わす。しばらくして、水の入ったバケツをもって戻ってきて、シューシューと湯気を発しているラジェーターに水を注ぐ。鋭いヘッドライトの明かりに照らし出された毛皮を着た姿は、まるでおとぎ話の悪魔のようだ。(第四十六章)

 ここは超馬力の自動車に乗って猛スピードで走るドライブの描写以外の何者でもない。それにもかかわらず、このような描写をもつ上記の引用を要約すると、すでにデーモンという人物の上に、次のような特徴が積み重ねられている。すなわち、羊の毛皮、奇妙な(ダッタン人のような)形をした目、火花を発射しながら走る車の疾走――そして、デーモンと童話のなかの悪魔との比較。
 やがて、プロコプとデーモンは何かの会議の場に行こうとしている。「たった今から、私はあなたにとって、単なる……同志デーモンになるでしょう」。この遊びはその名前とともに人間の神秘性をいっそう高めることができる。やがてダイモンはプロコプに秘密の放送局を見せる。そして世界の支配のための手段としてそれを使用するよう薦め、自分自身について語る。

「私は年寄りで、経験も豊か、しかも大富豪です。何かが起こること。それが人間の決定した方向へまっしぐらに突き進んで行くこと、それ以外にほしいものは、何もありません。私の老いた心は、あなたがそれを実行されることを楽しむでしょう」(同上)
 
 そのあとプロコプは「疑心に満ちて」ダイモンに手を貸してくれるようにと頼む。

「だめです。私はあなたを焼き殺すかもしれませんよ」デーモンは微笑んだ。「私にはね、昔からの、太古以来の熱があるのです。何を言おうとしたんだっけ? そうだ、唯一の可能な力は暴力です」==(同上)第47章

 ここで語られることは、すべて、ごく自然な会話のように聞こえる。だが、どうしてダイモンは「人間」について自分とは無関係なもののように語るのだろう? それに「太古以来の熱」とはいったい何の意味だ? プロコプはなぜ「疑念に満たされて」いるのだろう? もちろん、すべてのことはもちろんすべてのことは説明できるはずだ。しかもごく自然に、つまり、熱などという発言は冗談だというように。しかし上に引用した前文からの関係で見ると、ダイモンの悪魔性は次のような特徴に要約される。
 したがって、ダイモンとプロコプとの対話は続く。会話の舞台は山の頂上に設置された送信所である。ダイモンの言葉のなかには次のような言葉も現われる。

 あなたは全世界を自分の実験室と考えうる地球上、初の人物です。これは山頂での最大の誘惑です。私はあなたの下にあるもの、力の歓喜と享楽にためするものすべてを、あなたに提供しようとは思いません。しかしあなたが自分で獲得しようとするなら、それを作り変え、この惨めで、残酷な世界よりは、ましなものを作ろうというのであれば、渡しましょう。(同―第47章)

 ここでは明らかに聖書での山上の誘惑を思い出させる。誘惑者の役を演じるのは、もちろん悪魔である。「誘惑」という言葉が発せられたその瞬間からプロコプにたいする敬語が使われなくなるのは意味深長である。しかし、その直ぐあとで、ふたたび敬語使いにもどる――誘惑の場面は、したがって、単なる即興的会話として理解される可能性も加わってくる。ここでは、したがって、奇跡に到達する手段としての意味的二重性が『ホルドバル』の場合よりもいっそう顕著に見える。経験的因果関係の秩序にしたがって起こるもろもろの事件は因果関係から、もうひとつの意味的側面によって開放されて現われる。
 意味的二重性はチャペックの場合、別のときに、別の方法でも現われる。たとえば小さな事柄を描写しながら、同時に、何か大きな重大な問題についての相反する感情を読者の中に呼び起こすような努力がされる。自然博物館の中のクリスタルを次のように記述している。

結晶の洞穴とか鉱物泥の巨大な泡地うものがある。それは鉱物の発酵であり、ふっとうであり、成長、建築、科学技術である。残念ながらゴチックの教会堂は、そのなかでももっとも複雑というわけではない。(『イギリス通信』自然歴史博物館にて)

 ゴチック様式の大聖堂の輪郭が、反対に、その小さな形の類比、クリスタルの中に投影されている。私は次に五世紀にわたる言語が絡み合うバビロンの塔を見た。それはミラノの建物だ。遠くから見ると、それはまるで硫化物アンチモンの巨大な塊を見る。アンチモンは細い針状に、あるいは巨大な大理石の朝鮮アザミのようにけっしょうする。針の一本一本、つまり、塔や小尖塔は裂いて仲を見ると彫刻でいっぱい、上にも彫刻だ。(『イタリア通信』ジェノバとミラノ)

 真面目と冗談のあいだ、滑稽と悲劇とのあいだの振動がしばしば現われるのは、それもまたチャペック流の純粋な意味的ニュアンスであり「それこそ、ファンタジーが自分の手段によって、自分の非現実の旅行によって、現実の幻想を作り出すために発見すること==」だからである。
 現実はそれ自体、悲劇的でもなければ喜劇的でもない。そのどちらにたいしても現実は深刻すぎるし、際限がない。同情と笑いはただのショックである。そのショックによって私たちは私たちの外にある事件を紹介し、評釈するのだ。どんな方法でもいいから、それらのショックを呼び出してごらんなさい。そうしたら、あなたから離れて何か現実的なmのが起こったかのような感動さえ呼び起こさせうるのです。その際、感情的衝撃が強ければ強いほど、事件はいっそう本当らしく思われてくるものだ」(『流星』]\)

 意味的二重性は、もちろん、本質的に意味的次元の段階的進行と同じである。異なるのは、ただ、時間的並行性において進行がそこで濃密化されるだけである。しかし両者の進行の方法的意味は同じである。つまりもろもろの意味単位は自由に、障害なしに相互関係を成立させる。相互の作用し、相互に浸透しあう。このすべては上に述べた構文的意味的構造の特殊な性格を可能とする。チャペックの文体(sloh) はもろもろの意味単位をできうるかぎり同一平面上に配列することであり、その際、相互に、支配・被支配の関係はない。
 この傾向のより徹底した実例は、チャペックの作品のなかで、チャペック自身の手になるものを見るかぎり、言語的表象と絵による表象とのあいだの、本文と挿絵とのあいだの相互関係である。本文と(挿)絵との最も近い関係は、よく知られているとおり、挿絵が本文に従属しているという関係である。もちろんその逆の場合、つまり文章が絵に添えられている場合である。
 チャペックはこれらの関係のどちらも許さなかった。彼の絵と文章はお互いに浸透しあっている(『イギリス通信』『スペイン紀行』『オランダの風景』『北欧旅行)。『北欧紀行』ではきわめて個性的な文章が見られる。チャペックはそこで、この言語と絵画による表象の病棟の権利を大いに楽しんでいるのである(『スンディとフィヨルド』)

 たしかに、それは言葉ではどうにもならない。言葉は愛について、あるいは野の花について語ることができる。しかし岩について語るのは難しい。どうやって山の輪郭や形体を言葉で記述できるというんです? ……たしかに、それらのものすべては目で見る、言葉で記述するということはできます。なぜって、目は神聖な機械ですし、脳の最良の部分です。目は指の先よりも敏感です。それに鼻の先端よりも鋭利です。目は何でもできます。ところがね、言葉ときたら。ところがね、言葉ときたら何の役にも立ちません。だからね、私が見たいものを言葉で表すなんてことはやめます。
 私は、私の見たものをこの凍えた指で描こうとしました。風はともかく、私は山を一つずつ描き出さねばなりません……私はどの山も描き残さないために、風上のほうのスケッチブックを凍った鼻で覆い、冷え切った手を風下に向けてこすり合わせていました。しかしできるものは決して本当のものではありません。いうならば、空気は色はデッサンではだめです。それは言葉か何かで描写するしかありません。

 すべての意味単位が同じ平面に配列されることの結果は、それら〔意味単位〕の連続は始めも終わりもない、、無際限に、中断のない連続になってしまう。チャペックのイントネーションにかんする論文ですでに見たように、チャペックの文章は中断や未完結が容易に導入される。したがって会話の中ではほかの人物に横取りされる。チャペックの散文の主題について述べるときに検討するが、内容的側面でもここで無終止性の傾向が見られるのである。チャペックがこのような「無区切り」性への傾向について、言葉の途中から文章や章を始めたり、終わったりしながら、時には意図的にも楽しんでいることの証拠を、いくつかここで見てみよう。

――スタティックで、巨大で、ともすると非現実的とも思える世界を。しかし、それは、もう、トンネルをとおり統治の世界を超えていた。そして私たちはスウェーデンにいた。(『北国紀行』「北国のツンドラ」の章の冒頭)

それは平凡ではあったが、完全な、しかも、それなりに最高の人生だった。今過去を振り返ってみると、理解されるのは過去にあったすべてのもののなかに実現されていたのは、ある種の秩序というか、法

          ]]

三週間、私はペンをとらなかった。私が机に向かってすわっちたとき、また、例の心臓発作に、まさに言葉の途中で襲われたのだ(それが法則だったか意図だったのか、今の私にはわからない)(『平凡な人生』]\)

 相互に同等の権利をもつ意味単位を切れ目なしに連結する傾向は、即物的関係、つまり、記号(ズナク)によって述べられる現実を記号(ズナク)と結びつける関係の問題である。『マーハの詩における意味の遺伝学』Genetika smyslu v Machovepoezii(本書518頁)のなかで私たちが注目したことは、文章中のいろいろな言葉が、それ自身の文法的ばかりでなく、文体的相互関係に従って、即物的関係の多様な段階をもつということ。別の言葉で言うならば、文中の言葉は直接的または間接的に一定の文脈が語る全体的現実(Tatbestand)と結び付けられているという状況である。
 たとえば修飾語ないし関係修飾文は名詞ほどには現実と直接的には結び付けられていない。したがって、しばしば、だが決して常にではない。この後直ぐに示すように、、文法的支配、被支配の関係を決定する。「村への道は畑のなかを通っていた」という文章の中で、「道」が現実に最も近い意味をもっていて、他の語は「道」を経て始めて意味をもつ。この文章のなかで何が語られているのかと誰かが聞いたとしたら、私たちはためらうことなく未知のことだと答える。だがこの文章を少し変えて、「畠」にたいする副詞的修飾を拡大させてみよう。たとえば次のように。
「村への道は広い畠の中を通っていた。畠の中央には小川が流れ、そして春になると、畠は花でいっぱいになった」。
 誰かがふたたびこの文章は何について語っているのかと問うたら道のことか畠のことか迷いが生じるかもしれない。この問題については、すべて上記のマーハの研究の中で詳細に解明されている。
 チャペックの散文について、ここで述べたような即物的観点から、次のように言うことができる。チャペックの散文は直接的即物的関係と間接的な即物的関係とのあいだの隔たりを弱めることを指向している。その際、一定の秩序の意味的単位のすべてを同じ平面に配列する。ここから主文(節)の挿入の傾向が生まれる。なぜなら従属文(副文)は常に主文を通して現実に対する即物的関係に入るからだ。そこから、また、複雑な文章法的構造をぶんかいすることによって、文章の拘束から脱出する傾向も文章の内部に生まれる。直接的即物的関係への傾向によって、チャペックの文体は時代的な、また、個人的な際があるにもかかわらず、マーハの文体に類似ている。
 この問題はまさにチャペックがマーハについての論文(マーハの音楽的流麗さ:Machovykantileny;Slovoa sloverunost 2,p.69n) のなかでマーハの『マーイ(五月)』のなかの多様な韻律(歩格)の交代について指摘し、「リズミカルな動きの、おどろくべき、音楽的に豊かな演奏であり、新党である。それは作品の結びの文章の中でもっとも完璧に組み立てられたものであり、そこでは春の詩と虚無の悲歌が対位法的に順々に計画的に交差して行く』と解明している。その意味なしに、この問題ははっきりしない。韻律の交替はマーハの場合、意味単位の相互並列化への意味論的指向の諸現象の一つである。それゆえにまた、もろもろの単一動機(モティーヴ)と動機の密集は同権的価値として相互に交替しあうのである。
 
 もちろんこのような一致点があると同時に、マーハとチャペックの詩的体系のあいだには本質的な相違もある。その相違こそが相互の親近性にもかかわらず、両者の各々の個性を明確に特徴づけるものだ。この相違はマーハの場合、即物的関係のここの直接性の意味適所単位が相互に孤立化されているのにたいし、チャペックの場合は反対にここの意味適所単位は相互に結合され、一つがもうひとつの中に入り込み、そして融合しているという点にある。
 マーハの場合は意味的単位の「境界」強調が置かれている。その意味的単位の境界を埋めるのは、埋めるのは読者の連想能力に任されている。
 一方、チャペックのばあいは意味的単位の「結合」に重点が置かれる。つまり意味的適単位をつなぎ合わせて、意味のある文章にすることである。
 まーはの、場合は構文は断片的な性格をもつが、チャペックの場合は一貫した連続の性質を持ち、切れ目がない方向を目指している。詩的現象によって示されている現実にかんするかぎり、両詩人にかんしては読者の目から隠されている。
 しかしながらマーハについては、どの意味単位それ自身も、「すべて」これらの隠された現実の潜在的詩的象徴である。そして、どの意味単位の裏にも、それゆえ、多くの、もっとも多様な結合された意味を、その単位が意味する事実と最も遠いところにある意味を押し込めている。
 それにたいしてチャペックの場合は、ここの意味単位は、ここの意味単位は意味的鎖の単なる構成要素であり、部分的暗示であり、その意味については文脈が決定する。
 マーハの場合は、ここのここの意味的単位各々と作品が語る現実とのあいだの緊張が重要なのだが、チャペックでは意味的単位相互関係の緊張が重要である。「マーハにとってはいかなる物事も、それ自体が秘密の直接的な意味であり、その秘密は、それゆえ、直接手でされるほど彼には恐ろしいものである」(みかんと神秘としてのK.H.マーハは作品(未完と秘密としてのK.H.マーハの作品;Dilo K.H.Macha jako torzo a tajemstvi)。

 チャペックの場合は秘密の文脈の背後に背後に隠れている。文脈が終わり、しっかりと結合されて始めて、その文章を完全に理解できる。「シーザーの生涯はシーザーが生まれたことによって始まり、産声を上げるしわくちゃな赤ん坊が生まれたからではない。私たちが最後の息を引き取ったときから出発すべきだあろうと思われるのは、彼の人生がいかなる形のものであったか、彼の体験したいろいろなことに、どんな意味があっ単価を知るためである」(『流星』]\)。しかしながら、文脈はそれが構成されている個々のものの結合によっても、一義的には決定されない。一定の与えられた諸事実から、いつも何種類科の完全な文脈を構成しうる。
 また、私たちに自由にできる細かな事実は、何らかの一義的な、一貫性に結合することができないという自体も起こる。ぢ位置の場合も第二の場合も語られている現実そのものの本質は秘密のなかに覆われたままのこる。それゆえ、チャペックは読者にたいしてしばしば多様な方法で、彼が読者に語ることが、細部の一つ一つ、そして、結合に対して語り手がいかなる解釈によって怒るということをあからさまにする。つまり、現実の本当の顔(Tatbestand) はその多様さのゆえに人間には手の届かない――人間が付き合うのは現実ではなく、意味である。
『もうひとつのポケットから出てきた話』(邦訳題名『ポケットから出てきたミステリー』田才益夫訳、晶文社2001)のなかのチャペックの探偵小説のひとつでは、老署長のところになぞに包まれた冒険家殺人事件捜査の指令が来る。若い刑事は事件の解明に協力しようと申し出るが、老署長は断る。「この事件が私に任された以上、私流にやりますよ。そしたら、それがありふれた強盗殺人ということがわかります。もしこれがあんたにまかされたのなら、そりゃ大犯罪か恋愛小説か刑事事件かになるだろうな。君にはロマン趣味がある、メイズリーク君。君ならこれを材料にしてすごい事件に仕立て上げるだろう。だけど残念ながら私はあんたにこの事件を任せませんよ」。
 たしかにここにはパロディーのニュアンスがあるとはいえ、この言葉によって言わんとしていることは、文脈こそが個々のものに意味を与えるのだという考え方である。文脈のなかにはもちろん諸事実があるばかりでなく、文脈を組み立てる人物もいる。すなわち語り手である。「(語り手の)誰もが与えられた事実を異なった生きた秩序に配列する。物語はそれを語る人によってそのたびに異なる。誰もがその〔物語の〕なかに自分自身を、経験を、職業を、方法論を、そしてくせを挿入する」――『平凡な人生』のあとがきのなかでチャペックは『流星』の中の同一の人生の事件の何種類かの異なった物語について述べている。
『ホルドバル』――『流星』――『平凡な人生』というロマン三部作のなかで文学的に応用されたように、その時代のチャペックの認識論的手法の最も完成した、究極の定義は以上のようにいえる。今手法がチャペックの作品においては、その最初からすでに、同様に、はっきりと現れていたなどといおうとは思わない。だが「不可知的(ネドストゥプナー)」現実の文学的使用は『輝ける深遠』のなかですでに提示されている。とくに作品集の表題になった作品の中において。
 この物語はある男の運命を決することになるある女性についての、その話に基づいている。男はその女性を大西洋横断航海のとき、ほとんど見たこともない。そして船が遭難にあった際、その女性は何の痕跡も残さずに消えてしまうというのだ。この短編はチャペック特有の言葉で終わる。『何も、何もありません、私のまわりには。私の人生は、ただそう見えただけのものにすぎません。何かでけりがつくというのでもないのです」。
 女性という形で男の前に現れた現実は、つかみ所のない幻覚として残り、その結果、男の全人生もまた見せかけ(ズダーニー)のものに変わる。 
『路傍の聖者像』(ボジー・ムカ)は降り積もったばかりの新しい雪の中の隔絶した足跡について語る『足跡』?lep?j で始まる。その足跡を筋の通ったもっともな出来事の連続につなぎ合わせることができない。足跡は納得のいく文脈〔説明〕を見出しえないまま、誰のものともわからないまま、現在の孤立した徴候としてのこる。
『悲しい話』Trapne povidky は全体として同じ、一連の事実に、二通りの可能な解釈について展開される。したがって、したがって実例をさらにあげることが可能ではあるが、そうする代わりに、私の『K.チャペック散文作品集』を示しておこう。その助言のなかで私はチャペックにおける「隠された」現実の問題を詳細に論じている(「チャペック散文の発展」本書-694-721)
 ところで、たったいま、『足跡』について触れたところで偶然でてきた「徴候」Symptom という言葉に戻ってみよう。この言葉のなかに、わたしたちはチャペックにおける意味単位 vyznamova jednotka の徴候と機能にかんする適切な総合的な定義を見出すように思われる。これは「シンボル」という述語の対立概念である。私はシンボルという言葉を時代的慣例にしたがって、ロマン主義者マーハの意味単位の特徴として選んだものだ。定義によると徴候〔シンプトム〕とは「おおきな、あるいは、ちいさな確実性をもって推定可能な『秘密(スクリティー)』の経過と結びついた近く可能な現象」である。〔Lalande, Vocabulaire technique et critique de la philosophie: 引用中の括弧は訳者〕。その上、徴候は、出てくるときはどこでも(医学、社会学、その他)文脈に依存している。ひとつの徴候はそれ自体、原則として多義的であり、一連の徴候があってはじめて、一義的診断を下すことができる。
 チャペックの意味的単位は徴候と共通している点として、その徴候の連続を解釈する際、銃身が作者の責任と読者の解釈能力におかれている。とくに最終決着が曖昧なままに残されたような場合にそう言える。『ホルドバル』の物語は償われぬ犯罪と回答のない疑問のままで終わっている。安堵したいと読者が期待するときには、わりきれない気持ちのまま放り出される。それではホルドバルやポラナヤマニャについて、現実に起こった真実とは何なのだろう? じゃ、その真実とはかにかもっと広範なものなのだろうか、その三つの説明すべてを含むもの、そして、さらにそれを超えるものなのだろうか? 
 いったい本当のホルドバルは弱く、分別があったのだろうか? ポラナは地主の奥さんのように美しく、しかも小屋の老婆のように疲れ果てていたのか? マニャ愛のゆえに殺人を犯した男なのか、また、金のために人を殺した人間なのか? 一見それは手もつけられないようなカオスに見え、私たちの気をそらさない。何とかつじつまを合わせるのは作者に負かされている。そこで、こんな具合にしたのだ。」(『平凡な人生』の「あとがき」)
 私たちは意味単位の性格と作者が個々の単位を文脈の完全な形に整理した〔秩序づけた〕、その方法をこのように理解した。私たちの出発点はできるだけより低次元の言葉に依存した単位だった。[751] しかし詩作品、とくに散文作品においては大きな役割はより高い、そして最高の単位に主題とその一部分にたいしても与えられるのである。
 
 そこで今度は、この問題に反対の側面から接近してみよう。主題〔テーマ〕から出発しよう。この方法は同時に、検証〔コントロラ〕を伴うだろう。もし〔この方法によって〕より低い単位の場合と同じ結果を得たとしたら、それによってこの方法〔ポストゥプ〕の正当性は証明されることになる。なぜなら、すでにはじめに言ったように、作品の統一は、作品の創造と理解の過程のあらゆる段階において同一性toto?nost を保ち続ける意味論的ジェスチャーの統一性によって与えられるからである。

 チャペックの叙事的散文、長編小説、短編小説と言わず、事件d?j は特殊な性格を持っている。この性格によってチャペックの作品の事件は一見しただけで普通のタイプと特別されるのである。私たちは古いアリストテレスの図式したがって事件の発展を期待することになれている。つまり、緩やかに始まり、上昇する緊張、その過程の三分の二のあたりのところで頂点に達し、それから急激に下降する。しかしチャペックにおいては、もっとも強烈な瞬間は物語の冒頭からいきなりやってくる。
 もし物語の最高潮の瞬間に対して伝統的な名称「危機(クリゼ)」を保存しようとするなら、チャペックのロマンは「危機」によって始まり、彼の全体の物語は非常に引き伸ばされた変転(ペリペティア)だという必要がある。なるほどチャペック自身が小説『流星』の主題の発生について記しているように、「空想(ファンタジー)の道をたどって行くなら、私は身震いするような、異常な事件を選ぶでしょう。肉屋が家畜を調べるように、それが適切に飼育され、太っている大事件かどうか見きわめます。ほら、ここに人間の墜落が、」とめようもない恐ろしい突発的竜巻があります。
 神よ、お助けを! それはなんと絶望的な混沌でしょう! この折れた翼や支柱から何を作ればいいのですのです。それをつなぎ合わせて、もう一度飛べるように、神の凧みたいに、凧を手にもって?」(『流星』]\)。「身震いしそうな異常な」事件は冒頭に出てくる。そのあとに日常的な出来事の表面を波打たせる余韻と騒動が続く。この関連で見ると、チャペックが必然的にまた伝統的にびっくりするような事件犯罪からはじまる探偵小説の図式に大きく引かれているという事実は意味がなくはない。
 しかし、ショッキングな出来事を他の話の冒頭に見出すこともある。『路傍の聖者像』のなかで、『山』Horaは死体発見から、『リーダ』は少女の家出から、『失われた道』Ztracena Cesta は道に迷うところから(そして道の発見で終わる)。『助けて』Pomoc は眠りをさまたげる夜中の叫びからはじまってっている。『絶対子工場』は絶対視の出現ではじまり、『クラカチット』は新発見の爆薬の予期せぬ爆発の報告ではじまる。
『ポケットのなかから出てきた話』と『もうひとつのポケットから出てきた話』(邦訳タイトル『ポケットから出てきたミステリー』はその探偵小説的せいかくからして、すでに度肝を抜くような書き出しの傾向をもっている。『流星』の冒頭には飛行機の墜落があり、『第一救助隊』の物語は炭鉱事故の提示のあと、はじまる。だが、はじまりよりもさらに特徴的なのは物語の進め方である。
 物語は前方に突進するだけではない。ゆっくり、進んだり、回り道をする。そこには計画的に配置された驚きが待っている。「最後の瞬間まで、私たちは驚きに出会うのに驚かされる。私たちは思いもかけなかった場所へ到着します。しかしそれは、ただ何か生き物の自分の痕跡を脇目もふらず、必死に追跡するからです。白鹿を追いかけながら、同時に、ほとんど無意識に新しい風景を発見するのです」(『流星』]])。物語の構成の上でもことば要素を見たときに見出した支配・被支配というヒエラルキー関係の弱化の同じ関係が見られる。もちろんここでは他の方法が用いられている。
 前の場合には、文章並列にたいする傾向が、とくに、その表現としてあったが、個々ではその方法となるのは、間断なく上昇する緊張が物語の進行に作用する影響の弱化である。つまり、前進し続ける緊張は期待される視点――それは同時に、最も直接的な即物的関係の場であるだろう――にたいする関係にしたがって、重要性にランクづけがなされるだろう。もしこのクライマックス化が弱まると、個々の動機(モティーヴ)は相互に同等の要素から構成された切れ目のない鎖状に配列される傾向を示すことになる。
 それゆえ、小さな意味単位の連続とまったく同様に、チャペックにおいては、物語り全体が境目なしの傾向をしばしば示す。チャペック自身、自作『三部作』について語っているが、この傾向についてはっきりと述べている。
「人間の一生はたった一つの顔としてみるには、また、ひと目で見てしまうにはあまりにも大きすぎる。ほら、ホルドバルの心臓はまだなくなっていない。テンから墜落してきた男はまったく新しい物語を生きるだろう。何も終わらない。三部作にしてもおわらない。終わりのかわりに、人間があるかぎり、どこまでもどこまでも大きく広がる」(『平凡な人生』「あとがき」)。
 チャペックの場合、物語は一つ一つのエピソードに分解する傾向を示す。それは個別的なものを自分の流れのなかに総合する統一的緊張感をかいだ当然かつ必然の結果である。
「人間は自分の経験、感情、個性、行為、そして発言から構成されている。すべては、私たちにとって一緒になって、何らかの全体となる小さな断片から組み立てられている。しかし、この全体を、なんとなく、思い浮かべようとすると、実際には、ただ大小の部分、ただのエピソードの連続、ただの個々の部分の寄せ集めを思い浮かべることができるだけである」(『流星』[)である。では、チャペックの散文作品は内部的に小さく分かれているのだろうか? 
そんなことはない。なぜなら、個別的なものは支配構造(ヒエラルキー)の圧力からは解き放されているが、チャペックにおいて非常に重要な役割を果たしている構成(コンポジション)によって結合されているからである。チャペック自身、その作法にとっての構造的枠組みの重要性を認識していた。
「言っておきますが、もし、あなたが、その話が何から組み立てられているかを知るべきなら、あなたにとってその話は分解してしまいかねません。それが全体として。それが全体として生きたものであり、また生きたものであるかぎり、作品に浸りながら喜んで誓うでしょう。これは自然そのものだ、決して作り物ではありませんとね。だけど、私はこれを純粋な本能でかくんです。自分だ喪なぜだかわかりません。それは純粋な想像力、直感です。それがばらばらになってはじめて、あなたはそれが何によって出来ていたか、どのようにして巧妙に、ひそかに自分の想像をそのなかに押し込めていたかを見抜くでしょう。やれやれ、何たる寄せ集めだ! たしかに、そのいたるところに、もっともらしい理由やら、意図的な構造が除いている。こいつはなんて機械だ! すべて、ほとんどすべてがなんとなく無理やり、頭のなかで考え出されている組み合わせそのもの、寄せ集めそのものだ。このすべては、私には、難なく、まるで生きた夢みたいに、自然に出てきたものです。私はそう思っています。それと同時に、それはまた、試しては拒否し熟考しては予測する、あくなき技術者の思考の産物なのです。いま、それが死に、解剖されてみると、針金が見えたり、技術や合理的作業、まったくの手作業、目配りが見えてきます」(『流星』]]T)もちろんこの自虐的な定義が理論的研究からではなく、文学作品のなかからの引用であるという欠点がることを大目に見る必要がある。文学作品中の発言は決して学問的定義として役立つものではなく、小説の人物の性格づけに役立つものだからだ。また、一方で同様な意味の、だが調子は正反対の他の引用を、小説『作曲家フォルティーンの生涯と作品』\ から取ることが出来る。
『君は素材に形を与えるという、ただ、そのかぎりにおいて創作するのだ。作ることは分解すること。そして、いつまでもいつまでも素材のなかに最終的な、ゆるぎない区切りをつけることだ。素材には終わりがなく、はてしないものだからね。区切りたまえ、区切りたまえ! さもなければ君の世界は、いまだ神の慈愛も宿らぬ無形の素材のなかでばらばらにされてしまうだろう。よく見つめるか耳を傾け、そして感覚で捕らえ、そして認識しながら、自分からものや音を切り離したまえ。もし、君が神の足跡をたどろうとする芸術家なら、純粋に、明確に、正確に、立派に、それに区切りをつけなければならない! たとえ君の作品が君のなかから出たものであっても、作品自体として始まり終わらなければならない! その形は、その中に他のいかなるものをも入れる余地のないように完璧に完結されていなければならない。君のための余地もない……。きみのなかにではなく、作品はそれ自体のなかに自分自身の軸をもたねばならない』

&nbsp《訳注・私が最近翻訳し、このホームページに掲載している『作曲家フォルティーンの生涯と作品』この部分に相当するところに、リンクを張っておきます。時差は十年以上です。
私がその間に進歩しているかどうかは、偶然の読者の皆さんの判断にゆだねます》記 2015.03.25 &nbsp

 それゆえチャペックは他の詩人における構成; kompozice にも鋭い感覚をもっていた。その証拠は、個々にも一度引用した『言葉と文学』第二号に掲載されたマーハのカンティレーナに関する研究である。その証拠はその問題を次のようにとらえておいる。
『マーイ』のなかで何回となく交替する六通りの韻律型(スフェーマ)のなかで「五が五つのもっとも有名な(そういってよければ)「数」に、『マーイ』全体の中で、最もすばらしい、最も音楽的な、もっとも深くマーハらしいカンティレ−ナに対応している。もし、このかんさつがただしいならば、『マーイ』の構造のなかに、いくつかの構成の核が見えてくる。詩全体は、その格を中心に韻律的に、構造的に組織される」。
 したがって、チャペックは『マーイ』の韻律的リズムを構造と関係付けた。研究の結論はリズムと構造 kompozice の相互関係をさらに明確に定義している。「マーハの自然体は、いくつかのリズム的、かつ、動機(モティーヴ)的に多様な核のまわりに結晶しており、それは完結した詩である。その視は『マーイ』の詩人(マーハ)にとって、リズムが重要な意味をもつものとなった。ゆえに他の詩もこのリズムの優位性にしたがって組織されているように思われる。この旋律性(カンティレーナ)は構成主導のもとに生まれる。それは五月の、虚無の、悲歌的な願望の、そして無の華やかな嘆きの……の詩である。
 だからといって、マーハは自作の『マーイ』を記述的な、叙事詩的な章句で追加的に結びつけた、いくつかの出来上がった詩を張り合わせたとは言えない。
 だから、チャペックは『マーイ』の韻律的リズムを構造と関係づけた。研究の結論はリズムと構造(コンポジション)の相互関係をさらに明確に定義している。「マーハの自然体はいくつかの動機的(モティーヴ)に多様な核のまわりに結晶しており、それは完結した市である。その詩は『マーイ』の詩人〔マーハ〕にとって、リズムが重要な意味をもつものとなった。したがって他の詩もこのリズムの優位性にしたがって組織されている。以上のように思われる。
 この旋律性(カンティレーナ)は構成〔コンポジション〕主導の下に生まれる。それは五月〔マーイ〕の虚無の、悲歌的な願望の、そして無の華やかな、嘆きの詩である。だからといって、マーハは自作の『マーイ』を記述的な叙事的な章句で追加的に結びつけた、いくつかの出来上がった詩を張り合わせたとは言えない。むしろ彼は自作の詩を全体として構想した。ただしいくつかの感情的動機(モティーヴ)が彼を強くとらえ、そして前もって他の素材要素より、豊かな形を与えたのである。
 したがって構成的作業の進行の中で、それらの動機が重要なリズム的、音楽的動機となり、その周辺の形式(tvar)やイントネーションを決定し、ライトモティーフ、変奏
リフレーン(繰返し句)のように回帰し、こうしていくつかのリズムの軸のまわりに全体の詩句が組み上げられたのである」。
 この長い引用をしたのは、これがチャペックの論文が扱った詩人にとってばかりでなく、チャペック自身にとっても非常に特徴的だからである。すでにはっきりしたように、マーハはその認識的姿勢によって、ある面で、マーハに近い。だからチャペックが彼の研究によって、しかも、刺激的にマーハ研究に寄与することに成功したのは驚くまでもない。(Jlkobson: K popisu Machova ver?e,sb,torzo a tajemstvi Machova dila)。しかも自分の作品の構造の重要な基本的性格をも明確に描き出している。作品誕生の際の攻勢の優位性、ライトモチーフ〔訳注:音楽、とくにワーグナーの楽劇との関係〕と変奏にかんする言及はチャペックが自分でマーハの詩からそれを抜き出したように、同じくチャペックの作品からも証拠として抜き出してくことができる。言うならば、その証拠は私たちの研究の次の文脈のなかで発見しうるものである。
 ここで、ふたたび、チャペックの散文の音韻的面についての研究の中で、すでに触れた 近親性である。抒情詩では動機(モティーヴ)の時間的連続性が不十分だから、主題は叙事詩におけるよりもはるかに内容的まとまりに欠ける。したがって、結合機能の役割は構成的手続きが受けもつことになる。
「チャペックの主な、最も目立った構成的手法(kompozi?ni postup)とはどんなものだろう? チャペック散文の音韻的側面の研究の中で、ついでにその点についてもすでに触れた。つまり反復(opakovani)である。
 イントネーションの動機がしばしば、それも大きな間隔で繰り返されるのと同じく、主題的動機もしばしば大きな広がりにおいて反復される。主題のこのような多数会の反復は、多くの場合、構造全体を一緒に保持する留め金の役を果たすことができる。たとえば、ロマン『ホルドバル』の相当部分を通して流れている主題の一つは、篭作り用の梁、つまりホルドバル殺しの凶器である。殺人の最初の暗示のずいぶんまえに、もう、このモチーフは現れている。その最初は、シュチェパーンの父親をホルドバルが訪ねるところである。
 ホルドバルがドアの中に入ると、祖あの面に錐のようなものが刺さっているのを見る。シュチェパーンはこれは篭を編むときの針だと説明する。そのあとしばらくしてシュチェパーンが父親とホルドバルの話の結果を待っていらいらしながら、籠網み針をドアに突き刺し手いるのを見る。それが第十七章のすべてである。第二十一章では読者がもう針のことを忘れているとき、このモチーフにまた戻る。今度は比喩としてである。

 ホルドバルは起きあがり、森の裾野にそって走った。野原の道をひた走りに村へまっしぐらに走っていく。あいたっ、何かがわき腹を刺す、まるで針が刺さったみたい――籠つくりに使う針が――。(]]T)

 こうして針は、たとえ、比喩の道具としてであれ、ホルドバルの体と関係づけられる。そのあとにホルドバル殺人が続き、警官が殺人事件を取り調べる。それはシュチェパンの父親の家だ――そして、ふたたび、籠作り用の針が場面に登場する。今度もドア面に目をやったときだ。しかしその場所にではない。ただ、跡形が見えるだけだ。そして警官のゲルナイはシュチェパンの父親にその傷跡ができたわけを聞く。
 ゲルナイは主恩師句うなずく。「これはどうしたのかね、マニャさん? ドアにこんなに深く刺した跡がある」――「そりゃ、そこにいつも籠針をさしていますからね。――一年中、そこに刺さっていますよ」――「どんなものか見せてくれ」ゲルナイは興味を覚える。「針で籠を作るとは知らなかった」――「そりゃ、まあ、早い話が、針で細枝をくぐらせる――こんな具合に」マニャは空中で実演してみせた。「ゆうべは、まだ、針はそこにあったんですがね」マニャは顔を曇らせる。「ミハル、お前、しらんか、どこへやったか?」(第二部、V)

 殺人の凶器については、もう前に語られており、医師は死体の検視の跡釘によると断定していた。なくなった籠編み用の針についての会話は、読者にその凶器の操作を思い起こさせる。その直ぐ跡で、読者はふたたび針について述べたものを読むことになる。今度はもう、はっきり殺人の凶器として指摘されている。
「気を悪くしないでくださいよ、カルリーチェクさん」ゲルナイは歯切れの悪い声を発した。「それなら私が言いましょう、ホルドバルが何で殺されたか。籠編み針ですよ」――「どんな奴です?」――「マニャの家出それがなくなったんだ。探してくれたまえ、ビーグル」――「どんな奴です?」――「私も知らん。錐みたいなのと違うか?」(第二部X)

 次の関連のなかでも、まだ、何度も針について語られるが、すでに発見された殺人の道具としてである。作品に沿って、モティーフの次の過程をたどるのはやめよう。すでにあげたいくつかの証拠によって、反復される動機が文章の中でどのように展開していくか、そのたびにどんな違った顔で、また、違った形で現われてくるかを示すにとどめよう。それはあるときは語りの端々に目立たないくらいに、あるときは比喩として、そして今度は、またさりげなく、そして最後には筋の発展の重要な担い手(?initel)として現われる。
 何度も回帰する動機の同様の意味的変化性を私たちはすでに、一度、確認している。それは当論文の『ホルドバル』のミーシャ牧師訪問の章での霧のモティーフが少しずつ変化する点について触れたところだ。「反復する際」地下水のように地下水のようにまったく思いもかけない場所に出現する反復モティーヴのたくさんのものが、『クラカチット』のなかにある。
,たとえば、プロコプ技師の木造の掘っ立て小屋は、いわば、はじめのほうに記述されているが、バルチンでその小屋にあった白衣や軍隊式簡易ベッドにプロコプが出会うのには
驚かされる。しかしこの驚きはまったくありえない性格のものではない。その二つのものは、要するにそこに移されたのである。しかし継ぎの出会いはもうほとんどありえない話である。プロコプはダイモンのところを訪ねたとき、自分の小屋のなかにいるのである。その小屋はそこで電信技士の秘密電波発信所として使われている――みちのとちでの小屋の発見は因果関係において説明不能である。最後に不思議な老人との結論的で愛のとき、プロコプはこの老人の中に父なる神を認め、実験室の小屋の低湯法的暗示が浮かんでくる。

〔訳注・提喩法:cynekdochie→cynecdoche→シネクドキ。(修辞法)一部のもので全体を、全体で一部を暗示する。Sail---ship〕

 そしてプロコプは涙のヴェール越しに、ふいに老人を認めた。たしかに、それは研究室の木の天井に落ち、p見ていた年老いたしわくちゃの顔だ! なんと、彼は眠りながらその顔を見つめていたのだ!そして朝、目を覚ましたときには、もうその顔はわからなくなっていた。それはただの節であり、年月であり、湿気であり、ほこりだった―― (50章)

 個々では意味の変形によって暗示はすでに純粋な奇跡に変質している。つまり板についた偶然のしみは生きた人間に代わっている。同様の繰り返しは『クラカチット』のなかにはたくさんある。たとえば、おう序の車でバルチン城から逃亡する場面を現実よりも前に夢の中で他見している。ザフルのおとぎの城のことを皇女が最初に語るが、次にプロコプはその情景を老人の覗き絵の中で見る。しかも全章は相互に構成的対称物をなしている。また、第三章と第四十二章は両方ともプロコプの熱病の状況を描いており、第二十五章と第三十九章のうち前者はプロコプの逃亡計画の失敗を描き、後者はさらに続く二章とともに、同様の、それでも相違する反抗の試みを描いている。最初、プロコプはバルチン城を去ろうとするが、二度目には反対に館と研究室に無理やり入り込もうとする。
 長編小説(ロマン)『クラカチット』は、この作品が構成されている方法によって特徴付けるなら、反響のロマンと呼ぶことができるだろう。つまり、一度呈示された動機はあらゆる方向に鳴り響き、予想もつかない角度で、予想もつかない方向から跳ね返ってくるように思われる。この撥ね返りには予期せぬ驚きが仕掛けられており、読者の様子を伺っている。しかし、反復はチャペックの場合さらに違った方法で用いられる。
 たとえば流星では、尼僧、千里眼、詩人のそれぞれの物語は、その相違にもかかわらず、一人の主人公、未知の飛行機遭難者にかかわるものだが、相互に共通する動機の統一性によって結合されている。同時にこのように反復する動機の出現は驚きをもって作用する。仮に、第一と第三の物語のなかで、その各々は主人公の人生をまったく別様に描いているにもかかわらず、二つの相互に、相似ることもない文脈のなかで、同一の状況が現われる。主人公は地面の上に丸太で建てられた家の階段の上に腰を下ろしている。

 このような夢がはっきりしているようで、しかも同時に曖昧だというのはどうも変だ。それがどこだったかわからない。木の階段に腰を下ろしている。その階段の上にはわらぶきのわらぶきの小屋がある――」
(尼僧は)瞬間、ためらった。「そうですわ、要するに、その小屋は丸太の上に建っていたのですわ。ちょうど机の脚みたいな。あの人は一番下の段に大きく足を開いてすわっていたのです。パイプをもう一方の手のひらにたたきつけながら」(『流星』わ。ちょうど机の脚みたいな。あの人は一番下の段に大きく足を開いてすわっていたのです。パイプをもう一方の手のひらにたたきつけながら)(『流星』W尼僧の話)


 患者Xは、うまくいくあいだは踏み固められた道路を優先して用いた。それでも数週間か数ヶ月かはかかった。その間、彼はわらぶきの屋根の下で過ごした。それはカニやムカデに悩まされないよう、はとの巣箱のように丸太の柱の上に建てられた小屋で、建てられた場所も、樹木さえ折れんばかりの強風が吹くかと思えば、激しいスコールに毛ぶる原始林のはずれだった。彼は個々で、木の階段の上に横柄な態度を見せて座っていた。彼は足の裏から砂ダニを針の先で掘り出させ、以前は大自然であった百エーカーの土地がふたたび『財宝』と呼ばれる果実や穀物をもたらすべく準備される様子を見渡していた。(『流星』]]]『詩人の話』)

 話は違っている。主人公は同じである。そして語り手は彼の実際の生活については何も知らない。彼の人生の物語を推理しているに過ぎないのだ。さり気なく、原則もなしに現われてくる一致は物語の陰に隠されて主人公の歴史の「真実性」推測させる。こうして構成的手法によって作者は認識論的結論に到達する。読者はその事実を知らないのに、実際に事実を知ったかのような印象を得るのである。
 反復構成手法の他の用法を最後に『絶対子工場』と『山椒魚戦争』について見てみよう。両ロマンとも、相互に非常に独立した章の配列によって構成されており、その章は一定の中心動機にいろいろな方法でかかわっている。その中心動機とは前者の場合は絶対子であり、後者の場合は人間に似た山椒魚である。私たちは物語の間中、繰り返し出てくる中心動機を待ち構え、その出現を待ち望んでさえいる。しかし、動機は個々の章の主題にたいする多様な関係の中で現れてくる。あるときは私的な偶然と直面し、あるときは話の中に紛れ込み、別のところでは、一連の新聞記事の中に、また時には話題の中心に置かれ、あるときはかなりの間隔を置いて反響して話のなかに忍び込む。(757p)
 しかし、とりわけ、あらゆる種類の、地理的かつ社会的環境とともに徐々に発展することが余儀なくされる。そのどれもが異なった意味的ニュアンスを加えている。kん今日の変化のその意味は作者が感じており、そのことを『絶対子工場』の単行本出版の「前書き」で述べている。
「この作品が一貫した筋をもっていないというのはどうしたことだ? いったいこの本は叙事的な興奮をかき立てる物語ではないのか? 作者は復讐の女神エリニュスに追い回され、山のなかの孤独に逃げ込んだり、編集室の人目につかぬ場所に、スヴァター・クリダに、フラデッツ・クラーロヴェーに、太平洋環礁に、背戸無・はるぴに、ついにはだ藻彫るスキーの酒場の机の前に逃亡を企てようとするほどなのに、また、そこにいたって、やっと手を十字に組み、追跡者の顔に向かって最後の結露のを投げつけて降参しようとまでしたのに」
 絶えず反復する中心動機の構成的課題は、したがって、この場合は作品の統一性を保つことである。その場合、動機自体は、組み込まれる関連性の変化に影響されて、その都度、べつの顔を見せる。中心動機のこの意味的変容は『山椒魚戦争』の第二のロマン・クロニク〔編年史ロマン〕のなかでさらに、より明確となる。山椒魚たちはだんだんと順応的な動物になってくる。興味ある博物学的種族、原始動物の生き残り、動物園の中の動物、年の市の呼び物、人間のカリカチュア、世界の支配者。つまり作者が個々の章の主題に応じて、それを位置づけるもろもろの環境しだいであらゆるものになるのである。

 動機反復の対極にあるものは、単一動機の多重的動機付けである。私たちがはんぷくのさいに 確認した段階的意味化の過程は、その場合、同時的多義性に濃縮される。この機会に、次の点に触れておく必要がある。つまり継時性 posloupnost と同時性 simultaneita
はチャペックにとっては相関的な経過 procesyとして現われるということになる。したがって、同時性はより基本的である。
「ある程度の注意力をもってすれば、物質的または時間的連続にもとづいて与えられた同時的印象を分解することができます。ある人物の個性についての、十分強い、十分透徹した総合的印象をおもちなら、十分、分析的かつ論理的能力を用いて、その印象を十分な広がりをもった、その人物の人生の物語に展開することができます。人生の要約的形からその個々の出来事を推測することができるのです」と『流星』の千里眼氏はその物語のなかで語っている(]U)。多重動機化の例としては『平凡な人生』の主人公が、いかにして鉄道勤めをする決心をしたかについてのエピソードをあげることができる。

 私の運命は幼年期を過ごしたわた田舎に鉄道が敷設されたときに決まったように思われます。古い田舎町の小さな世界が急に大空間に結合されたのです。道は世界に向かって開け、田舎町は長足の発展を遂げたのです……要するに、町にとっては歴史的大転換だったのです……このことは私の意識のなかに潜在的に、打ち消しがたいものとして残りました。さもなければ、鉄道の仕事を得るなんて努力をすることを、最初から、どうして思いつくでしょう? ……私の性格は、はっきり言って事務職向きです。私は自分の人生が義務によって支配され、立派に、完全に職務を遂行しているという実感をもつことを望んでいます……。そして、そのときは、まだ些細なことのように見えました。私がその点を誇りにしているかどうかはわかりません。私の人生が軌道を外れはじめたのも、まさにこのとき、私がトランクを手にさげて途方にくれ、惨めな気持ちで、屈辱と当惑で今にも泣き出さんばかりで、駅のホームに立ちすくんだときからだったのです。よもや私がたつどういんになろうなんて、そして最後には、鉄道の中の多少はおおきなしゃりんになろうだなんて、それも、ホームの上のあの苦渋に満ちた、屈辱的な瞬間を帳消しにするための、取り返しをするためだったとは、誰にもわかりはしませんよ。(]U)758.p

したがってロマンの一つの箇所で、私たちは路線の状態、主人公の役人的性格、駅での屈辱の場面を一度に認めることができる。――つまり主人公がなぜ鉄道員の職を選んだかの理由のすべてがわかる。別のページでは、さらに、この決定の異なる動機付けさえへっけんできるだろう。このように、いろいろな側面から重層的に説明される動機は、それによって相互に異なった視野(アスペクト)において展開される。
同一動機の並行的視やという、この手法(メソッド)はいくつかのチャペックの散文、特に完全にその手法にもとづいて構築された三部作『ホルドバル』――『流星』――『平凡な人生』においては、その構成における重要な要因となっている。中心人物はこれらの作品では共存的なものとして考えられるいくつかの視野(アスペクト)のなかに、そのなかのどれが他のものより重要であり、現実に近しいと明示されることなしに分散されている。それれはもちろん、すでに見たように、チャペックの場合、同時性から継続性への以降が容易だからであり、この重層的視野の手法は時間的連続性と結合しうるからである。
その例が『作曲家フォルティーンの生涯』であり、個々では主人公の経歴が、生涯の各々の時代に主人公にもっとも近かった人たちの証言によって呈示されている。手順は、人物が内部からも外部からも順次的に、あるいは、同時的にも見られるというふうにけられる。『ホルドバル』ではひとつの視野(アスペクト)が人物自身の立場から提示され、その他の人物の立場から二つの視点が示される。『流星』では人物自身は物語の外にとどまり、その人物の運命はまったく外部的観察者によって推理される。それに対して『平凡な人生』では、反対に、人物のすべての視野は人物自身によって確証される。
したがって作品の人物に適用された意味的視野の同時性は、人物の統一性を分裂に導く。それは『平凡な生活』のなかで十分な明瞭さをもって「人間は現実的な、かつ、可能的な人物たちの複合体である」と述べられている。もちろん、多様なものが一つに見えるという反対の場合も可能である。
その可能性をチャペックは小説『第一救助隊』で試みている。このさくひんは、ちょっと目には時間的には、前の作品ロマン三部作『ホルドバル』『流星』『平凡な人生』や時間的には前の作品、ロマン三部作『ホルドバル』『流星』『平凡な人生』や時間的には後の作品『フォルティーン』によって形成される作品群とは異質であるかのように見える。もし『平凡な人生』のなかに集団としての人物が現われたとしたら、方や『第一救助隊』では人物として集団が登場する。この集団的人物とは救助隊(第一救助隊)である。この集団は炭鉱事故の突発によって結成され、その除去によって解散される。
作者は彼自身の発展的前提から、かつてコミュニストたちが取ったのと非常に似かよった認識論的基盤に到達したのである。しかし、彼が出発した基盤はユナニミストたちが取ったのと非常に似かよった認識論的基盤に到着したのである。しかし、彼が出発した基盤はユナニズムが出発点としたところの集団の心理ではなく、各々の人物の心理である。次のように言うこともできるだろう。チャペックのなかにある建築家はいったん発見された構造図(kostrukutivni schema)のあらゆる可能性を、放棄する前に試す必要を感じたのである。
今回は可能性として四編の一連の作品を満たすに足る豊富な図式(スヘーマ)が発見されたのである。その連続は作者の死によって強引に中断された。しかし、チャペックについては別の時にも一度発見された図式の構成的可能性を引き出そうとする努力が見出される。たとえば『路傍の聖者像』(ボジー・ムカ)の中のいくつかの作品(『山』『リーダ』)によって、すでに示されている探偵小説は『ポケットから出てきた話』や『もう一つのポケットから出てきた話』〔邦訳名『ポケットから出てきたミステリー』晶文社2001〕の二つの作品集のなかで二通りの異なった方法で展開されている。外的必要の圧力のもとで発見された「ロマン・フェエトン」の図式は『山椒魚戦争』の基本構図の中で、多少変化された形で、もう一度利用されている。(『絶対子工場』の「前書き」参照)。759p
 チャペックの散文作品の構成手法 komposi?mi postupの検討は最後に私たちを文学的(詩的)主観の問題へと導いていく。つまり詩的主観とは詩的主観 basnicky subjktとは,
文学作品の作者として詩人〔作家。訳注・チェコ語では「詩人」は文学一般にたずさわる人を指すことがあり、ほとんど同義語として用いられる場合がある〕を位置づけ、自らを鑑賞者として位置づける、そのポイントである。文学作品のなかですべての意図は主観を指向している。それは作品を全体として展望することの可能な平面である。二つの構成的手法はチャペックにとっては、最も使い慣れたものであり、いま、私たちもをれを小生に検討してきたのだが――つまり、同一の動機の反復と、その多様な意味的形象性 vyznamova tva?nost と同時的重層化 simultaannii hromad?ni ――はヒエラルキーの否定と多数者の平等評価のうえに成り立っており、したがって重要性のランクづけを前提とする統一とは反対方向を指向している。それゆえチャペック作品では主観もまた多重化されて現われる。
 たとえば『『流星』では相互に同等の重要性を持つ何人かの語り手がいて、順番に同一人生の物語を完全な形で語る。『作曲家フォルティーンの生涯と作品』では、たしかにいろいろな語り手が主人公の人生のいろいろな部分を語りはするが、相互に知りもしなければ影響されることもない。なぜなら、主人公はすべての話のなかで同一の特徴的な性格をたもっており、語り手は読者にたいして、主人公のことだけではなく、同時に自分自身を語っているからである。要するに個々にもまた主観の分裂と多重化の現象がある。
『もうひとつのポケットから出てきた話』(邦訳名『ポケットから出てきたミステリー』)では――連作短編 povidkove cykly の古い伝統にのっとって――そうごに、聞き手にもなる一連の語り手たちがいるが、語り手を私たちに紹介し、、なぜ彼らが集まったかの理由を示す枠組みの話を欠いている。連作化この世王に背景なしに主観分解の現象となっている。語り手が一人だったとしても、時には数人の人物に分解され、それらの人間はともに語り合うこともあれば、対立関係に立つこともある。その実例を『平凡な人生』のなかに見出すことができる。

 チャペックが自作の人物たちを取り扱う方法においても、主観のこの重層化が現われるとしても当然のことに過ぎない。作者は人物たちを、作者自身の「我」の部分的具身化と感じているから、人物たち各々の人生は作者には自分自身の人生の一部に思われるのだ(『流星』]T])。それだから、また、作者の同情が他の人たちと比べて、一人の人物にのみ向けられることは、ほとんどないといってもいい。追跡する者にも、追跡される者にも(『路傍の聖者像』の「山」)、裁判する者にも裁判される者にも(『ポケットの中から出てきた話』の「山小屋の犯罪」)共感を覚えるのだ。
しかしながら、チャペックの人物たち自身が、しばしば、重層的なのである。『ホルドバル』のポラナは作者自身によれば「地主の奥さんのように美しく、小屋番の老婆のようにやつれはってて」もいるし、ホルドバルは「愚かでもあり、賢くもある」。マニャは愛から殺したのであり、金のために殺したのでもある。チャペックが人物の発生を記述するとき(『流星』]W)次のような言葉で行っている。「特徴なんてまったくない。力がある。お互いに優越しようという力だ。脇へそれようとし、また、それを押しとどめようとする。自分自身は、ただ自分の現在だけを生き続けながら、いま、行った小さな動きが、生と死とのあいだの緊張を均衡させながら、先行のように全生涯を走り抜けるいろんな力のつりあいの結果であることを知らない」。したがって、個人とは彼にとって対立する力の均衡の結果であり、多様性であり、多様という以外にには理解することも、書き表すこともできないものである。それゆえに、また、究極的には、人物たちは作者と共鳴するようなものとして現われ、人物たちと主観を肉体化する「作者」とのあいだの境界線は消えてしまう。『山椒魚戦争』の「あとがき」で「作者は自分自身と対話する」。それは単純に言ってもろもろの事件の論理学です。どうして私がそれ〔論理学〕に干渉できるのです? 私は、私にできることをいたしました。手遅れにならないよう、私は人々に忠告いたしました。あのXは部分的には私です。私は説きました。山椒魚に武器や弾薬を与えるな、山椒魚との汚い商売はやめろと。そのあげく――その結果がどうなったかは知ってのとおりです」。
チャペック作品の音韻的側面の研究で、チャペックの散文作品の最後の発展段階では、すべての話は、それが語りの部分であれ、登場人物の対話であれ、また、めいそうであれ、内容とするものすべてについて言えることは、作者の内面のモノローグに投影できるという事情を指摘した。私たちはこの現象を言語的原因によって解明した。言いかえれば作家の文体の連続的対話化である。
しかし、すでに明らかなように、これは主観の分解と登場人物の各々との作者の同化という現象として現れるが、それにはそれなりの有意義的な同化ではない。それはかんぜんな、そして一面的なものでもない。作者は登場人物の誰かと、隅から隅まで融合するなどということはまったくない。むしろ、その誰とも部分的に融合しているのである。そして、まさに、人物たちもまた、多重化されているからこそ、登場するどの人物のなかにも、なお、作者だけではない、他の何かと他の誰かがいるのである。
私たちはチャペックの散文の文学的構造の分析をし、第二の論文では、文章にはじまり、主題でおわる、意味的諸単位を分析した。この作家の文学の作品全体の文学的構造は一つの基本原理によって結合されているということがわかった。それは否定的に言い表しうるものである。つまり、支配、被支配というヒエラルキーの排除である。しかし同時に、文章に配列される意味単位の一貫性は損なわれないし、むしろ強調される。滑らかなイントネーション、またはライト・モチーフの機能を果たす個々の動機の反復を比較するとよい。哲学的分析の出発点のひとつの可能性がここにある。ヒエラルキーの排除に対する投下物質もチャペックの人物またはものの個別性の強調に見ることができるし、文脈統一の努力に対する類比を、とくに人間的個別性を相互に結合するものの強調の中に見出すことができる。
人間たちのこのような相互の結合もまた、チャペックにおいてはヒエラルキー的ランクづけなしに行われる。
なぜなら、人間において普遍的に人間的なものとは何か、例外なしにすべての人間に固有なものは何かかに依拠しているからである。チャペックは自作のロマンのどんな主人公についても次のように述べている。
「幸いなことに、私たちは、いま、家にいる。それは私の帰還である。この男は手ぶらである。そして彼は生きていた人間以外の何者を持て維持しない」(『流星』]]]W)
 普遍的に人間的なものは人間から人間へ、そしてまた、人間からものへの通路を作る。そのなかに、また、チャペックにとっては超個人的な価値が植えられている。チャペックは人々を見るとき、個人的にしか見ない。そして、その一人一人に名前をつけたいと思っている。(Zp?v kosa, Ov?cech obecnych)しかし、どの個人にも授けられる重要性、また、その一人一人のために必要とされる気遣いは、すでに、個々人の名前において求められない。個人を超越したもの、つまり社会的存在としての人間、しかも普遍的人間的な基盤よりもさらに深いところに隠されたものでもある。言うならば先験的なるもの、それはすでにチャペックの視野にとどかないのではなく、遠ざけられているのである。しかし、遠いものは引き寄せようとする。そこから、とくにチャペックの永遠の先見的なもの〔transcendemtna〕を求める葛藤が由来している。(761.p)
この先見性の問題の解釈はチャペックの場合、いくつかの異なった解釈を見出すことができる。苦痛に満ちた否認から(『悲しい話』「裁判 Tribuna」)、先見性の原理は人間の行為の原理であるという信念人間の行為の原理であるという信念(『作曲家フォルティーンの生涯と作品』\)にいたるまで。
世界に対する関係の前提はチャペックにとっては、もちろん個人である。要するに、諸々の他の個人の目によって外部から見られた人間的固体、そして彼らとの関係によって決定され、定義くけられる人間の個体である。この最後の条件が重要である。チャペックの個人は自分自身をも他人の目で見るかのように外部から見うるのである。

ある朝、ブラニークはそばの岸辺の舗装路を歩いていた。銀灰色の秋の日だった。ヴルタヴァ河はは遠くのほうから光の流れと、静かな、金属的なさざめきを伴っている。そのすべてのなかに異常な静寂があった。そして思いがけず、自分のことが口をついてでてきた……それほど悲しみが癒されていた。同時に遠くのほうから、たぶん、向こう岸から石畳の河岸の道をみつめているような気がした。あそこに二人の人物が土手の上に見える。河や平地や天にひして、まったく小さい。まるで、このすべての孤独と寂しさを確かめようとでもするようだ。(『悲しい話』「ヘレナ」)

……老人は気を付けをして立っている。かかとを付け、鏡のようにピカピカに磨いた靴。そして威厳を持って手を赤い帽子のように上げる。(五歩後方に、シルクハットをかぶり、すわって、すれて光るズボンをはき、少したるんだ敬礼をしている妙に青白い職員、それが私です)(『平凡な人生』[)

このように見られる個人は、対立の概念の「我」である。この「我」は事故の中心から世界を見つめ、自分の好き嫌いを宇宙の原理とみなしている。この「我」についてチャペックは敵意を持って表明している。
「何らかの法右方で、自分の「我」を解き放ち、自分の人生を満たそうとするなら、放り出された、混沌とした素材以外のなにものでもない。神の御心さえもが、それを見下ろし絶望して、その上に恵みをたれたまわぬ……いや、お前の中にではない。創造された作品は自分自身ののなかに自分の軸をもたねばならない」(『作曲家フォルティーンの生涯と作品』\)
 したがって、この意味でチャペックはロマン主義的巨人主義の対立者だが、だからといって、マーハのロマン主義にたいしても全面的に対立しているわけではない。なぜなら、マーハはロマン主義的「我」の観点に立ってはいるが、彼もまたそれ〔我〕から生まれてくる孤立化を巨人的個人の特権としてではなく、人間一般の苦渋に満ちた宿命として感じているからである。
「本来、人間誰しもがどんな大群衆のなかにあっても孤独なのだ。なぜなら彼は常に自分を理解しているに過ぎないのだから」(作品V、プラハ、p.1929.*4)

 19世紀初頭の詩人と20世紀初頭の散文家は、各々人間対人間の自分流のあり方を熟考しながら、時代、思想、個性の相違にもかかわらず一点において一致している。つまり個人にたいし、権威と他人との対等の権利を与えるものは、普遍的に人間的なものにたいする関与の仕方であるという点である。この考えの中にチェコ伝統の二つの要因があるのである。
 個人の多重性(mnohost)と同様に、その他の現実の多重性もまたまた、チャペックには愛と驚きの対象である。「各々の相違は人生を多数化するという、ただ、その理由だけからも愛するに足るものです。」(『スペイン紀行』)。人間と同じく、物をも多くの側面から見ようとする。「石は単に石ではない。それは武器でもあれば縁石でもあり、家の壁、つまずきの石、未来の彫刻、それ〔石〕から作られるすべてのものなのです。虎は単に虎であるだけではない。虎は若虎でもあれば、父虎でもある。毛皮でもあれば、森の主、またはジャングルの危険な存在でもある。……すべてのものは手面的で、期待を抱かせる。可能性と芽に満ちている」(『言葉の批評』Kritika slov)
 だから「物事をよく認識するために、それを逆さまにしてみよう。自然をよく見るために、自然を逆さにしてみよう」(『園芸家十二ヶ月』)。文学の使命は現実と人生の多重性、多面性を暴露することだ。「無数の物事がある。それらの裏と表がある。無数の人生がある、すべてがある。その事実のなかに、すべての死がある。そして、それを知るものが詩人である(『平凡な人生』]]W)。
 現実の多様性は、私たちが知っていること、私たちが知りうることにくらべれば、はるかに大きい。なぜなら「世界は大きく、私たちの経験よりも大きいからである。世界はひとかたまりの事実と可能性の全宇宙から作られている」(『流星』]])

 哲学者はこおで次のような問題を提示するかもしれない。すなわち、チャペックの存在論(ontrogie)は一元論か、多元論か。現実は唯一の原理に還元するか、それとも現実の多重性(mnohst)と多様性は人間および人間の物にたいする関係に依存することなしに存在するもの、つまり先見的なものと考えてよいのかという問題である。
 チャペックがかくも熱心に強調する差異は現実自体のなかにすでに存在しているものなのか? あるいは現実のなかに、その際を挿入しているのは人間なのか? その両者にたいしてチャペックの場合、証拠を発見される。一方で彼は「人間は相違を発見することには常に否定的である」(『園芸家十二ヶ月』)と主張している。したがって、私たちは、彼が現実の多様化は人間に依存しないと前提していると考えうるだろう。だが、他方では次のような見解をチャペックの作品のなかに見つけることもできる。すなわち「物事は単純に依存する……しかし唯一の条件のもとで。その条件とは、死と証する、その特殊な世界の中に自分を発見するという条件でだ。君がその世界から外に出たら、とたんに、いっぺんに、そのすべては消え、狐にだまされたような気になるだろう」(Torzo a tajemstviMachova dila,Praha,1938)
 詩人の世界は原則として、このような矛盾を含んでいることを説得的に示している。」言い換えれば哲学的体系自体、矛盾を完全に排除しえないものなのだ。だから、Ch.Lalo は(Valeur esthetique des systemes philosophiques, Travaux du T]e Congres international de philosophie ]U, Paros 1937 哲学的体系諸体系における美学的価値。第九回国際哲学学会論文集代12巻)
 この「多声部性」(ポリフォニー)を哲学的体系全体の本質的特長とさえ言っている。それゆ絵に、一定の原理を引き出すという問題を、詩人チャペックの世界観の評価基準とする必要はない。詩のしめいは体系内のありとあらゆるものを引き合いに出すことではない。むしろ、人間の常に新しい現実を明らかに示すことだ。チャペックの作品は民族のために作られたが、その効果によって、その民族の境界を超えたのである。