(37) 泥のバイオリン  一七三〇−一七三三年


 私はこのバイオリン・コンチェルトの冒頭に、その物語についてはすでにご存じのストラディヴァリを手に取った。最初にG線を張り、そのG線上で私の変奏曲を演奏した。やがてお約束したとおり、残りの三本の弦も張った。
 いま、私のまがりくねった旅路も、またもや例のG線上にもどってきた。それどころか同じポジション、つまりあの日のあの年にもどってきたのだ。その日、フランス軍は徹底的な包囲作戦に出ることなく、いきなりクレモナの町に侵入してきたのである。
 ちょっと思い出してみよう。「金の輪」酒場の一階の大広間から皇帝軍の将校、役人や追従者などは一掃された。五分おきに病弱のエコール親方が「真の祖国の息子たちの部屋」に新しい噂をもって駆け込んできた。
「勇敢なフランス軍はたったいまポルタ・ディ・フランチェスコ(門)を占領した」
「ギュイーズ公は自軍とともにポー川の川下の浅瀬を渡ったぞ」
「ワロン軍の胸甲騎兵隊は砲撃で破壊されたクレモネッラ運河に面した城壁の穴から市内に突入した」
 酒場の壁も窓もカノン砲の砲撃に振動した。丸屋根の上からはカビのはえた漆喰がくだけ、蠅を巻き込んだ蜘蛛の巣とともに落ちてきた。どぶネズミも落ち着きなく部屋や廊下の隙間からとがった鼻面を突き出している。
「ちょっとばかり掃除といったところか、エコール親方。ちょっとした掃除ですね」
 砲撃が一瞬、静まり、人声が聞こえてきたとき、オモボノ・ストラディヴァリが冗談を言った。
 ちょっとした掃除だ。おしゃれな服を着た小太りで、かつてジャコモ小父さんのお気に入りだったワイン好きのオモボノが言った。皇帝軍はおおいのかかった橋を焼き落とし、ポー川の岸にすえられたフランス軍の榴弾砲や曲撃砲はモフェッティ家の城塞の館の階段も石のニンフ像も、庭園も地下の廊下も、監獄の建物も破壊し、侯爵の宮殿も瓦礫の山と化した。
「三女神」のそばの庭には爆裂薬包が数発落ちてきて、馬車置場が全焼し、次に火の手は古い酒場の苔むしたトタン屋根に飛び移り、三角形の聖チェチーリア広場を飛び越えていった。町はすでに五カ所で燃えはじめ、皇帝軍はてんでばらばらに逃走し、フランス軍の
大砲はまるで大規模な包囲攻撃をしているかのように、さらに激しさを増していた。
 マレーハルはどこにも浅瀬がないほど川が増水していることに悪態をつき、また、全クレモナ駐屯部隊は橋の屋根の下で捕虜になった。しかし、そんなことよりも私たちに興味があるのは地方総督邸の主とピアッツァ・サン・ドメニコ(広場)一番地の家の主の、二人の紳士方である。
 そこでいまはフランス軍も皇帝軍も放っておいて、この苦しい試練の日々に、私たちの古い友人を訪ねてみることにしよう。
 騎馬の伝令や連絡将校たちが、フランス軍の接近をいちはやくシュヴァルツェンベルク侯爵に報告した。書面による命令はお互いに頼りにしていなかった。総司令官の元帥は、古い要塞が敵のすぐれた砲兵隊の攻撃に三日間ももたないことを十分承知していた。だから、守ることのできるものだけを守ること、そして全駐屯部隊はすみやかに秩序ただしく、撤退する皇帝軍に合流するようにとの命令を出したのだ。補足としてさらに次のような命
令があった  あらゆる芸術的財宝、食料、その他有価値のものを町から運び出すべしと
いうのである。
 その反対に、宮廷付最高軍事参謀は、最後の一兵まで町を死守すべし。また撤退する皇帝軍主力の右翼を援助し、残余の駐屯部隊は主力後衛部隊と合流すべきことと命令してきた。
 侯爵は疲れたように両方の命令を読み、そのほかの文書にはもはや目も通さなかった。彼はバイオリンをともに引きこもり、一日中、眺めたり、なでたり、弦をぼろんと鳴らしたりして、ヴィオリーノ・アラ・フランツェーゼ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオラ・ダモーレ、それに、ヴィオラ・ダ・ブラッチョの弦を合わせたりした。召使たちは、彼が弾くのを何度も聞いた。そして宮廷中に老侯爵は正気を失われたという噂がひろがった。
 もはや駐屯部隊の司令官サルヴィーニ・クランツ大佐にも会わなかった。彼には、ただ、好きなようにやれと命令しただけで、軍事問題には関与しなかった。そして、必要な場合にはいつでも橋を焼くようにとも言った。それだけだった。
 それから彼は籠に乗った。その様子を全総督邸護衛部隊も、地方総督の官吏も駐屯部隊の将校も見た。しかし侯爵はただ通りから通りへ、広場から広場へ、町中をあちこちと籠をかついで行かせるだけだった。帰りにモフェッティ家に立ち寄った。二人の老モフェッティは彼のまわりを心配そうに足踏みしていた。
「閣下、もう荷造りをしたほうがよろしいんじゃないでしょうか。この古い城壁では包囲攻撃にはもちません」
 パオロは早口につぶやいた。そして黙っているときには、歯のない口が開いたままになっていた。
 侯爵は音楽サロンの大きな肘掛け椅子の一つに腰をおろすと、エナメルの長靴をはいたふるえる足を組んで、ほほ笑んだ。
「わかっとる、わかっとる、この古い壁はもちはせん。わたしは……あの城壁とともに、君たちとともに年を取った。わたしは逃げ支度なんぞせんぞ」
 長い、墓場のような静寂。どこか遠くで、もう大砲の音がとどろき、窓のガラスが低くカチャカチャと鳴った。
「わたしは二つの命令を受け取った。逃げろととどまれだ。わたしは両方の命令に従うよ、ヘヘ。両方の命令にだ! 駐屯部隊は出ていく。そして、わたしはとどまる。わたしは、石の一つ一つまで知っているこの町とお別れをしてきた。そしてバイオリンとも。そのなかで輝き、そのなかにこの町のあらゆる秘密の過去とその全歴史とがしみ込んでいるバイオリンともな。ここにすべての秘められたものがあることが、君たちには思いもおよぶまい?」
 モフェッティ兄弟は黙って侯爵を見ていた。彼らの目にはバイオリンのニスが光っていた。
 ガエターノが答えた。
「ものごとは単純です、侯爵」
 パオロも答えた。
「ものごとは謎にみちたものです、侯爵」
「そうだ、単純で、謎にみちている。わたしはいま君たちに望みたいことがある」
「お望みにしたがいましょう、侯爵」
「遠いロンドンに一人の盲目の音楽家が住んでいる。彼はわたしのすべてだ」
「オラトリオ『エステル』の作曲者ですね」
「そうだ、その男だ。このまえ君たちのところに送ってきた彼のもっとも新しいトリオをいま演奏しようじゃないか」
「よろこんで、侯爵」
 二人の老人はしばらくそのあたりを小走りに行ったり来りしていた。楽譜を用意し、バイオリンのケースを開けた。ガエターノはおごそかにヴィオラを侯爵に渡した。そのヴィオラはグァルネリ・デル・ジェスゥが三年前に監獄のなかで製作したものだった。
 パオロはニコロ・アマーティのヴィオラ・ダ・ガンバを調弦し、ガエターノは最後のトスカーナ大公ジョヴァンニ・ガストから贈られたメディチ家シリーズのなかの一丁のストラディヴァリを調弦した。そして三人が楽器の調弦をおわると、突然、彼らのまわりのすべてのものがミニアチュアのサイズになっていった。ブルボンとハプスブルクの軍勢とが追いかけ合っている。風景と雲が、過去と未来が……。
 弦は、すべてがやがては謎にみちた、単純な事柄へ変わっていく何ものかの予感で共鳴し合った。やがて高貴なる楽器からヘンデルが響きはじめた。彼は宇宙に手をさしのべ、空高く昇っていった。
 三人の老人の手はふるえなかった。いまふたたび彼らは、かつてのように若々しかった。かつてベアトリーチェ・アマーティがピエトロ・グァルネリの火のような赤毛の頭からかつらを払い落としたときのように……、また、かつてヨーゼフ・フォン・シュヴァルツェンベルクがウィーンの士官学校の学生だったころのように……。
 彼らはラルゴを演奏していた。そして祈りの言葉、それは同時に愛の歌ともなりうる祈りの言葉をくりかえしうたっていた。この三人はすべてのことを忘れ、神への愛を告白していた。この三人は幸せそうに最後の訪問者を出迎えにむかっていた。なぜなら生命の最高の意味を見いだしていたからだ。そして楽器たちは、この世のいかなるヴィルトゥオーゾの手のなかでもにもないように、血管の浮き出た老人の手に従順にしたがっていた。
 やがて、アレグレット、ラルゴ、それにアレグロ・コン・モルトも過ぎたとき、彼らはふたたび老人にもどり、楽器を見つめ、そして回想した。
「ニコロ親方がわたしたちのもとを去っていったのは、つい昨日のことのような気がします」ガエターノが感慨ぶかげに言った。「ボナヴェントゥーラ神父の声も、わたしたちがムラノ産のシャンデリアの下で弾いたコンチェルト・グロッソも聞こえてくる。ニコロ親方は灰とほこりになった。ところがニコロ親方の手になるこのヴィオロンチェロは完全できず一つない。どうしてこんなことがあるのだろう?」
 侯爵は目と手でヴィオラをいつくしみながら、ジュゼッペ・グァルネリ・デル・ジェスゥのことを語っていた。
「彼はあらゆる人間同様に、はかり知れないものがあった。彼は殺し、創造した。おお、それに、あの馬鹿なタルティーニだ! あの男が七丁のバイオリンのコンテストをどんなふうにやったか、覚えているかな? それにグァルネリのバイオリンが勝ったことも? 
タルティーニがあのときフランチェスカ・ストラディヴァリのまわりにひどい風評をたて
たか聞いたことがある。そして、かわいそうなあの娘を完全に狂わせてしまった    とい
うのは本当かな?」
「そんな話がありました。その後、三年してフランチェスカは死にました。ずっとあの馬鹿者を待っていました。そして、いつまでももどってこなかったので、彼女の忍耐もついに絶えたのです。すべてがどんなだったか、誰にもわかりません!」
「あれは、グァルネリがここから逃亡した年だったな。いったいどこにいるのだろう? それに、自分のバイオリンにあんな証票をはったのは、誰のためだったのだろう?」
「ストラディヴァリは一度ローマで、カーニバルのときに彼を見たような気がすると言っていました」
 そこで、話はアントニオ・ストラディヴァリのことに移った。彼の最近の作品を賞賛し、それらの作品によってバイオリンを完成の域にまで導いたという点で意見が一致した。ただし、そのころ、すでに彼のニスは艶をうしない、形も硬直化し、以前の火のような色も土の茶色へとおだやかになっていたが、加えて、音もまた弱くなっていた。
 しかし、この三人もまたバイオリンとともに艶をうしない、おだやかになり、体も固くなり、声も弱々しくなっていた。彼らはともに年を取ったのだ。だから、そのことには気さえつかなかった。
 彼らはさらに長いあいだ話し、嗅ぎタバコをかぎ、瞑想し、やがて侯爵が立ちあがって、二人の兄弟に別れを告げた。次の日、侯爵は瓦解した宮殿のなかで、バイオリンにかこまれて死んだ。パオロもまた、フランス軍の大砲が親愛なるモフェッティの家を破壊し、その瓦礫が頭上に降ってくるまで、じっと、おとなしく待っていた。
 ガエターノだけが偶然、助かった。それというのも砲撃の最中に洗礼堂で楽団と合唱の練習をしていたからだ。
 読者のみなさんは、ボナヴェントゥーラ神父がどういう事情からバイオリンとギャンブルの大の愛好家、またギャンブルの仇敵で混血のギマラエス大尉の旧友マルキース・シャトルヌワールを彼のもとによこすことになったかをご記憶のことと思う。
 私たちも老ガエターノとはここで別れを告げよう  いまは、まっすぐピアッツア・サ
ン・ドメニコ(広場)へ行くことにしよう。
 家のなかは空っぽだった。子供たちは四散し、工房からは最後の弟子たち、グァダニーニ兄弟の両方とも消えていた。ただアントニオだけが白い布の帽子、白い皮の前掛けをつけて、そこの長い作業用のテーブルの前にすわり、木を調べ、形を描き、その形に木を切っていた。すでに六十五年間、毎朝、続けてきたことだった。
 かつて父親のシニョーレ・アレッサンドロと同様に、彼もまた病気知らずだった。すがすがしい朝のうちに仕事にかかる。すると、神が世紀の音栓をあやつってでもいるかのように春、夏、秋、冬のすべての季節の朝に演じられる微妙な変化に、ふと目を向けることもあった。
 なぜなら、人生において、そのはじまりの部分である朝ほど美しいものはないからである。ぐっすり眠った夜のあと、目もくらむ快楽を体験した夜のあと、悪夢に追われて二転三転と寝返りのなかに明かした夜のあとに、仕事のために、何かをはじめるために目を覚ます。幸福感にみたされて、道具と材料を手に取る。それは言葉が星の体系に変わり、世界の創造がはじまった、あの最初の朝に似ている。
 私を信じたまえ、兄弟たち、私たちがおわりなき日々の巡礼の旅に出かけるとき、毎朝、私たちは創造の神なのだ。なぜなら、一日は人間の一生にも匹敵するからだ。
 早暁は誕生、朝は黄金の幼年時代、午前中は青年時代、真昼時は壮年、午後は老いはじめの時、夕暮れは悲しき初老、宵は老年、深夜は死。
 もし私たちの一日が二十四時間あるとしたら、神の一日は二十四億年かもしれない。しかし問題はそんなことにあるのではない。バクテリアの一生は百万分の一秒かもしれない。しかし、それでもその一生は充実した、高価なものなのだ。だからこれらすべてのことに、私たちは納得して、したがわなければならない。
 朝食がおわったら、鼓動する胸と多産な腰に清潔な白い前掛けをしっかりと締めよう。道具と材料を手に取って、無限のなかから現われてくる私たちの過ぎ去った朝の音階をそっと見てみよう、そして霧のなかに隠された、いま、はじまろうとする朝の音栓の轟々たる響きにむかって自信をもって踏み出そう。
 なぜなら、アントニオの鍵盤にはそのときまだ四年の太陽の光輝く日々のキーが残っていたからだ。だが、彼がそれからさらにこの鍵盤の上を駆けて行ったとして、はたしてそれにどんな意味があっただろう? それに鍵盤は最後の音栓でおわるのだろうか? それとも、ある種の目には見えない手が、彼のバイオリンの木と魂柱をとおしてさらにさらに走り続けさせるのだろうか?
 どっちにしろ同じことだ。彼は白い皮の前掛けをつけて、白い布の帽子をかぶり、そこに立っている。寸法を計り、ニカワをつけ、形に切り、ニスを塗る。それが基本だ。では、
そのほかには? 不毛な形而上学。そしてフランス軍の大砲の響き。その両者は彼にとっ
て無縁さにおいてまったく同じことだ。
 ただ彼の妻アントニアだけがそっと彼のそばによりそっていた。彼女はなにも言わなかった。そして小さな見習工のようになんでも彼に手渡した。彼女は必要なものは何かと気を配った。彼女は夫の手助けをすることができて、そして最高のよいものにおいて、つまり仕事において一体となれて幸せだった。
 モフェッティ兄弟と同様に、アントニアも夫がそのバイオリンの製作において頂点をきわめた点を、そしてそこからはもはや下降の一途をたどるだけだという点を見抜いていた。目につかないこまかな点が、泥のバイオリンであることを示していた。
 バイオリンの巨匠も泥が待っていた。そのことをバイオリンによって宣言した。まず第
一に色。私は本書の「プレリュード」のなかで楽器の色の    輝くような黄色から、火の
ような色、真っ赤な色、赤茶色をへて、焦げ茶色の暗い赤紫色の色調にいたるまでの  
あらゆる陰影を描き出したことを思い出している。
 私は黄土色にもコーヒーの茶色にも光をあてた。ただあのとき見なかった色、それは犂で掘り起こされたばかりの、しめった、生命を約束する色でもなければ、秋の耕されていない畑の詩的な色でさえもない、オリーヴ・グリーンに移行する生気のない土の色だった。 しかし、それは墓穴の色調だ。すべてをのみ込んでしまう、あいまいな色調、だがそれ
でも神によって陰影をほどこされている。このようなものこそ泥のバイオリンだ    しか
もその声はまるで教会の地下の墓場か地下室からもれ出てくるかのようだ。
 その形は軽やかで繊細な線をうしない、まるで彫刻家の手でさえすでに形作ることのできなくなった乾いた粘土のようだ。そのネックは骨っぽく、老人の浮き出た首筋の筋肉か石灰化した喉ぼとけのようだ。白鳥の首の魅力的な線は、いまやごつごつして、硬直化している。そしてトウヒの棒、魂柱は適切な位置を見つけられなくなった。
 それは必然的結果だ。たしかにこれらのバイオリンの各部分はその創造者とともに生きていた。ニコロ・アマーティも言っていたように、それは彼のものだ。そして、バイオリンをけずり、にかわをつけた紫色の血管の浮き出た老いた、干からびた手のように、いま彼とともに死のうとしている。
 彼の茶色の目はその光もにぶり、それとともに、そのバイオリンの色とニスも艶をうしなった。ただ、ほかならぬアントニアだけが目とニスの内に込められた輝きを見ていた。そして彼女だけに歯のない老人の口とf字孔との類似が見えなかった。
 だから彼女は工房のなかで幸せそうにニカワをつけ、板を切り、黙々と仕事を続け、森閑とした仕事場でニスをかけていた。だから、もし彼らが死ななかったら、二人はいまもニカワづけをしていただろう。
 まるでおとぎ話のなかのようだ。バイオリンを完成するたびに、ふるえる、よだれでぬ
れた老人の口でキスをし合うだろう    アントニオとアントニアが。アントニオが彼の母、
小柄なアンナ・モローニと兄の、変人のジャコモと出かけたシチリアへの旅のことを語るとき、しばしばある種のシチリアへの旅を思い描き、心のなかでは常に実行していた。しかし、結局は旅は彼らを別のところへ連れていった。一年のあいだに二人はラヴェンナの墓地に葬られた。
 まさに、それゆえに、人びとはクレモナの古い墓石のあいだに空しくアントニオ・ストラディヴァリの名前を探していたのだ。アントニオの最後の願いは、『神曲』の詩人の近くに石に彫った彼の最後のサインを、神が作った大きな泥のバイオリンにはりつけるようにということだった。
 あるとき、そこの大地がゆらいだことがあった。たぶん地獄の漏斗がひっくり返って、天のほうを向こうとしただけかもしれない。そして、まさにそのとき、アントニオの石の標章を大地のバイオリンのなかに葬ったのである。しかし、それでも私たちの目にはその標章はバイオリンの内側から、いまも輝いている。そして年代をこえて宣言している。
 彼は永遠なるものとして作った(フェーキット・イン・アエテルニターテム)。





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