(9) ガストン・ドゥ・サント-ブーヴ 1789年より所有


    もちろん、このガストンは館のなかのあちこちの部屋でカルマニョールを口ずさんでいた召使と同一人物である。そして馬小屋の周囲で炎が吹き出したとき、大いに高揚した気分で華美な装飾をほどこしたオーク材の戸棚のなかからストラディヴァリを取り出したのである。そんなわけだから所有者のデータにかんする文言と完全には一致しなくなった。なぜなら、かつての召使が自分の名前を書き加えたのは、国民議会の事務局で働くようになって、バイオリンのケースの仕切りのなかにこの名簿を発見したときだからである。
    しかしこの種の問題には、もともと議論の余地がある。たとえばテオドール神父はガストンの行為の直後に、それ以外のバイオリンを救出した。何かを救い出すということは立派な行為である。たしかに私たちはバイオリンもまた自分の生涯をもっているということを知っている。だから疑いもなくここにはある生命の救出と同じ重要性があるのである。しかし、もしシャトルヌワール一族の誰かがあるとき亡命先からもどってきて、救出されたバイオリンを探すこともあるかもしれない。だが幸いなことにもどってくることはない。なぜなら一人残らず館で死んだからだ。したがって、この救出行為を解明することは誰も成功しなかったが、それでもバイオリンは自分の運命の道を反れそれに進むことになったのである。だからわがストラディヴァリもガストンが移り住むことになったパリ・シテ島の小さな通りの屋根裏部屋にしばしの憩いを得ることになった。
    このガストンは完全に没落した非常に古い貴族の家系の出だった。もし彼にその気がありさえすれば、大勢の女性の恋人になることだってできただろう。彼は完璧に成長した、肩幅の広い、スマートな、筋肉隆々たる男性の見本といってよかった。そして彼の精神の構造も、まさにその外形と同じだった。彼は絶対に優柔不断ではなかった。彼は真理を信じた。また真理を探究し、発見した。彼のポケットのなかにはルソーの『社会契約論』が入っており、彼の唇には自信に満ちた人間のみに見られる、おだやかな微笑が浮かんでいる。目には勇気、額には忍耐と不屈の意志がやどっていた。それにもかかわらず、彼はしばしば職を変えた。だが、けっして辛抱が足りないからではない。要するに彼はどんな仕事にも喜びを見いだすことができたのだ。彼はそれまで一度も弾いたことのないバイオリンを巧みに演奏することができたように、ハンマーも、かんなも、草刈鎌も、銀の盆も同様に巧みにあつかうことができた。
    彼は百姓を相手に、またげ何度もに、また僧侶やマルキースにも同じような平易さで『社会契約論』ないしは彼の言うところの『新しい聖書』を解説した。「人類はおわることのない道を前進する」彼は説明のとき言っていた。「だから新しい道しるべが必要なのだ。ボルドーから道標をもってパリをまえにして何をなすべきだったか?」
    ルソーのあと彼の道しるべとなったのはジロンド党の議員たちだった。抽象的な革命理念から迷うことなくジロンド党へ進み、召使のかつらをかなぐり捨て、赤いフリギア(革命帽)を耳のつけ根まで目深にかぶった。国民会議のメンバーに選ばれるまで、バスチーユ監獄もコンコルド広場も見たことがなかった。しかし、いざ判決をくだす立場に立たされたとき、おがくずを入れた籠のなかに貴族たちの首がころがり落ちるのを瞬(まばた)きもせずに見つめた。また、必要に応じて演説もしたし、広場や議会やサロン、あるいは学校で彼の快く響くバリトンの声で話もした。しかし間もなく彼は第三連隊にしがんし、ヨーロッパじゅうの国々と戦うために国境へ出かけていった。彼はコルシカ出身の冒険家(ナポレオン)のなかに革命思想を見た。だがナポレオンの皇帝への即位には、ただ苦笑いをしただけだった。
   「やつの首を切り落としてやりたいのは山々だが、まずは革命を勝利させよう」
    彼はジャコバン党の同志にそう語っていた。
   「革命は全ヨーロッパで、また全世界で勝利しなければならない。手段はどうでもいい。たとえ皇帝の冠をつけた仮面のもとであってもかまわない」
    彼は榴弾兵とともに戦場から戦場へ、国から国へ、勝利から勝利へと進んでいった。だがそれも、彼らの目前でモスクワが不意に火の手を発して燃え上がるまでのことだった。この黙示録の炎のなかで革命の信念は消えうせていった。急にコルシカ人が失敗してみじめにも打ちしおれた、ただの平凡な冒険者に見えてきたのだ。彼はドニェプル河の氷の上でへへら笑うコサック兵たちを見た。それはまるで捕らえたネズミをもてあそぶオス猫のようにナポレオンの大軍団を手玉にとっていた。雪の山のなかに葬られた金のワシたち、真っ赤な血に染まった熊の毛皮のシャコー帽の血みどろの山を見た。これらの冒険、血をたっぷり吸った多くのせんじょう、その上でうかつにも足をすべらせてしまった革命、それらはみんな無駄だったのだ。
    だからガストンはもうほほ笑まなかった。ある村で逃走するワシたちの群れと別れ、中尉の軍服を焼き、すごく大きな羊の毛皮を買って、小さな牧師館にとどまった。牧師館は他の百姓の家とは変わるところなく、木造で、屋根は藁を束ねたもので葺(ふ)かれていた。ストラディヴァリのバイオリンのほかに彼の手にはくしゃくしゃになった『社会契約論』だけが残った。そしてその後にながい冬の夜が続いた。そんな夜、彼ははじめて娘のためにバイオリンを弾いた。いまはしばらくガストンの幸せな月日のもとにとどまることにしよう。私は彼が好きであり、彼と楽しみたいのだ。
    この聖なる町の上方の白い冬空に黒い煙の雲がただよった。イヴァノヴォの町のすべての住民は屋根裏部屋に寄り集まって、見つめ、なき、さけび、そして恐ろしい火事を呪った。そのときコサックたちは村を通過していた――村人たちはころほど大勢の兵士たちを見たことがなかった。コサックたちはコサック鞭を振りまわし、冗談を言い、まるで逃走しているのではないかのように笑いあっていた。確かに彼ら自身が追跡者だった。ときどき誰かがあぶみのうえに突っ立ち喚声をあげる。ほかの者は三メートル近くもある長い槍で屋根裏部屋の窓からのぞいていた娘たちを突き刺した。こんなことが三日三晩続いた。コサックたちは村を少なくとも十回は焼き討ちしたいかのようだった。
   「おい、一緒に行こう。やつらの前で何もかも焼いてしまおう。やつらは腹ぺこで死んでしまうだろうよ」
    地平線上の十四本の煙の柱が、この聖なる町の周囲の村々をすべて焼き払ったことを示していた。こうしてフェラポント・ティモフェヴィッチがイヴァノヴォの町の焼き討ちをうまく防止できたということは、文字通り軌跡といわざるを得ないものだった。この神父の眼光にはコサックの将校たちをもまごつかせるような、なにか特別の力がやどっていた。少なくとも百姓や牧師館の使用人たちはそう言っていた。やがて雪のヴェールの向こうに光栄舞台が消えていき、ふたたび静けさがもどった。ただ兵隊たちのあとからカラスが続いていった。それはコサックたちと同じくらいに膨大な数だった。
    それから、またもや青い外套に熊の毛皮の軍帽の連隊、羽根で飾った高い鉄兜の軽騎兵、胸甲をつけ鼻ひげをはやした竜騎兵、その鉄兜のてっぺんには馬の尻尾の毛がたなびいている。そして、またもや恐ろしい静寂とカラス。今度は熊の毛皮の軍帽に、軽騎兵、竜騎兵、ばらばらになり、もはや金のワシはなく、引き裂かれ、手足は傷つき、凍傷にかかり、ぞろぞろとつながって歩く。すぐそのあとにはコサックと赤い外套のチェルケス人が続く。最後には静寂。そして雪の中の死体。農民たちは彼らを裸にして、略奪者コサックが見落としていったものを探しまわる。
    そのころガストンはすでにフェラポンt・ディモフェエヴィッチの家でくつろいでいた。そして最年長の神父の娘がまるで超地上的存在を見るかのように彼を見上げていた。それに先立つある晩のこと、ヴィエラはガストンが馬小屋へ忍び込むのをそれとなく気がついた。彼女はガストンの言葉が理解できず、彼を恐れたが、それでも敵とはみなさなかった。彼女は彼を藁の中に隠して、彼を助けるように父に頼んだ。神父は手燭を持って馬小屋に入ってきた。ガストンは首から小さな布袋をはずして神父に渡した――そのなかには十七枚のナポレオン金貨が入っていた。
   「お取りなさい。こいつをコサックどもに渡す理由はありませんからね。この金貨もあなたのものになるほうを喜ぶでしょうよ」
    顔じゅうに茶色のひげを生やした大男は、わかったという身振りをして笑顔でもってその金貨を受け取った。次の日、馬小屋に羊の毛皮と、長靴とっ革ベルトと黒いシャツをもってきた。神父はそのすべてを館の執事から買ったのだ。彼はガストンの服をやぶり、二本角の将校の軍帽までも引き裂き、何もかも馬小屋の陰で焼いた。こうしてガストンはフランスの皮膚を脱ぎ捨て、ロシアの皮膚を着たのだった。
    ガストンはフランス軍の進撃のときからルパン将軍の擲弾兵として、昆虫によってロシア語をいろいろと覚えていた。将軍は熱烈な昆虫採集家だった――彼は部下たち全員にジャムの瓶と薬用アルコールを携帯させて、進軍の途中溝のなかなどでみつけたこんちゅうをすべてアルコールのなかに放り込むように命令した。そのとき以来、ルパン軍団は通常の認識から遠くかけ離れたものなった。それというのも老ワシたちは昆虫採集の口実のもとに、てんでばらばらに歩きまわり、ジャムの瓶のなかにまだぎざぎざ足の生き物が入っていないときはアルコールの一部を飲み、そのなかでカミキリムシやヒジリコガネムシが何匹か溺れて死んでいるときは、それを確かめてから残りのアルコールを飲んだ。
    しかし、いまはガストンのことを話したい。彼はその単純な形態のなかで多様で、神秘的で、しかも変わりやすいサルマチア平原が無限に、かつ、死ぬほどに憧れる第二の故郷になることを予感したかのようにロシア語の単語をかき集めた。こうして彼はイヴァノヴォまでたどりつき、ここにとどまろうと決心したのである。そのころまでには、すでに日常的な会話も決り文句もなんとか理解できるようになっていたし、だからヴィエラもさらに彼に言葉を教えることができたのだ。地面や空や、インコやサモワールを示し、子供、馬小屋、牛、飼葉桶を指し、すべてのものの名前を忍耐強くくり返した。そして自分ではロシア語をうまく発音することができるようになると、ガストンはフランス語の単語で応じるようになった。するとタタール人のやや斜めに切れ上がった目と上を向いた鼻をしたヴィエラは驚嘆すべき速さで外国語の発音と意味を吸い込んでいった。
    ガストンは自分の大きな手で、長い指のがっちりとした娘のてをにぎりしめ、斜めに彫り込まれた黒い目を見つめて、彼のえんえんと続いた冒険の旅も、いままさにおわったのだと悟った。そして、この背の高い、花の茎のようにひょろっとした娘こそ彼が子供のころから探し求めていた娘であり、彼女もまた生まれたときから、すでに彼を待っていたのだと感じた。そのすべてを彼はバイオリンを通して彼女に語った。だって、どっちにしろ言葉ではそのことを十分言い表せなかったからだ。E弦はとっくに切れていたが、ストラディヴァリは彼の腕のなかで生き返り、心の底からうたい、子供っぽい幸福感によって男性の生命を共振させ、書くも急激に情熱へと結晶させていった。
    ストラディヴァリは、いま、外国の無限に続く春の平野で、かつてのポー川のほとりの別の平野の思い出をうたっていた。うすれゆくモンテヴェルディやボッティチェリの『春』(プリマヴェラ)のイメージ、愛、それに空にたなびく白い雲の永遠の賛歌をうたっていた。また、イコンに描かれたひげもじゃの聖人を通して、サン・マルコ寺院の鳩の羽や、幼い顔の天使ケルビムの羽ばたきの音をうたった。
    わら束で葺いた屋根の家々のためにはガヴォット、マドリガル、田園劇のなかのパヴァーヌをうたったが、そんなときストラディヴァリはおがくずを入れた籠のなかに転がり落ちるマルキース(侯爵)たちの首のことや、ギロチンに寄りかかりながら短いブレトン地方特有のパイプを吹かしていた赤毛で大男の首切り役人サンソンのことを思い出していた。やがてガストンとヴィエラの結婚式では大いにうかれた。ガストンとヴィエラはたしかに生きに生きた。死が終止符を打つまでは……。










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