(6) ディエーゴ・フランシスコ・ギマラエス・イ・ギマラ


    ヌワールヴィーユの館では狐狩りがはじまろうとしていた。広い中庭にはすでにグレーハウンドの群れが準備をととのえ、馬丁たちは厩舎から貴人の客人たちの馬を引き出し、それらの馬の欠点をああだこうだと嘲笑まじりに言い合いながら品定めをしていた。客人たちは館の回廊のアーチ型をしたアーケードの下に集合し、パイプタバコを吹かし、嗅ぎタバコをかいだりしながら、真紅のコートを着た狩猟長が灰色のカバーをかけた栗毛の馬に騎乗するのを待っていた。やがて彼らも笑ったり、冗談を言ったりしながらあぶみに足をかけて騎乗した。
    そのとき、秋の太陽の透明な光に向かって大きく開かれた表門のアーチのかげのなかに、館の丘の頂からくだる斜面に沿って植えられた楡の並木道を背景にして片足の男のシルエットが浮かび出た。狩猟蝶は真鍮の角笛を口にあてると、赤ら顔の農夫の顔をふくらませて、狩猟開始の信号を吹き鳴らした。こんなときに、城門のアーチの下の一本足の男の影などにだれが注意を払うだろう。馬はいななき、絹のつやの毛並みのグレーハウンドは待ちきれずに吠えている。乗馬靴の客人たちもご婦人方も鞭を鳴らした。みんな豪勢な朝食に腹は満ち足り、そして内輪の夜の楽しみごとに思いを馳せていた。
    ただ、マルキース・シャトルヌワールだけが注意深く見つめてから、しぶしぶ馬から下り、片足の訪問者と二言三言ことばをかわしてから、ふたたび馬に乗り、集団の先頭にたって、ひづめの音をとどろかせながら跳ね橋を抜け、日光に照り映える楡の並木のほうへ駆けていった。
    一本足の男は長いあいだ彼らのあとを見つめていた。やがて黒い三角帽を取ると、汗にぬれた額をコートの袖でぬぐい、門番小屋に入って、椅子に松葉杖を立てかけ、ゆっくりとパイプにタバコをつめた。それは小さな頭と長い柄のついたオランダ製のパイプだった。門番のジャックはこんなパイプはフランドル地方でしか見たことがなかった――この地方ではご主人方も農夫たちも、いつも例外なしに土器製の頭のついたパイプを使っていた。
    来訪者は一言もなく椅子にすわった。すると小部屋のうす明かりのなかで彼の白いかつらだけが白っぽく見えた。ジャックはまったく何の根拠もないのだが、それにもかかわらずこの片足の男がわざとのようにゆっくりと火打石と火口(ほくち)で火をおこして火をつけ、その火を紙に移してから、ゆっくりその小さな頭のパイプに火をつけるのを見ながら、抑えがたい憎しみを覚えた。この男がさっきご主人さまと話をしているのをみていなかったら、ジャックは有無を言わさず、とっくにこの片足男を門番小屋から放り出していただろう。
    いまは憎しみを抑えながらこのよそ者のことをいろいろと勘ぐっていた。この出現はいったい何のためだろう? 右には松葉杖、左は剣だ。しかもその剣は農民や市民とをくべつするための貴族の細身の剣ではなく、長くて白い剣帯に吊った剣は、コンデ公軍団の胸甲騎兵隊の将校がさげているような真鍮の柄に丸い網のガードのついた太身の剣だった。ただ、銀ボタンのついた濃紺の外套の肩の金の房飾りはなくなっていた。泥にまみれた乗馬靴には拍車はない。顔は茶色だった――この浅黒い顔をすでにどこかで見たことがあるような気もした。しかしあのときは、顎の山羊ひげといやに目立つ鼻ひげで顔全体が黒っぽく見えたものだった。いまは皇帝軍のようにひげなしの顔をしている。かつての旗手は文字通りこの男から、これまでかつて覚えのない恐怖心を呼び覚まされるのを意識した。そして、いま……、いま、このうす汚い一本足の案山子を恐れる必要がどこにある?いあまとなってこんなやつにどんな意味があるというのだ?
    マルキースの思いがけない帰館はジャックの不安をいっそうかき立てた。マルキースが狐狩りを途中で放棄してもどってくるとは――澄みきった大空からいきなり雷光が降ってきたとしても、これほど驚きはしないだろう。片足の男がマルキースのあとに続いて館の回廊の階段をのぼっていくとき、松葉杖の音がマルキースのうしろっでこつこつと響いた。あの二人を結びつけているものはいったい何なのだろう?
    長いあいだマックは警察犬(ブラッドハウンド)のように耳をそばだてていた。やがて一本足の男がマルキースと一緒に回廊の上に現われるのが見えた。二人のすぐうしろで下男のフレデリックが三個のバイオリンのケースをかかえていた。片足の男はマルキースに何かの紙片を渡し、受け取った男はその紙片をこまかく引き裂いた。すると片足の男は苦労しながら三個のバイオリンのケースをかかえてびっこを引きながら去っていった。マルキースはふたたび馬にまたがると、ひづめの音を響かせながら猟場へ向かった。下男は回廊の上にしゃがみこんだ。ジャックは彼のほうに駆け寄った。
   「何があったんだ、ふれでりっく?」
    下男はにやりとした。
   「知らん。おおかた、賭けだろう」そう言ってフレデリックは破れた紙のきれっぱしを示し、二人はそのきれっぱしをつなぎ合わせた。ダイヤのクイーンだった。
    酒場の親父コルニュデが次の日、ジャックとフレデリックに一本足の男が彼の酒場に立ち寄ったときの様子を話して聞かせた。
   「聖バルバラと聖クラーラの御名に誓って言うが、あいつは恐ろしいやつだぞ。あの片足野郎はな――松葉杖は右のわきの下で、三個のバイオリンのケースは左のわきの下だ。それに剣ときたら棒っきれのようなのが革の吊り帯に下がっている。ほとんど引きずらんばかりだ。それにやつのうしろではガキどもがキーキー声ではやし立てるし、犬までが吠えかかっていた。そやつはここの扉の前に立ち止まって、一息入れると、松葉杖で背後をはらった。その勢いで羽根飾りのついた帽子が下の水溜りに落ちるほどだった。その松葉杖で子供の一人が頭をうたれた。たぶんデュラックんところのガキだとおもうが、そのはずみで舌を噛んだばかりか、口から折れた歯が二本飛び散った。それから不意に松葉杖によりかかると、その一本の足でその犬の鼻面を思いっきり蹴り上げた。まさに犬の首のなかに靴のかかとまで突き刺さらんばかりの勢いだった。いまでもわからん。思ってもみてくれ、一本の足はない、もう一本は宙にういとるんじゃ。案山子みたいに一本の棒の上に浮いとった。
    それから酒場に入ってすわった。ほれ、まさにあの椅子にじゃ。それからワインのかわりにインキを注文した。わしはその旦那のために小僧にインキを取りに走らせた。そのあいだに旦那はガチョウの羽根をといで細くして、ケースの一つから四つにたたんだ紙切れを取り出してテーブルの上に、そう、そっちのてーぶるだ、広げて、バイオリンの弓に松やにを塗って、さもわっているというような顔でニ、三度ひどい音でバイオリンをひっかいていた。そのうち小僧がインキ壷をもってもどってきた。おとこは羽根の軸をインキにひたして紙に書いた。ただ、ほんのちょっとがさがさ言わせただけだった。
   『コンパラウィット・ディエゴ・フランシスコ・ギ……』
    それ以上は肩越しに見ることはできなかった。それというのも、その男が不意にすごい目つきでふり向いたからだ。まるでぞくぞくっとせず自我寒くなるほどだったぞ。それから、すぐ、笑いだした。まったくきがおかしくなったか、もしかしたら悪魔そのものみたいな、そんなふうにしてながいあいだ笑っていた。それにしても、いいか、あいつは自分の目と同じくらいくろい口をしていたな。主に栄光を!」



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