東京新聞・書評 2005.6.21(日)
カレル・チャペック著
田才益夫訳(青土社・2310円)
カレル・チャペック童話全集
――生き物の愛らしい手触り――
なつかしいチャペック童話が、初のチェコ語からの訳でよみがえった。あの『長い長い医者さんの話』の名場面がつぎつぎにあらわれる。郵便局に住む小人たちが、おでこに手紙をあて、
こもった愛の温度でカードとしての等級を決め、夜中にトランプ遊びをしている場面。
七頭竜の赤ちゃんを拾ってかわいがっていたお巡りさんが、ご近所の圧力でどうしても飼いきれなくなり、泣いていると、その膝の上に竜の頭のひとつが優しくのっかってくる場面。
その昔「匂いのかげる神さまがほしい」と犬たちが願ったために、犬が集めてきた犬以外のものの骨から人間が作られたこと(だから人間には犬の忠実さだけが欠けている)。
今回これらの物語を読み返してみてつくづく感じたのは、ほんとうにチャペックは生きが好きなんだなということである。そう、彼は『ダーシェンカ』という自分の愛犬の物語も書いているし、
今回初訳の「とってもながーい猫ちゃんの童話」の黒猫だって、問答無用のかわいらしさだ。
どの話もうっすらと昔話の型を残しているが、子どものやわらかい心をつかんで放さないのは、生き物(人間も化け物も含めて)たちのぬくもりゃ愛らしいしぐさの持つ、
ものすごくリアルな手触りなのだと思う。
これが古い昔話に実感を与えてくれている。特にものを食べるシーンのおいしそうなこと、そしてもうひとつ愉快なのは、昔話の存在が時流にあわせて、
例えば温泉の世話をするカッパになったり、
銀幕で活躍する妖精になったりするという趣向だ。
映画の中の存在は光線でできていて、暗い場所でしか存在できないから正体は妖精なのだ、というわけ。
本書が書かれた時代(一九三一年)にはそんなテクノロジーも発達し始め、思えば「ロボット」という言葉を発明したのもチャベックだった。
昔話とテクノロジーのはざまに暮らす同胞の生き物たちを愛情たっぷりに描いた、それがチャペックの童話だったように思える。
〈評者〉井辻朱美(歌人・翻訳家)