小学校での理解・対応・支援〜小学校から中学校へ

どうして、アルファは集団生活において、先生などに理解を求まなければいけないの?

・小1からリタリンを服用していて、リタリンが効いている間は、ADHDの特性は弱まるので、授業での指示を受けやすくなるのですが、リタリンなどの薬の服用は、ADHDの症状を減らす事だけが、目的ではなく、

薬が効いて落ち着いている時に、様々な適切な関わりや指導を受けることによって、子どもも様々な社会性・学習を学びやすくなり、良い行動が経験として残り、薬を飲んでいない時も好ましい行動が増えるように・・というのが、薬を飲む目的でもあるので、

薬を服用するのと同時に、学校での様々な適切な関わりや指導を受ける為に、先生に理解していただくのは必要になっていきます。

 またアルファのLDの部分は、リタリンだけでは改善されないので、聞き取りLDについては、席は前列で、なるべく解かりやすい話・視覚言語の教材の多用(プリントなど)で授業を受けるほうが、授業に参加しやすいのです。(長い説明・話を聞き取るのは、アルファにとっては難しいことなのです。家庭では、なるべく予習をして、授業での先生の言葉や話が聞き取りやすくなるようにフォローしています)

 薬を飲んで落ちついているように見えても、その子どものADHD、LDの特性を理解した対応でないと、集団生活・授業への不適応と情緒の不安定がどんどんひどくなり悪循環として、周りから問題行動と思われることが増えてしまうことがあります・・・。


◆理解をなかなかしてもらえないことについて

何かをしてくれるということが当たり前のことじゃないんだよね。
今当たり前にある養護学校も、どんな想いを持って作られたかと思うと・・

ADHDやLD、ASなどまだまだ世間に受け入れられていなかった1996年。私がADHDやLDの専門機関に初めて行き始めた時期。それからもう10年以上は経った。その間に特別支援教育もできた。特別支援教育は勝手に出来た法じゃない。もう何年も親達が、関係者団体が、頑張って法まで持ってきたものだ。辛抱してきた年数があるからわかる。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。

そして何か新しいシステムが出来るには、人材がいる。その人材への人件費は誰が払っているのか?私達だけが税金を払ってるのではないよね。ご近所のあのちょっと意地悪なあの人からの税金の中からも支払われている。みんなの税金の中でまかなってる。だから、周り回って皆にどこかでお世話になってるんだ。

子育ては辛いこともあるし、しんどい。でも、子供の小さな成長でも喜びが大きい。謙虚さをとても学ばせてもらってる。人にわかってもらう事がどれだけ大変かわかるからこそ、人の優しさを感じる事が出来る。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。

特別支援教育が出来る何年も前。学校や世間で理解されない、苦しい我が子、親としても苦しい。そんな毎日の生活の中で理解を求めて、いつかは法としてきちんと教育や支援で認められることを望んだ。。。これを実現してきた人たちの辛抱や努力をどうか忘れないで下さい。勝手に出来上がった法じゃない。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。

幼稚園と幼児期の保育でのページの下の方に、先生へのやりとりを書きましたが、要求ばかりではかえって話がこじれる時がある。話を聞いてもらえる為の努力をこちらもしなければいけない。そのためには、感謝する気持ち、謙虚さ、忍耐、我慢も必要で、けしてラクではない。

うまくいかないことへ不満ばかりになるエネルギーを、違う事に使えるように切り替える。変わるのは相手ばかりでは無い。自分自身も変わる為には時には忍耐と努力、また気持ちを良い方向へ切り替える思考力を身につける。ストレスの解消もうまく見つけることが出来れば・・と思う。


小学校6年間

先生との関わりの話では、文章力も無く、文章にするとなんだか全体的に偉そうな感じがして申し訳無いと思っております。それでも、通常学級の中で先生がどのように子供に関わっているかで、クラスの他のお子さん達への影響もとても感じてきました。

確かに、ご迷惑やお手数をたくさんかけてきました。それでも先生の理解や対応がうまくいっている姿は、他のお子さん達もしっかり見ていて、そのおかげで他のお子さん達とも何とかうまく付き合うこと出来ました。子供達は、いつも大人をしっかり見ていて、先生の日頃の行動や言葉もしっかり見て聞いてるんですよね。

なので、息子への理解や対応が先生の方でうまくいっているということは、クラス内の他のお子さんともうまくいっていたりするんですよね。もちろん、これもうちの場合の話であって、お子さんの特性や地域の状況などで違いはあるかと思いますが、

通常のお子さんと比べ、理解しずらい、対応しずらい子なら、尚のこと、先生がそのお手本となる、理解や対応をしていたら、他のお子さん達の受け止め方もずっと変わってくることも当然あるかと思います。

中学生進学にあたり、私としては不安がとてもありました。でも小学校6年間の間、学校の先生には理解をして頂き本当に感謝しております。中学では私から子供の事を説明するより、小学校の先生から説明して頂くのが良いと思い、担任の先生に息子ついての説明をお願い致しました。
(これはあくまでも我が家の場合であり、親御さんが説明したほうが良い場合も、もちろんありますよね。。)

中学校の先生には充分に引継ぎをして下さり感謝しております。そして中学校の先生も理解をして下さり感謝しております。

先生との関係の中では、息子だけでなく、親の私もたくさんの事を教わり感謝の気持ちは変りありません。。

至らない親ではありますが、今まで本当によく理解して頂き、この感謝の気持ちは忘れる事が無いと思います。今後色んな困難な事があったときにも、支えてくれた経験を忘れずに、人を信じ、感謝する気持ちを忘れずに、謙虚さもなくさない様に頑張っていきたいと思いますm(_ _)m


通常、子供は経験を通して社会性を学んでいくのだけど、その社会性を学ぶに、最初から社会のルールや仕組みを頭で理屈で理解していくのではなく

感覚で学んでいくんですよね。見たもの、聞いたもの、その時の大人の言い方・口調や、顔の表情から学ぶ方が大きいのでは??と思うくらい。

だからこそ、大人の本音と建前があることも、感覚的には見破っているのだと思います。ただ大人の本音と建前を、理屈として理解出来ていないので、大人のそういった矛盾を、子供達はうまく説明できなかったりするけど、「大人の矛盾は感じてる」と思います。

だからこそ、先生がどのように子供達に関わっているかで、そのクラスがどんなクラスになるか、やはり先生の対応や関わりがとても影響あるのは当然だと思います。 普段から、言葉で道徳的なことや優しさを伝えていたとしても、先生が、ある子に接する時に、瞬時に冷たい表情になったり、きつい表情になったり、冷たい口調、暖かみのない口調・・・・になったりした事の方が

子供達は、先生の言葉だけの説明している道徳的な話を理解して覚える事より、

その時々に出る、冷たい表情、怒りの表情、冷たい口調、暖かみのない口調、そういった事の方をむしろ覚えていたりします。その時の状況を感覚的に感じながら、子供達は社会性を学んでいくのだと思います。

色んな状況や要因があるので、一概にこうであると断定しているのではないのですが、周囲の大人の対応については、話し伝えることよりも、行動の方を子供達は見ている。言葉と実際の行動のどちらを子供が優先して影響を受けてるかといえば、行動の方だろう・・と個人的にはいつもそれを感じてきました。

悪気がある、無しに関わらず、矛盾のある行動というのは、信頼出来ない。それは、子供達が感覚的にもう充分知っている事なので、矛盾のある行動が多い指導の中では、うまくいっていませんでした。


◆小学1年生

いよいよ小学校入学。担任の先生は、子供ひとり、ひとりの個性を充分考えながら、接してくれる先生でした。ADHDというのは、事前に知らせてあったので担任の先生は知っていました。小学校からは、リタリンを服用するという選択をしました。幼稚園では、なんとかおさまってきた多動でも、やはり小学校と幼稚園では内容が違いすぎるため、学校での先生の配慮だけでは適応しにくいため、2次障害を防ぐためにも、服用することに決めたのです。

幼稚園の卒園2週間前から、薬の量の調整を始めました。最初は5mg(1/2錠)から始めました。少しずつ増やしていき、1錠だと気持ち悪くなるようです。7.5mgがちょうど良いかなと思いました。そして午後のぶんは、5mg(1/2錠)をひとつづつ小さい袋に入れ、養護の先生に管理をお願いしました。

小学校入学からリタリンを飲み始めた幼稚園の頃とは、別人のように多動はありませんでした。 病院の主治医の先生も学校に出向いて下さり、ADHDについて、説明して頂きました。初めての授業参観の時、プリントを使っての国語だったのですが、先生はひとりひとり子がちゃんとプリントをやっているか見回ったり、言葉がけする際もいっぺんに、あれもこれも言わずひとつひとつ区切ってお話ししてくれて、とてもわかりやすい授業でした。

帰りの学活でも、「帰る持ち物を用意してください」と言ってもちゃんとやらない子がいると知っている先生は「持って帰る物を用意していない子はーー?」と再度大きな声でかけしてくれる先生でしたので、白衣や体操着を学校に忘れる事はほとんどなかったのです。(驚き!!)

算数の授業でも、プリントを活用する授業か多かったのですが、皆がちゃんとやっているか見て回る先生で、どの子もたくさんのプリントを毎学期持って帰り、きちんと先生のチェックが入っていて、いくら30人学級とはいえ、本当によく子ども一人・一人を、丁寧に見てくれる先生でした。

ただ、薬がきれる4時間目頃から落ち着きなくなり、おしゃべりが止まらない状況が目立つようでしたが、担任の先生もこれも特徴のひとつだととらえて下さりうまく学校生活 が送れるよう指導して下さいました。1年生のうちは5時間目は2回しかありませんし、5時間目の授業も図書などだったので午後の服用はやめにしたいなと思い担任の先生に相談したのですが、「服用したほうが良いのでは?」と言われたので(^-^;)、やはり1日2回飲んでいました。

◆小学2年生

クラス替え、担任の先生が変わり、学習も1年生のようにプリント中心でなくなり、また新学期の最初の席が出席番号順で廊下側の後ろという事もあり(新学期早々、ADHDや聞き取りの悪い事もあるので連絡帳には、前席でとお願いしていたのですが、なかなか席変えにならず・・)、1年生の時とは、全く対照的に、新学期早々、新しい環境に全くなじめず落ち着かなくなってしまいました。

たまたまなんでしょうが、同じクラスの女の子では、前の先生が良かったと、泣きながら1年生の先生に手紙を書いたりして・・・。アルファのほうでは、 1年生の3時間目くらいから落ち着きがなくなり、多動、 居眠りが目立ち全く授業に参加していませんでした。。毎年、担任が変わるので主治医から学校へ出向いて説明していただく事等、去年もしていただいたので、今年もお願いしますと言うことには、心よく受けてはくれましたが・・・

担任の先生が心配されていたのは、新学期の遠足で、写真撮影の時どこかへ行っていなくなったので、それが心配のようでした。アルファには一斉の声かけは聞こえていないことも多いので、それを説明すると先生からは、「とくかくどこかへ行ってしまうのは心配」と言うだけで、そのようになってしまうアルファの行動特徴はあまり耳に入らないようでした。。

担任の先生はアルファに厳しくするわけではないのですが、放任に近い状態で、でも何かあると「心配だ」とは言います。そしてアルファがどうしてそのような行動を取ってしまうかには、無関心でもありました。どんどんアルファの行動はエスカレートしていくばかり、去年の担任の先生は 転勤してしまったし、困ってしまいました。

言葉の教室の先生に相談すると、「今年の 新しく転任された教頭先生は特学で担任していた経験のある先生なので理解あると思いますよ」と言われ、そうこうしているうちに、朝、学校へ連絡する時に教頭先生と話する機会があり 教頭先生も私の気持ちを充分理解してくれて、教頭先生の説明で、担任の先生は理解してくれるようになりました。担任の先生のアルファへの指導、授業の教え方を少し変えて頂いて、もちろん叱られる事もありましたが、アルファの得意な学科ではよく誉めてくださりアルファは、1年生の頃のように随分落ち着いてきました。

担任の先生が関わり方をつかんでくださるようになり、先生が「こういうことがあると心配だ」と今まで言われていた学校での問題行動とされてたことが段々と減ってきました。そして次の学年の引継ぎには、先生のほうからしっかりと次の担任の先生に「席は、前のほうがいいよ」と引継ぎをして下さったくらいでした(苦笑)

どうしてそのような行動を取ってしまうのか、その行動を減らしたい時にはどのようにしておいたら良いのかについては、関心無かったのが、3学期の頃には、そんな事無かったかのようです。無関心ではなく、よく見てくださっていました。もちろんアルファのことだけでなく、他の生徒さんもよくみて下さっていました。子供をただ眺めているのではなく、気持ちと行動をあわせて見てくださっているのがわかりました。。。

あるお母さんは、お兄ちゃんがその先生に担任をしてもらった時は、子供にあまり関心なく放ったらかしという印象が強くてあまり期待していなかったけど、あの先生変ったねと・・。2学期の中間あたりから他の保護者の方からも、とても評判の良い話しを聞くようになってきました。先生には、子どもの気持ちと行動をみながら接して下さり、本当に、感謝の気持ちで過ごした2年生でした。

◆小学3年生

クラス替え、担任を知りちょっとがっくりでした。今まで学校へ行った時に、よく見かけてたこの先生は、いつも生徒を叱っている感じの先生だったから・・・

それでも救いだったのは、教頭先生が居てくれたこと。。。担任の先生も教頭先生が必ずアルファのことへの理解をとても大事に話してくれたので、なんとか過ごせた3年生の学年だったと思う。。。

教頭先生のフォローで、アルファの心理の先生にアルファ自身のLDのこと、不器用のことなど聞きに行ってくれたりして・・(だけど、それを担任の先生がどれだけ理解できたか?となると・・・もちろん最初からすぐにわかってくれとは私も望みません。。)

それでも、教頭先生がいなければ、きっとアルファはいつも怒られているか、対応しきれないと、授業で放任されるかだったと思います。

こんな風に書いてしまうと、なんだかヒドイ先生のように思われるかもしれない。。担任の先生が悪いのではなくて、アルファは確かに扱いづらい子なので、たいていの先生には、対応が難しい子だと思う。

それでも、アルファに対しての関わりを、こちらが何度も先生に話しをしなくても、上手に関われる先生も実際には、いるのだけど。。。

3学期になり、薬を飲み忘れた日が一度あった時、薬を飲んでいるいつもと変わらない状況がありました。多動も以前より減ってきたのか?と3年生の終わりになんとなく感じました。。

◆小学4年生

教頭先生が転任になるということだったのか?、「お母さんの希望する先生はどんな先生ですか・・」と話を頂き、去年新任で入ってこられた先生が、いつも学校で見かける時、その先生はとても子ども一人・一人を大事にするように感じたので、その先生を思い浮かべながら話をさせて貰いました。
教頭先生も、一斉教育を中心に考える先生より、子ども一人・一人を大事にする先生のほうが、アルファ君にあっているねと話してくれました。

転任後のことまで、教頭先生には考えて貰っていたのです。
(どうかすべての学校の校長先生、教頭先生へ・・・、この子達をうまく指導出来る先生は、学校内に全くいないわけじゃないのです。)

一斉教育を中心に考える先生が悪いわけではなく、ADHDの症状もまだまだある小学校の中学年なので、一斉教育じたいがアルファにあわないので、そうゆう指導が多いと、先生もアルファを指導する際に大変なストレスを抱えるだろうし、アルファも大変なストレスを持ってしまうことにもなるし・・。

新学期が始まったある日・・・顔色冴えない感じで帰ってきたアルファ。。。
何かあるな??と思い、「怒らないから話して・・・」とアルファの話を何とか聞く事が出来た。

算数の授業で「クラスで100点以上が17人いたら次の日、ビデオを見ても良いよ」となり、アルファは頑張って100点をとったらしい
だけど、見るビデオは多数決で、サッカーのビデオになってしまい、運動苦手なアルファはもう大爆発!!
先生に案の定、食ってかかったらしいのだけど・・・

「先生はアルファに、”仕方ないんだよ!!”って怒ったりしたの?」と聞くと、
「うううん、先生は”仕方ないんだよ。。”と言うだけだった。先生は怒らないよ。だから俺は、本当にガッカリして、元気なく帰ってきたんだ。」と
本当に力なく、ガッカリと言う感じ・・・

担任の先生はスゴイナァと、感激してしまった。。だって、まだアルファと数日しか過ごしていないのに、怒らず冷静に対処してくれた事が。。

反抗的な態度で自分の思い通りにならない怒りをぶつけるアルファに、たいていは、どの先生(大人)も、アルファのかんしゃくに耐え切れず、怒るがほとんどだったし、そして怒られたアルファは、更にひどいかんしゃくを起こすわで、悪循環というのが、今までのパターンだったから・・・

教師生活○数年なんて、関係ないんだ、、アルファにはやっぱり子ども一人・一人を大事にする先生が一番あっているし、きっとそうゆう先生なら、どんな子にも良い先生なんだろうなぁ・・・と当たり前のことだけど、、、

でもどうして、子ども一人・一人を大事にする先生って、どうしてこんなにも少ないんだろうっていつも思う。。そんなに子ども一人・一人を大事にするって、クラス運営の中では難しい事なのかな??

◆小学5年生〜6年生

5年生では引継ぎもして下さったようで理解もあり、また担任の先生は、6年生に上がる時も変らず同じ先生で私もほっと致しました。小学5年生〜6年生にかけては、多動が随分とおさまり、今まで自分の思い通りにいかないと激しくかんしゃく起こしたり・・というのも随分と減ってきました。6年生からはリタリン服用は終わりにしました。

4年生からクラブ活動が始まりますが、同じクラブを続けていました。クラブを楽しく続けられたのも、先生の理解がありました。これがのちのち中学でも同じ部活を続ける事になり、多動がある息子には、スポーツを続けることができ、良かったと思いました。

5年生〜6年生では、多動もおさまりかんしゃくも減り以前より扱いやすくなったのはありますが、でも先生の理解があったからこそ、なんとかうまく過ごさせてもらったようなもので、本当に感謝しております。

 (この時期は、私のほうがよくありませんでした。子どもの為にと思い入ったある会の活動での仕事が増え、日中はパートとはいえ会社勤務していたので、私自身の日中の仕事と息子を家庭でちゃんと育てることと、会の活動での仕事が加わり、睡眠時間が4時間しか取れないということが出てきました。

 私も子育てはまずおろそかに出来ないので、自分の持てる時間も限られているので、と申し出ても「お金を払うから・・」となってしまい、お金は頂かなかったのですが、しばらくの間家庭での子育てがおろそかになったことがありました。このままではいけないと思い、辞めましたが、この時期はあまりよく子供を見ることが出来ず、今でも反省している部分であり、今後はこういったことが無いように気をつけようと学んだ時期でした)

先生との関わりの話では、文章力も無く、文章にするとなんだか全体的に偉そうな感じがして申し訳無いと思っております。

至らない親ではありますが、今まで本当によく理解して頂き、この感謝の気持ちは忘れる事が無いと思います。今後色んな困難な事があったときにも、支えてくれた経験を忘れずに、人を信じ、感謝する気持ちを忘れずに、謙虚さもなくさない様に頑張っていきたいと思います。


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