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今までずっと気になっていた、感覚統合ですが、
PDDのようなもの少しだけ持っている大人の方に、感覚についてのことを少し教えてもらいました。
その方は、もののけ姫のアニメーションの中で、出てくる山や木々の風景を、ただのアニメーション(絵)でしか見れなかったそうです。その方自身が自然に触れる感覚を磨く事により、アニメーションに出てくる山や木々の風景を、アニメで見ても感じる事が出来たそうです。
この話しを聞いて、息子に似ていると思いました。息子と蛍を見に行った時、息子はわくわくした気持ちというのがまずありませんでした。蛍を見つけて、飛んでいる姿を見ても、ただの風景でしか見ていないようでした。。蛍は動きが鈍いので、蛍を捕まえて手のひらに乗せて、やっと「蛍だぁ」といった気持ちが出てきた感じでした。
その方が、”子どもの頃自分の気持ちにも人の気持ちにも感心が無かった”と聞いたとき、やはり息子と似ている・・と思いました。
自分の気持ちに、感心なければ、自分の気持ちに問いかけることもほとんどしないだろうし、自分の気持ちを育てられないだろうし、自分の気持ちを育てながら、他人を感じていき、それが人との関わりに関係してくるのに、自分の気持ちに、感心なければ、自分以外の人の気持ちもうまく感じられないのは、当然だと思いました。
この方とは、アルファは共通する部分は少しあるけれど、すごく似ているという訳ではないのですが、
赤ちゃんの頃から自分に、入ってくる感覚をうまく、取り入れることが出来なければ、赤ちゃん時代に、お母さんをうまく認識できない、周りにも鈍感・無関心んにならざるおえないこともあるんじゃないかって。。思うことあります。
自分に、入ってくる感覚がうまく行かないと、心の育ちも当然遅くなるんでないか・・と、
感性と心の育ちは、とても関係あると、息子を見ているとそれをよく感じます。
感覚統合の理論を考えたエアーズの書籍では、「感覚統合と学習障害」という本があるくらいなので、LDと、感覚統合は関係があるのは、わかるのですが、感覚統合のアンバランスは、自閉症スペクトラムのお子さんにも多く見られますよね。。
息子については、PDD(広汎性発達障害/自閉症)の典型的な説明より、感覚統合を通して、理解しようとするほうが、なんだかとても私は、納得しやすいです。(PDD/広汎性発達障害/自閉症としてではなく、感覚統合障害と言われたほうが理解しやすいといった感じです)
それでも、小4くらいまで、会話が一方的なところが強かった息子だったので、その辺りを含め、非定型とはいえ、自閉症スペクトルとしても、当てはまるでしょう〜と、なりますが。。
(会話が一方的というのは、小5から徐々に多動がおさまるのと、ほぼ同じくらいに、一方的ではなく、会話のキャッチボールが随分とできるようになってきました。)
自閉症スペクトルの多くの方が、感覚統合がうまくいってない人が多いという特徴があるのを知ると、感覚統合という考え方が、もっと広まるといいな・・と思います。
※「子どもの頃、自分の気持ちにも人の気持ちにも感心が無かった」と、感覚について話したのは、2003年・秋頃、専門家の考えはあまり好きじゃないという方と話したときに、「やっぱり〜、そうだよね」と。。。それまで、ドナ・ウイリアムズ、テンプル・グランディンの自叙伝は読んでいたので、息子の感覚と、ドナの感覚と、テンプルの感覚、自分が感じたPDDに関係することとして、ずっと思っていたのですが、その方と話して、今までの自分の感じていたことに、再度納得できたのです。
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