赤ちゃん〜幼児期,の様子
 赤ちゃん〜幼児期,の様子  診断のきっかけ
   
生まれた!でも、赤くない!?

朝6時頃から陣痛が始まったのですが、生まれたのは12時間後の夕方の6時です。陣痛が長くて疲れてしまったけど、産まれたばかりの息子を見て、感激して泣いてしまいました。

産後入院1週間の間に、色んなお母さんに会って、赤ちゃん達にも出会いますよね。。生まれたばかりの赤ちゃんは、皮膚に赤みが強いので、「赤ちゃん」と言うのに、

アルファは、あまり赤くなく、随分と色白の赤ちゃんでした。病院で一緒に産後入院したお母さん達からは、生まれたばかりなのに、きれいだね。。と言われたのですが、血色不良だったんだじゃないかな・・・と、お医者さんに聞いたりもしたのですが、別に気にするほどでもないようで、「別に、特に問題ない」と言われて、じゃあ、大丈夫なのかな・・?と思いました。

妊娠中〜(余談)

妊娠中は、特につわりもなく、普通に過ごしていました。今は、私もすっかり肥満体型になってしまったのですが、妊娠する前は、痩せていたので、「その細い体で、妊娠している姿が想像できない〜!!」と、友達によく言われていました。。。今思うと、そんな時代もあったよね。。という感じです。。

ハトヤの大漁園状態

ミルクもすぐ吐くし、生後いつまでだったかな・・?、抱くと ジタバタと体を突っ張る時期もありました・・・(昔のハトヤの大漁園のCMの魚のように・・)。それに、アルファは、生まれてから泣いてばかりで、眠るということがほとんどありませんでした。

抱くと ジタバタと体を突っ張る時もありましたが、抱くのをやめると、泣き出します。ゆっくり揺らしてあげながら、抱っこしていると、泣くのを辞めたり、寝てくれたので、一日中ゆっくり揺らしながら、抱っこしていました。布団にじかにおろすとすぐに泣いてしまうので、寝るときも抱くようにして寝ていました。

育児の本を見ると、赤ちゃんは眠っている間に 育つと 書かれていているのに、泣いて不機嫌な事が多くて、抱っこしてゆらしてないと、寝ないし、大丈夫だろうか? と心配でした。

大学病院で お産したので、そこの小児科の先生に聞いても 特に心配しなくてよいと言われました。。それに、同じくらいに子供を産んだお母さん達に聞いても、男の子は、寝ない子が多いし、よく泣くし、かんしゃくは多いし、大変だよね〜と言う方も多く、こんなもんなのかな・・と思っていました。

道路に飛び出し公園は脱走

1歳くらいから、歩けるようになったかと思うと外に出たとたん走り出すんです。

歩くという事がなかった。外にでると常に走ってる。 まだ、歩き方さえ安定していないので、走っては、よく転んでいました。

 2〜3歳の頃も同様、外では、走る、家でも。。。

一番困ったのが、道路に向かって走っていくこと。。。(--;)  何度か走っている車に向かって突進していくことがあって、本当に事故にはすごく注意していました。。。。外の公園に行く時は危ないので、2歳なのにベビーカーに乗せて公園に行ってました。

公園行っても、 道路に飛び出そうとすることもあるので大変だった。買い物に行けば、1秒目を離しただけでいなくなるくらいすばしっこかったのです。

そして2歳の頃は、数えるくらいの単語しかまだ話せませんでした。

2歳の頃、まだ言葉が遅かったので・・・

アルファが1歳くらいから、仕事を復帰した私は、仕事の休みの日に、仲の良い友達と一緒に公園に遊びに行くということが多くて、友達の子供も言葉が遅かったので、私もアルファの言葉の遅れは、あまり気にしていなかったのです。

2歳になった頃、「言葉の遅い子向けの親子教室に近所の人が行っているのだけど、ぶーにゃさんのお子さんも言葉少し遅いみたいだから、行ってみたら?」と、簡易保険のおばさんに、集金の時に言われたんですね

世間話し程度の話しの中で、集金のおばさんも嫌な言い方でなかったし、本当に軽い気持ちで、まずは保健婦さんに相談することにしたのです。保健婦さんが、家にきてアルファに絵本を見せて「これなあに?」と聞いても、アルファは何も言わず知らん振り。。。

発達の目安となる「指差し」というのが、アルファにはまだありませんでした。子どもの発達の中で「指差し」というのが、それなりに意味があるというのを、その頃の私は全く知りませんでした・・。それに、保健婦さんが家に来ても、人見知りもしなければ、懐くこともない。。

 (生後7ヶ月から、知らない人に抱かれると、人見知りしたりしたりして、泣いたり、お母さんのほうに行きたいっていうしぐさをする赤ちゃんいますよね。。アルファも、それはちゃんとあったのです。私が仕事で、私の母がアルファを預けられない時に、一時預かり保育に預けたりもしたのですが、一時預かり保育に行きたくないときは、しゃべれないなりに、嫌がったりはしたのですが・・。でも保健婦さんが、何度か家に訪ねてきた時の、アルファの様子は、やっぱりちょっと気になりました。。)

保健婦さんが、部屋にいるのに、まるで保健婦さんは居ないみたい・・アルファだけ、保健婦さんが見えないの?というくらい、保健婦さんの存在に無関心の状況を見て、何か違う・・って、初めて感じました。でも、それも、軽く思っただけで、発達障害があるなんて、全く考えていませんでした。。

(保健婦さんに、あまりにも無関心な状況というのは、アルファの自閉的な部分といわれるところだったのだろうと、今になって思います)

診断しようと思ったきっかけとなった、言葉の遅れている幼児を対象とした親子教室も、無料でやっている教室だから、お得だしとか・・・本当に軽い気持ちで、申し込みしたのです。

診断のきっかけ
診断のきっかけ〜初めての集団行動〜家庭の医学
私が、ADHD等の専門機関に行くきっかっけになったのは、市内の保健センターでやっている言葉の遅れている幼児を対象とした親子教室に通い始めてからでした。とにかく、1秒でも座っていられませんでした。たのしいペープサートのお話しの時でさえ興味を示さず、1秒でも座っていられません。簡単なお遊戯も全くやりませんでした。

家では、おもちゃでも遊ぶし、公園でも多動はありますが、ブランコ、砂遊びをして楽しめるのに、読み聞かせ、お遊戯を全く楽しめず、ただ動き回ってる自分の息子を見て、幼稚園では、大丈夫だろうか?、集団生活ができるだろうか?と感じたのです。それに前から感じていた、制止の言葉が全く聞かないのも、「皆で一緒に」の場面になると、特に感じられることでした。

その教室の担当保健婦さんに相談すると、「多動は、治らないかもしれないし、言葉の発達も伸びるかどうかわからない」と言われ、「どうしてですか?発達が伸びないと言うのは、何か原因とかあるのですか?」と聞くと、「原因とか言うのではなく、そういうこともあるので・・」と言われ

意味もわからずただ、絶望感だけに襲われてしまい、暗い気持ちの中で、家にある家庭の医学(1992年度版)の中で、何かヒントはないかな・・・と読んでいました。(赤ちゃんの頃から、子どもの体調や様子がおかしいと、まず家庭の医学を読んで、病院に行っていたりしたので・・・)

 ・・・・「家庭の医学」をよく読んでいたのは、私自身が、自分の病気に気がつかず、早めに気がつけば治療できたことが、手術しなければいけなかった経験があったので、症状というのを軽く見ず、調べて病院へ行くということが自分の経験として強くあったので、「家庭の医学」というのは、子どもの体調で気になると、読んでいたりしていたのです・・・

その「家庭の医学」(1992年度版ですよ・・)で、自閉症というのと、微細脳機能障害症候群というものが、目にとまりました。特に微細脳機能障害症候群(MBD)は、息子の特徴に当てはまるものが多いと感じました。

また、本の説明の中で、多動という言葉もあり、それらをヒントに、何か調べられることはないかと、本屋さんへ行きました。そこで、「落ち着かない子供たち」の本を見つけ、本の内容が子供にあてはまるものばかりだったのです。

当時、お世話になった保健婦さんは(親子教室担当の保健婦さんでない人)、私より若かった方でしたが、私が微細脳機能障害症候群(MBD)というものや、「落ち着かない子供たち」という本の「多動症候群」というのがあるのだけど、症状が息子に似ているのでお医者さんに見てもらいたい・・・と私が相談したら、すぐに医療機関などを紹介してくれたのです。母の心配する思いというのを、あやふやな形で終わらせたりしないで、ちゃんと受け止めてくれる保健婦さんだったのです。

当時は、ADHDなどという言葉は、今よりほとんど認知されていませんでしたし、インターネットも無い時代で、自分の家にある「家庭の医学」から、微細脳機能障害症候群(MBD)を知り、そしてADHDを知るきっかけとなったと思うと・・。

発達障害を専門にしているクリニックで、受診をし「多動症候群(ADHD)」と言われました。当時は、こういった軽度発達障害を専門にしているクリニックは、今より少なかったそうで、飛行機を使い、わざわざ受診にくる方もいると聞きました。

診断して良かったこと

診断をして貰うときに、今子育てで困っていること、発達的に気がかりなことなど、疑問に思うことについて、どうしてなのかアドバイスがもらえます。そうすると、わけのわからない不安から開放された気持ちにもなれたりしたのです。

そして、検査をして子どもの認知の発達などの特徴を知ることによって、またそこでも子育てのヒント、子どもの学習スタイルはどのようにしていったら良いかわかってくるので、

↓知らずに子どもに無理なことをさせる

↓子どもはどうしても出来ないので、情緒不安定・自分に自信がなくなる

↓ 親もますます、子育てにストレスがたまる ↑

↑等の悪循環から、開放されてきます。。。私はそうでした。。。ただ、これはきちんと子どもを診てくれる先生方の協力がないとうまくいかないことなんですが・・・・。

また小さいうちから、「どんな小さなことでも誉めて育ててあげて下さい」と教えてもらいました。だから本当にどんなことでも誉めました。なので、自主保育の集団生活し始めた頃(年少児の頃)は、よくお友達のやっていること、「上手だね」とアルファ自身も友達の事、誉めることが出来ていたのですが。

しかし、幼稚園行くようになってからは、どんなに家庭で誉めても、友達に「上手だね」と言う言葉は出なくなりましたね。。現実というのがわかってきたのかもしれないですね。でも今でも本人なりに、自分が得意だという部分は自分で素直に認める事が出来ているから良かったです。

子育ての難しさ、理解と受容で思うこと

多動が強い幼時期、遊んで過ごした様子

幼稚園の頃

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