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今まで幼児期から療育期間・専門機関等でいろんなお子さんと出会う事があり、ADHD、LD、アスペルガーや高機能自閉症と診断されたお子さんでも、大まかな状態像は確かその診断基準としての共通点はあるけれど、
身長だって、体重だって、顔の作りだって、当たり前ですが、皆違うのと同じように、性格も、皆それぞれ違うのは当然なんですよね。。同じ診断名を受けたとしても、子どもによってそれぞれ違うのは、当然なのですよね。。
多動だとか、人とのコミニュケーションがとりづらいとか、こだわりがあるとかは、そのそれぞれの発達障害の診断としての症状とか状態なのですから、同じ診断であれば、そういった状態とかは、大まかに見て、似ていたりするだけで・・。
同じ診断でも、子どもによっては、それぞれの特性や個性が違うというのは、当然なことなのに、型にはまった理解のされ方をすることがけっこうある・・と感じることはあります。
その子どもを通して、診断としての症状を見るのではなく、診断名としての症状を通して、その子どもを見ている様な・・・。本当の子どもは、診断名の中に埋もらされている・・というような感じ。。
また、診断を受けるということに対し、「レッテル張り」というのを、たまにどこかで読んだりすることがあるのですが、診断からくる状態像を、ただ確認する為に診断を受けているのではなく、その状態に対してどうしたら良いか?の為の診断だと思うのですが・・・。
育てているのは親なのですから、何度も教えてもなかなか出来ない事があるというのを、育てている中で、何度も何度も感じたり、幼稚園・保育園で、先生の話しを聞いていないということが多ければ、園や学校での集団生活は、大丈夫なのだろうか・・と、何かしら感じることあると思うんです。
話しや場面の意味を勘違いして聞いたりすることが多い、話しの内容をはき違うことが多いということも、これも、何かしら学習面や対人関係で、影響があるかもしれないと、親は、子どもと接している時間が長いのですから、何かしらを感じることは、あると思うのです。
それが、軽度発達障害として、診断されるものだとか、そういったことは全くわからない、そういった知識はそもそも持っていなくても、何かしら、親は感じることがあると思うんです。
軽度発達障害の症状を感じ取るのは、難しいと言うけれど、病気の症状だって、病気の内容によっては、症状を感じ取るのが難しい病気、たくさんありますよね。。
病気でも、軽度発達障害でも、症状や状態を感じ取って、その症状をどのように考えていったらよいのか?が、専門機関や病院に行く目的であって、診断名をつけて、終わりではないんですよね。
親は、自分の子どもを育てるというのが、当たり前の感覚であるのですから、診断名がついて終わりではなく、よりよく育てたい手立てのひとつとして、専門機関に行くのですから・・・・。
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