テキスト


 僕が3年ぶりに彼の家を訪ねたとき、彼は机に向って足を組み、右足を小刻みに揺らし、左右の手で頭をかきむしり、5箱目の煙草を開け、6個目のコーヒーカップに口をつけるところだった。部屋は雑然とし、本が積み上げられていた。いくつかの本はこぼれおち、開いたままになっていた。線がめちゃくちゃに引いてあり、活字の上にボールペンの走り書きがあった。彼の節操の無い(少なくとも僕にはそう見えた。実際彼のメモはひどく乱暴な字と口調でかかれていた。)言葉の羅列は、著者の権力を遠慮無く踏み潰していた。しかし彼は口癖のように言ったものだ。これが物書きとしての、物書きへの最大の敬意である、と。

 何かを踏みつけた。嫌な予感がした。それは彼の眼鏡だった。別に力を込めて地面を叩いたわけでもないにも関わらず、フレームは曲がり、レンズが割れ、欠片が散らばった。不思議なことに僕の足は無傷だった。彼は笑って言った。こいつは壊れて当然だった、そして君は傷ついてはいけない。この世には壊されるべき存在と、守られるべき存在がある。

 そして、僕は前者だろう。付け加えた。彼の目を見ると、僕は余りに寒気に卒倒しそうになった。僕は気付いた。彼は何かに気がついたのだ。

 彼は何かを書くとき、常に全身に恐怖感に似た一種のアウラをたたえていた。そんなとき彼は、普段のおおらかさが嘘のように、何かに怯えていた。例えそれが雑誌のエッセイでも、長編小説でも、彼の態度は一貫していた。彼は原稿用紙にのめり込むのに比例して、時計を頻繁に気にするようになっていった。最初は30分毎に見る時計も、2日経つと30秒毎彼の視界に入ることになっていた。日に日に痩せていくのが目に見える。目は神経症的な光をたたえていた。しかし、最初のうちは絶望的なまでに進まない彼の筆は、その光の強さを吸い込み、速まっていった。そして、締め切りの日には彼の机の上には必ず原稿が用意されていた。

 彼は原稿を落としたことがない、といっている。しかし僕は彼が3回ほど締め切り直前に、箪笥の奥からストックされていた学生時代の文章を取り出していたことがあるのを、ある編集者の告げ口から知っていた。不思議なことに、そちらの文章の方が読者に評判は良かった。彼らは結局何も知らない人間なのだ。

 しかし、今日の彼の姿はそれにも増して異常だった。そもそも、彼が3年前にある理由(女絡みというのが僕らの定説だった。)から煙草を止めていた。彼はもう4日布団に入ってないと言った。彼は元々、一晩ならともかく、2日の徹夜は絶対しない人間である。どうかしたのか?僕はやや強い口調で思わず言った。

 彼は言う。驚いたよ。驚くほど筆が進むんだ。ほら見てごらん、何時もは塵箱に山になっている原稿用紙が無いだろ?それどころか消しごむのかすすらない。本当にこんなことは初めてだ。…年間文章を書いてきて初めてなんだ。僕はね、何時も追い詰められないと文章なんて書けないと思ってたんだ。僕みたいな鼠は、壁際におさまらないと、猫に立ち向かうことができない。臆病なんだ。そもそも臆病でない物書きなんて何処にいると思う?けど、けど今回は違う。何もかも違う。全てが上手くいく。時計なんてもう要らないんだ。僕は、僕の時間を生きれば良い、それだけのことだ。気付いたよ。ついに気がついたんだ。彼は驚くほど饒舌だった。彼のやや擦れた低い声が高ぶっていくのが分かった。ねぇ、僕は幸せなんだ。最後に彼は言った。僕ははじめて、僕に傲慢になれた。彼は笑った。



 翌々日の関係者からの電話で、僕は彼の死の報せを聞いた。自殺だった。僕は全く驚かなかった。しかし、涙が滲み出るのが分かった。全く感情なんて不可思議なものだ。僕は聞いた。それで、原稿は完成したんですよね?確かあの原稿の締め切りは今日だった。電話口の向こうの彼は言った。完成?彼の机の上には何もありませんでしたよ。ただ、まっさらな原稿用紙の山だけです。それしかありませんでした。

 結局過剰に感情的なニュースとともに雑誌に掲載された「遺作」は、箪笥の中の、彼の学生時代に書かれたものだった。不思議なことに、この文章は彼の作品の中で最も読者に評判が良かった。彼らは結局何も知らない人間なのだ。



as-K/2000