老子小話 VOL 867 (2017.06.24配信)

生きることと死ぬることとは、

ある意味では等価なのです。

(村上春樹、「タイランド」)

 

今回は村上春樹氏の短編集

「神の子どもたちはみな踊る」にある

短編の中の言葉をお届けします。

「これから先、生きることだけに多くの

力を割いてしまうと、うまく死ぬることが

できなくなります。」に続く言葉です。

身体の中に石を抱えていると、死んだ後

焼かれても石だけが残る。

主人公さつきの石は、ある男への怨念でした。

その男の死を願ったこれまでの人生は、

石を抱えて死ぬことと等価でした。

その怨念を占い師の女に語ろうとすると、

「言葉を捨て、夢を持ちなさい」と言われる。

言葉もまた石になるからです。

最後に北極熊の話が出てきます。

北極熊は年に一回交尾をする。

おすは交尾が終わると、現場から振り返らず

逃げ出します。

次の交尾まで、深い孤独のうちに一年を過ごす。

北極熊は何のために生きているのかという質問は

われわれは何のために生きているのかという

質問で返される。

生きることは心の闇を生み出すことであり、

抱える石は増えていく。

それは生きながら死んでいるようなもの。

生きているうちに抱えている石を減らしていけば、

死に臨んでも、心穏やかに死ねる。

そこまで春樹さんは暗示していませんが、

「タイランド」の言葉は読者に深く考えさせる

機会を与えてくれます。

 

有無相生

 

 

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