老子小話 VOL 865 (2017.06.10配信)

寛大になるには、年をとりさえすればよい。

どんなあやまちを見ても、

自分の犯しかねなかったものばかりだ。

(ゲーテ)

 

今回はゲーテの言葉です。

年をとると、自分の犯した過ちが増えてきて、

他人が同じ過ちをしても許せるようになる。

例をあげれば子育てです。

自分が現役の子育て世代だったころ、しつけは

厳しく、理不尽な怒り方をしたことも多々あった。

孫の面倒をみる年になると、孫が駄々をこねても、

笑って許せるようになる。

若いときは生活するのが精一杯で、子供の気持ちを

深く考えていられなかった。

中年で子供ができると、気持ちに多少余裕ができ、

子育てにも寛容さが持てるようになる。

人生を重ねると、自分の失敗を許し他人の失敗を

許さない愚かさが恥ずかしく思えるようになります。

ところが最近新聞で見たのは、「切れる老人」です。

年をとって寛容さが失われる問題です。

スーパーや病院で怒っているのは老人が多いそうです。

なぜ切れるのか?

年をとるとわからないことが増えてきて、他人の助け

を借りる場合が増えてきます。

しかし周りが自分を無視していると思い込み、八つ当たり

する。おまけに思うように言葉が出てこないので、

意思疎通も取りにくくなる。

これは、想像半分実感半分の意見です。

老人になると、老人しかわからない悩みも出てきます。

甘えるなと言われるとそれまでですが、年を重ねても、

新たな過ちを犯しうると自覚することが必要になります。

ゲーテさんの言うように、年をとってもすべてに寛大に

なることはないようです。

寛大さは、年をとって自然に身につくものではなく、

他人の過ちを自分の過ちとして捉え直すことから

生まれるように思えます。

もしも自分が同じ境遇に置かれていたらどうするか?、

を常に考えておくことでしょう。

 

有無相生

 

 

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