老子小話 VOL 862 (2017.05.20配信)

けふの日も 棒ふり虫よ 翌(あす)も又

(小林一茶)

 

今回は、俳人一茶のまったりとした句です。

「棒ふり虫」とは、ぼうふらのことです。

ぼうふらを知らない人は今多いかもしれません。

ぼうふらが蚊の幼虫ということも。

今日という日を棒にふった自分をぼうふらに

かけています。

きっと明日もまた棒にふるんだろうな、と

一茶はつぶやきます。

このもとになったのが、

「謂ふ勿れ、今日学ばずとも来日有りと。

謂ふ勿れ、今年学ばずとも来年有りと。

日月逝けり、歳は我と延びず。」

という、朱子の勧学文です。

今日学ばなくても明日がある。

今年学ばなくても来年がある。

でも月日は速く過ぎ去り、自分を待ってくれない。

時間の大切さを教える朱子の気持ちはわかるが、

時間に追い立てられても気があせるばかり。

一日を好きなことをして、ぼうっと過ごすのも大切だと

一茶はいっているようです。

ぼうふらは、汚水の中で腐敗有機物をえさに生きています。

空気呼吸のため、定期的に水面に浮上して空気を吸います。

棒をふるような運動をするため、棒ふり虫を呼ばれます。

汚水をしゃばと考えれば、そこでもがきながら生きる自分は

ぼうふらのようで、苦しくなると浮上して美味しい空気を吸う。

この息抜きが生きる糧になると一茶はとらえます。

無為に過ごすことが効を生む。

息抜きは、美味しい空気のある所です。

五月は新緑の一番美しい季節です。

新緑の中の空気は、年間で一番美味しくなります。

ぼうふらのように新緑に入り、その空気を味わいましょう。

 

有無相生

 

 

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