老子小話 VOL 836 (2016.11.19配信)

切りむすぶ太刀の下こそ地獄なれ

踏みこみ行けば後は極楽

(勝海舟、「氷川清話」)

 

西郷隆盛と共に江戸城の無血開城を

成し遂げて、今日の東京の繁栄を

導いた勝海舟の話をまとめたのが

「氷川清話」(講談社学術文庫)です。

今週の言葉は、勝さんが引用した

昔の剣客の言葉だそうです。

「氷川清話」は勝さんの自慢話も多いですが、

幕末から日清政争まで歴史の変動期を駆け抜けた

人間たちのドラマを語る大変面白い本です。

幕末の戦争は鉄砲や大砲の近代兵器で戦いましたが、

暗殺は古来の日本刀で止めを刺しました。

坂本竜馬も井伊直弼も日本刀で切られました。

刀の闘いは、日本刀自体が重いので、切り込みと

受けの繰り返しのなかで、刃先が相手の急所を

通ったときに勝負は決まります。

刃先の道筋は正しくても、急所に届かなければ

倒せず、チャンスを逸した後はピンチが訪れます。

この緊張の連続は地獄です。

チャンスをつかむために、相手に一歩踏みこま

なければなりません。

しかし、踏み込むことは相手の刃先が自分に

届くことを意味するわけで、刃先の道筋を誤ると

こちらが切られる恐れもあります。

生きるか死ぬかの急場のときは、腹を決めて

飛び込むしかない、結果を恐れている暇は

ありません。

「後は極楽」というのが落ちで、極楽を信じて

決断しようというのが表の意味で、切られても

極楽が待っているというのが裏の意味でしょう。

太刀を振り切らずに最期まで躊躇するのが最悪の

結果で、侍としては地獄のままで終わる。

勝さんは、無我の境地をこの言葉に見ましたが、

命を得るか失うかということを大きく捉えすぎると

躊躇して判断が遅れると考えています。

執着の心を棄てることを、「踏みこむ」と表現する。

人生いろんな場面で、踏み込まないでチャンスを

逸したひとにはジーンとくる言葉です。

 

有無相生

 

 

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