老子小話 VOL 795 (2016.02.06配信)

一体人間は、自分を四角張った

不変体の様に思い込み過ぎて

困るように思う。

(夏目漱石、「坑夫」)

 

今回は、夏目漱石の小説より選びました。

今のひとは漱石の小説など読んだことがない

ひとが多いかと思います。

明治時代の小説家なので文体が古めかしいのですが、

心理描写の内容は今でも当てはまるので、退屈さは

感じません。

いい所の坊ちゃんが家出をして、鉱山の坑夫に身を

落として働こうとする小説です。

坊ちゃんのときは「おとなしく」していたが、坑夫の

周旋屋に連れられていくうちに態度が横着になってくる。

周りの状況に合わせて次第に人間の性格は変わる。

これはごく自然なことだと漱石は言う。

「人間は自分の性格が常に変わらないと思い込む。

これが生き方を面倒なものにする。」

甘利元大臣の現金授受疑惑や清原さんの覚せい剤所持の

問題も、漱石が言う真理につながっているように思います。

甘利氏の場合で言えば、一介の議員のときは清廉潔白を

志したでしょうが、大臣になり地位も上ると口利きの

報酬は当然と思うようになる。

業界の慣例に寛容になるのは周囲の状況に合わすことであり、

それは政治家としてごく自然なことに思える。

それを清廉潔白で通したら、業界の仕組みもわからず苦労する。

政治家になるということは自分の性格を変えるに等しい。

清原氏の場合で言えば、野球の楽しさを自分の活躍で皆に知って

もらいたいという純粋な向上心に溢れて、プロ野球選手として

出発したに違いない。

それが名実共に結果を残し地位も上ってくると派手さや横着さが

出てきて、引退してそれが通らなくなるとうさを晴らしたくなる。

周囲の状況に合わせて性格を変えるのはごく自然で、

そうするから業界でうまくやっていけるのは一理有る。

漱石は、昔の真面目さを飯場の世界で通せば敵が増えるという。

しかし実世界は、善と悪の世界が裏表ぴったり貼りついている。

善の世界で通る性格が悪の世界で邪魔し、悪の世界で通る性格が

善の世界で邪魔をする。

一方の世界のみで生きられないなら、一つの性格に固執するのは

やめた方がよい。それが漱石の結論のようである。

老子はうまいことを言っている。

「正言は反するがごとし」(第78章)

一つの性格を通すことは生きにくい。

生きる世界が二つなら、真面目と不真面目という二つの性格を

使い分けるしかない。

 

有無相生

 

 

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