老子小話 VOL 642 (2013.03.02配信)

うつろの心に眼が二つあいてゐる

(尾崎放哉)

 

春一番が吹いて、心もなぜか

春を迎える態勢になってきました。

性格的には問題があった放哉のようですが

なかなか面白い句を作ります。

穏やかな春の海を眺めている放哉は

ぼうっとしてきて心もうつろになったのでしょう。

では全く無心になったのかというと、

まだ周りが気になり、眼をきょろきょろとめぐらす。

本物の隠者になりきれない自分を

もうひとりの自分が外から眺めている。

もっと積極的に考えることもできます。

心は空っぽにしているが、

心の眼はしっかりと開かれて、

自然(仏)の教えを見逃さない。

白隠禅師の達磨図のように、

きっと眼を見開いて自身の仏心を捉える。

「直指人心、見性成仏」を

放哉は詠んだのかもしれません。

皆様はどのように解釈されますか?

 

有無相生

 

 

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