◆老子小話 VOL 547 (2011.05.07配信)
問題は予期しないことが起きるということを
予期していないところにあるのではないか。
(沢木耕太郎、旅する力)
沢木さんの「旅する力」(新潮文庫)は、旅の真髄を捉えている。
「深夜と特急」を読まなくても、旅を教えてくれる。
一人旅をすると、予期しないことが次々と起こる。
旅には偶然が伴うからである。
言葉が通じない。食事が喉を通らない。
バスや電車が時間通りに来ない。
計画通りに物事が運ばない。
だから、「偶然に対し柔らかく対応できる力」が身についていく。
この力は、「移動」によって巻き起こる「風」に対し、
どうリアクションするかにより鍛えられていく。
芭蕉が奥州を旅したのも、西行の足跡を辿りつつ、
ふりかかる偶然(風)への反応を句に詠むためだった。
風狂とはうまくいったものである。
偶然を求める心であり、偶然に対処できる身体である。
旅により、「自分はどこでも生きていけるという自信」を得る。
芭蕉は最期に、「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」と詠んだ。
どこで死のうとも、心は旅の真ん中であると。
どこでも生きていけるということはどこでも死ねるということである。
福島の原発事故は、予期しないことが起こることに目をつむったために起きた。
沢木さんのこの本は原発事故までは予想しなかったと思うが、
旅の言葉は、日本の今後の旅への指針を与えている。
有無相生