◆老子小話 VOL 398 (2008.06.28配信)
しかし人間は偶然を容認することは
出来ないらしい。
偶然の系列、つまり永遠に堪えるほど
我々の精神は強くない。
(大岡昇平、野火、三十七狂人日記)
野火は、野原で枯れ草を焼く火である。
地上から天に向かって昇る煙である。
主人公は、野火を見ると必ず煙の下に行った。
木や草や石などの自然は、神が高いところで作って、
地上に沈めたと主人公は考える。
神の施しの軌跡が、野火にたとえられている。
そこには永遠の時間が流れている。
人間は、この永遠を横切っていく存在とされる。
戦場に駆り出された主人公の生命は、
常に偶然によって支配される。
敵の弾に当たれば、偶然に死ぬ。
怪我で動けず、味方に見放されれば偶然に死ぬ。
敵兵に拾われ捕虜となれば偶然助かる。
出生の偶然と死の偶然にはさまれた間で、
人間は現在の生(生活)の必然を見出し、自ら慰める。
飢餓状態の主人公は、偶然により3人を殺したが、
自分の意志(必然)で、彼らの死体を食わなかった。
小説の舞台は戦時だが、偶然の系列に抗しきれず
発狂しかけるひとの姿は今に通じる。
何故自分が今生きているのかを、
偶然と必然の繋がりとして考えることが
生きる救いとなるだろう。
記:有無相生