老子小話 VOL 1230(2024.06.22配信)

学問は尻からぬけるほたる哉
(与謝蕪村) 

 

今回の言葉は、蕪村の句です。

ほたるの季節ももう少しでやってきます。

ほたるの光で勉強したことを歌うのが、「ほたるの光」。

勉強したことを忘れていく様子を、ほたるの光にたとえたところが何とも趣きがあります。

確かに、ほたるの光っているのはお尻のところです。

ほのかに光っているのが学んだ知識だとすると、学んだ知識は知らぬうちに放出されてしまう。

その様子を「尻から抜ける」と表現したところがしゃれています。

蕪村にとっても、学問は身につかないものだったようです。

この句を見て思い浮かべるのが、老子の「絶学無憂」(学を絶てば憂いなし)です。

第二十章冒頭の言葉です。

知識をいつまでも保っていると、それに束縛されて自由な発想ができず、憂いが増してくる。

とはいえ今の世の中では知識はどんどん入ってくるので、それを拒むことはできず、次から次へと忘れていくのがよい。

ほたるのように、尻から放出していけば憂いは消えていく。

ほたるの飛ぶ姿は、静かで穏やかに空間を漂い、そこには憂いはない。

放たれる光は微かでありながら、ほたるの航跡を示してくれる。

尻からぬける光が、自身の生の所在を示してくれる。

無為を貫けば、学んだ知識は自然と忘れていく。

蕪村の句は、自然の景色の中にタオを感じさせる句でもあります。

 

有無相生

 

 

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