老子小話 VOL 1218(2024.03.16配信)

為無為、事無事、味無味。
大小多少、報怨以徳。
図難於其易、為大於其細。
(老子、第六十三章) 

 

無為を為し、無事を事とし、無味を味わう。

小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳を以ってす。

難きをその易きに図り、大をその細に為す。

 

今回は、ひさびさの老子です。

老子の処世術が書かれている言葉です。

「何もしないことを為し、格別でないことを仕事にし、味気ないものを味わう。

ささいなことを大きいことを捉え、少ないものを多いと感じ、怨みごとに対し恩恵で報いる。

難しい問題はまだ簡単なうちに手を打ち、大きな問題はまだ小さいうちに対処する。」

2年続いているロシアのウクライナ侵攻は、軍事力で国家の独立を脅かす国際問題になっている。

しかし、その発端は2014年にロシアがウクライナ領土のクリミアを併合したときに、国際社会が黙認してきたことにある。

まだ手を打てる段階で何もしてこなかったため、ロシアは味をしめ、ウクライナを併合しようという暴挙に出ました。

ロシアの野望はとどまることを知らず、ウクライナ以外の地域にも手を伸ばそうとする始末です。

自然災害対策も同様で、大地震や洪水が起きてから、地道な対策を準備すればよかったと反省をすることが多い。

今回の言葉の冒頭部分、無為とはわざとらしくしないこと、何かを狙って行わないこと。

無事は普段どおりのこと、無味は普段どおりの味のこと。

普段どおりの生活を大事にすることを教えます。

災害や困難に出会い普段どおりの生活がままならなくなると、普段どおりの貴重さが身にしみます。

私が身にしみて感じるのは、足や手が普段どおりに動かせなくなり、生活に不便を感じるときです。

食事にしても、ご飯と味噌汁が味気なく思っていても、それが食べられなくなるとどんなにおいしかったかがわかります。

このようにささいなことが、実は非常に大きなそして重要なことだと気付かされます。

大事になるからこそ、たとえ量は少なくても質は高まり、実質は多いと感じるようになる。

ぜい沢をしているとお金はいくらあっても足りません。

お金の大切さを知るのは、お金がないときです。

しかしお金がないときほど、生きることを真剣に考え、生きるために何を買えばよいかを真剣に考えます。

今回の言葉で難しかったのは、「報怨以徳」の部分。

怨みをもっている人に対し、徳をもって接するという意味です。

前の部分とどうつながるのでしょうか。

怨みをもっている人に対し、怨みで返せば、怨みはますます大きくなる。

怨みを小さいうちに解決すれば、大事にならずに済む。

そうするには、自分が施せる徳で返せばよいというのでしょうか。

そこには老子の不争の思想が現れているようです。

怨みは相手の感情で、それに自分が巻き込まれてしまうと、怨みは増殖し自分の感情も乱されてしまう。

そうなったら、事はますますあらぬ方向へ進んでいく。

相手の挑発に乗らないことが徳になる。

問題に対するそんな姿勢が、最後の「図難於其易、為大於其細。」にまとめられる。

それを無為で行えるようになるには、かなりの修行が必要なようです。

 

有無相生

 

 

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