老子小話 VOL 1214(2024.02.17配信)

風になびく富士のけぶりの空に消えて ゆくへも知らぬわが思ひかな
(西行法師) 

 

今回の言葉は、西行法師よりいただきました。

西行法師晩年69歳の時の歌です。

当時は富士山が煙を吐いていたのでしょう。

その煙が風にたなびいている様を見て、思いをはせます。

今手元にある、山木幸一著「西行の世界」(塙新書)では、この思いが何だったのか考察しています。

噴煙は風とともに流れていき、しかもどこで消えるかわからない。

すべては風の向きと風の強さで決まる。

時代の流れのままに、自分の運命も流されながら消えていく。

西行法師の抱いた思いは、現代の私たちの思いに重なるようです。

もうひとつの解釈は、「ゆくえも知らぬ」は思いにかかるというものです。

思いははてしなく、行き先もどこにいくのかわからない。

めまぐるしく変化する世の中で、思いも揺さぶられ、落ち着く先はわからない。

老荘流に考えると、それこそが生きている証といえるのでしょう。

だからこそ、いっときでもよいから心を無にして、思いを停めてみる。

そうすれば、流れている自分に気付くことができる。

西行法師の歌は、そのような無心から生まれているような気がします。

 

有無相生

 

 

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