老子小話 VOL 1160 (2023.02.04配信)

すべての生物がそのなかに置かれているような単一の世界など実は存在しない。

すべての生物は別々の時間と空間を生きている。

(ユクスキュル)

 

今回の言葉は、理論生物学者ユクスキュルの言葉をいただきました。

この言葉に出会ったのは、國分功一郎氏の「暇と退屈の倫理学」(新潮文庫)の中でした。

ユクスキュルは、すべての生物が同じ時間と同じ空間を生きていると考える常識をくつがえすためにダニ(正確にはマダニ)の世界をまず説明しています。

ダニは、自分の何百倍の大きさの哺乳動物や人間の血を吸う動物です。

血を吸う理由は、次世代を産むためです。

血を吸うために採る戦略は、交尾のあと、木をよじ登って獲物が下を通りかかったとき、落下して獲物の皮膚にしがみつくものです。

落下した先が地面なら、もう一度木を登って、同じことを繰り返す。

ダニは目も耳も使えないので、獲物の臭い(酪酸)を検知するセンサーで獲物が近づいたことを知り、飛び降りる。(第1ステップ)

次に獲物の皮膚に着地できたかどうかを、正確に摂氏37度を検知する温度センサーで知る。(第2ステップ)

それ以下でもそれ以上でも着地失敗と判断し、木を登り始める。

着地成功を知ったら、触覚センサーを使って毛の少ない場所を探し、頭から食い込みおいしい血にありつく。(第3ステップ)

吸血が終わると産卵して死ぬ。

従って、ダニはおいしい血をもった獲物を遠くから認識して、近づき血を吸う訳ではありません。

37度に保った水の上に、酪酸の臭いをまぶした膜を用意して、ダニをその上方に置くと、膜に着地し吸血行動を始めます。、

体が余りにも小さいので、血を吸う戦略を3ステップに簡略化して、獲物をひたすら待つことにしました。

上の例だと、3ステップでGOが出たとき、膜を獲物と認識する。

一体、血を吸うためにどのくらい時間をかけているかというと、18年間も酪酸の臭いを待っている。

交尾のあとにこんなに待っていたら、子供はえさにありつけず死んでしまうとあなたは思うでしょう。

しかし、ダニのメスは交尾でもらった精子を袋の中に保管し、獲物を血が胃に入ったときに袋から精子を解放して受精を行なうシステムになっている。

ダニにとっての世界は、人間のように空間を認識しておらず、各センサの検知範囲に限定されています。

そしてその時間も、センサーに信号が検知されるまで停止しているようにみえる。

人間の場合、センサーはたくさん有り、常に信号が入っているので、時間は常に進行しているようにみえる。

ということで、ユクスキュルは、世界を人間のスケールを用いて勝手に解釈するなといっているようです。

この言葉に出会ったときに思い出したのが、荘子の逍遙遊篇です。

そこにでてくる大鵬は、北の果ての海から南の果ての海まで移動するので、九万里の高さまで上昇する。

それをあざ笑う蜩や小鳩は、狭い空間で生活するが故に、空間の広大さを理解できない。

また、朝菌という虫は朝から暮までの命、夏ゼミは夏だけの命、冥霊という木は500年を春とし500年を秋とする命、さらに大椿は8000年を春とし8000年を秋とする命が並べられる。

それぞれの生き物にはそれぞれの空間と時間があるのを寓話として伝えている。

ユクスキュルは、具体的な生物の生活例を挙げて、各生物固有の空間と時間を、「生物から見た世界」にまとめました。

今回の言葉で受けた刺激は、環境問題や気候変動問題を考えるとき、人間の立場で世界を理解するのではなく、各生物が営む固有の世界に視野を広げて考えるべきだとメッセージを感じたことでした。

 

有無相生

 

 

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