◆老子小話 VOL
1122 (2022.05.14配信)
世間の人、馬より落つる時、
未だ落ちざる間に種々の思ひ起る。
身をも損じ、命をも失するほどの大事出来たる時、
誰人も才覚念慮を起すなり。
その時は、利根も鈍根も同じく、
物を思ひ、義を案ずるなり。
(正法眼蔵随聞記 第三)
今回の言葉は、「正法眼蔵随聞記」からお届けします。
この書は、道元の言葉を弟子の懐弉(えじょう)が書き留めたものです。
利根は生まれつき鋭い人、鈍根は鈍い人のこと。
「世間の人が馬から落ちるとき、まだ地面に到達しない間にいろんなことが思い浮かぶものである。
大怪我するか命を落とすほどの大事件が起きるとき、どんな人間も知恵・分別の働きが盛んになる。
そのときは、生まれつき鋭い人も鈍い人も同様に、物を考え、意味を考える。」
不治の病を医者から宣告されたとき、このような状況が訪れます。
残された時間をどのように有意義に過ごそうかと誰もが考えます。
生まれつき鈍い人も、そのような状況にならなかったので思いが及ばなかったわけで、そういう状況に陥れば真剣に考えるようになる。
悟りは頭の良し悪しではない。生き方を自分に問おうとする志があるかで決まると、道元さんは言う。
この心の変化が、馬から地面に落ちるまでの一瞬の間に、起こりえると言い切ったところに道元さんのすごさがあります。
自分にとっての真理とは、信じるものが納得できたと実感することだと思います。
死までの残された時間をその実感に捧げることができれば、安らかな死を迎えることができるのではないでしょうか。
身の回りのニュースを見ても、不慮の事故が多いことに驚かされます。
いつ何時、自分がそれに巻き込まれる可能性もゼロではない。
仏教用語「覚悟」は、まさに道元さんのいう、一瞬の悟りを指すのでしょう。
有無相生