老子小話 VOL 1122 (2022.05.14配信)

世間の人、馬より落つる時、

未だ落ちざる間に種々の思ひ起る。

身をも損じ、命をも失するほどの大事出来たる時、

誰人も才覚念慮を起すなり。

その時は、利根も鈍根も同じく、

物を思ひ、義を案ずるなり。

(正法眼蔵随聞記 第三)

 

今回の言葉は、「正法眼蔵随聞記」からお届けします。

この書は、道元の言葉を弟子の懐弉(えじょう)が書き留めたものです。

利根は生まれつき鋭い人、鈍根は鈍い人のこと。

「世間の人が馬から落ちるとき、まだ地面に到達しない間にいろんなことが思い浮かぶものである。

大怪我するか命を落とすほどの大事件が起きるとき、どんな人間も知恵・分別の働きが盛んになる。

そのときは、生まれつき鋭い人も鈍い人も同様に、物を考え、意味を考える。」

不治の病を医者から宣告されたとき、このような状況が訪れます。

残された時間をどのように有意義に過ごそうかと誰もが考えます。

生まれつき鈍い人も、そのような状況にならなかったので思いが及ばなかったわけで、そういう状況に陥れば真剣に考えるようになる。

悟りは頭の良し悪しではない。生き方を自分に問おうとする志があるかで決まると、道元さんは言う。

この心の変化が、馬から地面に落ちるまでの一瞬の間に、起こりえると言い切ったところに道元さんのすごさがあります。

自分にとっての真理とは、信じるものが納得できたと実感することだと思います。

死までの残された時間をその実感に捧げることができれば、安らかな死を迎えることができるのではないでしょうか。

身の回りのニュースを見ても、不慮の事故が多いことに驚かされます。

いつ何時、自分がそれに巻き込まれる可能性もゼロではない。

仏教用語「覚悟」は、まさに道元さんのいう、一瞬の悟りを指すのでしょう。

 

有無相生

 

 

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