◆老子小話 VOL
1121 (2022.05.07配信)
心は万境に随って転ず、
転処実に能く幽なり。
(柳生宗矩、兵法家伝書)
今回の言葉は、「兵法家伝書」からお届けします。
柳生宗矩といえば、新陰流で有名な剣の達人で、徳川将軍家の兵法指南役を務めたサムライです。
彼が兵法の極意を記したのが「兵法家伝書」で、兵法は仏法にかない、禅に通じるところが多いと告白します。
万境とは、敵の様々な攻撃の仕方をいいます。
敵が刀を振り上げればその刀に心を集中し、右へ振り下ろせば右に心を集中し、左に振り下ろせば左に集中する。
この動作を、「実に能く幽か」に行なうのが、兵法の極意だそうです。
幽かというのは、かすかに見えないこと。
心をとどめ残さないことが肝要で、その動きはすばやく相手の動きに応じている。
この動きを、拾遺集で沙弥満誓が詠う、
「世の中を 何にたとへむ 朝ぼらけ 漕ぎ行く舟の跡の白波」
のなかの白波のようだといいます。
歌は、世の中をたとえると、明け方に漕ぎ出す舟の白波のようだと語ります。
舟の動きに合わせて現われては消え、現われては消えるはかない白波が剣の極意になる。
まるで陰のように敵の動きにしたがって変転するのが、最上の防御ということになる。
これは新陰流の名の由来かも知れません。
相手の動きには見えるところ(有)と見えない所(無)がある。
その両方の変化に応じて、態勢を整えていかなければならない。
ウクライナとロシアの戦いも、見えている所と見えない所の両面の戦いであるはずです。
最終的な勝利は、むしろ見えない所の勝利が導くのかも知れません。
ソ連(ロシアの前進)の対独戦の勝利も、米英の後方支援のおかげも大きかったわけです。
有無相生