2010年1月1日~2010年6月30日

□2010年6月30日(水)

  6月16日の千葉日報の記事が男女平等教育を推進しようという流れに波紋を投げかけている。記事のタイトルは〝県教委通達・ジェンダーフリー教育撤廃・「男女混合名簿」推進せず」〞。内容がヒド過ぎるので有志が県教委と2度にわたる会合を持って真意を尋ねたところ・・・★県教委の姿勢は従来同様男女平等教育を推進するものである。★記事の元になった県教育委員長の2010年5月17日付通知は、「ジェンダーフリー」という用語は使用しないこと、また、ジェンダーの定義について誤った運用や解釈がなされないよう広報啓発に努めることを通知したものであり、決して男女の固定的な性別役割分担を認めたものではない。★男女混合名簿の導入が、男女平等の意識を高めるきっかけになったことは確かである。
 ・・・という県教委の認識を確認したという。そこで、県教委においては「千葉日報記事による誤解を防ぎ男女平等教育の更なる推進を求める通知を出すことを求める要望書」を有志で提出することになった。なんといっても、千葉日報の記事の内容は意図的。千葉県(森田知事)にとり入って企業利益を求めているから〝さもありなん〞だが。しかし、どこかの自治体ではこの新聞記事を掲げて男女混合名簿をやめるように質問した議員がいるなど、放置することはできない。

「ジェンダー・フリー」や「ジェンダー」の〝誤った運用や解釈〞というが、それを勝手に歪めて問題にする人たちは男女平等教育に反対している人たちなのだ。例えば彼らはジェンダー・フリーを「生物学的な男女を否定しようとしている」などと非難する。あるいは、出処も明確にできない〝事例〞や、勝手な解釈で男女平等教育を歪めて解釈し、否定する。ゴカイもロッカイもあったものではない。県教委の通知は、何がどう誤った運用や解釈なのかについて曖昧な表現と立場に終始している。森田知事の顔色を見ながら出した通知だからそうなるのだ。

 この件について教育指導課長から成田市の対応について聞いた。市教委としては各学校に適確な言葉や理念を大事にとかいう内容の通知を出したようだ。混合名簿をやめて別名簿に戻るというようなことまでは考えていなかったようだ。でも、学校長の判断にまかせることで混合名簿を嫌う森田知事の顔色を伺う県教委に右へならえ、とならないことを願う。

 私の好きなペニーロイヤルが咲いた!まだ法律事務所に勤めていた20年前の夏休み、大多喜ハーブガーデンで刈り取ったばかりのツーンと澄んだ香りを放つペニーロイヤルの束を胸いっぱいに抱きしめた時の幸せ。作業をしていた人にお願いし、束ねてもらってきてかごに入れてひと夏楽しんだ。梅雨が明けたら5月に摘んでかごに入れた野バラと入れ替えて、ペニーロイヤルを楽しもう。

(左)ペニーロイヤルが咲いた。ハーブはみんな好きだけど、ペニーロイヤルの花と香りに魅せられた体験(右・1990年8月大多喜ハーブガーデン)以来、特別なハーブの一つ。



□2010年6月29日(火)

 眼科の定期検診。と言っても、2~3ヵ月に一度都合の良い時に行く。ドクターは最初「月1回受診を」と言ったのだが、私がちゃんと言われたとおりに通わないのでそのうち「2ヵ月に1度」になり、近頃は「3ヵ月過ぎると初診扱いになるから○月中には必ず来て下さい」というようになった。もちろん、何か変わったことがあったらすぐ来るように、とも。2年半くらい前左眼の中心点にちょっとした異変があって以来眼科に通院しているのだが、視力も安定しているのでついおっくうになってしまう。

 「月刊・自治研」0910月号で〝農業ルネッサンス〞特集を組んでいて、そこに「あたりまえの農に向かって~新・農本主義の時代へ」というタイトルで宇根豊さんが書いていたので図書館で借りて読む。私は「農本主義」を勝手に解釈していたようだ。明治後半に誕生した日本の農本主義は資本主義批判から生まれたのだそうだ。不勉強を恥じる。確かに、農業ほど資本主義の原理の対極にあって暴風雨にも等しい影響にさらされている産業はない。それはみんな感じていることだ。宇根さんは「農から資本主義に異議を唱え続ける人が出てきてほしい・・・」というが、宇根さんこそその先頭に立ってほしいと思う。

 宇根さんには2003年9月の農薬空中散布反対千葉県ネットワークの総会で講演してもらったことがある。彼が考案した〝虫見板(むしみばん)〞を知ってほしくて「たいむ」第48号(20031022日発行)で、「虫見板から見える自然と農」という記事を載せた。以来、宇根さんの農業に対する考え方に共鳴し、日本農業はかくあるべし、と思い続けている1人だ。また話が聞きたいな。



□2010年6月28日(月)

 午前中は市民の方からいろいろ相談を受け、話を聞く。午後、成田駅で「市東さんの会」の事務局メンバー3名を車に乗せ、天神峰の市東さんのお宅に向かう。今朝、大勢の機動隊やガードマンを引き連れた成田国際空港会社によって旧市道が鉄板で閉鎖された。市東さんの話では、4時前、雨の音とは違う音がしたので出てみると作業が始まろうとしていたとのこと。いまどきは4時頃には明るくなっているが、冬場なら〝未明、夜陰に乗じて〞、といったところ。作業した人たちは「夜中にこそ泥棒みたいなマネするんじゃない! 正しいことなら正々堂々とやってみろ!」という市東さんの抗議をどう聞いたことだろう。

   2010・6・28 PHOTO BY MACHIKO

  鉄板で閉鎖された道路。明治以降、里道から遠山村道を経て成田市道として利用された道路が消滅。

 道路が封鎖されたことで、市東さんはこれから毎日3倍の長さ、交通量の多い道路を農作業に通わなければならない。堀之内にある田んぼまでは往復1時かかるそうだ。家も畑も作業場も鉄板で囲まれ、将来タコ足誘導路が出来れば2本の誘導路に挟まれてしまう。B滑走路南端には頭上40mを飛行機が飛ぶ農家も暮らしている。1本の滑走路を運行するために行われているすさまじい人権侵害を「B滑走路建設に反対して土地を売らないのだから仕方ない」と容認する風潮はゆゆしいこと。〝無感覚〞はもっと恐ろしい。いずれ我が身に降りかかってくることなのだ。人権問題はセンシティブでなければいけない。その人の考え方やその他理由をくっつけて付与されているものではない。

 先週末に届いた産直野菜のケースには、じゃがいも、大根、玉ねぎ、レタス、小松菜、カブ、ズッキーニ、ナス。土・日の空いた時間をみはからって冷蔵庫の中身と相談し、必要なものを買い足してラタトゥイユと野菜カレーをどかんと作った。それぞれの材料がしっかりなじんだら我ながら美味!そうしたら今度はどうしても自慢したくなり、今日は何でも美味しい美味しいと言って食べてくれる友人におすそわけ。



□2010年6月26日(土)

 午前中は「残土・産廃問題ネットワーク・ちば」の総会、午後は講演会と交流会で各地からの報告(於・千葉市美術館)があり、終了後は残土ネット発足から13年間活動全体を引っ張ってきてくれた井村弘子さんが事務局長を交代されたのでお礼の懇親会。

 講演は田中由美子弁護士。富津市田倉の安定型産廃処分場や海上のエコテックの管理型産廃処分場の建設問題で弁護団の先頭で闘っている弁護士さん。田倉は最高裁で業者の上告が棄却され建設差し止めで住民の全面勝利、海上は1審千葉地裁では行政訴訟・民事訴訟とも住民勝利、控訴審で行政訴訟は住民勝利、民事は業者が逆転勝利でいずれも現在最高裁に上告中だ。これまでの経過をふまえ「廃棄物・残土と住民運動」というテーマで語ってくれた。

 近年は安定型の産廃処分場建設問題でも全国各地で裁判がおこなわれ、反対する住民の勝利が続いてきた。いのちと環境を守りたいという住民意識の高まりや、ごみ質の変化などへの対応ができなくなってきている廃掃法の不備もあって、廃棄物問題では行政の立ち遅れが目立ち、司法のほうが一歩先を進んでいるといってよい。住民の運動に寄り添って画期的な判決を引きだしてきた田中弁護士の話はとてもわかりやすく、今後の住民運動に示唆を与えるものだった。

 県内各地からの報告では、安定型産廃処分場建設がなくなったと思いきや今度は同じ場所に管理型の産廃処分場建設の申請が出された富津市田倉。すでに事業者に建設断念の指導を求める富津市長・千葉県知事宛の署名運動が始まっているが、実にひどい話だ。住民が裁判をすることの大変さを考えると計画の段階で終わってほしい。千葉県はこんなモラル・ハザードにも等しいような申請を受理してはならない。

 その他初めて聞いた深刻な事態も。野田市にある民間の廃材処理センターから発生する異臭や化学臭(匂いがなくても有毒な物質が含まれている可能性もある)が環境を汚染し、市が実施した半径500メートルに住む住民の健康調査では42%の人が異常を訴えているという。そのうち数名が専門医によって化学物質過敏症と診断されたそうだ。昨年から被害者の会が専門家と測定したVOC(揮発性有機化合物)の含有量は、廃材処理センター近くで身体に支障が出るシックハウスガイドラインの倍以上。野田市や県も動き出したようだが、稼働停止には至っていない。

 私も成田の現状を報告。拡張申請が出されていた津富浦の安定型産廃処分場の許可が6月8日に下りたこと、すでに急ピッチで稼働中の大室の処分場のこと、そして上福田の再生土置き場の3件を報告。安定型産廃処分場についていえば成田では周辺住民の反対運動はない。素掘りの処分場に隣接する水田や畑では農家がせっせと米や野菜を作っている。気にしないようだ。でも、身近で暮らしているのでマメに現場を覗きこんでいるようで、かつて「おっかないものを埋めていた」といった話を聞いたこともある。米や野菜を作っている農家からすれば産業廃棄物は「おっかないもの」だろう。アスベストを埋めたり、農作物に被害が出た処分場もあった。そんなこんなもあるので、定期的なウオッチングは必要だと思っている。




□2010年6月24日(木)

 歴史と今を語り合う女性の会・例会。今日は渡邊さんが参加してくれて、純君の中学校生活を話してくれた。先生が純君には〝目力〞があると言ってくれた、ちゃんと純の目を見てくれている、と。定期テストの時は「嫌になって声を出さないか心配で心配で試験の時間中家事も手につかなかった」そうだ。でも、試験中は先生が何度となくそばにきて純君の目を見て声かけをしてくれていたようだ。そして、「大丈夫ですよ、お母さん、そんなに心配していたんですか?純君は大丈夫ですから」。初めて耳にする「純君は大丈夫」という言葉。純君の給食の支度がそろうまでクラスのみんながまっていてくれた時のことなど、「1つ1つが嬉しい」というお母さんの話を聞いて、私たちもとっても嬉しかった。

 前回の例会から、純君と保育園以来おつきあいがあり、小学校は別だったが同じ中学校になった友だちのお母さんも参加してくれていて、渡邊さんが純君の教育環境を求めて奮闘していた時も、家族以外にその思いを身近でいつもしっかり受け止めてくれる人がいたことを実感した。渡邊さんをみていて、母は強し・・・というよりも〝孟母三遷〞(孟子のお母さんは息子の教育環境を求めて3度引っ越したといったような話を昔祖母から聞いた。渡邊さんは引っ越したわけではないが)の孟子の母はこういう人ではなかったか、と思った。

 私がこれまで農薬散布にいろいろ注文をつけてきたことを耳にしたという人から、「ニーム」というインドで天然に生えている樹木についていろいろ話を伺った。センダンの一種で、防虫効果のある「アザディラクチン」という有効成分を豊富に含むという。インドでは昔から農地の周囲に植えているそうだ。欧米の農業でも害虫対策でニームが主流になりつつあるという。ほかにもいろいろ薬効があるようだ。以前妹から化粧品関係で名前を聞いたことがあったが、すっかり忘れていた。

 蚊よけのゼラニウムや、大内農園で虫よけに植えているナスタチウムその他、私たちの暮らしに身近な天然のハーブ類にも虫たちが嫌う成分をもつものがある。でもニームは30メートルもの巨木に育つらしいからハンパじゃない。1本植えたらいろんな虫がよけてくれるかしら。でも寒さに弱く、日本の場合地植えには適さないらしい。・・・なんだか急に興味が湧いてきた。

 参院選が公示された。



□2010年6月23日(水)

 6月議会最終日。次回9月定例市議会は8月27日から始まる。8月から始まる定例会は初めてではないかしら。

 地方分権⇒地域主権の流れの中で地方議会制度の改革も迫られている。これまで年4回の定例会と必要に応じた臨時会という開会時期についても、国内では通年議会に踏み切ったところもある。週1回或いは前期・後期、時間も夕方からなど、柔軟に変えていくのはよいことだ。

 成田市議会も、委員会の中継など可視化が進んでいる。将来は議会基本条例の制定を通し、さらに踏み込んだ改革が求められる時が来るだろう。「議会だより」も今議会からリニューアル。作成に議員の関与する部分が増えたことと、見本を見る限りレイアウトもすっきりして見やすくなった。

 それにしても日本の議会はまだまだ閉鎖的で議員も特権意識が強い。そしてなんといっても〝男の本丸〞。先日も、議会の中でそんな言葉が・・・と、市民が聞いたら「何が議会の品位だ」と呆れかえるような卑猥な言葉が2名の古参?議員の間でやりとりされた。制度の表面をいじっても議員の顔は男ばっかり、というのでは効果半減。本来の民主主義の代議機関として機能していくためにはこれまでの制度を解体するくらいの改革が必要。それには、女性の自覚が必須。

 Satochibaメールにはびっくり仰天のニュースが!6月18日に千葉県教育会館で開かれた「企業と生物多様性セミナー」(主催・千葉県環境部自然保護課)。講演したのは東京都市大学准教授田中章さんで、彼は「生物多様性オフセット」の国内第一人者。そして成田新高速鉄道建及び県道建設にあたり、開発許可部分での環境アセスメント検討時にサンカノゴイなど稀少鳥類を保護するために手法としてHEPを提案した人として知られていた。

 ところが、である。講演後の質疑で全国組織の環境グループから「北印旛沼の工事でサンカノゴイが今も戻らない、原因をつくったのはHEP。それを提案した田中さんに原因がある」と厳しく批判された田中さんは次のように強く反論したという。

 「自分は招致されて・・・参加した。HEPの使用を前提にアセスメントしたいということであったので、その場では、サンカノゴイは、広大なエリアを必要とする種であり、関東地方全域を対象にしなければならない、ということは、実質的に無理であり、HEPの対象外。従って、工法はトンネル化しかない、と明確に申してきた。2回目以降は一切連絡がなく、不利な内容の発言者としてクビになったと理解している。その後何の連絡もなかった。・・・実は2週間ほど前に友人に指摘された。〝千葉県からの公式報告書に、田中章さんのHEPでできるとあり、その方式でアセスが認可された〞と注意され、事実確認を千葉県に問い合わせたが今現在を過ぎても未回答・・・」

 これには後日談があって、その後千葉県は田中さんの指摘は全て事実と認めたという。が、成田新高速鉄道は開業間近。「あとの祭り」である。工事着工前、千葉県は工事が与える環境への影響を懸念する声に対し、HEPを採用しているから大丈夫、と胸を張っていたのを思い出した。しかしその内実が田中さん自らの言葉で暴露されてしまったわけだ。お粗末な話。satochibaメールは、「日本では一部企業と行政ベースで都合のいいところだけつまみ食い、ルールを歪めたりしている例」という。

 ところで、セミナーで田中さんを厳しく批判した環境グループも誤解があったと詫びたそうだ。その上で、いま一番心配なのがトヨタが愛知県で計画している車の開発試験場。広大な里山地域を車のテストコースとして開発する計画で、愛知県とトヨタはこのHEPでアセスメントを行おうとしているという。折も折、10月には名古屋でCOP10が開催される。この問題への反響は〝半端ではないと想定される〞というのがsatochibaメール発信者の所見。



□2010年6月21日(月)

 夏至の夜は8時から10時までキャンドルナイト。建造物も、イルミネーションを中心にたくさんの建物がいっせいにライトダウンする。近年は地球温暖化問題にからめて、個人や環境団体だけでなく政府や企業も巻き込んで、名実ともに国民的な環境イベントに成長したようだ。

 もとはといえば暮らしの中で環境問題を考えて行こうと言いう人たちの中から電気を消してスローな夜を・・・という呼びかけで始まったキャンドルナイト。私もその始まりから〝参加〞してきた。もともとロウソクの灯りは好きだったし、平成8年にはたまごの会の人たちと「1%節電の意見書」(当時は夏になると〝電気が足りない・・・だから原発〞キャンペーンが繰り広げられていた。みんなで節電すれば原発はこれ以上いらない。寒すぎる電車、寒すぎる職場をなくすだけで十分・・・だから市役所でも節電を。市民にも啓発を、といった主張だったと思う)を成田市に請願したりしていた。だから環境団体をとおして呼びかけがあった時は即、「いいとも!」。

 長かった昼も終わり、夕闇に包まれる夜8時から10時までをロウソクの灯りで過ごす。いつもと違った雰囲気の中で家族や親しい人たちと食事や会話を楽しんだりすると、時間が静かにゆっくりと流れて行くのがわかる。それだけでも貴重なひとときだと思う。

 キャンドルナイトは、ただ電気を消して2時間過ごすというだけではない。そうすることで普段慌ただしく過ごして忘れがちなこと、失われつつある大切なことをもう一度思い返してみる機会でもある。そんなことは堅苦しいと思えば、それぞれの流儀で過ごせばよい。さらに、いっさい電気は使わないと言う人もいるし、音楽くらいないと「間」が持たない・・・とCDを流す人もいる。ま、2時間、電気を使わずにどう過ごすか考えるのも楽しいじゃない?

 結局、我が家の冷蔵庫は部品がないということで買い替えとなった。5月初めに冷却力が落ちたので修理を頼んだ。GE社製で購入して13年経つので仕方ないと思ったが、古い型だがまだ米国に部品があるから取り寄せれば修理可能ということだった。それなら・・・と、応急処置をして部品が届くのを待っていたのだが、昨日になって実は製造したのは韓国の工場でもう部品がないという。あんまり冷蔵庫に頼りたくないが、暮らしの中では必需品になってしまった。よりによってキャンドルナイトの日に電気製品を買うことになるとは・・・トホホだ。

 「国技」(相撲は別に日本だけじゃない)とはいえ興業の世界。相撲界が組織暴力団と関係があったとか賭博で汚染されていたと聞いても私は別に驚かない。それにしても、「女性は土俵上にあげない」などとエラそうに言っていた業界のこと、「神聖」な土俵をどう守っていこうというのだろうか。



□2010年6月20日(日)

 梅雨の晴れ間。暑くなりそうなので8時30分頃から予定していた市内3ヵ所を回る。道端に花をたくさんつけて重たげに茎を垂れるホタルブクロや田んぼの水路を覆うクレソンが目に入ってきて、あっちこっちとつい横道にそれて道草を食ってしまう。

 クレソンの花は初めて見る。小さな小さな白い愛らしい花。なんで田んぼの水路にクレソンなの?セリならわかるけど・・・。道路一本くぐった下流には全く生えていないところをみるとこの場所のこの環境がクレソンにはぴったりなのね。クレソンの花の周りをモンシロチョウやモンキチョウがひらひらと飛んでいた。

 ヨーロッパ原産のウオーター・クレスが身近なスーパーなどで売られるようになってまだ20年足らずなのに、もうこんなところに自生しているのね。ひと昔前はレストランの料理のお皿に添えられたのを有難くいただいたものだ。もしかして、農家の人が育てようと思ったのかしら。私が敬愛する大室のIおばさんも、以前田んぼに流れる湧水の隅に食べ残しを1本植えたらセリを追い出しそうに増えてしまったと言っていた。

 山道には真竹の筍があちこちから伸びていて、30㎝くらいのを1本(あたりを見回しても誰もいないので)黙っていただいた!真竹の筍はアクがなく柔らかくてお味噌汁に入れると美味しいのだ。目の前をシオカラトンボがスーっと横切って行った。

 2010・6・20 PHOTO BY MACHIKO  (左)水路に繁茂したクレソン (右)山際のホタルブクロ

 残土・産廃問題ネットワークちばの総会に向けて報告書の準備。提出期限が過ぎてしまったので今日中になんとか仕上げる。ついでにTVCDを聴きながら積もった書類の整理をした。昨夜のサッカー・オランダ戦は「堅守、一瞬のスキ」とかで1対0で負けたみたいだ。当分、勝っても負けてもサッカーなんでしょうね。



□2010年6月19日(土)

 政治の世界は参院選モードに切り替わった。私は政党とは無関係なので国政選挙で選挙運動に関わったことはほとんどない。ただ、各種市民運動の付き合いで何人かの候補者のチラシなどが送られてくる。ほとんど運動の中で知ったり聴いたりした顔や名前だから私に出来る範囲で協力してきた。ところが、今回は「えっ!」と驚く選挙ニュースがあった。神戸空港建設の是非を問う住民投票の直接請求運動(1998年)の中で知り合った井坂信彦さんが参院選兵庫選挙区に「みんなの党」から立候補するというのだ。5月1日のマスコミ報道で知った。

 今日、その彼から決断に至る過程と決意のほどを示す報告と「いさか新聞」が届いた。「いさか新聞」は彼が25歳で神戸市議会議員に初当選してから3期11年間ずっと送ってくれていた新聞だが、6月10日に職を辞した最新号の肩書は参議院兵庫県第一支部長。それにしても、「みんなの党」は有能な候補者をゲットしたと思う。

 「みんなの党」と井坂さんとどんなつながりがあったかは知らないが、納税者の視点で公務員改革や議会改革、税金の使い道に熱心に取り組んできた井坂さんを考えると、現時点では「なるほどね」といった感じ。ただ、「民間を過当競争に追い込む『小泉改革』の方向ではなく、公務員改革で役所を小さくして市民が公共活動を担う『市民社会』の方向を目指す」という彼の目線と、渡辺喜美さんのような元自民党政治家の目線がどのあたりまで共有できているのかな?という思いはある。でも、それは老婆心というものかもしれない。子どもの世代の彼らに「いまの国政は、ほんまにひどすぎる」と思わせるような政治の劣化は大人たちの責任でもある。彼の志が国政の場で活かされることを期待したい。とはいえ、私の場合「みんなの党」を支持するということではないのがちょっと悩ましいね。



□2010年6月18日(金)

 総務常任委員会。委員会審査が終わって、6月議会の最終日23日まで議会日程はない。

 実家から分けてもらった梅が色づいて良い香りを放つようになったので、今日は夕方から梅酒と梅干を漬けた。昨年は気付いた時にはもう梅の季節も過ぎて作れなかったので今年は気合を入れる。つけっ放しにしておいたテレビからはこれでもかとサッカーワールドカップ関連の話題。それもこれも日本がカメルーンに1勝したおかげ。いまや試合のライブを見ていない私にもカメルーン戦の流れが追えるほど。日本チーム1勝のあと、「明るい気持ちにしてくれた」「明日から頑張れそう」という若い人たちの言葉がとても印象的だった。

 10㎏の梅が納まる所に納まって、ひと仕事終えた気分。ワールドカップにあやかったわけではないがここ数年はもっぱらこれ、という南アフリカ産の白ワイン(シャルドネ・・・680円)を飲みながら新聞を読んでいたら、あらっ!まあ!科学欄の記事によると、赤ちゃんは生後4ヵ月で母国語と外国語を聞きわけている可能性があるらしい!慶大大学院の社会学研究科の実験で日本人の赤ちゃん12人に5種類の音を聞かせて脳の活動度を調べた結果。英語と日本語では大脳の言語野というところで日本語のほうに強い反応がみられたという。それと、「猿がコミュニケーションをとる時の声」にも聴覚の処理をつかさどる領域が強く反応したそうだ。人類の進化の謎に迫る記事でゾクゾクした。

 消費税が参院選の焦点になりそうな気配。何%にせよ、逆進性をどうするかが問題だ。EU諸国などが日本に比べて高税率だとかうんぬんするけれど、どこも食料品や教育費など生活必需品には課税していない。医療費なども英国では歯科以外は対象外ということを聞いている。こうした手だてもないままに消費税値上げイエスorノーを論じるのは反対だ。



□2010年6月17日(木)

 午後、新清掃工場整備特別委員会。工事の進捗状況について説明を受けたあと、現地を視察した。造成も順調に進んでいるようで26日には起工式が挙行される。成田・富里議会の関係委員会の委員にも招待状を出したようだ。私のところにもきたが、ちょうど残土産廃問題ネットワークちばの総会があるため欠席。

 建設予定地には未買収地が約30%あるが、説明では森林法でいう残地森林の部分。地権者の相続手続きの遅延で仮契約には至ってないが起工許可は得ているようだ。

 新清掃工場の工期は201112月まで。余熱利用の付帯施設も同じ頃にオープンさせたい意向。まだ境界確認の同意を得ていない地権者が5人いるようなので順調に進むかしら。ところでこの余熱利用施設をめぐっては新聞折り込みのミニコミ新聞が社説や議員へのアンケートを出すなどして反対を唱えている。施設の基本設計は議会の要請で5コースの温水プールや施設全体でユニバーサルデザインを採用するなど1度図面を描き変え、それをもとにパブコメを実施するなど一定の手続きを経て現在庁内プロジェクトチームで検討中。9月議会には全体の計画が提案されるだろう。

 議会に新清掃工場の特別委員会が設置されたのは1993年だったかしら?清掃工場本体と同時に余熱利用施設についても市民の声を聞きながら検討されてきた。ここまで来ると、施設の建設そのものの是非を問題にするなら住民投票で民意を問うしかないだろう。

   2010・6・17 PHOTO BY MACHIKO

 造成が進む新清掃工場。左側の山林が未買収の残地森林。正面から左法面の下がごみの搬入路。ちなみに、去年の5月はじめの頃はこんなでした。




□2010年6月16日(水)

 午前中の医療問題特別委員会をTV傍聴。私はいまだに特別委員会を設置する必要があったか疑問だ。確かに我が国の医療制度に関する問題や現状、その影響を受けた成田市の医療の現状に議会として重大な関心があるとしても、市立病院があるわけでなし、35億円補助したといっても成田日赤病院は日本赤十字病院の一つとして独立して運営されているわけだし、両者の間の協議機関もある。これまで議論されているような内容なら全員協議会でやればいいと思う。とはいえ、こういうことは私のような1人会派の議員が知った時はもう決まってからのことなので、いまさら言っても仕方ないのだが。

 今年の無人へりによる農薬散布面積は成田地区が287ha、大栄地区360ha、下総地区520ha。農政課の話だと、成田地区の散布区域は面よりも点になってきたという。大栄、下総はそれぞれの植物防疫協会で実施している。

 かつてはこの時期になると農薬の空中散布反対の活動や監視で忙しかったものだ。有人ヘリや無人ヘリによる一斉散布の飛散調査もやった。いまは一斉防除から個別防除になったので運動としての空中散布反対はやめた。でも、私たちは化学物質の海の中で生きている。恩恵を受ける半面、有害化学物質も多い。いま科学物質で苦しんでいる人たちや未来を生きる人たちのことを考えて、またみんなと手をつなぐことにした。

 最近は季節を問わず殺虫・殺菌剤の類が店頭に並ぶようになったが、やはりこの季節は目立つ場所に山と積まれる。害虫だけでなく益虫も〝ただの虫〞も殺し、〝ばい菌〞だけでなく有用菌や〝ただの菌〞まで殺してしまうような環境に生まれ育つ子どもたちの平均寿命は40歳代になるだろうという学者もいるくらいだ。都市も地方もみんな右へならえの日本人の体質が劣化しつつあるということは、国力も劣化というか、低下していくということね。




□2010年6月15日

 空港対策特別委員会。例によって控室でのTV傍聴。国土交通省成長戦略会議最終報告に対する申し入れ(5月25日)について、ほかに2010年夏ダイヤ以降の運用について、2009年度3月期決算について成田国際空港株式会社から報告があった。国土交通大臣への申し入れに関しては国土交通省の担当課長が出席して身内の事情を説明していた。

 3月28日から夏ダイヤになり、Bランがほぼ着陸専門に使用されるようになった。飛行コース下の地域はこれまで経験したことのない騒音にさらされた。中でも頭上40mを飛行機が飛ぶ農家は風向きによってはラッシュ時に1分50秒位の間隔で着陸機が降りてくる。それはもう騒音地獄。

 専門官によれば、飛び方のシステムを変えたら4000mのAラン、2500mのBラン2本のうち、どこの航空会社もAランからの出発を希望してきたらしい。Bランは南風の時に出発しようとすると「東側の曲がりくねった誘導路」と「への字誘導路」を通って滑走路北端に行く。走行距離約5㎞。そこで「南風の時はどの航空会社も使いたがらない」という。従って出発がAランに集中し、Bランは着陸専門となる。現在管制官も新たなシステムを習熟中で、今後は安全をそこねない範囲で出来ることをギリギリ頑張るから(極端な運用については)もう少し検討させてほしい、とのことだった。

 神経をすり減らしながら過密ダイヤをこなしている管制官の立場はわかる。しかし空港公団は用地問題を解決出来ずに当初計画を北にずらし2180mで暫定オープンした際、航空安全会議や管制官組合などが誘導路の危険性などを指摘しても「運用によって解決していく」と言っていた。その後の経緯をみると、Bランの建設計画がいかに強引で場当たり的だったかということだ。その結果1軒の農家の頭上40mに飛行機を飛ばし、いままた、3本目のタコ足誘導路を作って別の農家を空港の中に封じ込めてしまおうとしている。このすさまじい人権侵害が続く限り、成田空港に真の祝福の日は訪れないだろう。

 昨日・今日とニュースのハイライトで菅首相の国会答弁を聞く。時々、はぁ~、あんな調子でやりあっているのかと想像できる場面に出くわして可笑しかった。菅さんはさる米国の学者に「私が鳩山さんより答弁が上手なのは、鳩山さんは夫婦仲がよいので喧嘩をしないが、私はしょっちゅう夫婦喧嘩をやって鍛えているから」と語ったらしい。



□2010年6月14日(月)

 今日から梅雨入り。雨にぬれて緑がますます色濃くなっていく。朝、風邪のせいか紅茶やコーヒーではなくハーブティーが飲みたい気分。カモミールとレモングラスをブレンドして飲む。3月に種を蒔いたカモミールがいま次々と花を咲かせてくれている。

 午後、経済環境常任委員会。都合で途中からTV傍聴。執行部より、成田空港利用客及び宿泊客等の市内回遊意向調査の結果報告について、観光キャラクター「うなりくん」関連グッズの市販計画について、口蹄疫について、3件の報告があった。

 いつも元気な無農薬・有機野菜を届けてくれる産直農家で、芝山町でずっと空港反対運動をしてきた元芝山町議の鈴木幸司さんが86歳で亡くなり、告別式に参列。シベリア抑留から帰って以来戦争反対を貫き、成田空港問題でも騒音下の集落が移転する中で妻のいとさんや息子さんの健太郎さん、加代子さん夫婦とともに残って農業を続けてきた。普段はニコニコ、でも天皇制や空港問題などになると切れ味鋭い理論家肌の方だった。

 訃報といえば、去る5日には新勝寺勤務で社会党の元市議だった篠原茂さんが98歳で亡くなられた。私が成田で暮らすようになって参加した市民団体「成田の平和を守る市民の会」の先輩で、議員になってからもいろいろご教示いただいた。「健勝」のお手本みたいな方だったが、昨年はお声を聞く機会がないままの訃報となった。通夜にお線香をあげさせていただいたが、さわやかな笑顔の遺影を見上げるとよく通るお声で語りかけてくるようだった。

 昨夜1120分、60億キロ7年の任務を終えて小惑星探査機「はやぶさ」が帰還した。とはいえ、地上に帰還したのは「小惑星イトカワの砂が入っている可能性のあるカプセル」で、はやぶさ本体はカプセルを切り離した後に燃え尽きて役目を終えたという。役目を終えて我が身は燃え尽きる・・・計画通りとはいえ愛惜の念にとらわれたのは私だけかしら?

 05年小惑星イトカワに到着という快挙の後は絶体絶命のピンチを幾度か乗り越えての帰還らしい。私も、はやぶさからの電波が途絶え行方不明、という報道を聞いたことがある。「プロジェクトのリーダー○○さんが〝あきらめの悪い人〞だったのが幸いした」と冗談まじりに語る人がいた。〝イトカワの砂〞への期待は大きいが、技術的にも小型探査機で木星のような遠い天体を目指せる省エネ型エンジン(イオンエンジン)や自動制御技術検証できたという。

 カプセルが落下したのはオーストラリアの砂漠で、アボリジニーの聖地だそうだ。オーストラリア側がアボリジニーの代表と現地を確認し、了解を得たうえで回収を始めるという。先住民族とその〝聖地〞に対するオーストラリアの姿勢がよくわかる。



□2010年6月13日(日)

 11日からサッカーのワールドカップが始まった。サッカー人口は世界一多く、オリンピックより注目度が高いというからしばらくの間世界中が熱中・熱狂の渦に巻き込まれそう。私はといえば、TVで中継されるスポーツ番組はやむをえない付き合い以外まず観ない。たまに観るとしても話題性のある決勝戦くらい。だからサッカーも同じ。唯一気が向けばとりあえずTVのチャンネルを回し「あの頃TVのライブがあったらな~」と思うのは水泳。10代の始め、オーストラリアのジョン・コンラッズという水泳選手に熱中した後遺症のようなもの。ところで同時代に活躍したマレー・ローズの近況を耳にしたが、コンラッズはいま何をしているのかしら?

 「スポーツ」でいうと、グランドサンが中学時代からバスケットを始めたので、少しは話題を共有したくて情報を集めようと思ったことがある。でも、TVの衛星放送で米国の試合を1回観て終わり。しかし、もしこれが彼の出場する試合ならルールなどわからなくてもきっとかぶりつきだろう。中学校駅伝大会に出場した時の近畿大会は日帰りで追っかけたし・・・私にとっては観る「スポーツ」ってそんなもんね。

 久しぶりに風邪で喉や気管支がやられてしまった。昨日に続き今日も熱っぽい。もともと気管支は弱く、時々咳を伴う風邪をひきやすかったが、ここ10年位は丈夫になってひどい咳は出なくなった。今回も咳はあまり出ないのでひと安心。風邪かな?と思うと海水位の濃度の塩水でうがいするようになったからだと思っている。だから、気管支が弱いという人には辛い位の塩水でのうがいを勧めている。咳といえば、ダイコンをさいの目切りにしてハチミツをかけるとダイコンエキスが出てくるから、それにレモン汁などを入れて飲むのもよい。始めは幼い娘のために作ったが、今は自分用に。うがい薬や咳止めの薬はあまり使いたくない。

 ・・・もちろん、仕事や学校に行かなければならない時はドクターから処方してもらった薬が一番効果的なんだけど。



□2010年6月11日(金)

 教育民生常任委員会。控室でTV傍聴。審査事項は6議案だったが、所管事務調査が盛りだくさん。聴きごたえがあった。

 駅番の活動延長について(7月1日より午前1時15分まで)、(学校への)看護師の配置について(医療支援を必要とする子どもたちのため)、学校給食施設整備基本計画について(親子方式の採用)、成田市次世代育成支援行動計画(後期計画)について、学校適正配置の進捗状況について(久住1小・2小統合、中郷小・美郷台小統合へ)、平成22年度国際こども絵画展について(今年休止の予定を海外のみ継続、応募数が多いので今後会場や募集方法を検討)、国際文化会館建て替え基本構想策定調査について、生涯学習・障害スポーツに関する市民意識調査について、公津スポーツ広場整備事業について、ニュータウンスポーツ広場整備事業についてといったところ。市民にとって関心の高いテーマが多かった。



□2010年6月10日(木)

 8日から始まった一般質問も本日で終わり。私は今日午前10時から質問した。3点質問する中で空港問題は昨夜原稿をつくった。理由は、5月17日不当に不当逮捕された天神峰の農家市東さんの勾留満期が8日だったので、釈放か起訴かを見極めてから原稿を作るつもりだった。その市東さんは8日午前11時過ぎ釈放となった。成田警察署を出て最初に向かったのは勾留中ずっと気にしていた畑。農作物の生育状況をみてから自宅に帰ったそうだ。

 それにしても、看板1枚へこませたことを理由に現行犯逮捕、「逃亡のおそれ」「証拠隠滅のおそれ」で勾留となり、再び勾留延長、人を22日間も拘束するなんてデタラメを許してはいけない。検察の筋書きを裁判官が調べもせずにそのまま追認したものだ。

 5月20日午前0時に道路管理課の管理期間が終了し、土木部から総務部(管財課)へ移管。行政財産から普通財産になった旧市道だが、近日中に成田国際空港株式会社(NAA)に売り払うことが決まっている。契約書は、市長の決済を終えてここ数日秘書課に置かれているようだ。この間の財産売り払いをめぐる市の動向を見ていて、NAAとの契約の締結と代金の振込み、更に道路の取扱いには、成田市・NAA・警備当局による政治的な判断が反映されているのではないかしら。警備当局の意向がからんでいるというのは風の噂だけれど。代金を支払った時点で道路の所有権はNAAに移り、取扱いはNAANの自由となる。道路の封鎖をめぐって空港問題は一気に緊迫するだろう。そういうことも含めて、その「時」を決めるのかもしれない。

 化粧品には無知でほとんど興味がないけれど、アムネスティ・インターナショナル(国際人権団体)の物品販売で購入してからもう数年間使い続けているのがフランス生まれのブナの芽エキス(ガチュリン)を配合した美容液。カモミールのほのかな香りがするのも心地よい。どうして使って見ようと思ったかという動機はとってもシンプルで、〝ブナの芽エキス〞という言葉に私のボロぞうきんのような感性がビリビリと反応したから。1ビンが数ヵ月かけて使い終わりそうなので注文したのが今日届いた。シワやシミが消えるわけではないが、塗ったあとが肌に馴染んでとても気持ち良い。



□2010年6月4日(金)

 6月定例市議会が始まった。23日まで。

 民主党の代表選挙は菅直人さんが新代表に選ばれ、続く衆参両院の首班指名選挙で第94代の内閣総理大臣になった。市民運動家から政治家になったことや、その出発点がクリーン選挙の代名詞だった市川房江さんの選挙運動だったこと、厚生大臣になって官僚の壁を突き破って薬害エイズ問題に決着をつけたことなど、彼の足跡や考え方などには共鳴する部分もある。このところ続いた世襲議員出身の首相でないのもいい。

 それと、おつれあいの伸子さんも夫に負けていないのがいい。以前国会質問の際、小泉首相(だったと思う)の答弁にイラつきながら「そーいうことは聞いていません。聞いてもいないことを言わないで下さい。聞いていることに答えてくれればいいんです。・・・我が家にも一言ですむものを二言も三言も返してくるのがいますが・・・」確かそんな意味のことを付け足して苦笑いしていた。それを聞いて、メディアを通してしか知らない伸子さんだが、菅夫妻の夫婦のかたちが見えてきてシンパシーを感じたのを憶えている。

 とにかく多くの国民は「政権交代」を評価しているのだから、菅首相には鳩山退陣に至る混乱をリセットし、政権交代を目指した志を忘れず、約束した政策を着実に実現していってほしい。「自民党も民主党も同じ」ではないことを示すのは、「政治」に対する基本的な姿勢と政策の実現を通してしかないのだ。歴史をみてきて、21世紀が偏狭なナショナリズムと宗教がらみの地域紛争の泥沼に陥っていくのを避けるには、国民国家から市民社会へ民主主義を成熟させていくことが大事だと思っている。だから、日本でも民主党のマニフェストにほの見える市民主権的な政策を推進していってほしい。




□2010年6月3日(木)

 陶芸を生業とする古い友人の家に行ったら、まぁ!八重咲きのドクダミが庭の木陰に咲いていた。これまで一重しか見たことがなかった。株が増えたら分けてもらうことにした。

 いま、ドクダミの花盛り。先日新緑に溢れる風土記の丘の林床にも群れて咲いていた。私の好きな野草。葉の匂いは強烈だが、白い花は清らかに眩しい。この季節は目の届くどこかに必ずドクダミの花を活ける。むふふ・・・私が作った手びねりの小さな花瓶にとってもよく似合う・・・と、ひとり自慢。

    八重咲きのドクダミ (2010・6・3)PHOTO BY MACHIKO

 新聞をスクラップしていたら〝世界遺産知床のエゾシカ―食べることで守る生態系〞と題して朝日新聞根室支局長の記事が載っていた。それによると世界遺産登録満5年の知床では1990年代にエゾシカが急増、在来の下草や苗木、樹皮を食べてしまう。自然植生を守るために〝シカとの戦い〞なのだそうだ。・・・エゾシカが絶滅寸前になったのも、爆発的に増えたのも、要するに人間の都合で自然生態系を変えてしまったためなのだが。

 北海道では明治期に絶滅寸前になって禁猟措置がとられたというエゾシカだが、いまや増えすぎて農林業に被害を及ぼしている。そこでエゾシカの「頭数削減」に取り組むほか、食料として「有効活用」しようと捕獲から解体までの処理基準を作ったのだそうだ。

 やっと〝ジビエ〞としていただこうという気になったのね。先日はイノシシを食べさせる神戸のレストランの記事があった。イノシシだってエゾシカ同様人間に振り回された。森林列島日本、自然の恵みとしてこうした肉をありがたくいただきたいものだ。身近な食材になるかしら。

 エゾシカで思い出した。20年以上前ことだが、北海道にシカ撃ちに行ったというどこかのハンター・グループのメンバーの人から知人がもらったエゾシカの肉のおすそ分けをいただいたことがある。北海道シカ撃ちツアーみたいなのがあって、当時は禁猟区内におさまっていたシカを、アルバイトで雇った地元の人たちが中に入って追いたて、シカが禁漁区を飛び出したところでしとめるというきわどいことをやっていたらしい。なんとなく後ろめたい気持ちで食べたのを憶えている。以来シカ肉とは縁がない。今度は占冠(しむかっぷ)村のアイスレストランで本場のシカ料理を食べてみようかな。



□2010年6月2日(水)

 議案説明会。専決処分3件と補正を含め19件の議案と8件の報告。新年度始まって早々の補正は学校の大規模改造や増築・整備など。ほかに国の21年度2次補正による緊急雇用創出事業補助金の拡充・重点分野への補正。それだけ。

 一般質問は6月8日(火)~10日まで14人が行う。私は10日の10時から。先日の朝日新聞に、議員の一般質問に答えるかたちで小泉市長が続投の意思を表明することを「調整中」という記事が載っていた。二元代表制の地方自治だが、議会には誰が市長になっても国政を真似て「与党」的役割を果たすグループ(会派)があるから、そうしたいくつかあるグループの誰かの質問に答えるのね、きっと。

 鳩山首相が辞任を発表した。小沢幹事長を道連れに・・・。「俺は辞めない」と拒否できない理由が小沢幹事長にもあったということか。普天間移設(首相が自らを縛ったという「5月決着」は、実は小沢氏の考えだったという噂もある)を辺野古にもってくるという日米合意、閣議決定をして社民党の連立離脱を招き政権基盤を不安定にしてしまったし、お互い政治とお金のことで国民の不信を買ってしまったし、鳩山首相からすれば〝あなた(小沢氏)のいうようにやってきてこの結果ですから、この際一緒に辞めてもらいます〞ということなのだろう。辞任発表を聞いていて、このあたりにちょっと凄みと捨て身を感じた。

 早速、菅直人副総理が代表選に出馬する意思を表明したという。私は下馬評にあがっている他の顔ぶれよりも菅さんがどんな首相になるか関心がある。




□2010年6月1日(火)

午後、6月議会に行う一般質問の打ち合わせ。また、生活を議会モードに切り替える時期になった。

 あら、もう衣更えの季節。とはいえ、衣類は自分の体調と相談しながら着ればよいので〝衣更え〞も日本のデリケートな季節の変化を表す奥ゆかしい言葉と思うだけ。もっとも、何を着ようと誰からも何とも縛りなどない暮らしだからそんなことを言っていられるのかもしれない。議会でも今日からクールビズということで、議場で上着はともかくネクタイも付けないような申し合わせがあるようだ。私は関係ないけどね。付けたい人は付けてもいいと思うのだが、どうも付けている人といない人の違いが目立ち過ぎるからみんなで付けないということらしい。・・・わかるようでわからん。

 学校の制服(中学では標準服とか言うらしい)もあんまり融通が効かないようだ。中学生くらいになると自分の生理よりも周囲に合わせて我慢する子が多いのかしら。以前あるお母さんが中学生になって〝あせも〞が出るようになった息子に「暑かったら脱ぎなさい、寒かったら着なさい」と言ったら「うるせぇ、暑いとか寒いとかで着てるんじゃねぇ」と、いままで聞いたこともないような乱暴な言葉が返ってきてショックを受けたと言っていた。そんな時期もあるのだろうが、〝標準服〞についていえばないほうが良いと思う。でも、あるなら成長期の子どもたちは新陳代謝が激しいから着脱や重ね着が自由にできるよう徹底したほうがよいと思う。でないと、子どもたちの中には右へならえで自粛し、「うるせぇ」になってしまう。

 先日沖縄県民有志の首相官邸前座り込みでお会いし、この日記にツーショット写真といっしょに紹介した沖縄ひめゆり部隊の生存者で杉並区在住の上江田千代さんのお話を聞く会の日程が決まった。1030日(土)中央公民館。公民館まつりに「歴史と今を語り合う女性の会」が企画する。タイトルは「ひめゆり学徒の沖縄戦体験」。米軍が撮影した沖縄戦の映像を15分に短縮したビデオの観賞や、上江田さんが壕の中で3ヵ月間一度も選択することなく身に着けていた作業着、地図の展示など。



□2010年5月31日(月)

 朝4時前、ふと小鳥のさえずる声で目が覚めた。カーテンを少し開けると赤い月が西に傾きかけ、東の空がほんの少し白んできたところだった。古墳の周囲は夜通し街灯がついて明るいのに、小鳥は人工の光には反応しない。太陽の光にのみ感知するのかもしれない。待ちかねていたようなさえずりをうとうとしながら聞いていると、陽が昇る頃には少し静かになった。さえずりっぱなしではないようだ。きっと、朝の訪れをみんなに知らせていたのかもしれない。それにしても、おしゃべり上手な小鳥さん。そういえば、フランスでも明け方に小鳥のさえずりを楽しんだことがあった。マブリエさんの庭の木立をねぐらにしていたあの小鳥はまるで会話に興じているようで、聞いていて思わず笑ってしまうほど愛きょうのあるさえずりだった。

 27日に開催された「アクアラインと地域振興―東京湾横断道路の交通改善及び地域振興への効果の測定と評価」という講演会(県議会市民ネット・社民・無所属市民の会主催)の内容がMLで届いた。講師は関東学院大学教授で環境政策専門の安田八十五さん。さまざまなデータを示し、アクアラインは南房総の経済振興にまったく役に立っておらず失敗。建設しないほうがよかった、と結論づけて失敗の原因や教訓を明らかにしたという。私は都合で参加できなかったので興味深く読んだ。

 特にアクアライン開通で大幅人口増(当初の計画で2000年に34万人!ちなみに2010年現在約12万7千人)を見込んだ木更津市。アクアラインを〝夢の架け橋〞と宣伝した木更津市経済は大打撃。立ちあがれずに低迷している・・・これまで知人の木更津市議から聞いた話がいろいろ出てくる。当時の木更津市の非現実的な過大予測といってしまえばそれまでだが、南房総の地元を煽った千葉銀行のシンクタンク(ちばぎん総合研究所)もストロー現象(都市と都市を結ぶ便利な道路ができるとポテンシャル=引力の強いほうに人口や買い物客が吸収される。理論上は時間距離が半分に短縮されると吸引力は4倍)を見抜けなかった。バラ色経済波及効果予測は見事外れた。というより、そもそも「依頼主が〝こういう数字を出してくれ〞といえばそれに合うような数字をだす、これが日本のシンクタンクの実情」なのだそうだ。

 確かに私も議員経験の中で〝需要予測〞や〝経済波及効果〞はそのまま鵜呑みにしてはいけないことを学んだ。ま、一度は疑ってみる必要があると思っている。それにしても、「まさか~」と思うような〝予測〞や〝効果〞って結構あるよね。



□2010年5月30日(日)

 沖縄の人々にとって、昨年夏のあの基地の島を包み込んだ熱い思いは「いったいなんだったばー」、というのが普天間移設先を辺野古と決めた日米合意と、それを追認する鳩山内閣の閣議決定ではないか。いや、そんな曖昧、抽象的なものではない。県民の心はズタズタに切り裂かれた。深い失望と、やり場のない怒りがひしひしと伝わってくる。軍国日本の本土防衛の捨て石として、米国の占領を天皇制維持のために積極的に受け入れた昭和天皇の人身御供として、そして島民に希望を与えておきながら対米追随外交から抜け出せない鳩山政権の自己保身によって。沖縄はヤマトから3度目の犠牲を強いられたのだ。

 こうなったらヤマトからの分離独立しかない、という声が大きくなってくるのも理解できる。県民投票で問い、多数を占めれば分離独立宣言をし、国連の支持をとりつけて県民による新たな主権地帯を樹立するのもよい。基地のない平和な島を創るにはそれが一番説得力をもつようになるのではないか。「沖縄の皆様のご負担を軽減すべく・・・でもご理解を」などとのたまっている政府に未練たらたらしていても、未来図を描くことはできないのではないか。・・・そう思いたくなるほど、政治の貧困を感じた決定であった。

 社民党が政権離脱を決めた。党是のために筋を通す道を選んだことは歓迎。その上で、たとえ鳩山政権がこうした末期的状況にあったとしても、私は昨年9月の政権交代の意義を否定しない。日本の政治史上初めて主権者である人々の意思によって半世紀続いた政権を退け新しい政権を誕生させたのだ。人間の行う「政治」に完璧なものなどない。失望したりヤケをおこして政治から目をそむけるのではなく、より善い政治を求めて次の選択をしていけばいいじゃない。




□2010年5月28日(金)

 6月議会一般質問の通告閉め切り。私は「牧」の歴史を残すための文化政策、市長の入札改革と課題、市道廃道とその後の経緯の3点を質問する。

 午前中は「たいむ」にも寄稿してくれていた宗吾台の会津素子さんと教育委員会へ。青年海外協力隊員として2年間エジプトのカイロで現地NGOと共にストリートチルドレンの支援をした体験、県内の施設で虐待された子どもたちのお母さん役として仕事をした経験やマザーテレサの孤児院、カンボジアの孤児院でのボランティアなど、過酷な環境の中で育つ子どもたちに寄り添って活動してきた素子さんの経験を成田の子どもたちに知ってほしいと思う。「物は無いけど心豊かな発展途上国。物は溢れているけど心が淋しい日本」それでも、「あったかいごはん、あったかいおふろ、あったかいふとん、あたりまえのことがとってもとってもありがたく思うようになりました」・・・そういう素子さんの体験を聞くことできっと、自分のこと、友だちや学校、自分が暮らす地域や社会のことを考えてみるまたとない機会だと思う。子どもたちはみんな豊かな感受性をもっている。

 昨夜作ったルバーブのジャムを娘に送った。ジャムはルバーブの茎から作る。見た目はごっつい植物の茎。売っていたJA富里のレジの店員さんから「これ、どうやって食べるんですか?」と聞かれ、「ジャムにします」と言うと「はぁ~」。まだまだルバーブのジャムは日本ではマイナーなのね。でも、イギリスなどではメジャー。果物のジャムではないのでほんの少し草のような香りがする。でも酸味があってパンにぬって食べると美味。

 夕方届いた産直野菜は大根、リーフレタス、小松菜、チンゲン菜、カブ、はくさい菜、スナックエンドウ、キャベツなどでケースは葉物類であふれんばかり。どうやって食べ尽くすか嬉しい悲鳴。



□2010年5月27日(木)

 「歴史と今を語り合う女性の会」の例会。日曜日にNHKハイビジョンで「ヤノマミ」を見た会員さんからの話で始まり、10時から1時過ぎまで様々な話題で盛り上がった。一応12時までなのだが、いったん終了しても話が尽きず、最後は立ち話になることもある。今日は新しい人が参加してくれた。

「奥アマゾン原初の森で暮らすヤノマミ」は、以前この日記にも記したが、NHKが1年余り前からHVや総合テレビで何度も放送している。制作の視点も興味本意ではなく、優れたドキュメンタリーだ。受診料を徴収しているNHKだから作れる番組といえる。映像やナレーションは原初の森に生きる人々の日常生活を淡々と追っているのだが、文明に浸りきった私たちには思わず全身に緊張を強いられるような凄みが各所に見られる。特に女性に見てほしい番組だ。

 その一つに出産がある。女性は部族の女性たちの助けを借りて森の中で子どもを産む。宿った命は人間ではなく精霊。精霊のままか人間(ヤノマミ)になるかは母親が決める。精霊のまま返す場合は口に草を詰め白アリの巣に入れる。白アリは子どもを食べ尽す。そして母親自らが蟻の巣を燃やして一連の儀式は終わるのだが、産んだ女性がすべて一人で行わなければいけない。たとえ14歳の少女でも。ヤノマミは毎年約20人の子が生まれ、半数以上が精霊のママ天に返される。これはいろいろ意味付与されているのだが、要するに彼らの社会を維持していくための間引きではないか。

 日本でも、間引きは長い間口減らしの一つとして行われてきた。江戸時代は間引きが人口調整の役割を果たしていたというのはよく知られていること。そして、日本でも産み落とされた直後の子どもはまだ人間としてはみられていない。母親が自ら産んだ子を葬り去ることへの罪悪感を薄めるためではないか。でも番組の中で、へその緒をつけたまままるまると太って元気よく泣く子(男の子だった)を精霊の国に送ることに決めた14歳の少女のあどけない表情の奥に、戸惑いと憂いを感じたのは私だけかしら。このプロセスに、ヤノマミの男性はいっさい関与しない。

 これを残酷と言ってしまっては、己の本質を見誤るだろう。人類は歴史の中でこうした過程を経てきたのだ。「子どもの権利条約」に結実した人権は、人類史の中でもつい最近の思想なのだ。

 朝日夕刊の「ニッポン人脈記」にシナリオ作家の荒井晴彦君が載っていた。昔のデモ仲間で、その後シナリオでは最高の賞を受賞したというところまでは映画評論をやっている知人に聞いていたが。たまに昔はそれなりに身近にいた人でその後全く合うことがなかった人がマスコミに登場することがある。この年になると懐かしいね。



□2010年5月26日(水)

 今日は午後から図書館の資料室で情報収集。行政関係の月刊誌を拾い読みする。それと、「ニュートン」等科学雑誌と絵本も2冊。私が図書館に行く日って、だいたい雨模様の日が多いみたい。こんな日の図書館の匂いが好きだから。

 「住民と自治」に掲載されていた〝知られざるおくに自慢〞は北海道占冠(しむかっぷ)村。村の名はアイヌ語のシモカプ(静かで平和な川の上流)を語源とするそうだ。富良野から50㎞くらい南下したところにあるという。東京23区と同じくらいの広さに人口1200人。その村の有名なものは寒さ!今年は4日連続寒さ日本一を記録したらしい。〝な~んにもないけど、自然はいっぱい!日本一の寒さを体験できる村〞だそうだ。そのイベントがまた「どうだ!」と言わんばかり。バケツの中で水を凍らせてアイスキャンドルを作り、その灯りのもとで山菜や鹿肉料理など地元料理を味わうキャンドルナイトや、ドラム缶の露天風呂、氷のレストランに氷のホテルなどが立ち並ぶアイスビレッジ。氷のホテルは宿泊可ですって!発想を転換するとマイナスもプラスになるのね・・・ドラム缶の露天風呂はちょっと遠慮したいけれどキャンドルナイトも悪くないな・・・寒いのが苦手な私でさえ愉快な気分にしてくれるおくに自慢だった。

 バラの花びらが散り始めたのでひろって籠に入れ、玄関に置いた。狭い玄関がうっとりするような香りに包まれた。花びらといえば風土記の丘で強風の翌日に拾い集めた山桜の花びらがドライフラワーになってもあでやかな色香を楽しませてくれている。もう2ヵ月近く経つのに・・・。



□2010年5月25日(火)

 およそ40年ぶりに勾留理由開示裁判を傍聴した。40年前、1970年前後は学生たちがデモなどで逮捕されると都内各所の警察署に振り分けられて留置所で長期にわたる勾留が続いた。勾留延長が繰り返されて数カ月も警察の留置所に拘束される学生もかなりいた。留置所は世界から人権後進国と批判される理由の一つである悪名高い代用監獄だ。そんなわけで、逮捕される学生の数が多いぶん、一時勾留理由開示裁判もよく開かれた。

 今日は、去る17日に自分の家の前にたてられた事実上通行禁止の看板を「頭にきて蹴飛ばし」、「器物損壊」(NAAは看板の損害を19950円として市東さんを告訴したとか)で逮捕勾留されている天神峰の市東さんと野澤さんの勾留理由開示裁判。 しかし・・・その理由がふるっていた。「逃亡の恐れ」と「罪証隠滅の恐れ」。弁護人の言うように、市東さんは祖父の代から90年にわたって耕作してきた畑の明け渡しを求められ、1億円以上の金銭補償が提示されても「ここで農業を続ける」と言う農家だ。どこに逃亡するというのか。罪証隠滅の恐れにしても、証拠となるNAA設置の看板は逮捕当日に成田署が持ち去り、成田署にある。勾留決定時点では存在していないものを〝隠滅〞しようがないでしょう。

 もう1人、公務執行妨害で逮捕された野澤さんについても、市東さんが車で連れ去られようとするところに農作業姿で駆け付け、「市東さんを連れて行くな」と近づいたとたん警備の機動隊が体当たりして来て、それをもって道路の向かい側にいた警備が公務執行妨害で襲いかかって逮捕したという。メチャクチャだ。

 でも、私の娘くらいの年齢と思しき裁判官は弁護団の相次ぐ求釈明に対して、ただただ「(検察作成の)一件記録から認められる」ので「釈明の必要はない」「答える必要はない」「(理由を述べると)証拠の内容に差し障る」。あげくの果てに「ご批判は受け止めます」とは。それにしても2時間にわたり、一人の人間を拘束しておいて理由も述べず開示制度を否定するような不誠実な態度に終始。抗議する傍聴人を次々と暴力的に退廷させる訴訟指揮。なんと18人の傍聴席で6人を退廷させてしまった。裁判官をひとくくりにする気は毛頭ないが、遠藤ケイイチロウクン、検察の一件記録を裁判官としての視点で精査することなく追認した今日のあなたについて言えば、権力の道具ではないか。



□2010年5月24日(月)

 3月に英国・オランダ・ドイツ3ヵ国を視察した際の、私の報告を議会に提出。あの時の視察内容はこの「日記」や「たいむ」第74号で報告したがスペースの関係などでとても限られポイントだけだった。今回は議会用の文書として少し詳しく書いた。同じものは「市民の広場に掲載。なお、参加した各議員の報告などを編集して作成された全体の『報告書』は6月議会に提出される。

 メモや録音、視察先で手に入れた資料を中心に、細部は随行した議会事務局の職員が視察中に録音したものを起こした資料などでチェックしながら、再度報告書を作る作業は楽しかった。2度行ったみたい!そしてドイツ・ヴィースバーデンの「社会の元気のための施設」には関心を新たにした。

 とかく地方議員の海外視察は「税金の無駄遣い」「物見遊山」「観光」と批判される。「百聞は一見に如かず」なのだが、要するに何のために行き、それをどう活かしていくのかということだろう。でも、すぐに「コレです」とかたちに現せるようなことは極めて難しい。市民の広い心がないとやっていられない。そんなことができるのも、成田市が議員の海外視察に予算を付けるくらいのお金があるから。でも、そんな金があるならこっちへ回せ、という考えもある。それは政策の費用対効果で図るしかない。議員が団体で海外視察することには批判的な私が今回参加を決めたのは、オープンパラレル方式をとる空港で「同時平行離陸」によって生じる騒音を体感するため。実現できなかったけれど、実現できなかった理由がわかったことは重要な成果。一人でふらりと行ってもよかったんだけどね。

 市役所1階のロビーで「さつき花季展示会」(~27日まで)というのに遭遇した。私は盆栽には特に関心はないのだが、添えられている小鉢の山野草にとても心惹かれる。でも、今日は添えが数えるほどしか展示されていなかった。昨秋ロビーで松などを中心にした盆栽が展示されていた時はたくさんの添えがあったのだが。皐協会成田支部の人の話などを聞いて私が勝手に思うに、添えの醍醐味はどうやら秋ではないかしら。私が惹かれるのも、枯れゆく季節の移ろいをにじませながら小さな鉢に必死で根を張る山野草のけなげな姿・・・。この時期は添えも元気があり、ズイナなどは花をつけたところは秋の風情とは全く別の顔。でも、それはそれで楽しませてくれる。

   PHOTO BY MACHIKO ズイナ・・・晩秋には見事な紅葉をみせてくれる。




□2010年5月23日(日)

 ♫雨がしとしと日曜日~ぼくは~ひとりで~君の帰りを待っている~♩・・・何の脈絡もないけれど、記憶のどこかに紛れ込んでいたこんな歌がふと蘇ってきた雨の日曜日。植物が水をいっぱい吸い込んで、ひときわ輝きを増している。土と緑の奏でる香りのコラボ、何ていい匂いなんでしょう!今日のような日は、傘をさして森の小道をゆっくり歩くだけでリフレッシュ。

 でも、そんな気分をぶち壊したのが普天間の日米合意。移設先を名護市辺野古周辺と明記されることになったという。今日は鳩山首相が沖縄を訪れ、辺野古を提示して陳謝したという。もちろん沖縄、とりわけ名護市民は断固反対だけど。それにしてもこの間の鳩山首相を見てきて、あくまでもマスコミのフィルターがかかっていることを前提にしてだが、煮ても焼いても食えないようなヘンな人!お母さんからの月額千数百万円の子ども手当が問題になっていた頃、記者たちに取り囲まれた時の姿が「職員室に呼びだされた生徒会長」のようだと、新聞のどこかに書いてあった。ここに至ってもそんな雰囲気が抜けていないようだ。自分は関係ない、自分の責任ではないと思っているのではないかしら。決断したように見せないで実は既成事実化していくといった政治手法(というより、性格なのかな?別の見方で言うと、すごい粘り腰)だとしたら無責任というか厚顔無恥というか。それにしても、今になって「海兵隊の抑止力」を云々するなんて、やめてほしい・・・。



□2010年5月22日(土)

 今年は国際生物多様性年、そして条約が採択された今日は国際生物多様性の日。10月には名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10・国連地球生きもの会議)が開かれる。

 条約事務局の発表では、「生物多様性の損失速度を2010年までに半減させる」という2002年の目標については未達成で失敗だったと結論づけたそうだ。生息環境⇒悪化、絶滅危惧種⇒悪化、保護地域⇒改善、生態系の連続性⇒悪化、水質⇒劣化、環境への負担⇒悪化。地球に生きる推定3000万種のうち毎日約100種の生物が絶滅し、評価された約4万8千種のうち36%が絶滅のおそれがあるという。地球史的には恐竜絶滅以来の「第6の絶滅期」と言われているそうだ。

 恐竜の絶滅はどうやら小惑星の衝突説に落ち着きそうだが、この第6の絶滅の最大の原因は人間のあくなき〝経済活動〞の結果である。開発、乱獲、地球温暖化・・・近年、それがいずれは人間をも脅かすことになると気づいて条約を作ったり会議を開いて対策を練っている・・・。そうした対応は大事なことだが、環境に配慮した開発の代名詞のような「持続可能な発展」はキレイゴトではないかしら。よほど覚悟しないと。例えば、環境への負荷を減らすと省エネを唱えながら一方で省エネ商品を生産して消費を拡大するなどしていては無理。

 長期的・・・というか地球史的には人類を含めどんな生きものがどう生き延びるか・・・或る程度行き着くところまで行って、また新たな地球の生きもの環境が安定してくるだろう。かつて恐竜時代には森の中の樹木や草むらの陰で暮らしていた私たちのご先祖哺乳類が恐竜絶滅後に爆発的な進化と発展を遂げたように、いずれ第6の絶滅期を経て地球環境に適応した生き物たちが登場してくるんじゃない?

 勝手な想像はさておき、身近な環境から生きものたちの賑わいを取り戻していかないといけない。一番わかりやすく説得力があるのは里山。日本だけでなく、どの国にも人里と大自然の間に人の手が入った田園や野山などのエリアがあった。日本をみると、その里山が放置されて荒れ放題になり、或いは開発されて姿を変え、さらにはゴミ捨て場になっている。有害化学物質の多用による汚染も広がっている。COP10で日本が里山イニシアティブを提唱するというのは大賛成だ。里山の機能を少し回復しただけで、ずいぶんたくさんの種類の生きものたちが戻ってくることは証明済み。



□2010年5月21日(金)

 金星探査機「あかつき」の打ち上げに成功。順調にいけばあかつきは今後4年間金星の気象衛星になって大気の動きを観測するという。種子島に打ち上げを見学に行っていたTさんから18日(火)午前7時前、「発射5分前に打ち上げ中止決定」というメールが届いていた。関係者だけでなく、今日の成功が待ち遠しかった人たちも多かったことだろう。

 金星は地球と姉妹星・・・朝日新聞ではこの字を使っていた。〝兄弟〞という字でなくてよかった!母なる大地(マザー・ネイチャー)と言われるように、人類にとって産む性である女性は命あるものの繁殖や生産と結びつき、自然の営み同様に畏怖の念とともに慈愛の対象として土偶や地母神信仰になり、氏族社会の時代は尊敬の対象ともなった。人類史の圧倒的な長い時間はこうした時代だった。だから、言語学的にいろんな名詞を男性・女性・中性に分類するラテン語やロマンス諸語、ドイツ語やロシア語などでは大地や海、つまり地球は女性なの・・・プロジェクトの責任者のコメントとして、金星の気象がわかると地球の気象がもっとわかるのだという。

 H2Aロケットには他にもミッションをもった探査機が同乗しているとかで、大学対抗みたいな観測実験や宇宙で帆が開くイカロスなどが飛び立った。

 18日、19日付の市担当部からのFAXによれば、有識者による国土交通省成長戦略会議の最終とりまとめが行われるとかで、航空分野について県知事と国土交通大臣の会談が13日に行われたその概要は、首都圏空港を含め徹底的なオープンスカイの推進、首都圏の都市間競争力のアップにつながる羽田・成田の強化として、成田空港は23年度中に同時発着をやれとか、駐機場の増設をしろとか、国内線用の発着枠を拡大しろとか、LCCの参入促進を図る環境整備をしろとか、ナリハネ間のアクセス50分台実現とか・・・尻を叩いている。

 発着枠増については23年度中に25万回(プラス3万回)、24年度中に27万回(プラス2万回)、26年度中に30万回(プラス3万回、累計8万回)。

 羽田については25年度中に昼間6万回、夜間3万回の計9万回の国際線をいれたいとのことである。従来の方針より昼間の枠で3万回増やしている。要するに政府はハブの中心を羽田に移しつつあるということ。とはいえ羽田だけでハブの機能を果たすことは不可能だから〝成田が沈没する〞〝みんな羽田に持って行かれる〞〝貨物空港になる〞といったことは市民の不安を煽るための質の悪いデマだから聞き流したほうがいい。

 空港といえば、3月11日にオープンしたおとなりの茨城空港、週刊金曜日によれば利用者は県の担当課の予測で1日平均500人だそうだ。県は80億円負担したらしいが何年経てば改修できるか予想もつかないという。一方空港見物客は30万人に達するとか。出店した3つのテナントは予想に反して大繁盛らしい。



□■□2010年5月20日(木)

 昨日から風邪気味。少し熱があるようで関節が重い。天神峰の市道が市の行政財産から普通財産に変わるというので、葛根湯を飲んで現地に行く。管財課に聞いた限りでは、一般的な払い下げの手続きには1~2ヵ月かかるようだが、私はこの道路がNAAに払い下げられるのにそんなに時間は要しないだろうと思った。だって、公募はせず申請書を出してもらいその上で不動産鑑定士に鑑定してもらって金額が決まり、NAAがそれにOKなら契約と金銭授受。それをもって所有権はNAAに移る。その後登記手続き等があるが、NAAが道路をどう扱うかを拘束するものではない。とっくにいろいろ準備しているだろうから1週間もあれば払い下げ完了、となるのではないかしら。「政策なので・・・」とムニャムニャ言葉を濁していたから。

 ところで、自分の家の目の前にNAAが立てた看板に抗議し「器物損壊」で農作業姿のまま逮捕された天神峰の農家市東孝雄さんに、裁判所は10日間の勾留を認めた。不当としか言いようがない。日本の裁判所の勾留請求却下率は1%に満たないという。この目で見たわけではないが千葉地裁と隣合わせの千葉地検は地下通路でつながっているんですって!司法は建物さえ権力から独立してないと思われるんじゃない?

 その看板だが、NAAは「所有権を主張しただけで通るなとは言っていない」と言い訳をしているらしいが、「あっち、こっち」とう回路を指示しておいてそれはないぜセニョール!当日立てた3枚の看板は証拠物件として成田警察署にあるというが、現場検証中に撮影されたと思われるその「へこんだ看板」の写真が、回りまわってメールで届いた。

   へこんだ看板(サンケイ新聞より)

 しかし・・・これで10日間の勾留とはひどい話だ。17日の「日記」にも書いたけれど、成田警察署の警備課長は吉川県議と私に「支援者が大勢いて騒然としたので任意の調査ができなくて逮捕した。」と言ったのだ。騒然としなければ逮捕でなくて任意で事情を聞くようなことだったというのに、72時間留置した上どうして10日間も勾留しなければならないの?←勾留理由開示裁判というのがある。

「成田市の行政手続が終わっていないのに、このような看板をNAAが設置すること自体が道路交通法に違反します。《道路交通法》第七十六条・・・何人も、信号機若しくは道路標識等又はこれらに類似する工作物若しくは物件をみだりに設置してはならない。・・・」というメールも届いた。ということは、要するに責はNAAにあるということではないか。




□2010年5月18日(火)

 朝、赤く色づき始めた苺を摘む。わ~い!3月に3株植えた苺の初めての収穫。株を増やしてジャムを作りたいな。4月に種を蒔いたジャーマンカモミールもこの時期の暖かさにどんどん育っている。カモミールとともにハーブティーに欠かせないミント類やレモングラス、お料理用のイタリアンパセリ、チャイブ、ロケット、セージ、バジル、ディル、サラダバーネット、ローズマリーなど、私の小さな小さな菜園のハーブたちが元気よく育つのをみるのは観るのは嬉しい。ラベンダーも小さな蕾をつけた。ハーブに限らず、この季節は植物たちから元気をモトをもらっている。

 一昨年から枝の丸ごと伐採を止めてから空に向かって勢い良く伸び始めたニュータウン中央通りのユリノキの花も咲きはじめたし、郵便局から中台の外周に続くニセアカシアは花盛り。昨年は花をつけなかった木も少しずつ花が見られるようになった。どちらも高木なのだから木の性質に沿って道路に近い枝は伐採してたほうがよい。

 今日は管財課から市道十余三・天神峰線が行政財産から普通財産として土木部より総務部に移管された後NAAに払い下げられるまでの事務的手続きについての聴き取りと、生涯学習部の文化振興班と南三里塚五十石の捕込の保存について話し合った。




□2010年5月17日(月)

 午前中久住、その後県庁で用事をすませ、帰ってくると天神峰の農家市東孝雄さんが逮捕されたという電話が入った。

 逮捕現場の市道十余三・天神峰線は市東さんが日々の営農に利用するだけでなく、周辺住民も利用してきた。市東さんと支援連絡会議が通行量調査をした時も、1日130150台が通行する公共の道路なのだが、B滑走路に3本目の誘導路を建設すると言う空港会社の計画を先取りし、成田市は道路法の趣旨を歪め、住民の用に供しているにもかかわらず廃止議案を3月議会に提出して賛成多数で廃止が決まった経緯がある。

 とはいえ、道路なので現在は道路法施行規則に基づいて2ヶ月間の管理期間中の道路だ。その道路との境界NAA所有地側にNAAによって3本の看板がかけられ、そのうちの1本はあろうことか市東さんの所有地に隣接する場所にたてられたのだという。他の2枚の看板については市東さんも不服ながら認めたが、自宅そばの看板については抗議して抜き取ったところ、取り巻いていた県警と成田警察署が「器物損壊」の現行犯で逮捕するという暴挙に出たのだという。

 百歩譲って、道路の管理者である成田市が利用者への周知のためにたてたというならわかるが、市は合併前の遠山村以来利用されてきた公道を廃止するというのに何ら周知の行為をせず、替わってNAAがわが道のような看板をたてる、これは成田市の隷属性を白日のもとに示すものだ。嘆かわしい!

 夜遅く、かけつけた県議の吉川さんに同行して成田警察署の担当課長と面談した。吉川さんも「道路は現在成田市の行政財産、NAAの看板はなりすましの虚偽ではないか、日々利用している市東さんが怒るのは当然だ」と抗議したが、「看板はNAAの所有地にたてたもので、その看板を壊したから逮捕した。騒然とした中でほかに方法はなかった。逮捕は当然」という答え。自分の土地ならどんな看板でも立てて良いと言うことはない、それに騒然としていなかったら逮捕する必要がなかったというのなら、事態が収束した時点で即時釈放すべきだ。

  NAAが立てた看板。3枚のうち市東さんは自宅と成田市の行政財産(管理中の旧市道及び新たに認定された  市道)に隣接する場所に立てられた1枚の看板をへこませたとして逮捕された。(中央右、白いシャツに帽子をかぶっているのが農作業中だった市東さん。千葉県警がパトカーに乗せようとしているところを、体を張って阻止する萩原進空港反対同盟事務局次長。萩原さんの話では「俺も一緒に連れていけ」と言うと、市東さんは「俺は間違ったことはしていないから大丈夫だ」と言ったそうだ。) 写真は「Farmers League Against The Narita Airport」ホームページより



□2010年5月13日(木)

 久しぶりに南三里塚五十石にある捕込跡を見に行く。佐倉七牧の一つ取香牧の遺構だ。議員になりたての頃、或る人から牧の歴史を残すためになんとか保存できないかと資料をドカンと預かって以来、もう18年くらい経つかしら。当時の長谷川市長もこの貴重な遺構を理解し、ゴム長靴をはいて現地を視察してくれた。保存するために遺構のある山林の購入まで話が進んだが、地主さんの事情で実現できなかった。

 その後緊急雇用対策という名目で県の予算がつき、2年計画で全容の学術調査も行われた。県内にはほかに松戸市を中心に小金五牧といった徳川幕府直轄の牧も広がっていたが、歴史を残すものは開発でほとんど消えて行った。一般的には開発計画が起きてから学術調査が行われ、その後は姿を消してしまうのだが、この捕込跡は地主さんもそのままにしてあって、調査で伐採した後に植えたと言う苗木もすくすくと育っている。ただ、このまま放置しておけばいずれ自然に崩壊していくだろう。

 その地主さん(お宅は成田市との境界をはさんだ芝山町で、遺構の所在は成田市)を訪ね、ご夫妻からいろいろ貴重な話も聞くことができた。三里塚の御料牧場記念館、富里の藤崎牧士館、そしてこの捕込遺構をつなげて牧の歴史を残せないものだろうか。

 PHOTO BY MACHIKO・・・南三里塚五十石に残る捕込跡(道路際から撮影)。 捕込は土手を築いて造られる。内部が4つくらいの部屋に分けられ、放牧されている野生馬をこの込に追い込んで3歳馬を分け、江戸に送り出す。土手の築造や馬追いに駆り出されたのは近在の農民。一方土手の上では飲食しながらこの行事を楽しむ人々がいた。



□2010年5月12日(水)

 午前中は調べることがあって法務局。午後は21年度政務調査費収支報告書に添付すべき領収書のうち4月末の提出時に届いていなかった3月分の領収書を議会事務局に追加提出。その後環境対策課で市内産廃処分場の周辺井戸の水質調査結果と上福田再生土処分場に関する土質分析結果(業者提出)の資料をもらい、ついでに担当課長から上福田関係の最近の動きを聞いてとても参考になった。その後道路管理課へ。・・・というのが本日の行程。

 「美(ちゅ)ら通信」(エコネット・美発行 ℡0980534518)が届いた。今年の夏も恒例の嘉陽の深い森に囲まれた海辺で〝子どもじんぶん学校〞が開設される。子どもたちのための特別体験ツァーだ。小学校3年くらいから中学3年までの子どもが対象で、第1クールの7月22日~26日と8月14日~18日までの第3クールで初心者、 8月4日~8日の第2クールは2回以上参加したことのある子どもの特別クール。各クールの定員は21人で、このじんぶん学校から育ったスタッフなどが手伝う。

 じんぶん学校には電気もガスもない。食事はみんなで火起こしから始める。子どもたちはこのヌーファの海と森(ジャングルといってよい)で薪割り、かまどの火おこし、お箸づくり、沖縄の家庭料理づくり、滝の水で流しそうめん、山と海の探検、アダン細工(アダンはパイナップルそっくりの実をつける植物で、浜辺の周辺にはマンゴーなどといっしょに森をつくっている)、天の川の下でお話、草木染め、ビーチコーミング、滝遊びなどなどを体験する。子どもとスタッフだけの5日間の中でいろいろな〝じんぶん(知恵)〞を心と体の中にみつけていく。会場となる場所には私もこれまで3回行ったことがあるが、〝施設〞も海辺の背後に迫るジャングルと人里の道路をつなぐ道も手造り!子どもに限らず大人にとってもわくわくするような世界だ。

 ちゅらの会員の一人としていつも願うことだが、沖縄は軍隊を捨てた国コスタリカのような平和とエコツーリズムの島になってほしい。



□■□2010年5月11日(火)

 いやはや・・・1997年(平成9年)に買った冷蔵庫(96年製造のGE製品)が10日ほど前から冷却能力が落ちた。ビールがキリッと冷えない、氷ができるまでに1日以上かかる、週1本配達してもらっている牛乳が4日目には固まり始め(これはシンプルで美味)になり、それから水分が分離してチーズに進化?の兆し・・・冷蔵庫のトラブルは13年目にして初めてのこと。買い換えの時期かな~と思ったが、修理可能ならまだ使い続けたいので予約して今日来てもらった。
 冷蔵庫の修理なんて初めてのことなのでかぶりつきで見る。冷凍室の奥の壁をガバッと明けると、霜取り装置に霜がへばりついていた。お湯で融かして終わりかと思ったが、今度は融けた水が下に落ちない。修理の人が頭にライトをつけて覗きこむとなんと全体が凍りついているという。それからが、まるで冷蔵庫との格闘のようだった。お湯を流し込んで溶かしながら氷のかけらを取り出すこと数十分。かくしてやっと冷蔵庫は本来の機能を回復した。嬉しいな!

 夕方雨が止んだので先日買っておいた〝1株でたわわに実るスイートマルベリー〞を地下植えする。「スイートマルベリー」とは夢のような名前だが、要するに桑。子どもの頃はよく食べた。キイチゴ、山ぶどう、芝栗、山グミ、アケビなど、私のように野山で育った子どもたちには遊びの中で勝手に摘んで食べる〝おやつ〞みたいなものだった。木になっている熟した実を食べたらほんのり甘く懐かしい風味。桑の実には生の果実100グラムあたり一般ブルーベリーの3.7倍以上もアントシアニジン(身体の中でアントシアニンになる)が含まれているんですって!

 そして、もしかして蚕蛾が卵を産みつけて山繭が採れるかも・・・老後の楽しみに機織りでも習おうかしら・・・などと勝手に想像してひとり笑い。早く大きくならないかな。



□2010年5月9日(日)

 「母の日」ということで、宅配の朝一番で娘からカットソーのオーバーブラウスが届いた。衣類はその人にとって自己表現の一つだから、自分が気に入ったとか、相手に似合いそうだからと思っても「プレゼント」にするのは勇気がいる・・・と私は思っている。だから母にも服をプレゼントしたことはなく、せいぜいスカーフ止まりだった。でも、娘はそうでもないらしい。以前にもカーディガンを贈ってくれた。多分父親似なのだろうと思いつつ、愛する娘からのプレゼントゆえとても嬉しかった。

「ハング・パーラメント」(中ぶらりん議会)と言う言葉がしばらくの間新聞紙面を賑すかもしれない。英国は6日投票の総選挙の結果どの政党も単独過半数を獲得できず、「未知の連立へ」(朝日)向けて2大政党と自由民主党との協議が行われているという。総選挙後の動きが報道される中で、日本の小選挙区制や2大政党制への流れに危機感をもっていた人たちも、イケイケドンドンとはいかないという安堵感?を持ったのではないかしら。日本の政治や選挙の制度改革のお手本にされてきた英国の制度も、民意によって揺らぎ始めているからだ。

 2大政党になったらその他の政党は弱体化し埋没してしまうのではないかと思われていたが、今回は完全小選挙区制でも過半数を制する政党がなく、選挙で膨大な死票が発生することに有権者の不満が募り、批判噴出という。かつて日本で小選挙区(・比例代表制)が導入される時に反対した理由が、まさに今英国民の声となっているわけだ。「民意が反映されにくい」ということ。

 歴史を振り返れば政治や制度は不変のものでないことは誰でもわかる。20世紀の100年間をみても、あのスターリニズムで武装したソ連邦がわずか74年で消滅してしまったくらいだから。

 不変と思われるものを変えるのは人々の民意であり、或いはそれを味方にして闘い、政治を行う人たちであることは歴史が証明している。それで変わっても、うまくいかなければまた変えればいい。そのために膨大な血と汗と涙が流されてきたけれど、それでも先人たちは自由・平等・博愛(平和)のためにひるまなかった。もともと、大自然の中で人々が氏族共同体を中心に身を寄せ合って暮らしていた長~い年月、物事を決める時はみんなが参加して合意で決めていたのだ。その後時代を経るにつれて次々と奪われていった11人の権利を取り戻すための戦い・・・考えようによっては「歴史」とはその記録でもある。

・・・ちょっと飛躍したけれど議会制民主主義の先輩英国の民意はどのような方向を求めるかしら。注目したい。



□2010年5月8日(土)

 市議会議員を対象にしたものかしら?「外国人参政権に反対して下さい。住人も観光客も安心して過ごせる成田市を守って下さい」と言う「お願い」の葉書が届いた。差出人名がないので返事の書きようがない。

 そこで、ここでお返事します。「期待に添えなくてごめんなさいね~。私は以前この『日記』にも書いたことがあるけれど、永住外国人の地方参政権には賛成なの。理由はとってもシンプルで、納税者には投票権を!ということ。政治は税金をどう使うかということだから、日本に永住し働き、税金を納めている人たちにも政治に参加する権利があると思っています。かしこ」

 外国人の一般永住者・特別永住者は約92万人いるという。そのうち、過去の植民地政策に関係する特別永住者は40数万人。そのうちの2世以下は日本人と同じ生活実態。一定の条件のもとに参政権をもつことに反対する合理的な理由は何もない。その場合でも、特別永住者の中で民族のアイデンティティを守りたいと言う視点から参政権付与に反対している人たちについては、権利をどう守るか慎重に考えないといけないと思う。

 現生人類(ヒト)の一部はネアンデルタール人と交雑しその遺伝子を受け継いでいたという研究結果が7日付米科学誌サイエンスで発表された。アフリカ(南部・西部)以外のヒト(比較したのはフランス、中国、パプアニューギニア)DNAの1~4%がネアンデルタール人由来だという。原生人類とネアンデルタール人の〝ハーフ"の痕跡が、ネアンデルタール人のゲノム(全遺伝子情報)配列全体の約6割を解析して突き止めたのだそうだ。ドイツマックスプランク進化人類学研究所など国際チームの快挙。

 とはいえ、形質人類学(骨から人類をみる)の分野ではすでに半世紀以上前から混血の「証拠」と思われるものは見つかっていた。高校時代、文化人類学に関心を持ち始めていた私は「アムッド洞人展」というのを見に行った。それは東大の鈴木尚さんをリーダーとする調査隊が1961年にイスラエルのアムッド洞窟で発掘した化石人骨で、ネアンデルタール人に分類されながら、現生人類の特徴もみられるという人骨を展示したものだった。アムッド人に限らず、当時西アジアでは多くの中期旧石器時代の人骨が発掘され、スフール人とかシャニダール人とかいろいろ呼ばれているが、いずれも古典的なネアンデルタール人と現生人類に似た所をもっているらしい。ネアンデルタール人と現生人類との「連続性」の証拠は当時からあったのだ。

 国際チームの考えはそれを証明する。アフリカを出た現生人類の祖先たちは、10万年から5万年の間にまず西アジアあたりで先住民のネアンデルタール人と出遭い、限定的に交雑が行われ、そしてヨーロッパやアジアに広がっていったという。骨が語り、そしてDNAが証明する時代になったのね。



□2010年5月7日(金)

 渡邊純君がお母さんの付き添いなしで給食が食べられるように、教育委員会とお母さんの話し合いに同席させてもらった。基本的には子どもが学校にいる間、学校の中のことは学校で対応してほしいということ。そのためには、給食時に看護師を配置する必要がある。純君の場合食事を食べるだけでなく場合によっては吸痰など吸引行為も想定しなければならず、それは医療行為とみなされている。とはいえ親ならOK,親が知り合いの人に頼んでもOKという、ちょっとどういうことなのよ、と思いたくなる法律でもあるのだが・・・。この給食時の付き添いについて、これまでお母さんと教育委員会との考え方の違いが先に立ってしまい、なかなか溝が埋まらなかった。今日の話し合いを契機に、幾つかの課題を乗り越えてほしい。

 渡邊さんの話では、純君の中学校では入学以来学校全体で彼の受け入れ態勢をいろいろ考え、工夫してくれているようだ。小学校から一緒に中学生になった子どもたちも、純君がクラスにいるのはあたりまえだと思っている。純君が教室でバギーやベッドを必要なことも、あたりまえだと思っている。幼い頃は、バギーに乗った純君を見て「おばちゃん、この子、赤ちゃんなの?」と尋ね、純君のママから説明してもらって「ふ~ん」と納得して以来小学校生活を共にした子どもたち。中学時代は心身の成長著しい時期。毎日の学校生活の中で障害のある同級生と共にいることで、多くのことを学び経験するだろう。私は統合教育を進めたい立場から純君がみんなと一緒に学校で過ごせることを願っているけれど、同時に、一緒に過ごすことは純君だけではない、ほかの子どもたちにとっても良いと信じている。

 昨日、高速増殖(原型)炉もんじゅが運転を再開した。1995年末にナトリウム漏れ火災事故でストップして以来だ。もんじゅは自民党政府の頃、日本の国家百年のエネルギー政策の中心に位置付けられた核エネルギー施設。燃料のプルトニウムを「燃やした以上に生み出す」といわれる。しかし停止中もトラブルが続き、安全性への不安は消すことができない。さらに設費など経費の面でも課題は多い。フランスではもんじゅ事故と同じ頃莫大な経費を理由に高速増殖炉から撤退した。

 事故当時、現場ビデオを改ざんした動燃(日本原子力研究開発機構)の隠ぺい体質が国民から厳しく批判された。世界一の原発大国に反対してきた私は、そこに「プルトニウム社会」の現実を見た思いだった。情報を操作し、真実から国民の目をそむけさせる、何が起こっているかを知らせない、そんな社会はごめんだ。

 昨日ラジオで誰かが原子力は将来別のエネルギーに替えていくための過渡的なエネルギー、と語っていた。将来は安全でクリーンなエネルギーにとって替えるという意味なら理解できる。構想から50年経ってまだ緒についたばかり高速増殖炉。実用はいつになるかわからない。しかも、プルトニウムの半減期は2万数千年と聞く。そういう危険なギャンブルに税金をつぎ込むよりも安全でクリーンなエネルギーの研究開発をしてほしい。ひょっとすると人類が死に絶えてもなお放射能を出し続けているかもしれないような物質に未来の〝夢"を託すことができるかしら。



□2010年5月6日(木)

 午前中は県庁に用事があって出かける。産廃指導課に寄って上福田の「再生砂」置き場(置き場とは名のみ)の現場写真をもとに対応策を相談したが、県は廃棄物処理法を盾に、廃棄物該当性を持ち出して現状では対応不能という結論。〝偽装リサイクル"の疑いはあるが、証明できないという。とりあえず、県の考えを聞いておいた。

 近年「ごみ」の概念が変わって時代遅れになってしまった廃掃法だが、なかなか抜本的な改正にいたらないのがもどかしい。なにか他に対策がないものかしら。戦後に建設された建物が建て替え期を迎え、これから建設廃材が膨大に排出することが予想される中で、建設〝リサイクル"業者のエラー?など待っていられない。

 北林谷栄さん(4月27日)と佐藤慶さん(5月2日)亡くなったという。北林さんの映画は子どもの頃から観る機会があり、感動とともに凄い演技者だと思っていた。佐藤さんは、私にとっては映画を通してではあるが実に魅力的な男性だった。晩年、ある集いで平和について物静かに語るのを聞いて、彼を見る眼がまた変わった。素晴らしい実績を残した俳優さんが2名、この世界から旅立ってしまった。



□2010年5月5日(水)

 今日で連休も終わり。今年の連休は好天が続いたので引っ越しの後始末をした。まだ引っ越し用の段ボール箱に納まっていた夏の衣類を出して洗濯したり衣装ケースや整理タンスに収めたり・・・と、家事に追われる。ぜひ参加したいと思った憲法記念日の催しもあったけれど、このあたりで引っ越しの雑事に区切りをつけないと、気持ちがダラダラとして落ち着かず、何かと支障が出るので思い切った。

 憲法記念日といえば、朝日新聞社の調査で9条改正に67%が反対という結果。逆に賛成は24%。憲法9条は「これからの日本の平和やアジアの安定に役立つ」と考える人が70%いたという。私も全く同感。

 憲法改正も「必要」という人は調査を始めた07年の58565347と減り続け、逆に「必要ない」が27313339と増えているという。9条改憲を〝悲願"とする自民党政権の末期、小泉政権時代から環境権などのオブラートで包んだ改憲論が広がったけれど、それも多くの国民には説得力がなかったようだ。「憲法」が歴代政権によってきちんと守られてこなかった現実、「憲法」を個別法に活かしていけばそんな必要はないことをもっと多くに人たちに知ってもらいたい。

 今日は「子どもの日」だが、子どもたちには子どもの権利条約が守られるよう、国内法を整備していってほしい。いずれにしても、先人たちの血と涙と汗によってかちとられた平和や人権は、それを守るために人々の不断の努力が必要。

 先日残土・産廃問題ネットワークから依頼されたことをチェックするために市内の産廃処分場を回る。それにしても、私たちが便利さと引き換えに排出した膨大なごみの処分場がのどかな田園の中にあるのは皮肉なことだ。

●田植えが終わった谷津田の奥に見えるブルーシートが安定型産廃処分場。右は作業中の4台の重機  ●既設の処分場に隣接した拡張予定地。まだ動きはない。 PHOTO BY MACHIKO



□2010年4月30日(金)

 今日届いた産直野菜ケースの中は里芋、ふき、大根、筍。「産直ニュース」によれば天候不順で春野菜の生育が遅れているようだ。風害、冷害、多雨、日照不足、とどめの雪。農家も被害を最小限に食い止めようと、遅れている作付に精を出し、野菜の手入れに奔走しているという。風害、冷害、多雨、日照不足、とどめの雪。それでも、里芋を茹で、ふきや筍に旬を味わい、大根の葉もちりめん雑魚と炒めてしっかりいただく。鈴木加代子さんの「農家だより」を読んでいると、葉っぱ一枚無駄にできないと思う。

 第一生命保険の「大人になったらなりたいもの」09年調査では、男子の将来の夢で公務員系が順位をあげ、安定志向が見られるという。その中で、「食べ物屋さん」が女子1位、男子3位というのが興味深い。橋賀台小の卒業式の時、卒業証書を授与される時、11人が壇上で将来の夢を語ったのだが、「美味しいお料理を作ってみんなに喜んでもらえるシェフになりたい」「・・・パティシエになりたい」という子どもが男女共に何人かいた。シェフとかパティシエといった言葉に思わず微笑んでしまった。料理の腕を競う漫画などの影響もあるのかしら。昔だったら板前さんやコックさん、ケーキ屋さんかしら。

 先日仕事をしながらつけていたTVで、各国の国民の幸せ度調査の結果が耳に入ってきた。傍らの紙にメモしたところによると10を最高として、デンマーク8.4、英国7.4、ドイツ7.2、フランス7.1に対し、日本は6.5。どういう調査内容かはわからないが、何を〝幸せ"と思うかは人によっていろいろあるだろう。でも、こういう調査だとなんとなく日本人の国民性が見えてくるような気がする。幸福とか愛とか、自分の心の中をじっくり見つめることに消極的というか、控えめというか、曖昧というか。 だいたい私も、「あなた幸せですか?」などと聞かれたら「えっ、なに?それ」と構えてしまいそう。要するに、慣れていないのよね、そういう問いかけに。とはいえ、自分がその程度であって他の人がどうなのかわからないから、断定はできない。以前某レストランで美味しいお料理を食べた女性が「幸せ~」と至福の表情をしたのを見て、幸せがとっても身近に感じられたこともある。

 近年ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が新訳で読まれているというが、そのドストエフスキーの『悪霊』の中の言葉。「人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ。」もう一つ「禍福は糾(あざな)える縄の如し」(「史記」)




□2010年4月29日(木)

 鴨去りて水面に波なく 萌えし山(茂)

 昭和の日、そして私の誕生日。誕生日といっても特にどうということはない。どうということがないのもどうでもよくなりつつあるが、憶えてくれていた人からのメールや電話は嬉しい。統計的にこの日の天気は晴れが多いのも気持ち良い。

 先週から今週にかけて「たいむ」の印刷や折りで慌ただしかったが、やっと今日で一区切りついた。印刷や折りは機械がやってくれるけれど放りっぱなしにできないので意外に神経を使う。でも、引っ越して機械の音を気兼ねしなくてすむのでひと安心。

 鳩山首相の普天間基地移転の腹案というのは、徳之島に最大1000人の部隊移転と、辺野古に桟橋滑走路をつくることだったのか・・・。25日の県民大会で宜野湾市長の伊波洋一さんは「在沖海兵隊のほとんどがグァムに移転することは明白」と言っていた。なんで徳之島、なんで辺野古やねん。

 米国の最大の関心事は「テロとの戦争」だそうだが、テロとの戦争は終わりや勝敗がない。イラクやアフガンであれだけ多くの市民や兵士の命を奪い、税金をつぎ込んでいてもテロを封じ込めることなどできない。むしろ、テロの温床となる貧困や憎悪をなくしていくために英知と総力を注ぐべきではないか。

 そういうと必ず「攻めてこられたらどうする」という人たちがいる。仮想敵のイメージをふくらませ、疑心暗鬼を募らせ、「備えあれば憂いなし」という。でも、そういう発想ではいくら備えても「これで安心」ということはない。そういう人たちは「日本も核武装せよ」と叫ぶ。それでも安心できず、「攻められる前に先制攻撃しろ」という人たちだ。裏にナニがあったかは別として、ブッシュ前大統領などはこのタイプで、「やられる前にやれ!」と、ガンマンみたいに威勢良かったわね。でもその結果は?

 鳩山首相は迷走と言われようがグズと言われようが、歴史に謙虚でいてほしい。



□■□2010年4月25日(日)

 ニュータウン自治会連合会の第32回定期総会。ニュータウンに住む議員は連合会から顧問に委嘱されているので出席。総会も32回ということで、ニュータウンという総称が時に耳障りな気がしないわけでもない。50年経ってもニュータウンなのかしら・・・などと余計なことを考えてしまう。日本全国に造られた「ニュータウン」はその後どうなっているのかしら。

 それにしても、ニュータウンができてしばらくの間「旧」住民から「あいつら」と言われてきたことを考えると、隔世の感あり。25年くらい前、成田で仕事を始めた頃によく聞いたのは、「旧住民が言わないような事で市役所に苦情の電話をかけてくる」「以前住んでいた自治体を引き合いに出して文句を言う」「学校や教育委員会を飛び越して文部省(当時)に電話をかける」etcetera、et cetera。市政にいろいろ意見を言う市民に対し、市民意識が高いとか、成田にはない他の自治体の政策を教えてくれてありがとうとか、みなさんのご意見を市政に活かしていきたいとか、そういう受け止め方はしていなかったようだ。「ここは成田ですから、そんなに前の自治体が良ければ戻ったらどうですか」と言った職員もいたらしい。私がギョッとして初めて成田市政に目を向けるきっかけとなった1989年の「日の丸セット」全戸配布問題の時も、「市で決めたことに文句を言う・・・常軌を逸した人たち」「『9000万円(日の丸セットの補正予算)の無駄遣い』という表現は過激だから集会のポスターを公民館に貼るのはお断り」とか言われた。まるでお代官様みたいだった。

 19年前に初めて市議会に立候補した時には「ああいう人(私のこと)が議員になったら市議会をメチャメチャにされちゃうわよ」という声が旧成田の「女人講」で語られたとか・・・また聞きだけど。ニュータウンに住んでいるということで、市の内部では「どこの馬の骨だかわからない」のが心配だったらしく、身元調査が行われたらしい。♫そんな~時代も、あ~ったね、と~♩

 今日は沖縄県の読谷村で県民大会。読谷村役場に憲法9条の看板がかかっていることをどれだけの国民が知っているだろうか。沖縄はそういうところなのだ。日米軍事同盟が大事だというなら、基地の受け入れも全国で分かち合えばいい。仮想敵だの軍事戦略上の要地だの、勝手に国民に押し付けるな、と言いたい。私たちは二度と戦争はしない、と憲法で誓ったのだ。

 以前、尊敬する学者が安保条約の是非をめぐる国民投票をやり、軍事同盟を必要とする投票率が高い県の順に基地を配置してはどうか、と言ったことがある。当時私が事務局長をしていた国民投票・住民投票を活かす会でも、安保国民投票の可能性についてシンポジウムを行ったことがある。国の未来を決める大事なことは国民投票で民意を問う、決まったことには責任をもつ、その後問題が生じればやり直す・・・せめてEU並みに開かれた民主主義の手続きを踏んでほしいものだ。




□2010年4月24日(土)

 都市型リニアモーターカーの経営母体愛知高速交通株式会社(第三セクター)の車両基地を見学させてもらえることになったので、乗車体験とあわせて名古屋市に行ってきた。

 名古屋駅から市営地下鉄で藤が丘駅に行き、そこから八草駅までの約9㎞を東部丘陵線(一区間地下式。愛称Linimo=リニモ)といって、日本でここだけという営業用の3両編成の(常電導吸引型)磁気浮上式リニアモーターカーが走っている。05年の愛知万博に合わせてオープンし、半年間で1000万人が利用したという。今は愛知学術研究開発ゾーンの公共交通機関。

 システムの仕組みは私のアナログ頭ではスッと理解するのが難しかったが、実際に乗って感じたのは、浮上式とあるように約8㎜浮上して走るので騒音や振動が少なく静かなことにはビックリ。それと、高低差最高約177mの丘陵地帯で山を削ったり谷を埋めたりせず、地形にあわせて上り下りしているために急こう配やカーブも多いのだが、走行がとてもスムーズ。全体に、スウッと加速(加速力は新幹線の倍)・減速できるから乗っていて衝撃が少ない。これらは宣伝どおりだった。全線が無人・自動運転で、すべて、基地のコントロールセンターが監視・制御している。

 この視察のきっかけは、昨年の知事選で森田知事が成田と羽田を結ぶリニア構想を公約したことから始まった。新聞報道などではJRの長距離型リニアのイメージが先行していたのに対し、こういうものもある、と教えられたのがこの都市型リニア。「名古屋で走っている」というのでそれなら体験してみようと、隣の自治体の議員と出かけた。

 JRのリニア中央新幹線計画については財源や採算、環境破壊や電磁波の影響、エネルギーの問題、技術面での不安などいろいろ言われている。現在運行されているこの「リニモ」については、電気料はランニングコストの1015%(ちなみに人件費が50%)で、気になる電磁波については十分に低いレベル、建設費や環境への負荷その他をみてJR型よりも優れていると思うが、このあたりはもう少し詰めて比較調査をしてみたい。

 もともと、この都市型リニアの開発は「成田新幹線」構想の中でドイツの技術を採用して始まったという。今回はその開発に参加した技術者や、休日出勤して説明してくれた愛知高速交通(株)の技術部長さんの厚意に感謝。 

●中央コントロールセンター(2~3人)●勾配やカーブに沿って設置された線路●磁気浮上式の構造は側面からみるとこんなふうになっている。



□2010年4月23日(金)

 昨日は「歴史と今を語り合う女性の会」例会。私は2月に議会の日程の関係で、3月は海外視察で休んだので久しぶり。積もる話をさせてもらった。

 今日も小雨が降り続いて寒い・・・!下総地区で団地に「たいむ」をポスティングしてくれるボランティアさんのところに刷り上がった「たいむ」を持って行った。田んぼに水を張って代かきをしている農家がチラホラ。田植えスタンバイの田んぼも。帰り道にあるTさんのお家に寄った。こんな天気なので留守番の80歳を過ぎたおばあちゃんがこたつに入ってテレビをみていた。

 おばあちゃんの話では今年は苗の育ちが悪いのでなかなか田植えができないという。機械で植えている苗は短いが、それでもおばあちゃんが「これくらい」と手で示したのは7~8㎝くらいだからまだ植え時ではないのだろう。それで思い出したが、幼い頃の一番寒かった年のこと。当時の田植えは6月頃だったと記憶している。私は近所の年長の子どもたちと外で遊び呆けていたが、妹や弟は田植えや稲刈りといった農繁期になると子守に来てくれていた隣り村のお姉ちゃんとこたつで遊んでいたことを憶えている。晴れれば夏日、雨が降れば真冬の寒さ・・・今年の梅雨時は寒いのではないかしら。今年はどうなるのかしら。

 おばあちゃんによれば野菜も、タネを蒔いても芽の出るのが遅れているらしい。でも、一昨日の夏日には気合を入れてタネまきをしたらしい。今は芽の出や育ちが悪くても、蒔いておけばそのうち育つから・・・とか。確かにそうだわね。Tさんのおばあちゃんに限らず人生の先輩、特に農家の人と話していると、奥深い自然の摂理を簡潔な言葉で教えられることが多い。




□2010年4月19日(月)

 土曜日は都心で41年ぶりとかいう遅い雪で、私も明け方に雨にしてはパラパラと固い音に気付いたがそのまま眠って朝目覚めると、雪まじりの雨が降っているではないか!「いったいどうなってんのよ」と天を仰ぐ。目線を古墳に移すと周囲がうっすらと白くなっていた。

 41年ぶりというけれど、1969年の雪は全く記憶にない。学生で東京にいたことは確かだが、何しろ全国に学園闘争の嵐が吹き荒れていた激動の時代で、雨が降ろうがヤリが降ろうが学生運動に没頭していた時代だ。大幅に季節外れとはいえタダの「雪」が記憶の片隅に占める余地などなかった。しかし、もし人生の大切な思い出とからんだら鮮やかな記憶として残る「雪」もあるだろう。私は、「雪」ではないけれど1967年3月31日の夕暮れに大学の記念会堂そばに咲いていた桜のあでやかさを今でも忘れない。

 今日はやっとうららかな陽気に戻ってくれた。今日から2、3日は「たいむ」の印刷屋さん。印刷機も引っ越し後の初仕事。12年目にもかかわらずこれまで大きな修理の必要もなく・・・経年劣化で私と同じように疲れてきたみたいだけど・・・でも、快調に動いてくれた。その「たいむ」だが、A3サイズからA4に変えて何かとラクにはなったが、毎回A3サイズに戻りたい誘惑にかられる。今回も、海外視察報告で片面を使ってしまった。でも、このくらいは報告しないと、と思う最低限の内容。もう少しスペースがほしいけれど、欲張らないことにした。

 昨日また新しい政党が誕生。「日本創新党」とは名前がふるっている。顔ぶれをみるとそういう男たちが考えそうな命名だ。今年は2つ、「日本」の名を冠した政党ができたことになる。鳩山民主党への支持率が朝日新聞世論調査で25%、不支持61%、自民党が解党的混乱にある情勢で小党乱立が吉と出るか凶と出るかは見定めがつかないが、それにしてもなんであーして男たちの姿しか見えないのだろう。ただ旗揚げ会見などを聞いても頼りない。直感だがどっちの「日本」も名前倒れになりそうな気がする。

 女性の皆さん、「龍馬」や維新の「志士」気取りの男たちの威勢のいい言葉に惑わされないようにしっかり手綱を引いておかないと・・・。半分は女なのだから。ところでその「龍馬」にしたって、女にとってはちっくとやばい男ぜよ。




□2010年4月16日(金)

 今日は部屋に籠って「たいむ」74号の原稿づくり。テーブルの真ん中に置いた先日風土記の丘で拾い集めた山桜が、かごの中でドライフラワーになりつつある。でも、薄紅色の花びらの色や茎の緑は鮮やかで香りも残っていて瑞々しい。冷たい雨が降り続く外の天気とは対照的にそこだけぽっと春の証し。

 オバマ大統領が2030年代を目標に、火星に人を送ると発表した。ケネディ元大統領に倣ったのかしら。宇宙政策はお金かかかる。そのために莫大な予算をつぎ込むことを考えると、貧困や飢えに苦しむ人たちを救うのが先だろう、といった考えもあるかもしれない。或いは戦争が科学の発達に一役買ってきたように、宇宙の軍事利用などへの懸念は尽きない。

 でも、人類が宇宙に目を向けるのは〝夢〞というより〝性(さが)〞だと思う。私は地球環境の中で生を受けた人類がどこまで宇宙に足跡を残せるかについてはとても悲観的。しかし人類の想いは、はるか銀河を超えて宇宙創成の秘密に迫ろうとしてきた。宗教も文学も科学も、いや人類の文明そのものが。だから、火星に人類を送る!という心意気を支持したい。それが、700万年前に枝分かれしたチンパンジーと人類の違いなのだ。

 先日、天才チンパンジー「アイちゃん」の育ての親である京大の松沢さんが言っていた。「チンパンジーはその瞬間を生きる。人間は時空を超えて思いをはせる」と。私たちの祖先は夜空を見上げ、またたく星に心を寄せ、語りかけ、天体の法則を知り、宗教や詩や科学が始まった。その根源には〝生と死と永遠を想う〞心がある。私たちは何者なのか、どこからきて、どこへ行こうとしているのか、という問いかけにつながると思う。

 私の「火星」は、なんといってもレイ・ブラッドベリの『火星年代記』(1950年4月初版)。私が高校時代に読んだのは(名前は忘れたが女性の訳で)『火星人記録』。鳥肌が立った。訳文としては手元にある早川の『年代記』よりも『記録』のほうが格調高かったのを記憶している。



□2010年4月15日(木)

 昼の間は冷たい雨が降り続いたが、ニュータウン中央通りのユリノキの幹は水を含んで黒く濡れ、晩秋恒例だった伐採をやめて2年目、枝は空に向かって更に伸び、若葉が開きはじめていた。街路樹として植樹されて30数年余、枝を残すことで去年初めて数えられる程度の花を咲かせたが、今年はもっと咲くだろう。同じく昨年花をつけた郵便局―中台外周通りのニセアカシアとあわせて、花の季節が待ち遠しい。

 今日は資料集めに行った図書館で絵本を楽しんだ。たくさん児童書の中から『おしゃべりな森』(文=エドゥアルド・シム、ニコライ・スラトコフ 絵=ナターリア・チャルーシナ)、『ひとりぼっちのちいさなエルフ」(文=インケリ・カルヴォネン 絵=ハンヌ・タイナ)、『たいせつなこと』(文=マーガレット・ワイズ 絵=レナード・ワイズガード)の3冊を選び、児童コーナーの小さな椅子に座って絵本の世界に没頭した。

 『おしゃべりな森』はロシア北部レニングラードの森を舞台に、鳥や動物、昆虫、魚たちの「私は・・・」「あなたは・・・」といった彼らの生態を紹介しながらのおしゃべりが楽しい。細部にまで目が届いた絵が美しい。

 『ひとりぼっちのちいさなエルフ』。エルフって北欧神話に登場する妖精種族のことかしら?ちいさな家にひとりで住むエルフが村の人を家に招待するにはどうしたらいいか一生懸命考え、いろいろ実行する様子がいじらしい。でも、誰も彼の存在に気付かない。クリスマスが近づいた頃「これならみんな気付いてくれるだろう」と、ろうそくをたくさん作って家のそばの大きな木につるすと、それに気付いた人たちが集まってきた。エルフ手作りのクリスマスのごちそうを食べて楽しいひとときを過ごした後、それぞれロウソクを手に暗い夜道を家路についた。エルフにもクリスマスがきた、という心温まるお話。

 『たいせつなこと』(1949年初版)は風、雲、水などのたいせつなことの最後のページに作者の願いが込められている。それは「あなたは あなた」。「あかちゃんだった あなたは からだと こころを ふくらませた ちいさな いちにんまえに なりました そして さらに あらゆることを あじわって おおきな おとこのひとや おんなのひとに なるのでしょう でも あなたに とって たいせつなのは あなたが あなたで あること」(訳・うちだ ややこ)。

 絵と文を追っていくうちに、私の心はいつの間にか柔らくなっていた。そういえば春になって引っ越し疲れが出てきたようだ。



□2010年4月14日(水)

 雑談の中で日本皮膚科学会が5段階の薄毛(はくもう)治療ガイドラインを発表したことが話題になった。日本では薄毛で悩んでいる人が1300万人もいるそうだ。老若問わず養毛・育毛・植毛に賭ける人たちで業界は繁盛しているが、今回のガイドラインが治療の合理的な指針になるとよいのだが。

 以前、知人が薄くなり始めた頭をなでながら冗談半分「いやー、結婚した後でよかった」と言っていたが、それはともかく〝滅びゆく大草原〞に悩む人が国民の1割強も存在すると「●ゲ」という言葉もうっかり使えない。私の周囲にも薄くなった人は数知れず、植毛やカツラのお世話になっていることが〝公然たる秘密〞の人もいる。もはや、気にしている人を傷つけてしまうかもしれないから「●ゲ」は禁句に近い。

 私は祖父の頭が光るのを見て育ったから、男性の髪の毛のあるなしは気にならない。幼い頃、祖父が外出の際(季節によっては黒いマントをはおり)〝シャッポー〞(これがフランス語の〝帽子〞だと知ったのはずっと後で、それまで田舎言葉だと思っていた)を被って出かける姿は堂々として恰好よかった。

 皇太子夫妻の娘さんの不登校問題を週刊誌が書き立てている。かつては学校に行きたがらない子どもは異常とされ、精神科治療の対象となっていたのを、1992年に当時の文部省は「登校拒否はどの子にも起こりうる」という認識に変えた。それでも、根っこは変わっていないらしい。「最近は不登校の50%以上に発達障害の存在が考慮されている・・・」とし、「不登校から引きこもり、ニートにつながることがある」と主張、発達障害の早期発見、早期治療を訴える児童精神科の権威といわれる人の発言を聞いたりすると、あー、やっぱり・・・と思ってしまう。

 私は「発達障害」をカテゴリー化し、医療の対象にするのは反対だ。子どもたち(人間の)の多様な個性をひとくくりに「病気」として「専門家」に預けてしまう。かつて〝登校拒否児〞を早期治療しないと無気力症になるとして精神病院に収容し、薬漬け、拘束、電気ショック〝治療〞をしたことを忘れてはならない。私も賛同している「FOR TOMORROW プロジェクトー明日の社会のため、救える青少年の命を守ろう!」は、子どもたち(と親に)に本当に必要なのは、理解と支援、そしてコミュニケーションだと訴えている。



□2010年4月13日(水)

 昨日は真冬の寒さ。そして今日は初夏の汗ばむ陽気・・・。強風が吹き荒れる日も多く、今年に入ってからというもの天候は不順かつ落差が大きすぎる。春なのに~、恨みごとをいいたくなるこの頃だが、先月には「太陽まもなく『冬眠』」という記事が載った。ここ数世紀、太陽活動の11年周期だの100年ごとの活動の増減だの、太陽活動と地球の気候への影響は今後最新の科学技術が解明してくれると思う。同じ頃ヨーロッパに向かう途中飛行機の中で「2012」を観た(ほかに「マイレージ・マイライフ」と「零の焦点」も観てしまった)が、あれはマヤの暦(2010年で終わっているらしい)を根拠に地球が気候変動で人類存亡の危機に襲われるが、そこはハリウッド映画のこと、現代版「ノアの方舟(はこぶね)」みたいなのが作られて、一部の人間が新しい世界に命を繋げるという、人類絶滅を避けたストーリーだったけれど。猿人から辿ってもたかだか数百万年の歴史しかないのに、人類って本当に興味深い生き物!

 暖かさに誘われて久しぶりに気分転換、風土記の丘~坂田ヶ池を歩いた。風土記の丘の林床は私が勝手に名付けた〝芝笹〞が密生していたが、予想以上にスミレがたくさん咲いていて、スウィート・バイオレット(匂いスミレ)がずいぶん増えていた。笹に駆逐されてしまうのではないかと心配していたのでひと安心。

 風土記の丘のあちこちに生えている桜はいわゆる山桜。木の近くにはいい匂いが漂っている。周囲には昨日の風で吹き飛ばされた枝の先の花房が落ちていたのでせっせと両手のひらいっぱい拾った。お風呂に浮かべようと思ったがもったいないのでかごに入れて薄紅色のうっとりするような色と香りを楽しんだ。

 芽吹きの新緑が一番美しいと(私が)思う場所や、栄町が荒れ放題だった周囲の山林を整備し、通りからその姿を一望できるようになった岩屋古墳など、ひととおり見て歩いて満足。

 ●クヌギの木のうろに溜まった水にも桜の花びらが浮いていた●朽ちて苔むした木の株に根付いたスミレ●     (PHOTO BY MACHIKO)

 ここ数日「たちあがれ日本」というシルバー政党の立ち上げが話題になっていた。党名の名付け親が石原慎太郎、党共同代表の一方が平沼・・というだけで何が言いたいのかわかってしまうからつまらない。未来への可能性を感じない。しかし・・・党名に使うところをみるとよほど日本をたちあがらせたいらしいが、たちあがればいいってものでもない。どうたつか、よ。政党を立ち上げて終わり、ということにならないようにね!



□2010年4月8日(木)

 衆議院第2議員会館でJAS精米表示の問題点を考える集会が開かれた。主催は「米の検査規格の見直しを求める会」。私も、昨年の6月議会で農産物検査法に基づく斑点米(着色米)検査項目の削除を政府に働きかけるよう求めて一般質問をしたことがあり、かねてより関心があったので参加した。見直しを求める会の賛同団体や市民、要請の仲介をした国会議員、関係官庁として農水省総合食料局計画課と消費流通課、消費者庁食料表示課が出席。

 生産者や消費者に不利や矛盾を強い、流通業者の利益のために残存させている時代遅れの「農産物検査法」の矛盾をつかれ、農水省は言いわけに終始。消費者庁は、表示が農水省から消費者庁に移ったことからJAS法に基づく品質表示基準を見直し中で、設置された消費者委員会にも提示したとのこと。

 集会では斑点米検査、〝ブラックボックス〞化して不正や汚染の温床となりかねないブレンド米、ふるい下(した)米などの問題点が議論され、最後に「生産者、消費者に役立つ情報表示を!」というアピールを採択した。

 昨年6月の一般質問の際、多くの市民は「斑点米って何?」。私も農家に生まれ育ったが、知ったのは十年余り前に農薬空散反対千葉県ネットワークに参加してから。斑点米というのはカメムシが米の汁を吸った跡で、味や安全に問題はなく、見栄えのため。1000粒に2-3粒あれば2等米、1等米とは玄米60㎏あたり1000円近い差が出てしまう。そこで農家はせっせと農薬をまくことになる。今日も、初めて知ったことがあった。それは「ふるい下米」。収穫した玄米を選別する時にふるいの幅から下に落ちる米のことで、出席した大潟村の農家からその取扱い(流通や使用)の不透明さを教えられた。

 それと、今日は「食」の問題に取り組んでいる人たちが集まっていて、立ち話だがいわゆる『健康食品』をいわれるものが市場規模1兆1350億円に膨れ上がっているという。何をどう食べるかは基本的にはそれぞれの選択なのだが、09年のエコナ問題でわかったようにいろいろ問題もあるようだ。これを機会に一緒に考えてみたいと思った。



□2010年4月7日(水)

 吾妻小学校入学式。今日もゆるゆるおばあちゃん顔で楽しませてもらった。小学校の入学式はこれまで橋賀台小学校から招待されていたが、転居の関係で吾妻小は今回初めて出席。式のやり方は学校によってそれぞれ〝伝統〞があるようだ。校長の式辞や教育委員会、来賓の祝辞は体育館の壇上で行われるものと思っていたが、吾妻小では演台が下に降ろされていた。子どもたちの目線により近いのがよかった。歓迎の言葉は2年生代表。隣りに座った同僚議員に聞いたら去年もそうだったというから、これもいつの頃からか始められた慣例なのだろう。私にとっては意表を突かれたようで、でもとても気持ち良い入学式だった。吾妻小は90名の新入生の半分がはなのき台だという。校長先生によれば当分の間児童数の増加が見込まれるとのこと

 障害があっても地域のみんなと一緒に、と普通学級で6年間過ごした渡邊純君も今日から中学生。去る5日(月曜日)には、親がいなくても給食を食べられるよう福祉対応で給食の介助を要望するお母さんが市長と面会した際に同席した。教育委員会は食事と痰の吸引を同一にならべて医療行為なので事故があると困るから母親にやってほしいという。ずっと学校に行って給食を食べさせてきたお母さんの話では、これまでの例で給食を食べることで痰を吸引しなければならないことは過去にほとんどなかったらしい。他の自治体では吸引の必要な子どもでも保育園や学校が親の付き添いなしで受け入れているところもあることだし、純君も親と離れて学校生活が送れるように受け入れてほしいと思う。しかし教育委員会ができないというのなら福祉対応で、というのが市長への要望だった。市長は「福祉のほうと話をしてみて(回答?)ムニャムニャ・・・」。話はしたかしら?

 私が政権交代に期待したことの一つにインクルーシブ教育の導入があったが、まだ手が付けられていない。インクルーシブ教育を実現する議員連盟もあるようなので、日本の教育制度の〝壁〞を崩していくきっかけがほしい。



□2010年4月6日(火)

 午前中は吾妻中学校の入学式。3月の卒業式と違ったのは胸に飾る花が男女同じ色だったこと(卒業式では女子がピンク、男子が青だった!)、それと少なくとも私が議員として招待された19年間の入学・卒業式とも呼名が呼び捨てだったが、今回初めて子どもたちを〝さん〞付で読んだことは変わってよかったと思う。これからも続けてほしいと願う。うららかな春の陽射しと満開の桜という、絶好の入学式日和だった。

 午後、鳩山首相に沖縄県普天間基地県外移設の公約遵守を求めて首相官邸を訪れた沖縄の人たちと衆院議員会館前で合流。米軍基地をめぐる県民投票や普天間の移転先として辺野古に海上ヘリ基地を建設することの是非を問う名護市民投票などで知り合った沖縄の人たちが今日から9日(金)まで連日首相官邸前で座り込むというので、何はともあれ駆け付けた。午前1030分から首相官邸前の座り込みは警備の関係で実現でなかったが、請願書は官邸の中で担当課長に手渡したとのこと。はじめは官邸の外で受け取ろうとしたらしい!その後院内集会を行い、場所を官邸近くの議員会館前に移して三線や島唄などを交えてアピール。

 普天間基地の県外移設は今や自民党も含む沖縄県民の総意となっている。昨年の総選挙であれだけ「普天間移設は最低でも県外」と約束して歩いた鳩山首相のこと、まさか辺野古陸上案や勝連沖埋め立てはないよね。今回ウチナンチュが首相官邸に押しかけたのは、〝県内たらい回し〞を許さないため。

 だいたい、国内のどこも引き受けるところがないような米軍基地を沖縄に押し付けること自体が沖縄差別なのだ。

 今日嬉しい出会いがあった。杉並区に住むひめゆり同窓会東京支部の副会長さん。82歳だというが、ひめゆり部隊の語り部として活動していらっしゃる。ぜひ成田でもお話を聞く会を実現したい。

    ●ひめゆり東京支部の上江田千代さんと



□2010年4月3日(土)

風もなく、柔らかな陽射しが降りそそいで気持ちの良いお花見日和。ニュータウンの赤坂公園にも花見の人たちが繰り出していた。私も三里塚公園で付き合いのある住民団体のお花見会に参加。

 昔のように近在の人たちが花見に繰り出した花の三里塚の面影はないけれど、やっぱり三里塚には桜が似合う。多古中学校時代に遠足で歩いてきた頃の風情は今でも脳裡に焼き付いている。私は田んぼの中で生まれ育ったので、「開墾」と呼ばれていた北総の台地には異なる景観が広がっていた。砂ぼこりの舞う道(当時はどこも舗装されていなかったけれど・・・)を三里塚に近づくと、ゆるやかな丘陵一帯芽吹き始めた落葉樹の間に大小の山桜(周囲の野山にポツンポツンと生えている桜)が霞むように点在している光景が目に入る。桜と言えばソメイヨシノ(明治時代に東京染井の植木屋が売り出したエドヒガンとオオシマザクラの雑種)のイメージが強かった私が、それぞれの色合いや香りを持つ山桜に惹かれたのはその頃だったように思う。御料牧場周辺の花見スポットには人工的に植栽された数十本のメイヨシノが見事に咲いていたけれど、私の中に残る三里塚の桜は山桜。・・・もちろん、というか何というか、今や三里塚公園の桜はご多分にもれずソメイヨシノだけど。でも、こうして仰ぎ見ると美しか~。花の命は短くて~。余談だが、男性は桜に心乱されるらしい。この季節にはそんな文章を目にする。ナンでだろ~?誰かが、群れて咲くソメイヨシノ(人工埴栽だからソメイヨシノのせいではない)の艶やかな美しさを「淫ら」と表現したっけ。それだけ人を惹きつけるということね。

 花の下で、就任1周年を迎える森田知事の記者会見が話題になった。私は新聞記事しか読んでいない。でも〝頭が混乱、くたびれた。知事って本当に忙しい〞というタイトルに思わずズッコケそうになった。知事って一国会議員より権限もあるからお山の大将になれて楽だ、なんて思っていたのかしら?鉢巻きを締めて扇を振っていれば職員も県民もついてくると思っていたのかしら?などなど考えて「●ホか、お●●は」と思ったくらいだった。でも、お花見仲間は記者会見の映像を見たらしく、「恥ずかしい」「ヒト前であれはなんだ」et cetera、et cetera、もう散々。ひととき花より知事批判。



□2010年4月2日(金)

 昨日から今日にかけて春の嵐が吹き荒れて、古墳に生えている木々の枝が一日中ゴーゴーと音を立てていた。子どもの頃はこんな音が不気味に聞こえ、眠らないくらい不安になったものだ。たいてい昼間は吹いても夜には静かになるのに、昨夜も一晩中やむことなく吹き荒れ、今日昼過ぎに雨がなってようやく静かになった。それまでの風は湿って暖かかったが、ひと雨降ったら今度は冷たい北東の風にかわっていた。なんだか自然に翻弄されているような気分。

 この時期、空港を発着する航空機にとっても要注意。成田空港がある北総台地の場合は春先を中心に強い西風が吹くことで乱気流が発生しやすいという。昨年3月23日には強風が原因で貨物機が着陸に失敗し、乗員2名亡くなった。市の防災メールでも時々エプロン付近での航空機トラブルで消防が出動するといったメールが流されるが、航空機事故発生の一番高い確率は空港を中心にした離発着の前後11分間だそうだ。

 以前、山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』の中にも登場する元パイロットFさんから、この時間帯を航空関係者は〝クリティカル・イレブン・ミニッツ〞と言うことを聞いた。〝魔の11分〞といったところかしら。航空機は進化しても過信は禁物だし、自然は予測しきれない、人間の能力にも限界がある。ただ安全を祈るばかりだ。

 参院本会議の採決にあたり、自民党の元農林水産大臣が隣りの席の同じ自民党参院議員会長が退席した後押しボタンで「なり代わり投票」をしたとかで議員辞職した。本人は「魔がさした」と言ったそうだが、本当に!(ビックリマーク)を幾つも付けたいくらい。さらにビックリしたのは参院議員会長途中退席の理由。「2時から別の会合があるから、抜けますから」と言ったそうだ。(たとえ結果が予測できたとしても)国会の採決と言うのはそんなに軽いものだったのか。決して〝押しボタン〞のせいではないと思う。



□2010年3月31日(水)

 このところ連日海外視察のまとめ、「たいむ」第74号の準備、政務調査費の収支報告書作成その他あれこれのデスクワークに追われている。そこで今日は気分転換に20年以上前にデザインが気に行ってリサイクルショップ「回転木馬」で買った外国製のイスに塗料を塗った。数年使ってから部屋のスペースの都合で実家の納屋にしまい込んでいたものだが、今のところに引っ越してからまた身近に置きたくなって先日弟に引っ張り出してもらった。木の部分は塗料がはげ、布の一部はネズミ(多分)にかじられていた。もう一度塗ったら布の張り替えをしてくれる人を探そうと思う。でも、ネズミがかじった跡を残しておくのも趣?があっていいかも。布をかぶせておけばいいし・・・などと考えながら楽しいひとときを過ごした。イスだけでなく身の回りの家具調度はほとんどが思い出を宿し年を重ねている。持ち主相応に、といったところかしら。とはいえ自分にペンキを塗る気はないけれど。

 ところで文科省の教科書検定結果によると、2011年から小学校で使われる教科書のページが25%増になるという。「ゆとり教育と決別」だそうだが、木を見て森を見ていないような気がしてならない。

 人間の集中力には限界があり、しかも人それぞれに異なる。いかにその集中力を効果的に使うかが学習(や仕事)の基本。学校制度の中では一定の横並びはやむをえないとしても、ページや授業時間を増やしてあれもこれもとなると教師も子どもも大変ではないか。そうでなくても欧米諸国と比べて教師は多忙子どもたちも疲れ気味だというのに何の因果で・・・と思ってしまう。ページが増え応用が増えれば真面目な先生たちも教えられる子どもも「ゆとり」などなくなってしまうだろう。子どもたち1人ひとりの個性を考えると教育の中の「ゆとり」は多くあったほうがいいと思うのだが、そんなことはいまどきの文科省も保護者も許さないだろうな。

 子どもだった頃も、親になってからも、ババになった今も、どうも私は教育「制度」とは肌が合わないようだ。



□2010年3月30日(火)

 冷雨散り コブシ霞みて郷の山

 卵抱き 桜花高見の コウノトリ

 以前朝日新聞社の「明日への環境賞」授賞式で出会った兵庫農漁村社会研究所所長の安田茂さんから4月のビレッジライフ懇話会と地域農政フォーラムの案内が立て続けに届いた。いつも添えられている季節感あふれる俳句に共感する。今年は天候不順のうえ雨もよく降り、陽射しがないと凍えそうに寒い・・・。でも、そんな中でも桜の蕾はほころび、コブシの白い花が目にしみるようだ。山にも里にも生き物たちのにぎわいが戻ってくる季節の訪れだ。

 ところで、安田さんたちが中心になって兵庫県が進めている豊岡盆地でのコウノトリ野生復帰事業も順調で、この3年間で18羽のヒナが巣立ったという。今年も10羽位巣立つことが予想されると言う。コウノトリは羽根を広げると2メートルもある大型の鳥、食欲も旺盛なので豊岡市だけでなく全県的にドジョウやカエルなどのエサ場を確保してやる必要がある。そのために、兵庫県農政環境部では昨年4月から環境創造型農業を全県的に広げる動きを始めていて、成果が期待されるという。多様な生き物たちが共生できる環境を実現するために、こうした試みが全国に広がってほしいと思う。そのためには、効率性や経済性を最優先してきた私たちの考え方や生き方を考え直さなくては。




□2010年3月28日(日)

 積もった新聞を整理していたら、森田知事が「成田にカジノ」導入を検討する考えであることを表明したという26日の記事。成田市議会の中にはずいぶん以前からそういう声がある。もちろん一部の議員にとどまってきたけれど。つい先日も某議員から「カジノ」待望論を聞かされたっけ。騒音地域に誘致したいみたい。

 20数年前マカオでカジノを見たことがある。先日青少年作業所を視察したドイツのヴィースバーデン(2000年の歴史をもつ温泉保養地でもある)の中心部にもクアハウスといっしょにカジノがあるのを見た。内部はハリウッド映画のイメージしかない。ところでああいう施設を成田のどこにつくりたいわけ?それに、外国人対象というが、様子をみながらそのうち対象を広げるというのもおかしな話。市内に市民が入れない賭博場(「娯楽施設」というふれこみだけど)があるのって、どうしても違和感があるし、旅行客以外も利用OK市民も出入りする「カジノがあるまち」となると、成田のまちづくりへの影響は避けられないだろう。ま、石原知事の「お台場カジノ」がポシャったくらいだから法的な制約もあるし、どこまで現実的かわからないが。それにしても空港の魅力向上とか、地域活性化とか、羽田との差別化とか・・・アドバルーンを上げるにしても「カジノ」とはね。就任1年を前に政策もネタ切れになったのかしら?

 留守中届いた産直野菜のケースの中には、土がついた里芋、ほうれん草、ゆき菜。端境期ということもありちょっと寂しいけれど、どれも農家が手塩にかけて育てた自慢の野菜であることがわかる。『産直ニュース』には「どういう野菜を作っているのかが基本。その時期その土地のあった育ち方、作型でやっているのかどうか。例えば今のほうれん草、小松菜は去年の10月に蒔いた。これからハウス栽培でやったら3月1日に蒔いて、3月の末にはできる。工場野菜ならもっと縮めて・・・。こういう栽培と、毎朝毎朝霜にあたって日中葉が開いて、太陽の光線を浴びた野菜と、どちらがいいのか・・・。」という農家の話が載っていて、思わず洗い桶からはみ出した元気なほうれん草を見る。そうか・・・これは去年の10月に蒔いたタネから育ったほうれん草なのだ。

 今年は雨が多いのでお天気と出荷作業の合間をぬって、春の作付けが進行中とのこと。蒔いた種の寒さ対策も欠かせないとかで大忙しの様子が目に浮かぶ。先日の瞬間風速38メートルでは移植したばかりのキャベツがほぼ全滅、寒さよけのトンネルも切れたり飛んだり被害も出たようだ。無農薬・有機の露地栽培は農家の苦労も多いと思うが、届く野菜と同じように元気な『ニュース』を読めるのが嬉しい。



□2010年3月26日(金)

 昨夜は、ひところ流行った言葉でいうと〝バクスイ〞して、朝10時過ぎに目を覚ます。これで時差ぼけを調節できた感じ。イギリスに着いて、オランダ、ドイツと回ったが、特にオランダとドイツは好天に恵まれ、長く厳しい冬が過ぎ、やっと春が訪れたことを実感させる陽気だった。優しい陽射しの中、半袖姿も目に付く。市街地の店の外にはテーブルとイスが並べられ、ゆったりと思い思いの飲み物を楽しんでいた。現地のガイドさんによれば、まさに「家の中にいてはもったいない」。クロッカスや水仙が咲き、柳、ポプラ、ブナ、プラタナスが芽吹きの季節を迎えて薄紫に煙っていた。

 市議会の海外視察の様子はアトランダムに記してみたが、詳細は後日「報告書」その他で市民にも知ってほしいと思っている。

 今日は行政改革推進委員会を傍聴した。傍聴は私の他に1名で、パブリック・コメントに応募したのでどのように反映されているか傍聴したとのこと。議題は成田市の第5次行政改革大綱策定にあたり、委員会が提出する「答申」の最終とりまとめが行われた。素案は全体に地方公共団体の行革のマニュアルに沿っている。もう1人の傍聴人は自分のパブコメが全く採用されていないとお怒りの様子。終了後そのパブコメ文書を読ませてもらったが、大綱の細部にわたって建設的な意見や提案がなされていて参考になった。採用できる、できないはあると思うが、よりよい市政を求めてパブコメに応募する市民に対しては、「いくら言ってもダメ」という失望を与えないようにきちんとした対応があってよいと思った。もったいない。

 ところで彼の話では、環境審議会は市民に意見を求めてから計画策定に入ったが、行革大綱の場合始めに行政が策定した素案があって、それからパブコメを行ったという。近頃は行政がグランドデザインその他重要な計画を策定する時は始めから市民が参画する流れにある。開会前に立ち話をした行革担当課の若い職員も「市民とのキャッチボールは多いほどよいと言われますが・・」と言っていた。市民によって「財政白書」(柏市など)が作られる時代だ。市民版「まちづくり」(グランドデザイン)は日野市はじめ20年近く前から作られるようになった。住民がおまかせ民主主義ではなく、地域主権者としての意識を自覚していくためには、行政が可能な限り市民との「協働」の場を広げていかなければいけない。



(視察行程・3月19日~24日)

2010年3月24日(水)

✿ドイツ・ヘッセン州ヴィースバーデン市の青少年作業所 エコファームとそこで生産・加工されたものを販売するマーケットの視察。敷地内には直営ホテルもある。ガイドはかつて日本の金沢大学や富山大学で教鞭をとっていたというハーンさん。作業所の案内は元大工のシュナイダーさん。果樹園や牧草地、菜園を含む広大な土地は元貴族が所有していたもので、今はヘッセン州が所有し、ヴィースバーデン市が借りている。

✿ここは「社会の元気のための施設」だという。無農薬・有機の農産物や加工品の販売をするセンターであると同時に、学校を中退したり軽犯罪を犯した20歳までの若者を3年間実習生として受け入れ、農業と教育の総合センターの機能を持っている。青少年は実習とともに、週2日専門学校に行かないとダメ。そうして3年過ごし、商工会議所の認定を受けることで約30種(農業、養鶏、観葉植物、パン、肉、チーズ、クッキー、ケーキ、レストラン、ホテルその他)の職業の資格を得ることができ、社会に送り出している。現在実習生は300人、職員60人。実習生を1人入れると国から補助がでる制度や農場で加工された製品が人気で経営は黒字。同じような施設が市内に7ヶ所あるという。

 見学者や買い物客も大勢訪れていた。私たちと入れ替わりにドイツの老人クラブの団体さんがバスから降りてマーケットに向かっていた。

(写真左)シュナイダ―さん(左)とハーンさん。(写真右)100%農場産の餌を食べる牛。餌には発酵された草が含まれているので牛舎とは思えないような甘酸っぱい香りがする。牛たちは間もなく牧草地に放牧され、秋まで牛舎には戻らずそこで過ごすという。

3月23日(火)

 ドイツ・ハイデルブルク市 市議会及び行政マネジメントに関する説明を聞く。

✿市長・議員(定数40名)とも直接選挙で選ばれる。議員の任期は5年、市長は8年(公約した政策を実行するのは時間が必要、との理由)。副市長が3名いて、市議会が外部から選ぶことになっているがそのうち1名は議員の中から選べる。副市長を送りだして欠員が出た政党は議員を補充できる。市議会の議長は市長が務める。ハイデルベルク市の場合、議員は名誉職で報酬は月額650ユーロ。

✿ハイデルベルク市は1990年代から①市民参加の行政、②市民をカスタマー(お客さん)として位置づけ、コール・システムから始まるワン・ストップの行政サービス、③効率的な行政運営、の3つを目標に行政改革を進めてきた。②については各地にある市民事務所を中心に、行政の都合ではなく市民本位サービスを心掛け、「満足」度のアンケート調査結果は議会が話し合っているという。行政システムの中で興味深かったのは「実習生」(150人)で、デュアル・システムで実習期間は2~3年。毎年50人ずつ採用するが1200人位の応募がある難関。実習しても採用されるかどうかがまた難関。質とモチベーションの高い職員を採用する仕組みでもあるようだ。

✿日本でも後追いで始まっている行政マネジメントについては、制度の違いはあるが基本は同じで参考になった。

(写真左)市庁舎の議場。私の背後が正面。庁舎はハイデルベルク城(山城)を見上げる古い館。市民サービスの中心は各地の市民事務所で行われる。

(写真右)並んだイスは傍聴者用。議場はフラット。成田市はじめ日本のほとんどの議場のように、ひな壇や傍聴者を隔離したような構造ではない。ちなみに私が視察した欧米の地方議会の議場は議員席・傍聴席が同じフラット構造。

3月22日(月)

✿オランダ・アメルスフォールト市で環境型まちづくりを視察。人口増加に対応し、持続可能なニューランドづくり。1990年から市・州・政府・EUからの補助で建設計画が始まる。建設会社のヨンカーさんから説明を受け、市内を案内してもらった。500軒分の屋根にソーラーパネルを設置するメガワット・プロジェクトをはじめ、、ごみの分別、雨水と下水を交わらせず、子どもたちが泳げるような水の流れをつくり、交通は速度の遅い人や自転車優先が徹底している。車を排除するようなシステム。

✿様々な可能性を追求するスケールの大きなまちづくりだ。ここでは〝土地は過去から受け継いだものではなく、子どもの世代から借りているもの〞というあのナバホ・インディアンの考えを活かし、実験が続いている。

(左・中)今も調査研究が続くソーラー・ハウス。(右)雨水の水路の浄化は水草を利用する。流れが行き着く池では子どもたちがスケートや水遊びを楽しむ。

3月20日(土)

ヒースロー空港視察。

✿ヒースロー空港も「同時平行発着」が行われているということだったので、まず、英国在住20年と言うガイドさんに尋ねたら、「そんなの危険じゃないですか。聞いたことがありません」「そんなの」というのはオープンパラレルで同時に平行離陸する方式のことだったのだが。えーっ、じゃあ「同時平行発着」ってどういうこと?ややあって、「それは1本の滑走路は離陸、もう1本で着陸を同時にやることじゃないですか?それなら知っています。」とのこと。その場合騒音問題の関係で「半年ごとに滑走路の離発着は交替」でやっているようだ。その後空港内を案内してくれたNAAからJALに出向している社員の人に質問して確認した。そういうことだったのね。

(左)空港とロンドン市内を結ぶエクスプレス。

3月19日(金)

英国・ガトウィック空港と西サセックス・クローリー市における空港対策を視察。

✿私が視察に参加を決めた最大の目的は、事前情報でロンドンから車で約1時間余のガトウィック空港がオープンパラレル方式で同時平行発着を行っているので騒音体験ができるということ。しかし、実際は滑走路1本(もう1本あるがこれは緊急以外使用しない)。ちなみに、ガトウィック空港は地方線が中心で利用客年間3300万人、発着回数27万回。夜間早朝の飛行制限あり。

✿空港建設のプロセスやその後の地域と空港の関係についての合意形成のシステムや、騒音・環境(空気・水など)対策について市民企画官のレイチェルさん(写真左)からきめ細かなプレゼンテーションを受ける。ガトウィック空港に関係する自治体は6つの「区」で、各種の協議の場がある。

✿英国政府はイギリス南東部にヒースローやガトウィックなどを含めもう1本滑走路が必要か研究中で、来年に報告が出るようだ。ヒースロー周辺では騒音問題で反対が強く、ガトウィックはもう1本分の用地は確保してあるが今のところ1本の滑走路(2つのターミナル)でいきたいとのこと。

✿お昼は市長(写真中)や彼女のおつれあい(こうした交流の場には夫婦で歓迎するようだ。市長が男性ならその妻)を交えてケータリングのランチで歓談。成田市議会の女性議員が私1人だと知って驚いたり同情されたり・・。

✿「ガトウィック・エアポート・リミテッド」のマッキーさん(写真右)から周辺対策などの説明を受ける。その一つであるクローリー市はじめ周辺自治体とは長い時間をかけて良い関係を積み上げてきたという。



□2010年3月17日(水)

 小鳥の力強い鳴き声が聞こえるようになった。橋賀台小学校の卒業式。卒業式につきものの「国歌」斉唱は中学校同様起立したけれど歌わない。以前宮内庁に「天皇が出席した式典で国歌斉唱の時、陛下は君が代を歌われますか?」と聞いたら、「ちょっとお待ち下さい」と言われ、ややあって、「歌いません」と聞いたから、いよいよ確信をもって君が代を歌わないことにした。国民主権の国である日本にとって、国民の上だか超越してだか知らないが、民法の適用を受けない特別の人、国歌を歌わない「君」が存在するのは矛盾しているからだ。どうしても「国歌」というなら国民主権にふさわしい歌をつくるなり、いまある歌のなかから選ぶなりしてほしい。 
 
 ところで、私は小学校の卒業式(入学式も)は完全に〝おばあちゃん顔〞。普段使わない顔の筋肉や緩みっぱなし。在校生の1年生と卒業生を同時に眺めながら、ついつい1年生に目が・・・。可愛い!命がはちきれそう。卒業生は証書を受け取る時壇上で自分の夢を語るのだが、ある女子が「私の夢は第二の地球を発見するような天文学者になることです」と語った時は思わず「そうね、私にもそんな夢があったわね」と思ってその子の顔をじっと見てしまった。私も小学校5,6年から中学1年くらいまでは宇宙に惹きつけられた天文少女だったっけ。ま、その後いろいろ変化して、今は「〝夢〞と言われてもね・・・」といった年齢になってしまったけれど。もちろん、願いはあるけれど。とにかく小さな天文学者さん、宇宙に夢を広げて頑張ってね!

 明日から25日までイギリス・オランダ・ドイツを視察する。イギリスではガトウィック空港があるクローリー市の空港対策(ここでは成田が目ざす同時平行発着がおこなわれているという)その他、オランダではアメルスフォールトの環境型まちづくり、世界最大級の太陽エネルギーを使ったソーラータウン「ニューランド」とソーラーシステム。ドイツではハイデルベルグ市の行政マネジメントとヴィースバーデンの有機農業。有機バイオ農法などを視察する。強行軍だけれど、特に1日滞在するクローリー市では同時発着を体験したいと願っていることと、地域(特に基礎的な自治単位といわれるパリッシュなど)での合意形成のシステムを知りたい。



□2010年3月16日(火)

 3月議会最終日。私を含む6人が議案に対する討論を行った。10年度(平成22年度)予算が提案されたこともあり、特に4会派が予算に賛成討論。反対討論は私と共産党で、私は予算よりも市道廃止議案への反対討論に時間をさいた。討論内容はホームページの「議会レポート」に掲載。

 3月議会は市道十余三-天神峰線の廃止議案が提案されたことで隣接農家や天神峰現地闘争本部をかかえる三里塚芝山連合空港反対同盟が市議会に注目。議会での質疑や委員会、そして今日の最終日採決に〝傍聴闘争〞。2月26日の私の議案質疑の時には反対同盟の支援の人たちのヤジがバクハツして、質問している私の声も聞こえないくらいだった。今日は少し〝抑制〞された感じ。ま、それはそれとして家の前から畑に続く市道が廃止されてしまう農家の市東さんには許せないことだろう。何しろ廃道の理由が1本の滑走路に3本目の誘導路を建設しようとする計画で、それが実現すれば市東さんの家も畑も作業小屋も誘導路に挟まれ、空港の中に取り囲まれてしまうのだ。買収に応じず営農を続ける農家への究極の〝嫌がらせ〞でもある。それに成田市が加担したのが市道廃止。3月議会が始まってからは市役所3階市長室の入口には警備が張り付き、議会棟の中も外も県警が常駐するという厳重警備。今日はこれまで最大の動員だった。

 反対同盟は今日10時から市役所と目と鼻の先の栗山公園で集会、その後1030分から市役所周辺をデモ行進をしたようだ。反対同盟の栗山公園での集会やデモは久しぶりだったのではないかしら?私は学生時代、空港建設問題で激しく揺れていた1968年の2月と3月の2回、栗山公園での全国集会に参加したことがある。当時は空港公団分室が成田市役所の敷地内にあった。デモは栗山公園を出て坂道を上ってすぐの市役所に向かい、バリケードで固められた市役所入口を挟んで機動隊と激突。機動隊は催涙ガス入り放水車でジェラルミンの盾、警棒に対し、デモ隊はまだ舗装されていなかった(と記憶している)道路で拾った石と角材で激しく衝突した。

 当時はデモ参加者だけでなく、報道で数万ともいわれた〝見物人〞が市内だけでなく近在からも集まってすり鉢型の栗山公園を取り囲み、見通しのいい木は人で鈴なり。あの天下分け目の関ヶ原の戦いの時も農民が弁当持参で見物したという話もあるので、きっと観戦気分の人たちも多かったのだろう。飲食の屋台が出たという話も聞く。

 それから40年余。当時は〝花のゼンガクレン〞の一人であった私も還暦を過ぎた。でも、1983年に縁あって成田で仕事をするようになり、人生のドサクサで忘れていた反対運動が続いていることや空港問題の本質がちっとも変わっていないことを知った。議員になってからも、すでに機能している空港を否定する気はないが、新たな動きがある時は空港問題の原点に還って考えることにしている。いま、羽田国際化に対抗するためなら住民の合意形成は後回し、反対して農業を続ける農民には権利侵害も許されると考える人たちの増長しきった発想は最悪のシナリオで見過ごすことは出来ない。なぜなら、そうした住民無視を容認し放置するということは、明日は我が身につながる。自分は関係ないと思っているあなた、その時では遅いのだ。私はいま、小泉市政にそんな危惧を抱きつつある。

 ・・・と、まぁそんなこんな今日はつくづく考えさせられた一日だった。





□2010年3月14日(日)

 2ヵ月ぶりに実家に行く。3月1日は父の93歳の誕生日だったが議会の日程が詰まっていて行けなかった。さらに今月は18日から25日までイギリス・オランダ・ドイツで行政の空港対策・環境政策・福祉政策などを視察するので彼岸のお墓参りに行けない。そこで今日はまとめて用事を済ませた。

 時々時空が途切れたり飛んだりするとはいえ、会話の中の父の言葉には時々ハッとさせられる。弟が風邪で咳が出るというから「海水くらいの濃度の塩水でうがいをしてみたら?私は命拾い(これはホント)したことがある」と弟のつれあいに言うとすかさず父が「それがいい、塩は殺菌作用があるからな」。「市販の薬は即効性があるけれどそれだけ。塩は昔ながらの製法で造られたものに限る。効果を発揮するのに時間がかかっても、ミネラルなど様々な成分を含むからプラスαがあるし」と言うと「薬は化学物質だが塩は身体の一部だからな」・・・思わず「さすが!」と肩をたたくとニンマリまんざらでもなさそう。。週に2日のデイサービスと2泊3日のショートステイ、土・日は家で弟夫婦と過ごす生活が始まって1年。弟夫婦には本当に感謝している。弟が言うには「血液検査の数値はオレよりいい」とのこと。

 いよいよ本格的な花粉の季節が到来したようだ。空気も心なしか黄ばんでいる。昨日は私もクシャミをたて続けに3回、今日は多古町に行く道中、杉の花の蕾がふくらんでいるのが目についた、開花も間近いようだ。花粉症の人は、花粉をまき散らす杉の写真を見ただけで鼻はムズムズ、目はグシュグシュしてくるというからお気の毒。私も時々それらしいクシャミをしたり、杉が派手に花粉をまき散らしている時は鼻やのどの粘膜が怪しく反応することもあるから、花粉症予備軍なのかしら?



□2010年3月13日(土)

 強い風が吹きつけて、窓の外の古墳に生えている樹木がゴーゴーと音を立てている。でも、芽吹きを促すような暖かさ。午前中は薄手のコートを着て出かけたものの、車の中で脱いでしまった。午後は市役所で相模女子大教授の松下啓一さんの講演「協働によるまちづくり―野球は9人でやろう」を聞く。なぜ「自治基本条例」なのか、市民が集まって自治基本条例を策定すること、そのプロセスの大切さを事例などを交えて話してくれた。

 一昨年、総務特別委員会が自治基本条例策定過程を調査する目的で米子市を視察した。その米子市の検討委員会のアドバイサーをしていたのが松下さん。千葉県初の流山市自治基本条例制定に深くかかわった。その他の自治体も含め、松下さんはここ数年主流となってきた市民が創る自治基本条例の強~い助っ人として活躍中。今回松下さんを講師に選んだ企画政策課にはこの数年間市議会が自治基本条例や議会基本条例の先進自治体視察を行ってきた際に調査等を担当してきた職員が課長をはじめとして存在するのが心強い。どんな分野でもそうだが、こうしたことは現状を理解する職員の存在が大きいのだ。

 私も12年前に箕面市の「市民参加条例」を知り、以来自治の担い手として住民の役割をきちんと保障した条例の制定を成田市に要望してきた。分権一括法を経て「自治基本条例」の制定に名称変更したが、基本は地域の特性と住民自治をいかに制度化した条例を創るかということ。いろいろ意見を交換する中で「自治基本条例」の制定過程が鮮明になってきた。成田の市民自治にとっては一つの〝壮大な実験〞ともいえる。

 夜は久しぶりに中学時代からの友人を訪ね、積もる話や手料理をご馳走になった。




2010311日(木)

 吾妻中の卒業式。市内のどこの中学校もそうだろうが、相変わらず男女をピタッと2つに分けて呼名は男が先で女が後。胸に飾る造花は男子が青い花で女は赤(ピンク系)の花。花くらい好きな色を選ばせればいいのに・・・と思いつつ、それ以外は卒業式の雰囲気をたっぷり味わった。全ての子どもたちに幸多からんことを!

 男女平等社会を実現していくという世界の大きな流れの中で、ほとんどの国(学校)が採用している男女混合名簿。成田市でも小学校では定着している。が、中学校はほとんどが男女別。なぜ男女を呼名や座席や色で分け、男が先で女が後にすることが問題なのか思考を停止。「異性を意識する思春期だから」や「混声合唱があるから」といったピントはずれの言い訳で拒んでいる状況が続いてきた。

 そこへきて、混合名簿反対の森田知事の誕生。彼もまた出所不明、針小棒大、事実を歪めた〝事例〞を引き合いに反対を表明してきた。一国会議員や市井の人の時に叫んでいるぶんには〝おバ●〞で済むけれど、県のトップとして教育行政に考えを押し付けようとするとなると小学校の混合名簿の行方も心配だ。なにしろアナクロでナルシシストのおっさんのこと、男女平等へのバックラッシュを監視していかなくては。

 朝日夕刊に国立科学博物館が中心となった研究プロジェクトが「『日本人』起源通説に一石」という記事が載っていた。人類学からの新仮説。人類学では、女性のミトコンドリアDNAをたどることで現生人類は10万年以上前にアフリカに住んでいた1人の女性を共通の祖先とする、という考え(ちなみに以前読んだ本では男性のY遺伝子ではどんなにさかのぼっても5万年くらいらしい)。この「イブ」仮説をもとにアフリカを出た人類が日本列島にたどりついたかを解明しようというもの。こういう記事が載る文化欄があるから夕刊の購読を止められない。夜はBS朝日でBBC地球伝説「はるかなる人類の旅~はじまりの地アフリカ」が放送された。アフリカで誕生した現生人類の祖先の「出アフリカ記」だ。記事とタイアップしたような放送で、ワクワクドキドキとはこのこと。



□2010年3月10日(水)

 午後から始まった予算特別委員会を控室でTV傍聴。本日で終わり。新年度予算は一般会計、特別会計ともに可決された。

 帰りにスーパーに寄ったら山と積まれたポテトチップスの前で足が止まった。いつもそこにあるのだが、普段は食べることもないので素通り。それにしても、ずいぶんいろいろな種類があるものだ。手にとっていろいろ見ていて、〝塩と胡椒〞のポテトチップス(100円)に興味をもって買ってみた。〝国内産生ジャガ〞にアンデスの紅塩(岩塩)、インド産黒胡椒を使っていると書いてある。そんな文句につられて買うのだから私も相当のミーハー。この種の商品にはほかにもどこそこの塩とかなんとか醤油を使っているというのはよくあるが、〝インド産黒胡椒〞という表現を初めてみた。なんだかとても新鮮に思えた。もっとも〝国産胡椒〞というのは聞いたことがない。大航海時代にヨーロッパ人の夢をかきたててアジアに向かわせた動機の一つが香料貿易だったが、胡椒はインド西海岸が原産地。・・・ポテトチップスの味は、まぁこんなものでしょう。今度食べるのはいつかしら。



□2010年3月9日(火)

 予算特別委員会2日目。お弁当(といってもおむすびと冷蔵庫からかき集めた残りものの惣菜)持参で今日も控室でのTV傍聴。時々ほかの仕事もしながら5時過ぎまで質疑を聴いて帰る。冷たい雨。春本番前の3月の天気は変わりやすいとはいえ、今年は例年になく寒く天候も不順ではないかしら?

 沖縄の普天間飛行場移設問題で政府の移設候補地選びが最後の局面を迎えつつある。名護市議会に続いて沖縄県議会も県外・国外移設を求める決議をあげた。名護市の「エコネット美(ちゅら)」から送られてくる賑やかワクワク『美ら通信』にも、米軍基地の行方に対する不安やみんなで造り上げてきた地域づくりへの自信の入り混じった思いが記されている。

 「エコネット美」は、1997年の名護市民投票で「海上基地建設ノー」の民意を表明した人たちの有志が「基地に頼らず命を育む地域づくり」をめざして発足させた。その拠点として東海岸嘉陽のヌーファの海辺に〝じんぶん(知恵)学校〞を作り、舟と岩伝いにしか行けなかった手作り学校の裏にそびえる深い森に人が歩ける幅の道を拓いてきた。背後にそそり立つ森側からもじんぶん学校に行けるようになったのだ!数年前、「美」の生みの親Kさんの案内で住民投票運動の仲間とその〝道〞を歩いた時は感動した。何度も猪に壊されては石を集め積み上げて作ってきた自慢の道。その労力たるや大変なものだったと思う。でも、猪との知恵比べを語るKさんのまなざしは本当に優しく、楽しそうだった。足元に注意しながらもやんばるの森の植生の豊かさに目を見張ったことを憶えている。

 市民投票から13年。名護市長選で陸にも海にも基地を作らせないという市長が誕生した時、Kさんはこれからが正念場だと思ったそうだ。Kさんたちの地域づくりは沖縄の将来への貴重な提言の一つだと思う。じんぶん学校には夏休みに全国各地から子どもたちが集まって自然の中で寝食を共にして過ごすヌーファの海とヤンバルの森の間にある小さな海辺。子どもたちは文明の利器から離れ、大人たちと知恵をしぼって暮らす。1クール5日間。夏休みの間海や山から子どもたちの声が響き渡る。そして一段と逞しくなって帰っていく。中には数年後ここに戻りボランティアとして活動を続ける若者たちもいる。

 アジア太平洋戦争で本土防衛の「捨て石」とされ、さらに「本土の平和」のために米軍基地を押し付けられてきた沖縄。こうした沖縄差別の歴史はもう終わりにすべきだと思う。




□2010年3月8日(月)

 20年来付き合いがあった千葉動力車労働組合の前委員長中野洋さんが4日に亡くなり告別式に参列した。斎場は個人を偲ぶ人たちであふれていた。労働組合運動の原点を守り厳しい労働環境の中で組合員とともに〝一人はみんなのために、みんなは一人のために〞を実践してきた人だった。労働運動や労働組合とは縁のない私だが、心優しさも併せ持つ指導者としてかねてより敬意を抱いてきた。中野さんが率いた動労千葉は、資本との協調路線に踏み切った日本の労働運動の主流とは一線を画し、労働者の権利を守るためにストライキを打つパワーのある数少ない組合の一つとして知られている。厳しい経済環境・労働環境の中で働く人たちの権利をどう守っていくか、労働運動の真価が問われる時代に病に倒れたことは残念だ。

 午後から予算特別委員会をTV傍聴。控室のTVで中継している委員会を傍聴できるのはとても助かる。3年前の予算委員会で閉め切った委員会室を埋めた職員(ほとんどが男性職員)の整髪料に悪酔いして部屋から飛び出しそうになった。実際、外の空気を吸いに出たこともある。一人一人の整髪料はきっと良い香りなのだろうが、数十人の香りが混じり合うと表現し難い〝匂い〞となることを初めて知った。それだけなら一定の時間我慢すれば良いのだが、吐き気や頭痛が伴っては仕事にならない。予算委員会最終日には左目に異変も。以来、予算・決算の委員になることがためらわれて遠慮してきた。総務常任委員会でも補正予算を審査する時には同様の室内環境になるが、これはなんとか持ちこたえている。



□2010年3月7日(日)

 「農薬空中散布反対千葉県ネットワーク」の解散総会。1998年に「反農薬東京グループ」の呼びかけに参加したことをきっかけに結成されてから今日まで、県内の農薬空中散布の問題をとりあげて反対運動を行ってきた。成田市では宗吾台のMさんが結成に加わり、私は10年前から参加。それ以前にも松くい虫防除の山林空中散布を取り上げて農薬の空中散布に反対してきた。松くい虫は1997年から散布中止となった。
 
 次は水田の空中散布が控えていたが、水田の空中防除は「そんなことを言っていたら農家の票は一票も入んねーど」と言われたほど。各種農業団体をバックにした植物防疫協会による水田農業をあげての年中行事。強固な壁を前にして覚悟の上での反対だった。それを様々なかたちで支えてくれたのが空中散布反対千葉県ネット。各地の情報や初代代表の藤原信宇都宮大学名誉教授や飛散調査活動への横浜国立大学花井教授の研究室など専門家の助言や協力が心強かった。そして、空中散布全盛当時でも一斉空中防除に疑問をもっていた農家の声。

 環境への意識向上や有機農業の評価など時代の変化の後押しもあって、空から農薬をまくと言う有人ヘリコプターによる散布が低空での無人ヘリに替わり、旧成田市では一斉防除をやめて地区ごとの防除になった。それも激減した。国も有人ヘリから無人ヘリへの移行に舵を切り、千葉県も松くい虫については08年から5年間中止して経過を見ることになった。空から農薬をまくという野蛮で広範な地域の環境汚染につながる手法は支持されなくなっている。とはいえまだ空中散布や農薬が私たちの生活環境に与える問題は残されている。そこで今後は「有害化学物質から子どもの健康を守る千葉県ネットワーク」に合流して空中散布や生活環境で仕様される農薬問題を考えていくことになった。



□2010年3月6日(土)

 啓蟄とはいえ、これでは虫さんたちも身動きできないだろうと思うほど寒い1日だった。でも、私の心はいつのなく温かく、熱いものをたくさんもらった。船橋で上映された北海道朝鮮初中級学校の3年間(2003年~2006年)をまとめたドキュメンタリー映画「ウリハッキョ(私たちの学校)」を観た。

 韓国の映画監督キム・ミョンジュンさんが子どもたちと寝食を共にして撮影したものだ。2006年のアジア映画祭(第11回釜山国際映画祭・63ヵ国。招待作品245編)で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、在日朝鮮人や民族教育を知らされていない韓国の人々にも感動を与えたという。

 2005年の卒業生22名のクラスの子どもたちにスポットをあてながら、子どもたちの学校や寄宿舎の生活、先生との関係、家族、そして在日同胞の人たちなどが描かれている。植民地時代の歴史、民族の分断や、日本の中で拉致批判から一部先鋭化する金正日政権批判=北朝鮮差別の中で、子どもたちはその影響を受けながらもそれに優るたくさんの人たちの温かいまなざしの中、「ウリハッキョ」で明るく聡明に日本に永住する在日朝鮮人として育っていることを実感した。

 私も久しぶりに泣いたり笑ったり考えさせられたり心に残るひとときだった。首相の朝鮮学校高校無償化除外発言は撤回すべきだ。国連人種差別撤廃委員会の多くのメンバーは、「少数民族のための非公認の学校は、財政、税制面で公立学校に比べて著しく不利な立場にある」と指摘。委員会の「最終見解」は3月中旬に公表されるという。日本政府の朝鮮学校への対応は国際基準でみれば「差別」ということだ。



□2010年3月5日(金)

 総務常任委員会。消防長の任命資格を定める条例が提案され、私も含め全会一致で委員会採択された。消防長はその役割からして経験に裏付けられた判断力や統率力、管理能力が求められるということで任命資格が政令で定められていた(任命資格政令1959年)。今回その政令改正にともなって成田市でも条例が制定されることになったわけだが、要するに資格要件の緩和。表向きは消防技術や災害対応能力の向上を理由にしているが、実際のところ団塊世代の大量退職などで人材不足が発生し、政令の要件を満たさないで任命される実態があるらしい。実情にあわせてほしいという声が自治体側から出ての政令改正だ。それにしても1959年・・・半世紀前の要件が堅持され、要件に満たない実態(政令違反)が常態化してから改正という流れは国も地方も行政の怠慢じゃないか。一時的にせよ政令違反を容認していたということですもの。

 実際のところ成田市でもこれまでの要件を満たせない消防長人事があったという。私が知っている範囲でも、数年前そうして大抜擢人事があった。ま、歴代消防庁はその職責を果たしてきたのだから能力上問題があったということではないのだが、もうあの頃から政令なんてあってないようなものだったのね・・・と思わせてしまうような今回の条例制定だった。もっとも、あの頃市の条例があれば条例違反で問題になっていただろうけれど。この条例が成立すれば任命資格が成田市では8級(課長・主幹・副参事など)以上で期間は3年以上が条件だから、課長経験がなくても消防長になる道が開けたわけだ。

 朝日朝刊に〝恐竜絶滅の原因はやはり小惑星の衝突だった〞という国際チームの結論が掲載されていた。約2億年にわたって進化を続け地上に君臨してきた陸の大型恐竜、海の首長竜やモササウルス、空の翼竜などが今から約7千万年前、白亜紀末に突然絶滅してしまった。その理由がハンパなものでなく、地球史的には大異変であったことは予想されていた。地底のアンモナイトも海面のプランクトンンもみんな死に絶えた。生き残ったのは恐竜たちから隠れてひっそりと暮らし、夜になって餌を探して行動していた人類の祖先などの哺乳類、鳥類、少数の爬虫類、陸生の植物など。その数も激減。

 いったい何が起こったのか。種族老化説、白亜紀初期に登場した花の咲く植物に含まれているアルカロイド中毒説、地球の寒冷化・・・しかしこれらは大量絶滅を説明するには一長一短あった。そうした中で恐竜の化石発見の頃に登場し、その後追放された天変地異説が登場。超新星爆発説、その後実証性が高かったユカタン半島への小惑星の衝突説。

 今回の国際チームは小惑星衝突を結論づけたというわけだが、これで〝論争が決着〞したかどうかは、私にはわからない。もちろん、直径15㎞の小惑星が毎秒20㎞で衝突したら相当の破壊的な影響を与えるだろうことは想像できるけれど。国際チームは、衝突の結果生じた環境激変により生物の約6割が絶滅したと推定している。そういえば、小惑星衝突による動植物相の入れ替わりで人類の今日があるのかもしれないと想像するのは興味深い。



□2010年3月4日(木)

 医療問題特別委員会と新駅・基幹交通網整備促進特別委員会が開かれた。TV傍聴。新駅で新高速鉄道アクセス会社の専務が「サンカノゴイが増えている」という発言をした。おっ!と思って、終了後企画政策課に調査の結果だろうから資料がほしいと言ったら、アクセス会社が「出せない」といったとか。じゃあ、増えているといっても真偽のほどはわからないということではないか。ただ、「前年に比べて」ということらしい。工事の進捗によって生息環境も変化してくるので沼の生息環境が激変した工事始めの頃よりは終わりに近づいた昨年のほうがサンカノゴイも慣れてきたということかしら。北印旛沼の代替えヨシ原造成は何度か現場に行ってみたが見たところ人工的には順調にいっているようだ。サンカノゴイやオオセッカほかの野鳥が機にいるかどうかは別として。今後も注目したい。

 3月1日から20日までが実車走行試験期間で、夜中に行っているようだ。いよいよ14日2時23分頃に土屋付近で160/hを達成するらしい。21日からは習熟運転が可能になるという。

 昨日Sさんから野で摘んだというフキノトウをいただいた。寒さの中でしっかり小さな花をつけている。なんて健気な姿でしょう!すぐ食べるのがもったいなくてかごに入れてテーブルの上に飾っておいたが・・・今日は天ぷらにした。ほんのり苦い。月並みだけど早春の味覚、と言ったらいいのかしら。これからは自然が賑やかになる。嬉しいな。





□2010年3月3日(水)

 空港対策特別委員会と教育民生常任委員会。午後の教育民生をTV傍聴。空港は配布された資料の中で第1回の成田空港成長戦略会議の概要が興味深かった。どういう興味かというと、そこで語られていることのほとんどは開港以来30年間いろいろな所で語られてきたことだったから。やれることをやればいいといったところで、新味は感じない。都心―成田空港を短縮する成田スカイアクセス(7月オープン)がこれまでのイメージを一新できるかも未知数。輸送能力は短縮されるとしても、これまでの実績を超えることは諸般の事情で難しいのではないか。長時間空を飛んできた人がみんな高い運賃を払って15分や20分の短縮を求めるだろうか。・・・時間をお金に換算するようなビジネスの世界は別だろうが。

 成田空港が遠い、不便といったことはわかった上で政治の綱引きで三里塚に建設したのだ。それも、もう40年以上前の計画。羽田国際ハブ空港化が進むショックでよくイメージできないと言われる「羽田との一体化」だが、以前知人の電機系エンジニアから興味深い話を聞いた。〝なりはね〞を一体化的に活用する基本はまず両空港を10分か15分で行き来できるようにすること。それを実現するのが都市型リニアだという。県知事はコスト面その他で選挙公約のリニア計画を引っ込めたようだが、リニアにも3種類あって、彼が技術的にも熟知していてコスト面・環境面などで推薦できるというドイツで開発されたという都市型リニア(愛知万博で実用化され、運行しているらしい)なら空港内をウロウロする時間よりも短時間で2つの空港を結びつけてしまう、といった内容だった。話はそれから・・・。なるほどね、と思った。

 教育民生では、公津の杜の複合施設について説明があったが、図書館分館が1000㎡蔵書8万冊を予定しているということを聞いて、よかったと思う。私は10万冊くらいあるといいと当時の担当課長に伝えていたのだが。その頃の計画では4万冊。それと運営については住民との協働も考えに入れているようで、新らしい試みの複合施設が期待できる。

 新たな学校給食施設の整備についても、作る人が見える給食、作りたての温かい給食、アレルギーの子どもへの配慮、地場産材料が利用しやすい等で、センター方式にこだわらず自校方式を含めた検討が行われているようだ。そうした配慮に時代の流れを感じる。一昔前「アレルギーの子にはお弁当持参を認めて!」と質問したことがあったくらいですもの。整備費や人件費にお金がかかっても、可能な限り自校方式を実現してほしい。給食の役割をクリアしているだけでなく、あの阪神大震災の時避難所になって、学校ごとに設置された給食設備がどれだけ役立ったかをボランティアの人たちから聞かされたから。



□2010年3月2日(火)

 午前中議会事務局に電話すると、職員のほとんどが警察と警備の打ち合わせを行っている最中だった。午後建設水道常任委員会が開催され、そこに十余三・天神峰線の通称団結街道(市道)を廃止する議案が提案されるため。営農に直接影響を受ける農家はじめ空港反対同盟が押し掛けることを想定しての〝対策〞らしい。

 今議会は初日からモノモノしかった。議会棟(一階は保健福祉部)の前に4人の職員がたちはだかったので「やりすぎ」と思っていたら次からは建物の中に引っ込んだ。議員が傍聴人と接触しなくてもいいように議場に行く階段を1つに絞ったり、傍聴受付場所を隔離したりと、(反対派の機関紙で3月議会がターゲットになっているので)警察も大変心配している」という理由でピリピリしていた。

 ま、私が26日本会議場での議案一括質疑でその市道廃止議案(20号)について質問した時の傍聴席からのヤジを体験したからある程度イメージできたと思うけれど。今国会でもヤジの〝自粛〞が出るほど与野党の激しいヤジが話題になったが、他の自治体議会でも声をかき消すようなヤジが飛び交うところもあるらしい。でも私の経験では成田市議会はお行儀がよく、居眠りこそすれヤジで質疑が中断されるようなことはなかった(空港建設の初期は相当激しかったらしい、当時反対運動の先頭に立った元市長も傍聴席から身を乗り出してヤジっていたという話を元助役から聞いたことがある)。26日は市長や副市長、担当部長の発言に対して傍聴からのヤジがバクハツし、議長の指揮で暫時休憩。その後再開されたものの、またまた・・・。

 本会議での議案質疑は3回まで可能だが、1回目の質問への答えがないので議長を通して要求したことも回数にカウントされ、答弁に対する質問ができないまま質疑は打ち切りとなった。

 この議案は明らかに民法210条囲繞地通行権に抵触している。農作業やその他で利用されている市道を廃止するというのに、天神峰現地闘争本部の建物へ代替道路を用意していない。おそらくNAAに言われるままに、25日の裁判で強制撤去の仮処分申請が通ると思っていたフシがある。実際は申請却下で議案に齟齬が出てしまった。また、道路法10条に抵触しないと言う理由としてあげたのが「1967年の当初事業計画で廃止されることになっていた」とは!NAAの下請けじゃあるまいし、自治体としての矜持を失ったとしか思えない。そんなこんなで再質問できなかったのは残念。あまりにも杜撰な内容の議案としか言いようがない。

 1ヶ月飾り続けた一対のひな人形の周りの埃をはたいた。いよいよ明日はひな祭り。・・・と言っても特に変わりはないと思うけれど、気分はルンルン。昔勤めていた会社で出版した林真理子(当時コピーライターで「るんるん」の生みの親、今女流作家)さんの『るんるんを買ってお家に帰ろう』という本がベストセラーになったが、私は今日、桃の花を買って家に帰った。



□2010年3月1日(月)

 午前中は新清掃工場整備特別委員会、午後は経済環境常任委員会。今議会から委員会のネット中継も始まった。

 新清掃工場整備特別委には議案13号市有財産の取得(清掃工場整備事業用地)が付託され、可決された。行程表では2011年(平成23年)9月からごみを搬入して試運転調整などで201212月までの工期だが、今日の担当課長の話では24年3月頃までを想定し、年度変わりの4月から本運転が望ましいということだった。ガス化溶融炉は、「高度」というより「完成」されることがない技術領域といわれる。ごみ質やその割合などをコントロールしながら調整していく過程で故障や事故が発生しやすいので試運転も慎重に行われるだろう。

 今日は余熱利用の付帯施設について説明があると思っていたがなかった。議員の質問への答えではまだ庁内プロジェクトチームで一定の方向を決めるための作業を行っているところだという。

 工場建設は予定地に未買収地を残してスタートし、余熱利用施設も境界確認などが出来ていないところがある。いずみ聖地公園の時もそうだったが、こうした事業の進め方が私にはどうしてもスッキリしない。

 暖かい・・・寒さに身構えていた気持ちがゆるゆるして心地良い。昼過ぎ議会棟を出ると、市庁舎前に植えてある紅白の梅から目が覚めるような芳香が漂ってきた。満開。2本の梅の間には「平和」と題して、空に向かって掲げた右手にハトを乗せ、裸体に腰布を巻いただけの女性像が置かれている。寄贈されたものらしい。議員になりたての頃、ハトと平和の関連はわかるがなぜ女性が裸に腰布だけなの?と当時の助役に聞いたら、「女性が裸でいられるということは『平和』だってことだっぺ」と言われて、妙に感心したことを憶えている。そうよね~。そこでミスコンや「女」性の商品化反対をやっていたけれど、この像の撤去を求めることはやめた。





□2010年2月28日(日)

 柏市の無所属市民の会が企画した大阪高検公安部長三井環さんの話を聴いた帰り、ふと見上げると月が懸っていた。行く時は雪が降っていたのに・・・。ふと、〝望月〞と言う言葉を思い出した。完璧にまんまるな姿にしばし目を止めて眺めていたら、餅つきをしているところかどうかまでは確かめられなかったが確かにウサギの姿がはっきりと見てとれた!今日で2月も終わり。

「告発!検察裏金作り」と題した三井さんの話は、はじめ無所属市民の会の事務所が会場だったが希望者が多くて急きょ会場を近くの近隣センターに移したほど。去年から今年にかけて民主党小沢幹事長VS特捜検察の熾烈な戦いもあって、現職かつ実名で検察の裏金作りを暴き、告発する直前に口封じで逮捕された三井さんの講演には生々しいものがあった。15ヵ月服役し、1月18日に出所したばかりとか。

 千葉県の裏金(不正経理)問題でもその手口が報道されていたが、裏金づくりの仕組みは聞いてみるとわかりやすい。検察の場合「調査費」が裏に回って検事正・検事長・検事総長、次官・局長といった限られたポストの人たち専用の遊興費・ゴルフ・マージャン・旅行費用になる。裏金を入れる金庫があって、特定のポストの人以外に遣われないように「いつ、どこで、誰と、幾ら使ったか」裏帳簿に詳細に記載されるらしい。裏帳簿は特定の人以外に流用!してはいけないということを示すためらしい。よって、オモテ帳簿は虚偽、私文書偽造、詐欺という犯罪になる。それまでうすうす気づいてはいたが、三井さんがこの仕組みを初めて知ったのは地方の次席検事になった時だという。次席検事がこの裏金を決済する役目なのだそうだ。検察の規模で金額も異なるが、東京で3000万円、大阪で2000万円、地方で4~500万円。全国で年間約6億円位の税金が裏に回って限られたわずかの人たちに使われていたことになる。

 近年県レベルの裏金問題は事実を認めて改善の方向にあるが、検察はいまだいっさい認めようとしていない。小泉内閣の頃、検察裏金報道真っ最中の人事案件で時の検事総長が、「このままでは検察がつぶれる」と内閣に泣きついて利用し、記者会見で裏金の存在はないと大ウソをついた。この、内閣を利用したことを三井さんは「けもの道」と言った。政権に借りを作ったことになる。政権に利用される検察に本来の役割は果たせない、とも。その後日歯連事件、朝鮮総連事務所の地上関連事件、そして昨年総選挙間際の小沢氏秘書の政治資金規正法への記載もれでの逮捕・起訴、今年の陸山会土地問題などは法務検察の考えでなく時の政権の考えではないかと。

 会場からの質問で、小沢氏は初め全面対決の姿勢(私も〝ハルマゲドン=最終戦争〞ではないかと思っていたもんネ)が2月4日頃から弱腰になったことについては、検察の弱点を知っているのになぜそうなったかは、少し様子をみてみないとわからないという答え。

 「多くの人に知ってもらいたい」と、三井さんが市民に語り始めた。今この機会を逃してはいけないという思いが迫ってくる内容だった。

 無所属市民の会の事務所に寄った時、今朝の朝日新聞で紹介されていた〝市民がつくった財政白書〞「柏のおさいふ事情」(柏市の財政を考える会・発行)を手にいれた。柏市民オンブズマンの人たちが中心になって作成したもの。市民の目線でわかりやすく核心をついている。市民力〞の成果。

 ところで会場にいた人から、「成田市の職員採用で不正があった」という内部告発が2月中旬に明らかになったことを知らされた。どういうルートで表に出てきたかはさておき、こういう噂が先行するのは良くない。事実関係をきちんと調査すべきだ。以前、「面接官の質問があまりにも無内容・無関係なので『本当に採用試験をやろうとしているのか?もう採用者は決まっているのではないか?』と思った」と聞かされた。その人の場合、成田市は不採用だったが京葉方面の大都市に採用されたからそれで終わったものの、面接官の態度一つでもいろいろあることを忘れてはいけない。




□2010年2月24日(水)

 19日(金)から始まった定例市議会、今日は代表質問で、5つの会派(会派は3人以上)が市長の政治姿勢や市政方針などをめぐって質問した。会派代表者会議で申し合わせたとかで、質問回数は2回までとか。ほとんどの質問者が1回目の質問に対する答弁に「ご丁寧な答弁ありがとうございました」。なかには1回目の質問に対する答弁で60分の予定時間が迫り、市長は時計を見ながらひたすら答弁原稿を読み続け、教育関係の答弁を控える教育長に繋げるといった場面も。ところで質問2回までという申し合わせの意味が理解できない。今日の質問を聴いていてこのスタイルが「定着」しないことを願う。

 明日から2日間は個人の一般質問。今回私は一般質問をしない。極めて個人的な事情だが、19年間の議員生活の中で一般質問をパスしたのは初めて。ま、この際ほかの議員の質問をじっくり聴く努力をしてみようと思う。

 去年10月に提案しておいた審議会等付属機関の会議の公開一覧が4月1日号の「広報なりた」に掲載される予定とのこと。現在公開されている38の審議会等の名称、開催月、担当課と連絡先が記されていてわかりやすい。公正で透明な市政運営のために、市民の傍聴を期待したい。さらには、今後の課題として傍聴者の発言も受け付けるような運営を望む。ひと通り委員が発言した後、委員長が「傍聴の方、ご意見はありませんか?」と問うような・・・。知人の県議がニュージーランドの地方自治を視察した際の話だが。

 暖かく気持ち良い夕闇が迫った頃、立ち寄った量販店の生花コーナーにミモザアカシアの花を見つけた!いつの頃からか、ミモザは私に春を告げてくれる花。早速ひと束(といっても2本だけど)買ってガラスの花瓶に生け、テーブルに飾った。愛らしい黄色い花に胸をときめかせながら、26日に議案質疑を予定しているので質問内容について資料を調べる。



□2010年2月18日(木)

 かねてより要望していた道路拡幅工事の予告看板が立てかけられた。県道から入って下総松崎駅そばの踏切までの短い距離(松崎-辺田線)だが、地元の人はもとより、栄町方面から利用する人が多い。特に竜角寺台や酒直の団地を中心に下総松崎駅を利用する人たちは車での送り迎えや電車を利用する子どもたちも自転車で利用する。でも昔からの生活道路だから狭い。車一台がやっと。

 栄町の知り合いの町議Nさんから一本のテープを預かった。竜角寺台団地の女性グループからの訴えで彼が2時間定点調査を行い、それを30分に早送りしたもの。バロックをBGMにチャッチャカチャッチャカと160余台の車が通る。合間に高校生と思しき自転車通学生。そして農家の軽トラックやごみを持ったおばあちゃん。ところどころにNさんのコメントが入る。

 このテープを持って土木課に要望した。その結果工事実現までの地元説明や用地買収などの手続きを経て拡幅工事が実現する運びとなった次第である。

 立て看板を確認した後、久しぶりに坂田ヶ池を散策して水鳥さんたちに会った。冷たい空気を破ってクークーという鳴き声が聞こえる。泳ぎつかれたのか首を180度回転させて頭を背中に乗せ両の翼で覆い、片足でひと休みしている鳥さんも。印旛沼の漁師さんがむぐっちょ(もぐって餌を獲るのでそう呼んでいる)と呼ぶカイツブリも忙しそうに泳ぎ回っている。私もリフレッシュして帰りに一般質問でも取り上げた上福田の再生土搬入現場の様子を見る。全体に搬入土がかさ上げされ、境界から中央にかけて山が出来ていた。担当の千葉県が何の規制もしないのがもどかしい。




□2010年2月17日(水)

 3月議会に提案される議案の説明会。10年度(平成22年度)当初予算案をみると、歳入で一般会計は572億円で前年比0.5%の増であるが、市税収入は約297億円で前年比3%の減となった。内訳は市民税が13.0%減。その中で法人市民税は前年度比40.1%の減である。世界的な経済危機の影響を受けた不況が続き、対米従属を続けてきた我が国(輸出中心の)経済はいまだ先が不透明だ。欧米先進諸国よりも立ち直りが遅れ企業の収益は悪化している。成田市も例外ではない。雇用にも影響して、個人市民税も1.4%減の見込みである。そんな中でひとり気を吐いているのが景気に左右されない固定資産税収入で3.5%増。主な税源は空港関連。

 ちなみに特別会計は約230億円。合計約801億円。人口126155人(1月末現在)の自治体としては他市を圧倒する大型予算だ。

 なお、市債(借金)は前年度比5.8%増の約425億円(債務負担行為を除く)。借金の内容にもよるが、少ないほうがいいのは家庭と同じ。積立基金(財政調整基金を含む)が前年度より約19億円減っている。借金は増え貯金は減るというかたち。

 一方、歳出では大型事業が目白押し。といっても、財政が豊かだからやってこられたような事業も多い。国が補助金を用意しても、先立つものがないからできない自治体が多い中で成田市はこれまで補助金を利用した国の政策に協力してきたようなものだ。が、国も借金漬けで首が回らなくなっている。市長の〝予算編成方針〞では「現状に驕ることなく、より一層の経費節減に努め、市民ニーズを的確に反映した効率的・効果的な予算を編成していく・・・」とあるが、〝驕る〞といった表現を使ったことに驚いた。やっぱり、そういう言葉が出てくるような発想が市にもあったのか・・・。

 昨年10月5日、市長に私の「予算要望書・政策提案書」を提出した際に要望したが、一度全ての事業を仕分けすべきだ。その場合市民も参加できるようにするとよい。市民ニーズを的確に反映させるには、徹底した情報公開と市民が参加していけるシステムを構築していくことが課題だと思う。



2010216日(火)

 久しぶりに市東孝雄さんの耕作地をめぐる行政訴訟と農地法裁判という2つの裁判を傍聴。相手は千葉県とNAA(旧空港公団)。民事3部で連続して行われた。際立ったのはどちらも相手が求釈明を信じがたい理由で拒否していること。1988年当時、空港公団が地主のFさんから市東さんが小作として耕作していた農地を買収した時、本社を成田市に置いていなかったため農地を取得する資格はなく、農地法6条に違反していたにもかかわらず、成田市農業委員会も千葉県農業会も農地の取得を認めた。しかも、明け渡せと言う農地の特定そのものが一部間違っているのに、市東さんが要求した調査すらしなかった。

 これに対する千葉県の言い分はいずれ国が買収することになるにすぎないのだから農地法に違反しているかいないかは許可に関係ない、不在地主かどうかは(国がやることなら)どうでもよい、という理屈。NAAの言い分は、不在地主といっても一時的なものだったと。いずれ空港になるという転用目的が決まっているのだからいいといった理由だ。が、習慣的にそう思っても、それを裏付ける法律はない。

 一時的といいながらその後15年にわたって登記されなかった。市東さんはそんなこと(買収されたこと)も知らされずおじいさんが開墾したその農地を耕し続け、しかも、地主Fさんに地代を払い続け、Fさんはそれを受け取ってきたという事実。

 旧空港公団は、地主として15年も市東さんから賃料をとらず、小作人に無断で農地を手放したFさんが地代を受け取ることを黙認してきたわけで、市東さんを旧公団の土地の賃借人だから出ていけと要求できるのだろうか。法律の門外漢である私でさえ、〝そりゃあないぜ、セニョール!〞だ。

 市東さんの弁護団からの求釈明に自らの正当性をもって答えない千葉県やNAA弁護団は立場がまずいのを自認するようなものだ。「一般的には裁判官の心証を悪くするものだが、裁判官が救ってくれるとおもっているのだろう」というのが市東さんの弁護団の話。ことほど左様に、裁判長の県やNAAへの〝思いやり〞が目立つ。この裁判長は八ツ場ダム裁判で住民敗訴の判決を出した人。また、NAA側弁護団長は元裁判官で成田関連訴訟では住民敗訴の判決を出し、定年で退官した今はNAAの代理人。

 空港が成田市はじめ周辺市町村の重要な税収源ということを否定するものではない。空港と地域の関係や空港を活かした地域づくりをみんなで考えていくことは大事だと思うが、それで思考停止、なんでも許されるということではない。一方でこうした空港建設の教訓が活かされていない現実をみると根は深い。




□2010年2月14日(日)

 昨日からバンクーバー冬季オリンピックが始まった。先住民との融合が大きなテーマとか。カナダ全土から先住民が集まってステージの上で踊りの環が広がっていく光景は壮観だった。数百といわれる先住民族の中にはこうしたイベントに巻き込まれるのに批判的な民族もいるという。民族の「物語」の中には平和な暮らしを奪った侵略者たちの行為が語り継がれ、差別はいまもなお克服されていないのかもしれない。

 同時に、その「『物語』を世界が共有する」ことを求める民族がいてもいい。世界最大の移民受け入れ国といわれるカナダならではのテーマでもある。また、今日はオリンピック開催に反対する500人を越える市民がデモを仕掛け、逮捕者も出ているらしい。オリンピックのために遣う莫大な税金を困っている人たちに遣え、という。長野冬季オリンピックでは自然破壊への反対が大きかった。環境保護団体の人たちから「サマランチ(当時のIOC委員長)、たまらんち」という声も巻き起こった。五輪や万博には環境問題や巨費の支出や不透明感がつきものだ。

 いろいろあるけれど、選手たちが技や肉体の極限に挑む姿は心を打つ。その感動を味わいたい。もっとも冬季スポーツで経験したのはスキーだけ。法律事務所に勤めていたころによく出かけたが、やっとまともに滑れるようになったと思ったらブームも去って、自分で出かけるほどの入れ込みもなく、それっきりになってしまった。残ったのは3着のウエアとひとそろいの用具。これ、どうしよー。



□2010年2月12日(金)

 成田に住んで25年目を迎えた橋賀台の団地から吾妻の長屋(メゾネットと言ったほうがおしゃれかしら)に引っ越したのだが、ゴチャゴチャになっていた生活と仕事を分けようと思ったものの認識が甘く、結局全面引っ越しになり、コマネズミのように動いた。初めて腰が〝痛だるい〞(って言葉を腰痛持ちの人から教えてもらった)感じ、指の節々が痛くてむくんだ。

 そして今日は1週間ぶりに「お客様の都合」で止まっていた電話がつながりインターネットに接続。団地では光ファイバーを利用できたが、転居先では×。建物が築30年で電話線の配管の内側が錆びついてくっついてしまっていて端っこの私のところまでコードを通せないことがわかった。引き込み線があるもう一方の端っこに近い人のところにはやっとこさ届いたらしい。住人が了解すれば一か所で導入できるようだがなかなかそうもいかないらしく、光はあきらめてADSLに切り替えた。そんなこんなで1週間手間取った。

 築30年でもここを選んだのは、狭いけれど趣味でハーブを土植えできるスペースがあることと、何よりも一番の理由はその先に小さな古墳があるということ。窓越しに眺めることができる。さらに隣りにはもう少し大きいのがあって、いずれも円墳。親子かな?夫婦かな?舟塚古墳群の一部。古墳は昔のお墓だが、永久に眠るお墓を造る場所はきっと良い場所を選んだはずだと思うから気にならない。そんなわけで、もう少し成田というまちに住んでみようという気持ちからの引っ越しである。



■□2010年2月4日(木)

 立春。キリリと寒いけれど立春と思っただけで気持が和む。今日は嬉しいニュースが届いた。横浜地裁は戦時下最大の言論弾圧といわれる横浜事件の再審請求で免訴判決(治安維持法が廃止されていることが主な理由)を受けた元被告5名について、刑事補償を認める決定をした。実質無罪だ。補償が認められた5名はすでに故人だが、その一人、元中央公論社出版部の木村亨さんの晩年に一度お話を聞く機会があった。治安維持法の酷い実態に背筋が凍る思いだった。ギリシャの哲学者ソクラテスは獄中で「悪法も法なり」と言ったというが、法を作るのは人間。それを執行するのも人間。人間の心に潜む残虐さを思い知らされる事件だった。その頃木村さんは拷問で痛めつけられた痩身を鞭打って横浜事件について語り続けておられた。もしご存命だったら・・・と思わずにはいられない。

 暴虐の限りを尽くした悪名高い治安維持法は廃止された。しかし、現代の治安維持法が作られないという保障はない。いつ権力に執着し絶対的権力を求めようとする為政者が現れないとも限らない。人間とは「神」の慈悲とともに「悪魔」のおぞましさも併せ持つ生き物なのだ。人の自由も尊厳も先人たちの血と涙と汗によって得られたものであり、それはいつ、何時奪われるかわからないものである。心を開き、耳をすまし、権力を監視していかなければならないと思う。

 先日市内小学校で子どもや教員がノロウィルスに感染したことが公表された。どうやら、限定的な発症ではないらしい。今日市民運動仲間からメールで、その人の職場(医療)では職員の間でノロウイルスが流行っていて 家族に感染したり 猛威をふるっているという。




□2010年2月3日(火)

 あっという間に1月が終わり、今日は節分。私用に追い立てられているうちにいつの間にかお店の一番目立つところに聖バレンタイン・デーに向けたチョコレートが並んだ。ひな祭りをしのぐ女の祭りの観がある。バレンタインのチョコといえば商魂たくましい業界の目論見は女性から男性にということであったわけだが、近頃女性のプレゼント相手が女友だちへとシフトしつつあるとか。ま、バレンタインもここまで年中行事化するとチョコごときで男をゲットしようなんて真面目に考える女性は減ってきているのだろう。それなら義理チョコのほうが気楽でいい。でも、あーだこーだ考えるのもかったるい。それに比べて、気心の知れた女友だちに友情のしるしとしてゴディヴァのシンジラレナイくらいバ●高いチョコの2個入りとか4個入りくらいをプレゼントしたほうが話題性があっていい。

 今日の国会審議の中で、首相は人権侵害を救済するための機関の創設に向けた法案を早急に提案すると答弁したという。前自民党政権はそもそも人権問題には腰が引けていて、日本は人権後進国と呼ばれていた。国連から勧告を受けたりするようでは恥ずかしい。この際鳩山政権には先進諸国並みに人権問題に取り組んでほしいと思う。その上で救済機関は政府から独立した公的な第三者機関でないといけない。北欧などではオンブズマン(苦情処理係)がこうした役割を担っている。以前ノルウエーの男女平等オンブッドが来日した時話を聞く機会があった。彼女は男女平等を監視し、苦情があればそれを解決するために全力を尽くす。子どもや障害者などにもそれぞれのオンブッドがいて目を光らせているようだった。「人権」とひとくくりにするよりも、ノルウエースタイルのほうがわかりやすく機能的ではないかしら。

 ところで、私は毎年「(仮称)人権推進課」を設置するよう成田市に要望しているのだが、なかなかわかってもらえない。

 「たいむ」73号をホームページの「市民のひろば」に掲載した。



□2010年1月31日(日)

 毎日新聞によると、政府は住民投票法案の策定に向けた作業に入ったという。法案の内容は民主党が00年に衆院に提出して廃案になったものをベースに検討を進めているようだ。自治体に条例制定を義務づけることや、一定の有権者の署名があれば議会の議決なく住民投票が実施できるように検討しているという。これまでもいろいろな議論があった投票結果について拘束力をもたせるかどうか、投票権者の年齢、永住外国人の投票権などについては詰めの議論が必要になってくるだろう。

 私が参加してきた住民投票運動については先日も日記に書いたが、その間民主党は住民投票に理解を示していたので国会議員などとも各地の住民投票運動を通して付き合いがあった。特別措置法で住民投票法案を提案するためのシンポジウムなどでも積極的な意見が出されていたので期待していたが、ついに実現の見通しがたったことは感慨深いものがある。



□2010年1月30日(土)

 陽射しに力強さを感じるようになった。玄関に届いた産直野菜のケースには聖護院大根、里芋、人参、からし菜の漬物。ケースから葉物があふれる時もあり、根菜コロコロの時もあり、これが露地栽培の旬を届けてくれる産直の醍醐味?「産直ニュース」によれば野菜はこれから端境期に向かいつつあるという。 

 ケースをおおった新聞紙1枚をヒラリと開けたとたんふわ~っと人参の香りが漂ってくる。人参は冬が旬。2月になると一番美味しい季節を迎えたほうれん草などが届くようになる。毎日食べるものの中で産直や実家の野菜が占める割合はほんの一部だけれど、お店に並んでいるものでもなるべくその季節のもの、露地で作れるもの、国内で生産されたものを食べたいと思っている。近年は産直野菜をならべる農協や生産者有志のお店が増えているのも嬉しい。

 朝日夕刊で東大名誉教授の坂本義和さん(82歳)が語っていた。「日本を中心にして世界を見るという感覚は、僕にはないのです」という言葉に共感した。彼の背景には子ども時代上海に10年いたこと、両親がクリスチャンで、家には中国人の学生や欧米人がしょっちゅう来ていて、幼い坂本さんには日本人と中国人を区別する意識や日米開戦になってからの鬼畜米英という感覚がなかったという。みんな両親や彼の友だちだったから。

 私の場合は千葉のド田舎で生まれ育ったけれど、精神形成の過程で大きな影響を受け続けたのは「宇宙」モノ、世界文学や歴史、そして文化人類学。日本は人類社会(世界)の一部という認識なので偏狭なナショナリズムがマッタク理解できない。

 坂本義和さんは記憶に刻まれた人の一人。米国がベトナムで戦争のエスカレートを始めた高校時代、学校の図書館で坂本さんの「神話に基づく政策の清算を」という論文を読んで「国際政治学」というジャンルを知った。その後、彼とは見解を異にする京都大学の高坂正尭さんなどの論文も思いっきり読んだ。高坂さんは「現実主義者の平和論」や「海洋国家日本の構想」などが面白かった(昨日のことはすぐ忘れてしまうのに、古い記憶だとどうしてこんなに鮮明なのかしら!)。結局大学に入学してからマルクスガールになって5年間反戦運動をやったけれど、その出発点が坂本さんだった。




□2010年1月29日(金)

 鳩山首相の施政方針演説の録画を見た。演説は意図的に聴く者の感情に訴えようと言葉を選んでいるようだった。そうした中で聴き耳をたてたのが政権交代の一丁目一番地といわれる地域主権の確立と「新しい公共」への取り組みについての道筋。

 政治主導で地域主権の実現に向けた改革を進めるというのだが、こうした改革の主体は地域主権者。住民を中心に進めていけるような制度的配慮が必要だと思う。とはいえ民主主義の政治制度を導入して60年以上経つのに、主権者意識がしっかり根付いてこなかったことを考えると、制度から変えていくことの必要性は認めるけれど・・・。

 「新しい公共」については、考え方を5月までにまとめるという。地域主権との関係を含めてこれまでのような行政の下請けにならないようにしてほしい。これについては11月に事業仕分人をやった元我孫子市長で中央学院大学教授の福嶋浩彦さんの考え方に賛成。住民の意思に基づく地方政府をつくること。

 地方自治体は二元代表制だが、首長(執行権)も議会(決定権)も住民が選ぶ。それだけでなく、住民にはリコールや議会の解散、条例の制定や改廃の直接請求もできる。「自治体は首長と議会と住民の直接参加による三つ緊張関係で動かすもの」だと彼は言う。

 これまで地域のことは首長と議会におまかせ。そこから首長と議会のなれあいも生じる。長年のおまかせ民主主義が住民の民意と首長や議会とのかい離を生み出しているのが現実だ。これはおかしい、住民の声を聞いてほしいという声の中から全国の住民投票運動も始まった。私も1997年からこの運動に飛び込んだ。しかし、住民の前に立ちはだかって住民が提案した条例案を否決しまくったのが、住民によって選ばれたはずの〝議会〞であった。住民投票や直接請求といった直接民主主義の手法を使いやすく制度化して地方自治を強化してほしい。

 福嶋さんは、公共全体を住民の意思で動く(地方)政府と、NPOや企業などの民間が連携して担ってこそ『新しい公共』になる」と、1月5日の朝日新聞で語っている。それには、「住民自身が責任を負う覚悟を持って初めて、その道が開ける」ということも肝に銘じなければいけない。




□2010年1月28日(木)

 歴史と今を語りあう女性の会・月例会。新しい方2名が会をのぞきに来てくれて、それぞれ関心のあるテーマを語ってくれた。私のほうからは資料として26日~28日まで3日間朝日新聞家庭欄に掲載された〝欧州の安心・老いの住まい〞コピーと、ユニセフが作成した「子どもの権利条約」カードブックを配ったのだが、話題はいつものようにあっちこっちに飛びながらの楽しい井戸端会議だった。

 見渡せば高齢社会は女性社会ともいえる。女性の会の共同井戸は小さいが、命の水を中心にみんなで語り合い知恵を出し合い、そして助け合っていけたらいいと思う。世の中あっちこっちに〝共同井戸〞がある(なければ掘る)のだから、女たちはもっと自分にとって気持のよい社会を実現できるはずだ。もう20年以上も前に「男の論理・女の生理」という雑文を書いて読んでくれた男性からも女性からもヒンシュクをかったことがあるが、その頃の考えは今も変わらない。・・・ということで、会員の中から学習もやりたい、という声があるので現在テキスト探し。

 千葉県が1983年に策定した巨大開発、千葉新産業三角構想。成田空港、幕張メッセとともにその一角を占める「かずさアカデミアパーク」が25日、千葉地裁に民事再生法の適用を申請した。議員になってからずっとこの三角構想は頭の中にあったが、数年前に里山シンポジウムがここを会場にして開かれたので初めて全体をみることができた。空き地だらけ(民間用地149ヘクタール中65.7ヘクタールが未利用のままだとか)で「いつまでもつか・・・」という感想をもったが、やはり経営破たん。

 今日届いたsatochibaMLによると、県は1991年に着手してからこれまで1100億円を投入してきたという。しかし、こうなることは最初からわかっていたという。立地場所からして木更津・君津の山奥。それには深いワケがあったらしい。この計画地のうち35%は新日鉄の子会社で経営難に陥っていたジャパン・デベロップ(D・J社)が買い占めた土地で、それを救うことにもなったという。新日鉄やDJ社が当初計画していた大規模な人工都市計画を、土地の一部とともに県が引き継いだかたちになったらしい。

 なるほどね。バブルでアタマの中がぶくぶく泡だらけの世の中だったとしても、千葉県にそんな構想が突然ヒラメくわけないものね。

 職員の中には見直し案を提案する者もいたようだが、幹部が押さえ続けてきたという。「お前は左遷されたいのか!」と。不正経理を指示してウラ金の恩恵を貪り、無謀な巨大開発に莫大な税金を投入して顧みない・・・幹部というのは腐敗の患部ではないの?



□2010年1月25日(月)

 昨日投開票された沖縄県名護市長選挙は、普天間基地の辺野古移設に反対する稲嶺進さんが移設容認の現職を破って初当選した。ジュゴンが棲み、豊かなリーフが広がる辺野古の海に普天間の代替基地を建設問題が持ち上がって以来初めての移設反対市長の誕生だ。稲嶺陣営の応援に行っていた神戸市のMさんから電話が入り、名護の様子をいろいろ聞くことができた。米国追随で視点が定まらない大新聞の日和見記事ではわからない、市民の暮らしと思いを改めて教えられた。

 名護市とは199712月に実施された(普天間代替)海上ヘリポート基地建設の是非を問う住民投票の頃からの付き合い。あの時住民は賛否を含む4択で実施された住民投票ではっきりと海上ヘリ基地ノーの民意を示した。ところが、当時の比嘉市長はヘリ基地を受け入れることを表明してサッサと辞任してしまった。翌98年2月に出直し市長選挙があり、比嘉氏後継の岸本市長が誕生してから今日に至るまで、基地こそ建設されなかったが基地容認の市長が選ばれて受け入れアメの振興策が行われてきた。あれから12年経ったが、名護市民は今回の選挙であの住民投票の民意を再確認したといえるだろう。

 私も97年以来賀陽沖の光る海やヤンバルの深い森に魅せられて、何度か名護に行った。その都度住民投票で知り合った人たちと旧交を温めているのだが、何年か前真剣に「老後は名護で・・・」と言ったら、県の職員Aさんから半分笑顔、半分真顔で「来ないでくれ」と言われた。沖縄熱に罹ってヤマトから移住してくる人たちがいるけれど、ウチナーのしきたりを無視して大和の流儀であれこれ要求してくる人たちがいるんだと。

 市長選の結果と前後して沖縄金武の海で採れたという海ぶどうが届いた。生なので保存期間は採ってから常温で1週間くらい、冷蔵庫は絶対ダメというのであわてて小分けにし、オフで成田に来ていた妹や実家におすそわけ。とても繊細な海藻で、小さなプチプチの歯ごたえは格別。以前沖縄で食べたことはあるが、ほとんど記憶に残っていなかった。遠く離れて食べると珍味。




□2010年1月23日(土)

 今日が締め切りの原稿を書いてメールで送った後、20年来の付き合いがある地域政党市民ネットワーク千葉県の新年交流会に出席した。年に1度の人も、本当に久しぶりの人にも出会えて女子高の同窓会のような気分でいられるから楽しい。とはいえみんなバリバリの市民活動家や市民の立場からのアントレプレナー(entrepreneur起業家)。市民ネットにも男性県議が1人いるが、圧倒的に女性たちのパワーを感じられるのが気持ち良い。 

 私が市民ネットワークと出会った頃はまだ生活クラブ生協から生まれた代理人運動の始まりの頃で、県内の自治体議会に代理人として議員が誕生しつつあった。以来、市議の数も20人を越え、県議2名を擁する名実ともに地に足のついた地域政党としての役割を果たしている。政党とは無縁で活動してきた私だが、市民運動や議員活動の中で共に行動する人や顔見知りの人たちも多く、ほとんど違和感なく付き合える地域政党だ。今後の発展を期待したい。

 積もった新聞を切り抜いていたら、スイスとフランスの国境にある世界最大の粒子加速器「LHC」で宇宙が生まれて1千万分の1秒後の世界、約137億年前に誕生したと考えられている宇宙誕生直後の姿を再現する実験が始まるという記事が目が張りついた。1周約27キロの円形加速器で鉛の原子核を光の速さ(1秒間に30万㎞)の99.99999%まで加速して逆方向に飛ばした原子核同士をぶつけあい、10兆度の宇宙の状態を再現するのだそうだ。私の脳ミソではよくわからないけれど、すごい!結果が待ち遠しい。



□2010年1月22日(金)

 10時から入札等監視委員会を傍聴。途中11時から政務調査費に関する会派の会計責任者もしくは代表の協議へ。

 入札等監視委員会は年2回開かれていてその2回目。今回は平成21年上半期(4月1日~9月30日)に実施された入札が対象。この期間に実施された運用状況は、発注工事件数558件(建設工事163件、委託業務318件、物品77件)で、一般競争228件、指名競争2件、随意契約328件。指名停止件数は13件で全て件からの通知によるもの。落札率は建設工事が84.625%、委託業務が61.69%、物品が93.42%で、平均82.55%。ただし、新清掃工場は金額が多いので除いて算定したとのこと。原則一般競争入札導入の結果、確実に節税効果が上がっていること、昨年試験的に実施した総合評価方式は22年度も充実させていくということが、審査の前に執行部より報告された。

 審査の対象となったのはニュータウン地区緑地草刈委託など10件。4件目の途中退席したが、特に委託契約で自治法上随意契約の範疇に入れられている見積もり競争に質疑が集中した。委員長より、見積もり競争で業者を絞ることについてきちんとした理由があればよいが漫然とこれまでの慣例を踏襲するのは疑念をもたれかねないので気をつけるように、という指摘があったことに注目したい。

 財政部より、新地方公会計制度に基づく成田市財務諸表が作成され、公表された。これは2月1日付「広報なりた」や市のホームページで公表予定。

 それによると、成田市の資産合計は3,039億円。うち、インフラ資産が60.3%を占める。負債は765億円。うち公債(市の借金)は572億円(債務負担行為含む)で74.8%。よって純資産2,275億円となる。連結ベースから見る基礎的財政収支(プライマリーバランス)は49億円の黒字。市債収支は26億円の赤字だがこれは借金をするよりも返済額が多い(残高を減らした)ことを意味し、20年度決算での資金収支は23億円の黒字となった。よって期末資金残高は81億円。

 成田市は純資産比率7080%で標準(6070%)を上回っている。社会資本形成の世代間比率(この比率が高いほど将来世代への負担は低くなる)は普通会計89.2%、単体85.2%、連結85.2%で、普通会計の市町村平均比率80%に比べて高い。成田市は財政力に支えられて将来世代へ先送りしないような財政運営が行われてきたといえる。

 ただ、資産老朽化比率が53.1で、平均値3550%よりも高く、今後修繕等に支出が増えていく。インフラ資産や事業用資産も多ければそれだけメンテ等に費用がかかるわけだから、新たな事業も含め計画性が求められている。

・・・ということで、我が家の家計だけでなく、成田市の「家計」にも目を向けてみると市民もいろいろ言いたいことがあるだろう。




□2010年1月20日(水)

 大寒。でも、南西の風が吹いて春のような陽気。「たいむ」のポスティングで外を歩いていると身も心もゆるゆるしてくるような暖かさ。庭の草花に水まきをしていたHさんと遭遇し、しばし立ち話。ポスティングは思いがけない嬉しい出逢いがある。

 「千葉県の教育を元気にする有識者会議」というのが昨日提言をまとめて知事と教育長に手渡したという新聞記事が目にとまった。以前もこの日記で少しふれたが、会議の主なメンバーを眺めるといわゆる復古調の保守思想にとらわれた人たち。要するに、知事と歴史観・教育観・道徳観等々を共有する人たちをかき集めたもので、とても幅広い人選とはいえない。出てきたのは予想にたがわず道徳教育の推進や国・郷土を愛する心の育成、家庭教育のあり方といったところにまで口を出そうと言うものらしい。あれこれ自分の考えを言うのは自由だが、基本計画で県民に「責務」など負わされたらたまらない。

 しかし、提言は年度末に策定される「教育振興基本計画」に反映されるそうだ。様々な考え方や生き方の県民に自分や自分のお気に入りたちが作ったものを押し付けようとするものにほかならない。おおきなお世話だ。



□2010年1月19日(火)

 午前中の用事を済ませてお昼も食べず千葉地裁へ。午後1時10分より八ツ場ダム住民訴訟の判決言渡しの日。すでに傍聴の抽選も終わっていたので201号法廷前のロビーで抽選に外れた人たちと判決を待つ。この法廷は傍聴席98席の大法廷。15分くらいして報道陣がぞろぞろと出てきた。でも法廷の中は静か。その瞬間に負けた、と思った。原告勝訴ならおそらく歓声が聞こえただろうから。ややあって出てきた原告や傍聴人の表情は失望と怒りにこわばっていた。あとで聞くと、原告の請求は全て却下されたという。原告団は控訴審を目指す。

 1都5県で争われている八ツ場ダム裁判だが、昨年は東京、前橋、水戸各地裁で住民敗訴の不当判決が出されていた。今日は政権交代後初の判決で、私が傍聴した感想では裁判過程での住民側の主張は被告千葉県を圧倒していて、裁判長の感触も悪くなかった(ように思えた)。が、右へならえの判決だった。甘かった。

 用事があって報告集会には参加できず、判決要旨をFAXしてもらうことを頼んで帰ったが、怒り心頭。

  昨日から通常国会が始まったが、小沢VS東京地検の権力闘争に巻き込まれて今のところ霞んでみえる。というより、マスコミの報道が小沢氏の政治とカネに集中しているということなのだが。マスコミの嗅覚がそうさせるのだろう。しかし、独自の調査より検察リークをもとに記事が書かれているのでは?という指摘もあり、問題だ。もし報道が検察に操作されたり、それに基づく報道が垂れ流されるようだと危険。「権力」と報道が一体となった時、どんな社会が出現するか、情報の受け手である私たちは想像力を働かせてみる必要がある。

 小沢氏は検察の事情聴取に応じる方向らしい。母親からの巨額な「子ども手当」に対する首相の白々しい言いわけや、どんなに洗浄しても落としきれない小沢氏周辺の利権の匂いが漂う「政治とカネ」の問題は、曖昧に終わらせてはならないと思う。ただ、はっきりさせておかなくてはならないが、「カネ」=貨幣が「悪」なのではない、遣う人間の問題なのだ。人間は常に過ちを犯しやすいから、そういう遣い方をされるような「企業献金」は廃止したほうがよい。

 先日下総地区に行った時、地域のことでメールをやりとりしている方から「ヤーコン」をいただいた。冷蔵庫に寝かせておいたヤーコン入り即席キムチが食べごろになったので早速いただく。もう、美味!梨のような歯触りとほんのりした甘さ(フラクトオリゴ糖)。名前は知っていたけれど初めて食べて目が覚めた。



□2010年1月17日(日)

 阪神・淡路大震災から15年。震災から1ヵ月後の2月19日、長田区に入った時の光景が忘れられない。人家は1階がつぶれて道路から2階に入れる家や、通りから家具が倒れている部屋の中が見通せる家、火災にあって焼け落ちた家、家、家。瓦礫の中にポツンポツンと焼け残ったビル。その間からはるか遠くまで見通せた。前年11月に宿泊したホテル最上階のラウンジから神戸自慢の夜景を見たばかりだっただけに落差は言葉にならないほど大きかった。

 全国から居ても立っても居られないという思いにかられた数えきれないほどの個人や団体がボランティアとして被災地に入っていた。こうした形でのボランティア元年といってもよいだろう。全国の自治体などからもライフライン復旧や復興支援で職員が派遣された。成田市も職員を長期派遣した。

 私は3月議会直前ということもあって、知人と2人、周囲から預かった見舞金や新しい肌着などをリュックに詰めるだけ詰め込んで行った。2日間長田区の避難所(小学校)で炊き出しのボランティアをしただけだったが、震災の翌日からボランティアに入っている人たちも大勢いて、そこには私がそれまで見たり感じたりしたことのない人と人とのつながりが生まれていた。短い時間だったがここで見聞きしたことは今でも忘れないし、防災に対する考え方も学んだといえる。

 その後、神戸はじめ被災地の復興はめざましいものがあったけれど、震災の影響は今もなお残っているし、人々の心から消え去ることはない。神戸に住む私の友人も今朝はなぜか5時に目が覚め、5時46分に黙とうしたという。



□2010年1月15日(金)

 警察庁のまとめ(速報値)によると、昨年1年間に全国で発生した殺人事件は前年より200件減り、1097件で戦後最少だったという。刑法犯全体は前年6.3%減の170万3千件で7年連続減少。全体の8割近くを占める窃盗は5.3%減の129万9千件で、28年ぶりに120万件台になったそうだ。殺人から体感治安に影響を与えると言われる窃盗まで、今年も犯罪が減少化傾向にあるという結果が報道されていた。

 メディアなどでこれでもかとばかりに凶悪犯罪を繰り返し報道したり、行政が〝安全・安心〞条例とそれを整備するための警官増員や警官OB採用、防犯団体の育成強化にあたって「犯罪の増加」を主な理由にしたりしてきたから、住民の多くは犯罪が増加していると思っているのではないか。それが犯罪の抑制効果になる場合もあるかもしれないが、逆に住民に不必要な恐怖を与えかねない。事実はきちんとさせておかないと。

  近年、不可解な事件が引き起こされるたびにメディアが飛びつき、実態が解明される前に憶測を含めた情報が垂れ流され、それが国民に不安を与えてきた。それが精神科の治療、特に抗うつ薬など向精神薬によって引き起こされる場合があるということは、CCHR JAPAN(市民人権擁護の会・日本支部)が訴えてきたことである。

 そうした中で昨日、抗うつ薬と刑事事件の関係について調査していた日弁連の調査結果が発表された。これは日弁連の全会員に実施した「抗うつ薬(SSRI・SNRI)の副作用に関連すると疑われる刑事・少年事件に関するアンケート調査」で、昨年4月13日から6月30日を調査期間として実施したアンケートその結果だ。

 それによると回収アンケート数234、国内でSSRIが販売開始された1999年以降に殺人、傷害、暴行などに関する刑事・少年事件を担当したことがあるという回答は142人。弁護活動等でSSRIなどの副作用の影響を指摘したことがあるという回答は30人。この結果、実態解明の必要性から、一定の条件のもとに選択した会員を対象に第二次調査を行うことになったという。

 新世代抗うつ薬(SSRI)販売開始から10年。日弁連の取り組みに注目したい。

※SSRI・SNRIは精神科を中心に広く処方されている一群の医薬品。副作用として「衝動性亢進」があり、攻撃性を伴った衝動性の亢進は、自己に向かえば自傷や自殺、他者に向かえば暴力、殺人等他傷行為を誘発することがあるとされる。



□2010年1月14日(木)

 欧米製薬会社がWHOに影響力を行使?信頼を寄せたい国際機関が常に陰謀めいた動きの影響にさらされていることを知らされるのは辛い。インフルエンザ騒動の誇張疑惑をめぐって欧州議会(EU)の保健衛生委員会は、昨年夏以降の豚インフルエンザの流行に際し、欧米の製薬会社がワクチンや関連医薬品の売り上げを伸ばすため国連WHOや国際医学界に影響力を行使して豚インフルへの危機感を扇動した疑いがあるとして調査を開始することを全会一致で決議したという報道があった。

 同委員会は特にWHOが昨年6月にパンデミック6を宣言したことが不必要に高い警戒度だったと考えているらしい。これについては1月13日に配信されたtanakanewsで詳細を読んだ。これは地球温暖化誇張疑惑と同種の構造だという。IPCCの方針決定を左右できた学者が権威を乱用して誇張を行い、世界のマスコミがそれを増幅した。その背景には、「専門家しか語る資格がない」という社会的な縛りがあるという。

 ところで、欧米の製薬業界はこのインフル騒動で40億ドル儲けたという試算もあるそうだ。日本でも、小泉首相がブッシュ大統領から何かの替わりに売りつけられて世界の7~8割の在庫を抱えていたタミフル(米国では副作用の心配で生産したものの大量に余っていた)の需要が激増。製薬会社にとって在庫整理にはグッドタイミングだったわけだ。

 とはいえ、素人でもあふれる情報を整理したり経験則に照らしてみればなんとなくやばいんじゃない?と思うくらいの判断力はあるはず。欧州ではこうした動きには冷静で、昨年はワクチンの副作用を恐れて接種しない人が多かったという。一方日本は?tanakanewsによれば、03年にSARSで大騒ぎしたものの大したことがなかった関西より、関東のほうがプロパガンダに弱かったという見方もある。ま、私のようみんなが右を向けば左を向きたくなる人間は別として、ほとんどの善良なる国民は政府やマスコミの報道に忠実に反応して大変だったと思う。心配すればキリがない、ワクチンの奪い合いを見ればわかる。

 それにしても、昨年からの豚インフル世界的流行は最悪に見積もっても「例年よりわずかにひどい程度」だそうでひとまずひと息といったところかしら。ギョーカイのカネ儲けのためにことさら誇張されたと思うと腹が立つけれどたいしたことがなくてよかった。




□2010年1月13日(水)

 刷り上がった「たいむ」73号を郵送やポスティングをしてくれるボランティアさんに届ける。これから10日ほどの間は「たいむ」のポスティングや新年早々引っ越しも控え、ちょっと身辺もドタバタ。転居先はすぐ近くなのだが、何しろ25年ぶりなので引っ越し方をすっかり忘れてしまって何から片づけていいのか困っている。

 TVニュースを見ていたら民主党幹事長小沢氏の資金管理団体陸山会の事務所その他に一斉捜索が入ったという。昨年以降裏で激しい攻防戦をくりひろげてきた小沢VS検察(東京地検)がいよいよハルマゲドン(最終戦争)の様相を見せてきた。週刊誌の噂では、検察権力は民主党の衆参完全支配を阻止したいらしい。そのためには小沢氏を失脚させるのが一番効果的。こうなるとどうみても権力闘争。・・・そんなことより、隠されているもので顕かにならないものはない。不正があるなら暴かれなければならない。検察は権力をはき違えないで、真実を明らかにしてほしい。

「ハルマゲドン」で思い出したが、先日マルクスの『共産党宣言』(マニフェストの先駆といわれる)をパラパラ読んでいたら「プロレタリアートとブルジョアジーが決着をつける最終戦争」という威勢のいい表現(翻訳だけど)があった。もともと旧約聖書に登場するハルマゲドンは当時かの地域の要地、フェニキヤとカナンの中間にあるメギドめぐる天下分け目の戦いといわれる「メギドの戦い」から生まれた言葉。その後キリスト教ではヤハウェ(神の名)とサターン(敵対者・悪魔)の最終戦争になり、ユダヤのラビの家系といわれるマルクスに至って労働者階級と資本家階級の最終戦争に使われたと、自己流に解釈して思わず唸ってしまった。



□2010年1月12日(火)

 政府は永住外国人の地方参政権を認める法案を提出することで合意したという。私は、永住し納税義務を負っている人が選挙権を持つのは当然だと思っているので賛成。政治は税金で運営するのだから、納税者にはその内容について意思を表明する権利がある。

 この問題はかつて住民投票運動の過程でもかなり議論された。そして、住民投票は公選法に縛られないので投票権は永住外国人にも付与されるべきだという考えを共有していた。実際、そうして投票を実施した自治体もあった。また、住民が作成した条例案には永住外国人に投票権を認めたものが多くあった。日本で永住外国人というと歴史的な経緯もあって朝鮮半島出身者が多い。でも、1997年に御嵩町で産廃処分場の是非を問う住民投票をやった時、民団系は投票権を求めていたが、総連系は民族のアイデンティティーの問題として投票権を拒否するという立場だった。そこで御嵩町住民投票条例では南北に分断された在日の人たちに配慮して条例には入れなかった経緯がある。今はどうなのかしら?

 ところで8日の新聞によると、永住外国人の地方参政権に反対する意見書が14県議会で相次いで可決されたという。県議会の多くは自民党系が多数を占めるから、この種のものが可決されるのは不思議ではない。どうやら自民党は「保守」で党再生を目指すらしい。しかしこの地方参政権問題といい、領土問題や男女平等政策批判といい、排外主義・差別主義でまとめあげていくようならいずれまともに相手にされなくなるだろう。

 ま、そのうち政界再編もあるだろうから、その時現在の自民党は右派が居残り、本格的な二大政党を目指す人たちは飛び出して新党を作るのではないかしら。それはさておき千葉県議会も可決したらしい。ところが以前は賛成決議を挙げているようだ。こういうのを破廉恥という。

 今日は冷たい雨が降って暗い一日だった。「たいむ」の印刷にかかりっきり。銚子市に住む住民運動の先輩Tさんからイワシの丸干しと「あかじ」の干物が送られてきた。昨年もイワシの丸干しをいただいたが、干場でそのまま箱詰めしたようで鮮度抜群、潮の香が漂ってくるようだ。



□2010年1月11日(月)

 昨年末に92歳で亡くなった伯父の告別式のため、恒例の成人式は欠席。成田市の新成人は1456名だとか。月並みかもしれないが新成人には自分自身の目標をもって生きてほしいと思う。人格はそれ(生き方)についてくる。・・・そういうお前は、と言われると現在も努力中としか言えないけれど。それと、今年は〝国民読書年〞(国連女性年とかイモ年とかカエル年とかは知っていたけれど、国民○○年といのは初めて)らしい。漫画でも何でもいいかできるだけ書(描)かれたものに接してほしい。TVは見方次第で毒にも薬にもなる。いつだったかバラエティ番組を見てみたら、頭の中が腐ってきそうだった。スイッチを切れば見なくてすむ。何を見るかは自由だけれど、大人になったら自分で「見方」を考えてほしい。

 なお、私は18歳成人がよいと思う。国連「子どもの権利条約」が対象とする「子ども」とは18歳まで。それが世界の主流。日本は20歳成人だから2年間の空白が生じる。世界では大人にカウントされるのに日本では法定代理人が必要な子ども。整合性を持たせるべきだ。また、18歳で高校を卒業して就職すれば納税者。税金を払っているのに選挙権がないのはおかしい。

 伯父の通夜、告別式では子どもの頃に行ったり来たりして泊り歩いたいとこたちやそのつれあい、更にはその子どもたち(さらにその子どもたち)との久しぶりの再会や、こういう機会でないと会う機会もないであろう親の世代の親戚なども集まって、賑やかだった。

 不慮や闘病による別れには無念さや辛さその他様々な感情がまとわりつくが、90歳を越えて徐々に体力が衰え風邪や食欲不振などちょっとした体調の変化をきっかけに訪れる別れは少し異なる。悲しいけれどこうして残された者たちが一堂に集まることでルーツを再確認させてくれる役割もあるのだ。

 伯父は多彩な人だった。囲碁・将棋は若いころから近在では知られた腕前、それに晩年は俳句をたしなんだ。私の父にとって伯父は亡き妻に兄であり亡き妹の夫(要するにそれぞれの妹と結婚)であると同時に、同じ年齢の仲間として長く付き合ってきた人だから喪失感は大きいだろう。私が想像する以上に。



□2010年1月7日(木)

 「たいむ」(第73号)づくり。部屋にこもるといろいろな電話を受けることになる。今日は例のオレオレ詐欺(だと思う)と、TVでさかんに宣伝している外資系保険、同じく○○養蜂場からの電話があった。

 オレオレは、受話器から突然太い男の声で「ケータイの番号を変えたから」と。「は?」「番号が変わったから書いといて」「どちらさまで?」「番号変えたんだ」「かけ間違いではありませんか?どちらさまですか」「××(はっきり聴き取れない)だよ」「どちらにおかけですか?間違いではありませんか?」とたたみかけると、ガチャンと切れた。これってオレオレの手口のイントロではないかしら?固定電話にかかってきたから、きっと電話帳を見て女の名前だからかけてきたのだろう。

 昨年は(日記にも書いたけれど)、「足立さんですか、市役所○○課ですが、足立さんはまだ還付金を受け取る手続きをしていませんね?」から始まる電話があった。興味があったのでちょっとやりとりしてみた。「市役所にそんな部署はありません」と言ったら「○○課はありますよ」言い張ってしつこかった。「税金などの通知が『足立』でくることはありません。あなた、何も知らないのね」と言ったらガチャン。これも電話帳を見てババの一人暮らしとアテ込んでかけてきたのだろう。

 電話帳を使ってかけてくる電話といえば以前はエッチ電話が多かったが、近頃は老女騙しのギョーカイ電話にも利用されているのね。先日新聞に騙し電話の手口を研究して撃退しているおばあさんの投書が載っていた。高齢社会は女性社会、一人暮らしの女性にとってはこの種の対策は〝護身術〞の一つかもしれない。

 保険や化粧品・サプリメントの類では、一応保険にも入っているし、ちっとも変わり映えはしないけれど馴染んで使っている化粧品があるし、サプリメントには全く興味がなく利用する気も無いので丁寧にお断り。




□2010年1月6日(水)

 ホコリが積もった事務処理や「たいむ」73号の準備などで1日が暮れた。ながら仕事なのでBGMを流し時々TVニュースを見たり・・・。BGMは気分を散らしたりしないバロック。TVはABCニュースのチャールズ・ギブソンが昨年末に引退したので見ていて気が入らないから聞き流し。・・・ととと、世界の各地を寒波が襲っているらしい。国内ニュースでも、日本海側だけでなく北海道にドカドカと雪が降っているようだ。車があれよあれよという間に埋まってしまい、一時避難のつもりが中から出られなくなるなど、降り方積もり方がハンパでないらしい。

 そういえば、12月にコペンハーゲンで開かれた国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP15)も寒波に見舞われ、連日雪が降ったという。セキュリティシステム不調で会場に入れず、各国代表団は極寒の屋外で寒さに震えながら待つこともあったらしい。同じ頃米東海岸も歴史的な大雪で死者が出たというし、東アジアも大雪。温暖化問題の協議で集まったのに、皮肉な話だ。

 私はといえば昨年11月末、IPCCの温暖化対策の中心的存在という英国イーストアングリア大学気候研究所(CRU)のデータねつ造がネット上で暴露されて以来、地球は「人間活動」によって温暖化が進みとりかえしがつかなくなりつつある、待ったなしだ、といった見方やキャンペーンには懐疑論者になっている。もちろん、個人的には化石エネルギーや原子力発電に頼る暮らしは見直すべきだと思っているから省エネ生活を心がけているけれど。「エネルギーを大量消費する豪邸に住むゴアには言われたくない」という声もある。京都議定書にソッポを向いたブッシュのテキサスの牧場のほうがず~っと省エネスタイルらしい。

・・・とまぁそんなことを考えながら夕方ちょっと外出し、戻ってまたニュースを見ていたら菅直人さんが財務大臣の後任に決まったようだ。




□2010年1月5日(火)

 ニュータウン中央通りの両側に植えてあるユリノキの並木。1昨年の晩秋に枝を切り落とさなかったので昨年初めて1本の木に花が咲いているのを見つけた。今思えばほかの木に咲いているのを確認できなかったということだが。何しろユリノキはニュータウンが造成された頃に植えられたものだから幹はとても太く育っている。春にはハンテンボクと呼ばれるように半纏に似た大きな葉が茂る。花の季節とはいえ下から見上げてのぞき込んでもみつけにくかった。そのうえ、何十年もの間11月になるとまだ葉が残っているのに花芽をつける枝をバッサバッサと切り落とされていたのだから、枝を残してもすぐ翌年花をつけることはないかもしれない・・・という先入観もあった。

 ところが昨年末、通りすがりに葉を落とした枝に花びらを包む萼(ガク)が付いている数本の木を発見した。そこで今日、近所を歩いてチェックしたら8本の木が花をつけていた(まだほかにあるかもしれない)!私が花を見つけた木には29個もガクが付いていた。16個付けた木も。道路向かい側の木を見渡せば、枝の先に1個だけ、2個だけ、3個だけといった木も。葉の中に隠れてみえなかった花の姿が目に浮かぶようにガクが風に揺れていた。

 去年1年間でどの木も思い思いに枝を伸ばし始めた。今年はさらに多くの木が花をつけるだろう。このままいけば、名実ともにユリノキが枝を交わすユリノキ通りが出現する!嬉しいな~。

(2010.1.5)
PHOTO BY MACHIKO

♥いずれも、ニュータウン中央通りのユリノキ。下は花。かたちがチューリップによく似ているから英語ではチューリップツリーと呼ぶらしい。オレンジ色の模様がなければ葉の中で見分けにくい。 

 去る1225日、10年度予算案を編成した後「しんどかった」と言って病院に検査入院した財務大臣が、今日辞表を提出したという。18日から通常国会が始まるというのに。77歳の財務大臣には体力だけでなく小沢幹事長との確執も負担だったのかな。長年の忠臣とか言われていたのに。それにしても、さかんに報道された小沢邸での新年会、というより小沢詣で。毎年やっているらしいが、今年の見せ場は昨年の衆院選で大量当選した新人議員。かしこまって座り、挨拶するボスをじっと見上げるあの顔、この顔。右も左もわからない政界で先輩・大先輩議員を頼る気持ちは分からないわけではないが、寄らば大樹の陰に・・・なんてことにならないでほしいな。



□2010年1月4日(月)

 新年早々から朝日新聞で過疎対策や地域おこしのネットワークづくり、地場産業の復興や地域ブランドの開発など、地域力を生かした取り組みが連載されている。そこでお正月休みを利用して以前読みっぱなしになっていた2冊の文庫本を取り出して読み返す。一村一品運動の提唱者として知られた平松守彦さん(元大分県知事)の『地方からの発想』(1990年・岩波新書)と山崎充さん(企業・中小企業論)の『「豊かな地方づくり」を目指して』(1991年・中公新書)。このテーマは古くて新しい・・・というか「これで終わり」のないものだから、20年前に出版されたのに少しも古くない。

 地域の活性化・地域振興といったことは、高度経済成長で都市化や一極集中が進む1980年代からの大きなテーマだった。やれテクノポリス、やれリゾート開発、やれふるさと創生1億円交付金(成田市は富裕自治体ということで不交付だったらしい)と、官製の政策が次々と打ち出されてきたけれど、その過程で政府による輸出や工業製品重視の経済産業政策の歪みが露呈し〝地方の疲弊〞が深刻化するという現実があった。

 衆院議員で民主党の篠原孝さんは〝地方の疲弊〞の「3大原因」として①自明のことではあるが第1次産業の疲弊、②やたら頼った落下傘工場が外国に出て行ってしまったこと、③大型郊外スーパー、レストランが出来てしまったこと、を挙げている。貿易自由化、規制緩和の行き過ぎが日本の地方経済を疲弊させたという。規制緩和や貿易自由化がすべて善だというのは間違い、ということには同感。

 今日の朝日夕刊では〝地元学〞を提唱する民俗研究家結城登美雄さんの「地方は『ないものねだり』ではなく『あるもの探し』で地元にある歴史、文化という『資源』見つけ出す努力をすべきだ」、という言葉を紹介していた。さらにいえばそうした地域の歴史や文化を育んだ自然(環境)も切り離せないだろう。

 国に右ならえだったテクノポリス構想やリゾート開発、補助金頼み借金漬けの公共事業の苦い経験を経ていま、知恵と創意を出し合い、地に足のついた地域おこしが始まっているようだ。地域も政策転換をしないと。



□2010年1月1日(金)

 新しい年の始まり。列島周辺の気圧配置は西高東低。北風が冷たいけれど空は晴れ上がって清々しい。録画の「朝まで生テレビ」を見ながら昨夜用意しておいただし汁と大根、人参、椎茸、里芋、小松菜、岩海苔、刻み柚子、焼いたお餅でお雑煮を作って食べる。お正月料理らしいものはそれだけ。あとは明日実家でお料理名人の弟のつれあいが作ったものをいただく・・・十数年、そうした習慣が続いている。

 陽が西へ傾きはじめた頃風土記の丘から印旛沼のほとりへ。水をたたえた沼は波立ち西陽を浴びてキラキラ輝いていた。今日は西に富士山と北に筑波山を眺めることができた。晴れていようが、曇っていようが、雨が降っていようが、成田に住むようになってから元旦はこのコース。もの思う時、思うことに疲れた時、私の心を鎮めてくれる場所だ。そして私の意図などとは無関係に、自然は何があっても美しいと思う。

 21世紀10年の節目。世界と日本、そして成田・・・今年はどんな1年になるのだろう。この星に命を授けられた存在として自然と歴史に謙虚であってほしいと、ひたすら願う。