「M」

エピローグ2


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どこかで見た事のある景色だなと、私はぼんやりと考えていた。
どこで見たんだろう。
いつ見たんだろう。
確かに記憶のどこかに眠っている景色。でもなんとなく、それを思い出す事はできないように思えた。
見覚えはあるのに、全く自分とはかかわりの無い別の世界であるように思えた。
だけどその景色を見ていると、なぜか私の心の中に強いさみしさがこみ上げてきた。

小さな女の子がいる。
セピア色に塗られた川と、橋と、そして堤防。
その堤防のそばで一人釣り糸をたれている。
あの子はなんで一人で釣りなんかしてるんだろう。

(ドボンッ!!)
女の子のそばで川が大きな波しぶきを立てた。
大きな石が、川に投げ入れられたみたいだ。
だけど女の子はさして驚く様子も無く、振りかえって堤防の上を見上げる。
するとそこには、いじわるそうな表情で女の子を見る男の子達が3人立っていた。

『女のくせに釣りなんかしてんじゃね〜よ』
『そうだよ。生意気だ』
『こんなドブ川の魚なんか釣ってど〜すんだよ』
そして男の子の一人がまた石を、彼女の近くの水面に投げ入れる。

(ドボンッ!!)
あ〜あ、お魚逃げちゃうね。かわいそうに。

『そうだ、多分あいつ釣った魚を食べるんだぜ。そんでもっとでかくなるんだ』
『え〜今よりでっかくなんのかよ〜こえ〜俺達なんか踏み潰されるぜ〜』
『あいつのお父ちゃんってたぶんゴジラだよ。ゴジラ。あいつも怪獣になるんだよ。ぎゃはは』
そんな風に言っている男の子たちをただ座ってみていた女の子だけど、やがて膝を立てて、立ちあがろうとする。
すると、それまで小さな小さな女の子だったその子は、立ちあがりながらどんどん体が大きくなっていった。

だがその時、男の子達の背後から声がした。
『ちょっとあんた達、何をやってんだべさ』
男の子達が振り返ると、そこには釣りをしている女の子と同じくらいの小さな女の子が土手を登ってくるところだった。
『やべ、委員長だ』
『あいつすぐ先生に言いつけるからな。逃げろ!』
そう言って、意地悪な男の子達は逃げていった。

土手を登りきった女の子は、堤防のそばに自分よりも小さな女の子が立っているのをみた。
そして満面の笑顔で言った。
『やぐち〜。そんなところで一人でいないで、一緒に公園にいこ〜。みんな待ってるよ。』
『うん!』
やぐちと呼ばれた小さな女の子は、釣りの道具をその場において、女の子が立っている堤防の上へと駆けて行った。
そして女の子のところに着くと、手をつないで、反対側の土手へと降りて行った。
『こんど転校生がくるんだって〜』
『ほんと、なっち?』
『しかも4人もくるらしいよ〜』
そんな2人の明るい話し声が、青く晴れた空に響いていた。

そんな光景になぜか安堵感を感じながら、私の意識は再びまどろみの中に落ちていった・・・・・。


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『・・・・・お〜い』
『もうすぐ出番だぞ〜起きろ〜』
遠くから声が聞こえる。
聞き覚えのある声だ。誰の声だったろう。おいらはまどろみの中で考える。
『ったく!!』

『矢口っ!!!!!!』

『わっ!!』
耳元で大声で叫ばれ、さすがにたまらず、おいらは飛び起きた。
ドキドキする心臓をしばらく抑え、少し落ち着いてからやっと声が出せた。
『び、びっくりした〜。ちょっと圭織〜』
いくらなんでもそんな起こし方はないでしょう?
おいらはかなり不満だった。
同じ楽屋にいるみんなも、笑いながらもおいらに同情的な表情を浮かべている。
ん?あれ?これと同じようなことがいつかもあったような・・・。

『だっていくら声かけても起きないんだもん矢口。起こしてあげたんだから感謝しなさい』
圭織が言い訳をするように言った。
『いや、感謝っていわれても・・・・あ〜もうびっくりした』
『でも、最近矢口楽屋でよく寝てるよね〜。ちゃんと家で寝てないんじゃないの?』
と、圭ちゃんが口をはさむ。
『いや、そんなことはないんだけど・・・・って、なんで圭ちゃんここにいるのよ?』
『いいじゃん別にいたって。私だって元....いや今もモーニング娘。のつもりだもん』

ここはモーニング娘。のコンサートの楽屋。そして今は本番前の最終リハーサルの最中だった。
圭織、ミキティ、麻琴、れいな、そしておいらの5人がライブの衣装に着替えた状態でこの部屋で出番を待っていた。
そして長袖のポロシャツにジーンズというラフなスタイルでいる圭ちゃんは、この様子からすると、ライブの見学に来て、本番まで楽屋で時間をつぶしているといったところだろう。
両耳には、おいらが見たことのない赤いルビーのイヤリングが光っていた。
おいらがそのイヤリングをじっと見ていると、その視線に気がついて圭ちゃんが言った。
『矢口がこの前くれた水晶のイヤリングさ、留め金の部分がちょっとゆるかったのね。だから直してもらってるの。直ったらまたつけてくるからね』
『い、いや、そんなんで見てたんじゃないよ』
おいらは思わず照れ笑いした。そんなふうに気を遣える圭ちゃんがおいらは大好きだった。

『今日はいよいよ大事な同窓会ツアーの初日だもんね。だから私がじきじきにチェックに来てあげたのよ』
と圭ちゃんは胸をはる。
そう、今日はモーニング娘。歴代メンバーによる合同ライブツアーの初日であった。
それは、今までのライブとは全く違うメンバーで構成されたツアー。モーニング娘。のツアーとも、ハローのツアーとも違う。
現役モーニングメンバーに、裕ちゃん、ごっつぁん、なっち、辻に加護、そして圭織の卒業組を加えた、歴代モーニング娘。オールキャストによるツアーだった。まさに同窓会だ。
もっとも、既に歌の世界を離れている、明日香、彩っぺ、紗耶香、圭ちゃんの4人は参加しない。

『え〜、にしてはさっきからここでお菓子ばっかり食べてくつろいでるじゃないですかぁ。本当はお菓子食べにきたんですよね?』
『あら藤本さん?ずいぶんおっしゃるようになったのねぇ。』
といって圭ちゃんがミキティを睨む。そんな圭ちゃんを見るのが、ミキティは嬉しくてしょうがないらしく、
満開の笑顔で圭ちゃんを睨み返した。
『お菓子たべにだけに、こんな納豆くさい楽屋なんか来ないもんねー。藤本納豆は外で食べなさいよ』と圭ちゃんが反撃した。
確かに納豆臭かった。正直勘弁して欲しいのだが、ミキティはその程度のことは気に留めない。
『えー、美貴だけじゃなくて亀井ちゃんも食べてたんですよー。それにいいじゃないですか。納豆は健康にいいんですよ。ライブは健康第一』
やはり、同じような光景を見た記憶がある。でもそんなはずはないし。デジャヴってやつかなぁ。
おいらがそんなことを思っていた時、楽屋のドアがノックもなく乱暴に開いた。

『矢口さ〜ん!!』
加護がドアから頭だけを出して、おいらの名前を読んだ。
圭織が『ちょっと加護、ノックくらいしなさいよ』と文句を言うが、
加護は笑顔で『はいはい』と言ってから再びおいらの方を向く。
圭織はおおげさにやれやれと行った感じに手をすくめた。

『あれ?・・・・矢口さん泣いてるの?』
加護がおいらを見て不思議そうに尋ねた。
なぜだろう。加護の姿をみるとなぜだか涙が出てきた。
おいらは駆け出して加護に抱きついた。そして加護をぎゅっと抱きしめた
『加護ちゃんっ!!』
『わっ?何々矢口さん??』
加護は驚いてうろたえている。
だけどおいらはしばらく加護を抱きしめていた。
自分でもよくわからなかった。だけど加護に会えたことが妙に嬉しかった。
でもほんの30分ほど前にも会っていたはずなのに・・・・あれ?おいらどうしたんだろう?

おいらは冷静に戻って加護の体を離した。
みんなが不思議な顔でおいらを見ている。
『あれ?えっと・・・・加護ちゃん元気だった?』
おいらはとりあえず照れ隠しにそう言った。
『矢口まだ寝ぼけてるんでしょ。しっかりしてよ』
圭織がそう言って笑った。そして皆が笑う。おいらもとりあえず一緒になって笑った。

不思議そうな顔をしていた加護だったが、圭織の言う言葉に納得したのか、何もなかったかのように話し始めた。
『矢口さん、あのぉ、監督がミニモニの順番は後回しにするって。梨華ちゃんの出番の分を終わらせときたいんだって。だからもう少し待っててって言ってたの』
『え〜そうなの。わかった』
予定通りなら次は、おいらを含めた「元祖ミニモニ」による曲目のリハーサルだったのだが、どうやら事情が変わったらしい。もっともこんな事は日常茶飯事であるから、おいらはそれではしばらく圭ちゃんと雑談でもしていようかななどと思った。
圭ちゃんに相談したいこともあったのだ。

『で、おとめチームは来て用意してって』
『あいよ』
圭織の軽い返事をきっかけに、ミキティ、麻琴、れいなは椅子を立ち、ステージに向かう準備をはじめた。
ミキティは鏡で衣装の確認をし、靴をぬいで裸足になっていた麻琴は靴をはき、れいなはMCの再確認をしている。
それを見ていた加護が何かを思いついたような嬉しそうな顔をした。
そして誰にともなく『じゃあ加護はケータリングに行ってこよう〜っと。マネージャーさん一緒に行きましょ』と言った。

『圭ちゃん呼んでるよ』
おいらはそう圭ちゃんに言った。
『は?マネージャーってあたしのことかい?』
『せいか〜い。よくわかったね矢口さん』
加護が嬉しそうに答えた。
なんとなくわかったのだ。
『せいか〜いって・・・・』
それを聞いて、加護と麻琴、れいなは大声で笑い始めた。おいらに、圭織とミキティも思わず苦笑い。

『行こう、マネージャーさん』
ひとしきり笑い終えた加護が圭ちゃんに言う。
『あんた、子供じゃないんだから、ケータリングくらい一人で行きなさいよ』
『え〜、だってタレントの食事の管理もマネージャーの大切なお仕事でしょう』
と加護がひときわ甘えたような声で言う。
加護自身、圭ちゃんに会うのは今日で久しぶりだから、少し甘えたいのだろうとおいらは思った。
それを圭ちゃんも感じたらしく
『わかったわかった。大事なタレントさんのためですからね。』と答えると、席を立ち、加護とともに出ていった。

『じゃぁ私達も。ありゃ矢口だけ一人ぼっちになっちゃうね。お留守番よろしくね』
圭織がそう言ってドアへと向かう。
『はいはい』
おいらはそう答え、手近にあったファッション雑誌を手に取った。
やがて、ミキティ、麻琴、れいなもドアから出ていき、楽屋にはおいら一人だけとなった。


『ふぅ・・・圭ちゃんは加護に取られちゃったか・・・・。このままライブが始まるのも嫌だなぁ・・・』
おいらは一人つぶやいて、天井を見上げた。そしてしばらくそうして固まっていた後、はぁと大きくため息をつき視線を雑誌に落とそうとした。
すると、楽屋のドアがまたノックもなくそっと開いた。
そしてドアから顔を覗かせたのは、さっきまでリハーサルをしていたなっちだった。
『矢口・・・』
おいらはなっちの方を見た。
なっちはいつになく真剣な表情だった。
そんななっちを見ていると、またさっきのデジャヴを感じた。

おいらとなっちは少し仲違いしていた。だけど大事なライブの前に仲直りしたかった。
だから圭ちゃんに仲介を頼もうと思ったんだけど。
でも、なぜか今からなっちが謝ってくれて、仲直りできるとおいらは感じていた。今日のデジャヴが外れたことはない。

なっちはしばらく真剣な顔でおいらを見ていた。
おいらも同じような表情でなっちを見る。
すると、突然なっちの表情が崩れた。
それは、これまで何度も何度も見てきた、なっちの満面のスマイルだった。
そしてなっちはおいらに向かって言った。


『おかえり』

意味がわからなかった。いや、よく考えれば分からなかったけれど、でもなんとなく分かるような気はした。
そしてどう答えるべきかも。


『ただいま』

おいらはそう答えて笑った。





<完>


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