愛と麻琴



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「ねぇ麻琴ちゃん、一緒に食堂で夕飯食べて行こうよ」
三田コーチの厳しいチアダンスのレッスンが終わって、わたしはすぐに麻琴ちゃんに声をかけた。
食堂というのは、このスタジオがある天王洲スタジオの社員食堂のことだ。
麻琴ちゃんとわたしは、この食堂のカツカレーライスが大好物。

振り向く麻琴ちゃん。私と一緒で顔は汗だらけだ。
「ごめん、わたし今日は家に帰って食べるから・・・じゃぁね」
そう言って、麻琴ちゃんはそっけなくレッスンルームを出ていった。

「・・・麻琴ちゃん」
どうしてだろう?最近麻琴ちゃんがおかしい。
ううん。おかしいって言ったって、ちゃんと仕事をしていないってわけじゃない。
いやむしろ、最近はすごく頑張ってるなって感じる。
このチアダンスだって最初はわたしくらいしかまともに踊れなかったのに、
最近の麻琴ちゃんの成長ぶりはすごいんだ。
・・・でも、なんか前と違う。
昔の、元気で明るい麻琴ちゃんとちょっと違うんだ。
私が何かを話しかけても、あまり相手をしてくれなくて、すぐにダンスや歌の練習をはじめてしまう。
麻琴ちゃんの方から話し掛けてくれることなんて、ずっとない。
昔は、暇さえあれば二人で大騒ぎして、先輩やマネージャーさんに怒られていたのに・・・。

「ねぇ、あさ美ちゃん?」
「ん?なに愛ちゃん?」
あさ美ちゃんが大きな目でこっちを見つめ返す。あさ美ちゃんは人の話を聞くときに
相手の目を見て本当に興味深そうに聞いてくれる。
「最近、麻琴ちゃんおかしいと思わない?何か悩んでるっていうか・・・」
「そうかなぁ。そんな風には見えないけど」
「ほらだって、前みたいににこにこしてないって言うか、それに最近あんまり話し掛けてきてくれへんし・・・」
「それは麻琴ちゃんだってずっとにこにこしてるわけじゃないよ。多分環境に慣れてきてリラックスしてきただけなんじゃない?」
「そういうものなの?」
時々わたしはあさ美ちゃんが私よりずっと年上であるように感じる。
「うん。それに話し掛けてこないなんてことないよ。今日だって昨日のテストの話とかしてたじゃない」
確かにテストの話はしていた。でもそれは私に話し掛けてきてくれたわけじゃない。
麻琴ちゃんがあさ美ちゃんに話し掛けていたのに、無理やりわたしが割り込んだだけなんだ。
最近はいつもそう。
麻琴ちゃんが私に話し掛けてきてくれたことなんてない。私が麻琴ちゃんを追っかけてるだけ。
そして、いつも避けられてるように感じるんだ。
「気にし過ぎだって愛ちゃん。じゃね、私も帰るから。また明日ね」
「うん。ばいばい」
気にしすぎ・・・ううん。そんなはずは無い。娘。の中では私が一番麻琴ちゃんのことをわかってるんだから。
私はずっと麻琴ちゃんを見てきたんだ。そう、あのオーディションの頃から。


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「ライバルは 優樹菜ちゃん」
麻琴ちゃんがその台詞とともに左手の人差し指をピッっと上げる姿がTVに写っている。
わたしたち4人が受かったLOVEオーディションのビデオだ。
この頃の麻琴ちゃんは、今よりずいぶんやせてるな。
麻琴ちゃんモーニング娘。になってからよく私と食べ比べ競争とかやってたもんな。
ふふ。おんなじくらい食べてるのに、愛ちゃんは全然太らないってよく文句言ってたっけ。

「中学2年生のショートカットの娘」
わたしがしゃべってる。スタッフさんに「誰が一番強敵だと思う?」って言われて、
そのときには麻琴ちゃんの顔以外浮かばなかった。
かわいいし、ダンスは切れがあるし、声量はあるし。
1日目を終わって、この娘は絶対に受かるって確信していたんだ。
そして、このときにはもう私の中では、モーニング娘。になりたいって言うよりも、
この娘と一緒に受かりたいっていう気持ちのほうが強くなってた。
この娘と一緒に受かって、そして友達になりたいなって。そんな気持ちの方が強かった気がする。

そして、私達は合格した。あさ美ちゃんと里沙ちゃんの4人で、モーニング娘。になれた。
それからの毎日。本当に大変だった。
分刻みのスケジュール。レコーディングにTVの収録に雑誌の撮影に・・・全く息つく暇が無かった。
私達以上のスケジュールで仕事をしている矢口さんや加護さんなんてもう信じられなかった。

すごくつらいときもあった。泣いたときもあった。
でも、モーニング娘。をやめたいと思ったことは1度も無い。仕事に行きたくないと思ったことも無い。
それは麻琴ちゃんがいたから。仕事にいけば麻琴ちゃんに会い、一緒に笑ったり、がんばったり、泣いたりできたから。
それがすごく幸せだったから。
・・・いつからだろう、そんな幸せが無くなっていったのは。
涙が出てくる。涙が止まらない。
どうしてだろう?
なんで嫌われちゃったんだろう・・・。
私は、こんなに麻琴ちゃんのことが好きなのに・・・。

TVの向こうの私が泣いている。
歌がうまく歌えなかったからってめそめそしている。
それくらいのことで泣くんじゃない。
今の私の悲しさに比べれば、そんなことどうってこと無いじゃない・・・。


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美少女教育2の収録が終わった後、青山の事務所に戻った。
事務所ではマネージャーさんから話があるということで、普段わたしたちがよく使うミーティングルームに行った。
部屋に入ると、そこには麻琴ちゃん、あさ美ちゃん、里沙ちゃんがいた。私たち5期メンバーに話があるみたいだ。
私は麻琴ちゃんの隣に座った。そこが私の指定席。でも、いつまでここは私の指定席なんだろう。
ひょっとしたら、もう指定席ではないのかもしれない。


「4人揃ったところで、今日はみんなに発表があります」
マネージャーの緒方さんが、いつもよりややかしこまった感じで話し始める。
「つんくさんの方から、この4人でユニットを組ませたいという話が来ています」

「えっ!?」
「ユニット?」
私達4人は一様に驚きの声を上げた。
「ユニットって、あのタンポポとかプッチモニみたいなユニットですか?」
里沙ちゃんが、期待を満面に表しながら、緒方さんに尋ねかける。
「そうだ。後藤や4期メンみたいに、タンポポやプッチに入れるっていうのは今回はできないからな。
そこで、この4人でユニットにしてみようっていうのは、つんくさんはだいぶ前から考えてたそうだ。
で、シャッフルなんかもあって4人の名前もだいぶん浸透してきたし、そろそろいい時期かなってことだ」
ユニット・・・4人で・・・この4人で。
「あの、それってやっぱりCDとか出すんですか?」
あさ美ちゃんが尋ねる
「そりゃ当たり前だろ。10月くらいには出すことになると思うよ」
「やった!!」
そう言って里沙ちゃんが椅子から飛びあがった。
「やったね!愛ちゃん!!私達もついにユニットでテレビに出れるんだよ」
そういって理沙ちゃんが私の腕をつかんでくる。里沙ちゃんは本当に嬉しそうだ。
もちろん、私だってすごく嬉しい。
「うん。やったね。すっごい楽しみ。がんばろうね」
そういって里沙ちゃんの腕を握り返す。あさ美ちゃんも、よしがんばるぞって感じのすごく気合の入った表情に変わった。
嬉しい、本当に嬉しい。
やっぱり、別ユニット活動の無い私達4人は、モーニング娘。に入って1年経った今でなお、
新メンバーって印象が残ってしまっている。
それは私達自身でも感じることだった。
でもモーニング娘。の特徴である別ユニット活動ってものをすれば、また一歩、
本当のモーニング娘。のメンバーってのに近づける気がしていたんだ。

そして、シャッフルに続いて、また麻琴ちゃんと一緒に活動が出来る。
しかも今度は加護ちゃんがいない。
多分、実力的に行っても私と麻琴ちゃんが中心のグループになる。
私と麻琴ちゃんで引っ張っていくユニットだ。
私の夢が・・・・かなうんだ。
今はちょっとぎくしゃくしてるけど、でもこのユニットで活動を始めれば、
また麻琴ちゃんとも昔のように仲良くなれるに違いない。
そんな予感が私の中を駆け巡り、すごく幸せな気分になってきた。

「麻琴ちゃん。やったね、ユニットだよ」
私は隣の麻琴ちゃんに話し掛けた。麻琴ちゃんもきっと笑顔で答えてくれると信じて。
「・・・・」
一瞬で私の高揚した気持ちが吹き飛んだ。麻琴ちゃんの顔に笑みはなかった。
逆に、おおきな困惑の表情を浮かべていた。いや、むしろ怒っているような表情だ。
それに気づいたのは私だけではなかった。
緒方さんが麻琴ちゃんに話し掛ける。
「どうした小川?なんか嫌なことでもあるのか?」
「・・・・」
麻琴ちゃんは黙ったままテーブルを見つめていた。いや、実際にテーブルは見ているわけではない。
ひたすら何かを思い悩んでいる。
しばらく沈黙が続いた。重い空気が部屋を支配する。
私も、あさ美ちゃんも、里沙ちゃんも、声を出せるような雰囲気ではなかった。

「あの・・・」
麻琴ちゃんがついに口を開いた。
「うん」
緒方さんが軽くうなずいて、麻琴ちゃんの言葉を促す。
「そのユニット・・・・私抜きじゃだめですか?」
「えっ?」
「な、なに言ってんの、麻琴ちゃん?」
その場にいる全員が凍りつく。なぜ麻琴ちゃんが突然そんなことを言い出すのかみんなわけがわからなかった。
「私・・・・だめなんです」
そういって、うつむく麻琴ちゃん。顔には、最近麻琴ちゃんがたまにみせる表情が浮かんでいた。
悔しさのような怒りのような、どう受け取っていいのかわからない表情が。
「まさかモーニング娘。をやめたいとか思っているのか?」
緒方さんが麻琴ちゃんに尋ねる。
「い、いえ、違います。娘。を辞めたいなんて全然思ってません・・・・ただ、このユニットだけ・・・」
「何馬鹿なこと言ってるのよ!いいかげんにしてよ!!」
そういって、里沙ちゃんが叫んだ。
「なんでそんなこと言うの!4人でユニットが組めるんだよ。
前に1度4人で話したことあったじゃない、この4人でユニットってのもおもしろいよねって。
麻琴ちゃんもそういってたじゃない!!」
里沙ちゃんはすごい剣幕だ。麻琴ちゃんの言葉が許せないのだろう。
「なんで!ねぇなんでそんな事言うの!!ねぇ、ねぇってば!!!」
麻琴ちゃんは震えていた。必死に何かに耐えていた。
そして顔をゆっくりと上げると、こちらを振り向いた。そして目に涙をためながら、私を見た。
「ごめんね・・・・」

それは、今まで見たことも無いくらい、悲しい表情だった・・・・。


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