「清水の舞台からもう一度」

五日目


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彼女の方も自分の胸には不満を持っていた。
それは自分の幼い顔立ちとは不釣合いに大きいからだ。そのせいで、男子たちからいやらしい目で見られていることもたまに感じることがあった。友達は大きくてうらやましいと言うけれど、彼女自身は普通の大きさがいいと思っていた。
ほら、今も自分の前の席に座っている男子がちらちらと自分の胸を見ている。でもまぁ、バスを降りるまでの辛抱だ。あとバス停2つぶんだからもうすぐだ。

「知恩院前〜知恩院前〜」
バスの運転手がそうアナウンスするとほぼ同時に、バスは停留所に停車した。そして何人かの乗客がバスを降りようと席を立つ。
目の前に座っていた男子も席を立った。彼が立った瞬間に目が合ったのですぐに目をそらした。

「おおきに!!」
その時、バカに大きな声が運転席の方から聞こえたので、彼女はそちらに振り向いた。運転手へのお礼なんぞは聞き飽きていたが、それにしても声が大きかったからだ。
それは近くの高校の男子生徒のようだった。
だが、肩から剣道着入れをかけていたその男子には見覚えがあった。

しばらく考えた後、彼女はバスの先頭へむかって歩き出し、ポケットから定期入れを取り出した。
そして「おおきに」と静かに言ってバスを降りた。



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さやかは途方にくれていた。
「やっぱあかん。見つからへん・・・・」

さやかが探しているのは携帯電話だった。稽古のために剣道場に来て、さて剣道着に着替えようとしたとき、ポケットの中にあるはずの携帯電話がないことに気がついたのだ。
剣道場の中を必死に探したものの見つからなかった。
バスを降りたときに携帯の電源を一旦いれたので、バス停から剣道場までの道で落としたのかもしれない。
さやかは、剣道場からバス停への道を戻りながら、必死に携帯を探した。だが見つからないまま知恩院前のバス停まで来てしまった。
「電源入れておけばよかった・・・」
さやかは後悔した。
バスから降りて携帯の電源を入れたとき、電池が切れかけていた。そして、どうせまた剣道のときは電源を切るのだからとそのまま電源を切ったのだった。だから、電話をかけて場所を確認することも出来ない。
「でも、絶対に見つけんと・・・・携帯は別にええけど、でもストラップだけは絶対に・・・・」

さやかの携帯には、剣道着の人形のストラップがついていた。竹刀を持ち、上段に構えたポーズをしている。
それは健太がくれたものだった。いや、正確にはさやかが健太から奪い取ったといってもいいようなものだったが。

「河合見てみ!こんな珍しいストラップ東京で見つけてん。ほれ、剣道のストラップやで。さすが東京やわ、なんでもあるわ」
東京で離れて暮らしている父親をたずねて行った時に見つけたらしい。
「健ちゃんはほんまに剣道バカやな」
さやかは呆れたように答えた。東京まで行ったのならば、もっといいものがあるだろうに。
「気に入ったから予備もいれて2つ買うてきたわ」
そして2個の剣道ストラップを健太はさやかに見せびらかした。
それを特に興味なさげに見ていたさやかだったが、その時ふとひらめいた。
「なぁ健ちゃん、それ一つあたしに頂戴」
「ん?あかんって。俺これ気に入ったんや。一つは予備でとっときたい。珍しいからもう買えへんやろし」
「けちくさいこと言わんでええやんか。それに先月のあたしの誕生日、健ちゃんなんもくれへんかったやん」
口をとがらせてさやかが言う。
「だってもう誕生日やゆうてプレゼントとか恥ずかしいやんか」と健太。
「だからそれくれたら、それが誕生日プレゼントでええよ」
「なんや河合、そんなにこのストラップ気にいったんか?・・・・・ほんならまぁええわ。ほいよ。」

そんないきさつで、さやかは健太から剣道のストラップをもらったのだった。
もちろん、その剣道のストラップが気に入ったわけではない。ただ、健太とおそろいのストラップを付けたかっただけだ。
鈍感な健太がそれに気がつくはずもなかったが。

さやかがバス停にまで戻ってきてそのまわりを探していた時、停留所にバスが着いて乗客が降りてきた。
さやかはその降りてくる乗客の中に、剣道着入れを背負った健太の姿を見つけた。
だが、携帯、いや、ストラップをなくしたことを話すのが怖くて、声をかけることが出来ず、さやかは思わず乗車待ちの乗客の中に隠れてしまった。
健太がそんなことで怒るはずもない。いや、ストラップを自分にくれたことすら覚えているか怪しいのだけれど、でも声をかけずらかった。

そんな風にして剣道場へと向かう健太の背中を眺めていたとき、一人の女の子がバスから降りてきて、健太を目で追っているのを見つけた。
そして健太の向かっている方向へと歩き出した。
さやかはなんとなく胸騒ぎを覚えて、彼女の跡をこっそりと追った。
女の直感というやつだ。



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「おおきに!!」
運転手にそう声をかけて希美はバスを降りた。この京都という街では、バスを降りる際に「おおきに」と運転手に声をかける乗客が多い。希美はその挨拶をすっかり気に入って、バスを降りるときその挨拶を喜んで使っていた。
ただ男の発声と女の発声の違いからか、希美の声は本人が思っているよりも大きな声になってしまう傾向があった。ゆえに後ろの乗客の注目を集めてしまうことも多かったのだが、希美はそれには気がついていなかった。

バスを降りた希美は、知恩院の正門の方に向かって歩き始めた。目指す剣道場はこの知恩院のすぐ北側にある。自宅から自転車で行く事もできる距離なのだが、健太はバスを使っていたらしいので希美も同じようにバスを使っていた。もっとも自転車で行こうとしたところで、希美には道がよくわからないのだが。

稽古のことを考えると少し憂鬱だった。だが、それもあと少しの間だけだ。あと3つ願いをかなえれば元の世界に戻るのだから、それまでは越中健太として剣道の稽古にちゃんと出席しようと思っていた。別の世界の自分に迷惑をかけるわけにはいかない。
それに本当のところは、とっとと願いをかなえて自分の世界に戻る事もできるのだ。だが希美としてはこちらの世界をもう少し体験したいという気になっていたのだった。芸能人として注目されることなく、自由に行動できる快感をもう少し味わっていたいのだった。

剣道場への道を歩きながら、あとの3つの願いを何に使うべきかを希美は考えていた。
昨晩つかに提案した「胸を大きくする」という願いは、『今の健太君の体の胸が大きくなってしまうだけちゃうか』とつかに言われて断念した。
そんなことになったら目も当てられない。
あと、「頭をよくする」という願いも思いついたのだが、それも今の健太の頭がよくなるだけで、多分もとの世界の希美の頭がよくなるわけではないだろうと言われたのでやめた。
で、結局希美の頭に浮かんでくるのは食べ物の願いばかりだった。
「それだとまたつかさんにバカにされるし・・・・」

そんなことを考えながら歩いていると、背後から自分を呼んでいるらしい声がした。
「ねぇちょっとあんた」
何度も聞いたことのある声。
希美は急いで振り向いた。
そしてその声の主を見て声をあげた。
「あいぼん!」
「だからあいぼんやないって」
すぐにつれない返事が返ってきた。
希美はすこしがっかりしつつ、昨日聞いた名前を思い出した。
「あ・・・えっと・・・吉野さんだっけ・・・」
「そう」吉野さんがそう言ってうなづいた。
「なんでここにいるの?」
希美がたずねる。
「家がこの辺りやねん」
正確には一つ先のバス停の近くなのだが、そこまで説明する気はなかった。
「そうなんだ。のん・・・俺が通ってる剣道場もこの先にあるんだよ」
「うん、知ってる。昔、通ってたもん」
「そうなんだ?あいぼ・・・・吉野さんも剣道やってたんだ」
希美は意外そうに言った。剣道をするようなタイプには見えなかったからだ。
「小さいころにね。でもやめちゃった。私運動神経ゼロなの」
「あぁ、やっぱり」
希美は、自分の世界の加護のことを思い出してそう言った。
「やっぱりって何よ。失礼なんちゃうん」
少し口を尖らせる吉野さん。
「はは。ごめんごめん」
希美は笑顔で謝る。だがそれについてはさして気にした様子もなく、吉野さんが続けた。
「あんな・・・一応謝っておこと思て」
「謝る?なんで」
「ほら・・・・昨日・・・・ひっぱたいたやろ」
と、少しいいにくそうに説明する。
「あぁそうだそうだ。叩かれた」すっかり忘れていたかのように答える希美。
「でもあんたも悪いんやで、いきなり女の子の腕触ったりしたら叩かれて当然や」
「えへへ。ごめんごめん」
「なんや全然反省してへんように見えるんやけど」
「そ、そんなことないよ」
実際希美は全然反省などしていなかった。『だってあいぼんなんだもん』と心の中で思っていた。
そして、最近はケンカしなくなったけど、昔よくあいぼんとケンカしたときはこんなだったな。やっぱりこの娘はあいぼんだ。そんなことを今も思っていた。

「でも、あんたなんかしゃべり方変ちゃう?東京弁っぽいけど。でも京都の人なんやろ」
希美にとってはもう何回も聞かされた疑問だった。、
「え、そうかなぁ。この前まで東京に行ってたからちゃうかなぁ。はは」
そしていつもと同じように答える。
「それにちょっと女の子っぽいというか・・・・でもそれでかなぁ、なんとなく話やすいんよ」
「そう?」
「うん。わたし男の子と話するの本当は苦手なの。なんか、何を考えてるかわからへんっていうか」
「うん。わかるよ」
それは希美にとってもそうだったからだ。
「なんでわかるの?」
そんな事情を知らない吉野さんは不思議そうに希美にたずねる。
「えっとーーー」
答えに困る希美。
「なんか変な人」
そして、吉野さんは笑い始めた。希美にとってははじめてみる彼女の笑顔だった。

「そんな見んといてよ。恥ずかしいやん」
自分をじっと見つめる希美に気がついて、吉野さんが少し照れながら言う。
「似てるなぁって思って」
希美は正直に答えた。
「あいぼんって人?」
「うん」
「どういう人なの?その、あいぼんって人は?」
「えっと、なんだろ・・・・友達?仲間?ライバル?難しいなぁ。なんかどれも違う感じ。う〜ん・・・・運命の人って感じかなぁ、一番近いのは」
「なにそれ〜、のろけ〜」
吉野さんが笑いながら言った。
「そういうんじゃないよ〜」
希美も笑顔で返す。二人はいつの間にやら気が合っているようだった。
「ほんまかな〜?まぁええわ。あ、ひょっとしてその子も運動神経ゼロとか?」
「うん。でもその代わりに、歌がすごく上手だよ」
「え?歌?」再び不思議そうな表情で希美にたずねる。
「うん」と希美。
「それ・・・・うちと一緒・・・・」吉野さんは小さな声でそう言った。
「本当?」
「うん。あ、上手いとかが一緒なんと違うくて・・・うちも歌が好きやから」そして少し照れくさそうに続けた。
「へ〜」希美も意外そうに返事した。
「いっつも歌ってるの。歌手とかになれたらいいなぁってよく思う。そんなんなれるわけないのにね。ってうち何でこんなこと初対面のあんたにしゃべってんねんやろ。なんか恥ずかしい。もう、笑うやろ。あはは」といって頬を赤らめる。
だが希美はそれを笑い飛ばすこともなく、
「なれると思うよ。」
と真顔で答えた。
「なれるって・・・・歌手に?」問い返す吉野さん。
「うん。絶対に」
「うちの歌を聞いたこともないくせに」
「なんとなくわかる」
自信満々な希美。
その希美の姿に、彼女も微笑んだ。
「おおきに、頑張るわ」

そして二人はいつの間にか剣道場の前に着いていた。
「そしたら、剣道頑張ってな」吉野さんが希美にそう声をかける。
「うん」
「じゃあね・・・・・健太君」
「じゃ・・・・・えっと、吉野さんは名前なんて言うの?」
「え?」
吉野さんは嫌なことを聞かれたなぁといった表情になった。だがそんなことには気がつかず、希美が続ける。
「吉野さんじゃ呼びにくいなぁと思って。下の名前は?」
「それは・・・えっと・・・」
答えにくそうな吉野さん。
だがやがて、意を決したように言葉を出した。
「あれやで・・・聞いても笑わんといてな」
と、真剣な表情で希美を見る。
「笑う?なんで?」意味が分からない希美。
「あの・・・うちの名前ちょっと珍しいから」
「そうなん?」
「あの・・・・・ぱ・・・・・・」
「ぱ?」
「・・・・ぱせり」
「・・・・ぱせり?」
「そう」
「あの、オムライスとかについてくるぱせり?」
「うん」

しばし二人の間に沈黙が流れた。だがやがて希美はプっとふき出し、
「も〜、冗談ばっかり〜、そんな名前あるわけないじゃん〜」
と大笑い。
そして
「もう、おもしろいな〜」
と顔を赤くしながら笑い続けた。

だがその一方、吉野さんの顔も、別の理由で見る見る赤くなっていった。
そして、

バチーン!!
吉野さんのビンタが再び希美の頬に炸裂した。

吉野さんは背中に怒りのオーラを漂わせながら、今来た道を戻っていった。
それはまるで昨日のできごとを巻き戻して再生しているかのようだった。

「え?本当なの?」
希美は呆然と、吉野ぱせりの背中を見送り続けるだけだった。



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ドンッ!
部屋のドアが勢いよく閉められて、大きな低い音が鳴った。
ダムッ!!
今度は体がベッドに投げ出された音。

「はぁ・・・・」
布団に顔をうずめた状態でさやかはため息をついた。今日は最悪の日だ。

まず携帯を失くした。
いや、携帯はまだいいのだが、健太にもらった大事な携帯ストラップを失くしてしまった。健太とのおそろいのストラップだ。あのストラップはさやかにとって一番の宝物だった。
そして、携帯を探していたときに目撃してしまったものが、さやかにそれ以上のダメージを与えていた。
健太がバスから降りてきたとき、健太を追うように降りてきた女の子のこと。
さやかは健太とその女の子をこっそりと追いかけた。すると、その女の子はやがて健太に話しかけ、そしてとても仲良さそうに話しながら剣道場まで2人で歩いていった。

さやかは彼女のことは知らない。
でも、健太と彼女はまるで昔からの友達、自分と同じ幼馴染であるかのように、とても打ち解けた雰囲気だった。
きっと自分以上に。

その2人が剣道場に着いたところで、さやかはそれ以上2人を見ているがつらくなり逃げるように家に帰ってきた。剣道の稽古にも行かず、携帯をそれ以上探すこともなく。
「あの子誰なんやろ・・・・」
何度も何度も問いかけてきた疑問を、さやかは改めて口にした。答えなど見つかるはずもなかったが、でも、さやかの頭の中には今はその事しか浮かんでこないのだった。
健太に好きな女の子がいるなんて話は聞いたことがない。健太は剣道以外に今は興味がないはずだ。今までそう信じていた。
幼馴染の自分が健太のことで知らないことはないと思っていたのに。

でも、ここ数日の健太の態度は確かにおかしかった。言葉使いが変であるだけでなく、態度もどこか今までの健太とは違っていた。根本的なところでは同じ人間なのだけど、なにか蓄積してきたものが違う・・・・そんな奇妙な印象をさやかは今の健太に持っていた。
それが、あの女の子のせいなのだろうか?あの女の子と知り合って、健太は変わったのだろうか?
そう考えるとすべてのつじつまが合うように思えて、さやかはますます落ち込んだ。



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「うぉーあいにー」
自宅のリビングのソファーに腰掛けながら、ぱせりは本を読んでいた。
黙読ではなく、文字通り、声にだして読んでいた。
「うぉーあいにー。愛してる」
それは中国語のテキストのようだ。
「あんたがそういう言葉を使う相手がはよできたらええんやけどな」
そばにいたぱせりの母が言った。
「うっさいなぁ。勉強してんねんから邪魔せんといて」
「はいはい」
母は笑いながらそう答えて、アイロン仕事に戻った。

「まったく・・・・・」
そしてテキストに目を戻したぱせりだったが、何かを思い出して再びテキストから目を離し、母にしゃべりかけた。
「ねぇ、ぱせりって中国語でなんて言うんかな?」
「さぁ。でも名前はどこの国でも一緒やから、あんたの名前はぱせりで一緒やで」
アイロンをかけながら母はそう答えた。
「そっか。でもじゃあ、中国だと変な名前って言われないよね?」
「そやね。でも’ぱせり’ってかわいいやないの」
「かわいいけど、変て言われるから嫌なの」
「もう、せっかくのお母さんの自信作やのに。人間個性が一番大事なんよ。変な名前なんて笑うやつがおったらひっぱたいたったらええねん」
そう母に言われて、ぱせりは思わず微笑んだ。健太を今日もひっぱたいた事を思い出したのだ。

その時、携帯の着信音がなった。ぱせりの携帯だった。
携帯の液晶を見る。そこには今日知ったばかりの数字が並んでいた。
ぱせりは通話ボタンを押し、
「もしもし」
と声をかけた。
「もしもし」
電話の声は若い男の子のものだった。だけど、なぜか女の子っぽい印象を与えるしゃべり方。健太、つまり、希美だった。

「健太くんやろ?」ぱせりがたずねた。
「うん。吉野さんだよね」と希美。
「今日子ちゃんに電話番号教えてもろてん。なんや色々勘違いされたっぽいから健太君からも今日子ちゃんに言うといてな」
「勘違いって?」
「勘違いってそれは・・・・ほら・・・・・」
言わなくてもわかるやろ?とぱせりは心のうちで思った。女の子が会ったばかりの男の子の電話番号聞くやなんて、普通は理由は一つしかない。
「?」だが希美はわかっていなかった。
「まぁええわ。それよりなんでさっき携帯でてくれへんかってん?速攻でキャンセルしたやろ」
30分ほどまえに、まずぱせりから希美の携帯に電話をしていたのだった。
「ちょっとね。静かな場所にいたんで・・・・・。つかさんがびっくりしてね。『心臓止まるか思た』って。心臓なんかないじゃんね」
と希美は嬉しそうに答えた。
「なんやそれ?」
もちろん、ぱせりには意味がわからない。
「あ、そっか。えっと、なんでもないよ。なんでもない」
希美はそう言って誤魔化した。そして、
「それより今日はごめんね。笑ったりして」
と続けた。
「ええよ。慣れてるし。気にしてへん」とぱせり。
「怒って電話してきたんじゃないの?」
「ううん。それよりな・・・・ちょっと・・・・お願いがあんねん」
「何?」
「ちょっと、付き合って欲しいところがあって・・・・・明日の土曜日大丈夫?」



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「さやか!さやかっ!」
さやかは、自分を呼ぶ母の声が聞こえるような気がした。
「いい加減起きてお風呂入りなさい!」

いや、気のせいではなかった。
ベッドから顔を起こすと、その傍らでさやかの母があきれたように娘を見おろしていた。
「なんや、えらい落ち込んで帰ってきたおもたら、制服のままベッドでぐーぐー寝てるやなんて」
「あれ・・・・?」まだ少し寝ぼけたままでそう答えるさやか。
「もう10時やで。はよお風呂はいんなさい」
健太のことで落ち込んでそのままベッドで横になってたんだとさやかは思い出した。そしていつの間にか眠ってしまっていたようだった。
「はい・・・・」さやかは力なく答えた。
「なんやまだ落ち込んでんのかいな。携帯なくしただけやろ。新しいの買うたるから」
「うん・・・」

携帯の代わりはきいても、健太にもらったストラップの代わりはきかない。そんな相変わらず落ち込んでいるさやかを元気付けようとしたのか、母がこう続けた
「それから健太君がさっき来てくれてたで。あんた剣道場に剣道着置きっぱなしにして帰ってきたやろ。それを持ってきてくれたんや。呼んだんやけど返事せえへんかったから、お母さんが受け取っといたから。あとでちゃんとお礼言うときや」
さやかの目が一気に覚めた。
「健太君何かいうてた!?」
目を見開いて母に勢いよくたずねる。
「いや。あんたが降りてこへんから、携帯失くして落ち込んでるからかなぁって言うたら、じゃぁ帰ります言うて」
「携帯失くしたって言っちゃったの!?」
さやかが非難の声を上げる。
「言うたけど。なんや、なんかあかんの?」
さやかの母が不思議そうに答える。
「え・・・いや、別にかまへんけど・・・・」
健太は自分があの剣道のストラップに思い入れをもっていることに気がつくだろうか?
いや気がつきはしないだろうとさやかは思った。残念ながら。

「おかしな子やな。ほなはよお風呂入るんやで・・・・・・・あれ?」
部屋から出て行こうとした母は、さやかの机の上に何かを見つけた。
そして、
「ちょっとちょっとあんた」
と言って笑いはじめた。
「?」きょとんと母を見るさやか。
「あんたはほんまに抜けとるなぁ。携帯ここに置き忘れてるやんか」
そして母は机の上から携帯電話をとりあげた。剣道のストラップがついているさやかの携帯だった。
「あれ〜!?」
驚いたのはさやかだ。
「なんで〜??」
目を丸くして叫ぶ。
「なんでて、どうせあんた置き忘れて剣道いったんやろ。ほんまに人騒がせやなぁ」
「嘘嘘、だってあたし行きのバスの中で携帯の電源切ったん覚えてるもん」さやかは必死だ。
「でもここにあるやんか。そしたら持って帰ってきたんちゃうの?」
「そんなことない。お母さんが見つけて持ってきてくれたんちゃうん?」
「そんなわけないやんか。まだボケるような歳ちゃうでもう。とにかくお風呂、はようしてや」
そう言って母は笑いながら部屋を出て行った。

「うそ〜。絶対そんなはずないもん。なんで、なんで〜」


その答えを知っているのは希美とつかだけだった。
『そんな電話なんかまた買うやろ。もうちょっとまともな願い事にすればええんちゃうかなぁ?って、前もうちそんなこと言うたと思うけど』
希美が4つめの願いを告げたときにつかはそう言った。
『ん〜、でも他に願い事思いつかないし。それに携帯失くすと電話番号入れ直したりとか大変なんだよ。あと、携帯にしか番号入れてない遠くの友達とかいたら最悪だし。一度ね、’のん’も携帯失くしてそれですごく落ち込んだことがあるの』
希美はそう説明した。
『まぁあんたがそれでええならええけど・・・・・・』
『いいの。じゃぁつかさん下で準備して』
『はいはい』
つかは笑いながら降りていった。
『まぁちょっとあほやけど、ええ子やわな』

願いは残り、3つ。



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